2010年7月24日 (土)

お引越しいたしました

 当ブログに来てくださいました方、ありがとうございます。2年ほど前、このブログからエキサイトブログへお引越しいたしました。もしよろしければ、そちらへ遊びにいらしてくださいませ。

コチラです → ほにゃく犬の字幕ほにゃく日記

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2009年7月 1日 (水)

「バーダー・マインホフ 理想の果てに」観てきました

 こちらのブログを更新するのは久しぶりです。1年間更新が滞るとブログが消えてしまうという話。なのでこちらにも記事をUPいたしました。

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 先日、『Der Baader-Meinhof Komplex』 の試写があり、一足先に見てまいりました。面白かったです!なんと2時間30分の長尺なのですが、長さを全く感じさせず、最後まであっという間でした。映画は1967年のパーレビ国王ベルリン訪問に反対するデモから始まり、1977年のルフトハンザハイジャック事件や実業家シュライヤー氏誘拐・殺害事件までの10年間を描いております。この10年間を2時間半に凝縮するのは、確かに大変だったと思います。が、ストーリーの展開に無理がなく、激動の時代がコンパクトにまとめられており、非常に分かりやすく仕上がっていた印象を受けました。テロリストのドンパチが多いため、派手なアクション映画と思われがちなのですが、さにあらず。監督の話では、実際に撃たれた弾の数を調べ、忠実に再現したとのこと。観客をひきつけるための大げさな演出ではなく、あくまでも史実に基づいたものと知り、むしろドキュメンタリーに近いという印象を受けました。
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バーダー・マインホフ 理想の果てに」東京ではシネマ・ライズさんで7月25日から公開だそうです。

(ムービーアイ様より画像の掲載の許可をいただきました。ありがとうございます)

 試写を見た感想を書くって難しいですね。映画ライターの方々の文章を読むといつも感心します。その作品が持つエッセンスをうまく感じ取り、文章にする難しさ。しかもネタバレ厳禁だし。以下、拙い文章ですが簡単なあらすじと感想を載せちゃいます。

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<簡単なあらすじ>

 時は1967年。イランのパーレビ国王のベルリン訪問に反対する若者たちがベルリンでデモを起こします。そこで悲劇が起きました。学生が警官に撃たれたのです(この警官が実は東ドイツ秘密警察の密偵だったということは、先日ちょこっと日記で書きました)。これをきっかけにデモは過激になります。折りしもベトナム戦争が泥沼化し、反米感情も高まっていたころ。のちにドイツ赤軍派(RAF)の初期メンバーとなるアンドレアス・バーダーがベトナム戦争に抗議し、仲間とともに百貨店に放火。そしてその後、逮捕されます。一方、ジャーナリストだったウルリケ・マインホフも左傾化し、激しい論調の手記を雑誌に投稿するようになります。

 やがてバーダーは仲間の手引きにより脱獄。そしてウルリケ・マインホフと出会うことにより、ドイツ赤軍派が誕生します。彼らは銀行強盗や爆弾テロを繰り返し、世間を震撼させます。そんなとき、ホルスト・ヘロルトがBKA(連邦刑事庁)長官に就任。コンピューターを駆使する最新技術を投入し、断固テロリストたちと戦う姿勢を見せるのでした。やがて初期のメンバーが次々と逮捕され、投獄されていきますが、RAFでは第二世代と呼ばれるメンバーが育っていました。

 投獄されたメンバーたちはハンガーストライキを決行。1名が死亡します。精神的に追い詰められた(・・・ように映画では描かれていました)ウルリケ・マインホフは独房の中で首を吊って自殺。その自殺をRAFメンバーは国家権力によって処刑されたと世論に訴え、獄中の仲間を釈放させるべく、さらにテロ行為を激化させるのでした。

 追い詰められたメンバーはパレスチナゲリラと組み、ルフトハンザ機181便「ランツフート号」のハイジャックを企てます。目的は仲間の釈放でした。しかし時のシュミット首相は断固たる態度で臨み、テロリストとの交渉や妥協を一切拒みます。そしてミュンヘンオリンピックのテロ事件での苦い経験を元に結成された警察の特殊部隊GSG-9投入を決定。そして突入の末、人質の救出に成功します。その知らせに落胆するメンバーたち。そしてその結末は・・・

<キャスト>
アンドレアス・バーダー(RAFのリーダー格です):モーリッツ・ブライプトロイ
ウルリケ・マインホフ(元ジャーナリスト。同じく、RAFの中心的存在):マルティナ・ゲデック
グドルン・エンスリン(RAFのメンバーで、バーダーの恋人):ヨハンナ・ヴォカレク
ブリギッテ・モーンハウプト(RAFのメンバー。2007年に釈放されています):ナディア・ウール
ホルスト・ヘロルト(BKA,連邦刑事庁長官):ブルーノ・ガンツ

 モーリッツ・ブライプトロイはすんごい存在感。彼が出てきただけで、画面の空気が変わったような気がしました。オーラ出てまっせ。彼を見ていると「演技をしている」という感じがまったくしません。役作りがうまいのか、それとも天性のカンで役になりきってしまうのか。とにかく難しい役を次々と完璧にこなす役者だな~と改めて感心。マルティナ・ゲデックも相変わらずの存在感。ノーメークに近いメークとボサボサ髪。独房で次第に精神のバランスを崩していく様を見事に表していました。見ていて感心したのがヨハンナ・ヴォカレク。この女優さんは昨年ドイツ映画祭で上映された「ノースフェース アイガー北壁」でも出ていたのですが、そのときは垢抜けない素朴な女優さんだな~という印象だったのでした。その印象が一変。ハマり役だったように思います。

 そのほかにも、アレクサンドラ・マリア・ララ(めちゃくちゃキレイ!以前より華やかさが増したような・・・)、ハイノ・フェルヒ(映画「トンネル」でトンネル掘った人。「ヒトラー最期の12日間」ではシュペーア軍需相を演じた俳優さん)、ハンナ・ヘルツシュプルング(初主演映画「4分間のピアニスト」でブレイクした女優さん)、トム・シリング(「エリート養成機関ナポラ」などで出てきた美少年)など、華やかな顔ぶれが見られました。

 この作品はテロリストたちを美化して描くこともなければ「巨悪」として描くスタンスでもなく、淡々と史実を追っているように思います。あの時代をどう判断するかは観客に委ねられているのでしょう。

 ドイツの戦後史のキーワードRAF。今まで、本などで読んだりはしたのですが、いまいちピンと来ませんでした。今回、この映画を観てRAFのことが少し分かったような気がします。彼らの主張には正直な話、共感できませんし、彼らが自分たちのイデオロギーを正当化して起こしたテロ行為にも嫌悪感を覚えます。それでも驚いたのは、彼らが放つすさまじいエネルギー。デモで学生に発砲した警官が実はシュタージの手先だったことが最近明らかになりましたが、仮にその事実が当時明らかになったとしても、別のきっかけでRAFは生まれていたんではないか、と思えました。そのくらい、彼らのエネルギーは激しかったのではないかと。地下にたまったマグマが吹き出るような印象を受けました。なぜ彼らはあのような行為に走ったのか。何が彼らをそうさせたのか。世間は彼らをどう見ていたのか。疑問は尽きないのですが、RAFを知るきっかけになったと思います。ドイツにご興味がある方は必見♪

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2008年2月29日 (金)

…というわけで

お引越しいたします。いつもお騒がせしてばっかり。恐縮です m(_ _)m

移転先は → コチラ

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フラッシュが反射しちゃって分かりにくいのですが、ドイツの豚チョコ・シスターズ。クローバーを持った Glücksschweine ちゃんです。このお顔、どう形容したらいいのか…。センスのカケラもないところが逆に可愛くて、思わず買い物かごに突っ込みました。ドイツのこの不思議なセンスが好き♪ 詳しくご覧になりたい方は、あむさんのブログへGo!

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2007年12月29日 (土)

もくじ DDR(東ドイツ)関連

DDR (ドイツ民主共和国 その1)
DDR (ドイツ民主共和国 その2)
DDR (ドイツ民主共和国 その3)
DDR (ドイツ民主共和国 その4)
DDR (ドイツ民主共和国 その5)
DDR (ドイツ民主共和国 その6)
DDR (ドイツ民主共和国 その7)

懐かしのDDR (その1 入国)
懐かしのDDR (その2 ベルリン)
懐かしのDDR (その3 ベルリン番外編)
懐かしのDDR (その4 ドレスデン)
懐かしのDDR (その5 マイセン)
懐かしのDDR (その6 お店)
懐かしのDDR (その7 壁の崩壊)

懐かしのベルリン
東ドイツ時代のウンター・デン・リンデン
Klosterruine Eldena (エルデナ修道院跡)

東ドイツの言葉 その1
東ドイツの言葉 その2

トラバント
Sandmännchen (ザントメンヒェン)
ドイツの秘密情報機関

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2007年12月28日 (金)

もくじ ドイツのお菓子

 (2008年1月4日)おこがましいと思いつつ、以前作りかけていた「もくじ」を最後まで作ってしまいました。もしよろしければ、ご覧になってみてくださいね。間違いなどを発見されましたら、ぜひコメント欄でビシバシご指摘くださいませ。どうぞよろしくお願い申し上げます m(_ _)m

<ケーキ・ビスケット類>
Berliner (ベルリーナ) 
Berliner(ベルリーナ)のレシピ
揚げパンを揚げる土曜日
Baumkuchen (バウムクーヘン) 
Baumkuchen (バウムクーヘン)その2
Baumkuchen (バウムクーヘン)もどきのレシピ
Lebkuchen (レープクーヘン)
Lebkuchen (レープクーヘン) その2
Oblaten (オブラート)、レープクーヘンの台
Karlsbader Oblaten (カールスバートのオブラーテン)
カルルス煎餅とカールスバートのオブラ~テン
Marzipan (マジパン
Christstollen (シュトレン) 
Stollen Fest (シュトレン祭)
Dominostein (ドミノシュタイン)
Spekulatius (シュペクラーツィウス)
Schwarzwälder Kirschtorte (シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ)
Gugelhupf (クグロフ)
Versunkener Apfelkuchen (リンゴの沈没ケ~キ)

<チョコレート>
Katzenzungen (カッツェンツンゲン)
Toblerone (トブラローネ)
Rittersport (リッターシュポルト) 
Rittersport (リッターシュポルト)いろいろ
Milka (ミルカ) 板チョコいろいろ
Mozartkugel (モーツァルトクーゲル)
merci petit (メルシ~プチ)

<駄菓子類>


Schoko-Kuss (ショコ・クス)
Der gefüllte Weihnachtsteller (クリスマスのお皿)
HARIBO (ハリボ) 
Katjes (カティイェス)のグミ 
桃のグミとラクリッツ
ミミズのグミ 
グミ2種類 
グミ3連発
Leibniz (ライプニッツ) の Keks 
Leibniz (ライプニッツ)のZoo
Zwieback (ツヴィーバック、ラスク)

<フルーツ系>
Rote Grütze (ローテ・グリュッツェ)

<お菓子作りと言えば・・・>
Dr.Oetker (ドクター・エトカー)
ドイツのお菓子に使うスパイス類

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もくじ ドイツの食べ物

<お食事>
Sauerkraut (ザウアークラウト)
Cordon Bleu (コルドン・ブルー)
Thüringer Kartoffelklöße (テューリンガー・カルトッフェルクレーセ)
Schlachtplatte (シュラハトプラッテ)
Bauernfrüstueck (農家の朝食という名の卵料理)
Milchreis (ミルヒライス)
Leipziger Allerlei (ライプチヒ風ごった煮?)の伝説
Hühner Frikassee (ヒューナー・フリカセー)
Königsberger Klopse (ケーニヒスベルガー・クロプセ)
Reibekuchen (ジャガイモのお焼き)
Schweinebraten (シュヴァイネブラーテン)西独版
Schweinebraten (シュヴァイネブラーテン) 東独版
Grünkohl (グリュンコール)

<パン>
Brötchen (小さいパン)の地方別名称
Pumpernickel (プンパーニッケル)
Rohrnudeln (ロアヌーデルン) と Dampfnudeln (ダンプヌーデルン)
Brottag (パンを焼く日)
Brezel (ブレーツェル) 
Butterbrezel (ブッターブレーツェル)
Laugenbrezel (ラウゲンブレーツェル)
ドイツパン各種 
ドイツパン各種(その2)
Butterbrot

<ソーセージ類>
Currywurst (カリーヴルスト)
ソーセージ番組のご案内
Leberkäse (レーバーケーゼ)
Kinderwurst (子供用ソーセージ)
Altbier (アルトビール) と Bockwurst (ボックヴルスト)
Schinken (ハム
Münchner Weisswurst (ミュンヘンの白ソーセージ)

<飲み物>
代用コーヒー
Kalte Ente (冷たいアヒル)
Alsbach Uralt (Weinbrand の草分け)
Eierlikör (卵のリキュール)
Teekanne 社の Teebombe (お茶爆弾)
ドイツのコーヒー (Eduscho と Tchibo)
ドイツのコーヒー その2 (フリードリヒ大王の時代)
ドイツのコーヒー その3 (Melitta のペーパーフィルター)

<その他の食材>
エビとカニ
Eier (卵)
Beeren (ベリー類)
Quark (クヴァルク)
Krebs (ザリガニっぽいエビ)
Tofu (豆腐)
Saure Gurken (塩漬けキューリ)
Gewürzegurken (酢漬けキューリ)
Mostertpöttchen (つぼ入りマスタード)

<一般>
昔の農家の朝食
昔の農家の昼食と夕食
Gabelfrühstück (2回目の朝食)
瓶詰め
猟師風

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もくじ 歴史がらみのこと

<19世紀~20世紀初頭>
「最後の授業」が消えたワケ
Pickelhaube (ピッケルハウベ)
Deutsche Nationalflaggen (ドイツの国旗) その1
Deutsche Nationalflaggen (ドイツの国旗) その2
またまたFlaggen (旗)

<第二次大戦>
帝国水晶の夜
1939年9月1日のラジオ放送
リリー・マルレーン (YouTube)
リリー・マルレーン (その1)
リリー・マルレーン (その2)
リリー・マルレーン (その3)
リリー・マルレーン (その4)
Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)
蝶々 ~ Haenschen Klein ~ 戦争のはらわた
Gulaschkanone (野戦炊具)
Feldküche (野戦炊具)
Führerbunker (フューラーブンカー)
Rassenschande
ドレスデン爆撃
ドレスデン逍遥
反体制組織のビラ
ヒトラーが自殺する前日の新聞
Hamsterin, schäme dich! (ハムスター夫人、恥を知りなさい)
ナチ党階級
死刑の請求書
Führerhauptquatier (総統司令部)
Hitler-Witz (ヒトラー・ジョーク)
Hitler-Witz (ヒトラー・ジョーク) その2
ナチスの偽札

<戦後~>
Deutscher Herbst (ドイツの秋)
RAF(ドイツ赤軍)

Der Mauerfall (ベルリンの壁崩壊)

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もくじ ドイツ兵俘虜収容所

初めてこのブログに来てくださいました方へ:ご来訪ありがとうございます。映画「バルトの楽園」を担当させていただいた関係で、第一次大戦当時のドイツ兵俘虜収容所にも興味を持ちました。習志野俘虜収容所の研究をなさっている方や、以前鳴門市ドイツ館に勤めていらした方と知り合うこともでき、ついついいろいろと記事をUPしてしまいました。私ったら素人のくせにエラソ~なことを書いてしまい、今読み返すと冷や汗が出てしまいます・・・。汗顔の至りとはまさにこのこと。

ドイツ兵俘虜収容所にご興味がある方は、次のサイトをご覧になってみてくださいね♪ 詳し~く載っています。

チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会 HP

鳴門市ドイツ館

習志野俘虜収容所

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 拙宅の俘虜収容所関連の記事は、もくじにするのもはばかられたのですが、考えた結果、やっぱり載せることにいたしました。俘虜収容所については、多くの方々が長年にわたって研究をしておられます。今のアルファベットとは似ても似つかぬ筆記体(ズュッターリーン・シュリフト)で書かれた当時の資料を一つ一つ“解読”し、断片的に得られた情報をジグソーパズルのようにつなぎ合わせていくという、想像を絶する作業だったようです。こうした地道な作業の積み重ねで俘虜収容所の全体像がつかめるようになったと聞きます。私ごときが薄っぺらな一夜漬け知識で書いた記事をブログに載せたこと自体、大変お恥ずかしいことなのですが、多くの方々からコメントを頂戴した記事ですので、ブログから削除せずにもくじに載せることにいたしました。

<収容所 一般>
鳴門市ドイツ館
習志野俘虜収容所
ドイツ兵士の見たニッポン
青島から来た兵士たち
収容所での食材
Zwieback、ラスク
板東の収容所で作られたというウワサのジャガイモ団子

<習志野俘虜収容所のお献立>
お献立の内容は、当時の資料をいただいたので正しいものなのですが、私が勝手に載せたお料理は現代のものです。食材も当時のものとは違ったでしょうし、代用品なども使ったはずです。あくまでもイメ~ジということでご了承くださいませ。研究者の方々に大変失礼なことをしたのでは、と今でも冷汗が出ます・・・。

ある日のお献立 (その1)
ある日のお献立 (その2)
ある日のお献立 (その3)
ある日のお献立 (その4)
ある日のお献立 (その5)
習志野俘虜収容所にカレーが…
習志野ベルリーナ

<俘虜たちが残してくれた財産>
Juchheim (ユーハイム)
Lohmeyer (ローマイヤ)
Berliner (ベルリーナ)
ソーセージについて
ソーセージに関する番組を見て

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もくじ ドイツのこと

<ドイツの風習>

●カ~ニバル
カーニバル (その1)
カーニバル (その2)
Weiberfastnacht (女たちのカ~ニバル)
Schmalzsamstag (揚げパンを揚げる土曜日)
Rosenmontag (ばらの月曜日)
カーニバルでヒトラー人形が・・・
ショ~ゲキのヒトラー人形

●イ~スター~初夏にかけての行事
Palmsonntag (しゅろの主日/枝の主日)
Palmsonntag の Palm は「シュロ」?「なつめやし」?
Ostereier (イースターエッグ)
Frohe Ostern! (ハッピー・イースター!)
Maibaum (五月柱)
Pfingsten (ペンテコステ)
Muttertag (母の日)

●年末(クリスマスを除きます)
Martinstag (聖マルティンの日)と Weckmann (ヴェックマン)
Marienkäfer (テントウムシ)
Glücksschwein (幸運を呼ぶブタ)
Schornsteinfeger (煙突掃除人) は幸運の印

<ドイツの文化>
Buchbinder (製本工)
ビールがジョッキに正しく注がれているか監視する団体
Krabat (クラバート) 伝説
ソルブ人
Schuluniform (学校の制服)
Schnick, Schnack, Schnuck (ジャンケンポン)
農村のキッチン
Kochwäsche (煮洗い)
ドイツのサッカー選手の別の顔…
Blutgruppen (血液型)
Wichtelmänner (こびと) の話 その1
Heinzelmännchen (こびと) の話 その2
なぜ 00 (Null-Null)?
Stets blank und rein soll der Topf sein (常に鍋はピカピカ&きれいにしておくこと)
古~いエレベーター「パタノスター」
Gouvernante (家庭教師)
面白い広告
OTAKU in Deutschland (ドイツのオタク事情)
Max und Moritz (マックスとモーリッツ)

<ドイツと日本のかかわり>
蝶々 ~ Hänschen Klein
蝶々 ~ Hänschen Klein ~ 戦争のはらわた
山の音楽家 ~ Ich bin ein Musikante

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もくじ ドイツのクリスマス

<クリスマスのお菓子>
Lebkuchen (レープクーヘン)
Lebkuchen (レープクーヘン) 見っけ
Marzipan (マジパン)
Christstollen (シュトレン)
シュトレン祭
Stollen のゲーム
der gefüllte Weihnachtsteller (クリスマスのお皿)
クリスマスのチョコ
Dominostein (ドミノシュタイン)
Spekulatius (シュペクラーツィウス)
クリスマスのお菓子によく使われるスパイス類

Baumkuchen (バウムクーヘン) ← クリスマスのケーキではないのですが、日本ではなぜかおめでたいお菓子といわれていますよね。だからついでに載せちゃった。

<クリスマスの風習&グッズ>
Heiligabend und Bescherung (クリスマスイブとプレゼント交換)
Weihnachtspyramide クリスマスのピラミッド
Kurrende クレンデ(少年合唱隊)
Engelorchester aus Erzgebirge エルツ山地からやってきたオーケストラ (その1)
Engelorchester aus Erzgebirge エルツ山地からやってきたオーケストラ (その2)
Schwibbogen シュヴィップボーゲン
シュヴィップボーゲン形の錫細工
東方の博士たち
ワラのオーナメント
Weihnachtskrippe クリスマスのクリッペ
Räuchermann 煙出し人形 (その0)
Räuchermann 煙出し人形 (その1)
Räuchermann 煙出し人形 (その2)
Räucherkerzchen ドイツのお香 (その1)
Räucherkerzchen ドイツのお香 (その2)
Nussknacker くるみ割り人形

本のご紹介 (クリスマスのおもちゃ)

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もくじ ドイツのモノ

<道具類>
Faber-Castell (ファーバー・カステル)の鉛筆

<生活雑貨>
Kugelhupfform (クグロフ型)
Fischformen, Krebsformen und Ananasformen (魚の型、ザリガニの型、パイナップルの型)
WECK (保存用のガラス瓶)
WECK のポスター
Bunte Papiertaschentücher (カラフルなポケットティッシュ)
Käsebeil (チーズ斧)
旧東独の食器
Echt Bürgeler (白い水玉の伝統的な陶器)
Wiegemesser (ゆりかごみたいなナイフ)
Tempo (ポケットティッシュ)

<おもちゃ>
Steiff (シュタイフ)
エルツ山地の人形たち

<その他>
Polizeiauto (VWビートルの警察車両)
eine Ente und ein Käfer (アヒルと甲虫)
KPM (ベルリン王立磁器製陶所)
Münztelefon (コイン式公衆電話)
Reichsbanknote (古いお札)

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もくじ ドイツ語

<ことわざ・慣用句>
Hochmut kommt vor dem Fall (おごれる平家、久しからず)
Wie ein Schwein ins Uhrwerk schauen (よく分からなくてボーゼン)
Aprilwetter (4月の天気)
zwischen Hammer und Amboß sein (窮地!)
wie die Sardinen in der Büchse (ぎゅうぎゅう詰め)
Weiß der Geier (ンなの知るか!)
die Hosen anhaben (尻に敷く)
Die Nase voll haben (ウンザリ)
お酒にまつわる言葉
Toi, toi, toi ♪
Die Liebe geht durch den Magen. (料理上手は愛される)

<聖書関連>
聖書 (その1)
聖書 (その2)
聖書 (その3)
Perlen vor die Säue werfen (豚に真珠)
Das Vaterunser (主の祈り)
聖書の言葉 auf Deutsch
die Schafe von den Böcken trennen (悪人から善人を区別する)
目からウロコ
Kein Stein bleibt auf dem anderen

<単語>
●昆虫
チョウやガの幼虫
チョウとガ
Maikäfer (コガネムシ)
カブトムシのドイツ語が知りたい!
クワガタムシのドイツ語が知りたい!
Gottesanbeterin (神を崇拝する女性、カマキリ)
Zikade (セミ) と Grille (キリギリス)
Kakerlak、Schabe (ゴキブリ)

●動物
Meerschweinchen (モルモット)
ヤギを使った言葉
Hamstern (買いだめ、買い出し)
Hamstern の語源が知りたい!
Hamster の語源はスラブ言語?

●天文関係
Astronomie (天文学)ごっこ
Astronomie (天文学)ごっこ その2
Astronomie (天文学)ごっこ その3
die Planeten (惑星)

●海や川、沼のもの
Muschel (二枚貝) と Schnecke (巻き貝)
エビとカニ
Seeohr (アワビ)
Japanischer Feuerbauchmolch (アカハライモリ)
Schnecke と Nacktschnecke (カタツムリとナメクジ)
Einsiedlerkrebs (ヤドカリ)

●草花
Stiefmütterchen (パンジー)
Löwenzahn (タンポポ)
Weilenkätzchen (ネコヤナギ)
Fleischfressende Pflanze (食虫植物)
Duftblüten (モクセイ)


<色に関する言葉>

色に関する言葉 緑
色に関する言葉 赤
色に関する言葉 ピンク
色に関する言葉 青
色に関する言葉 金
色に関する言葉 黒

<辞書関連>
明治時代の独和辞典
明治時代の辞書 その2
明治時代の辞書 その3
明治時代の辞書 その4
Langenscheidt (ランゲンシャイト)
DUDEN (ドゥーデン)

ドイツ語電子辞書 その後

<その他>
Fraktur (ヒゲ文字)
Sütterlinschrift (ドイツの古い筆記体) その1
Sütterlinschrift (ドイツの古い筆記体) その2
Raucher sterben früher (吸いすぎに注意♪)
正書法改正
Einfach schokoladig (とにかくチョコレート)
「盗む」表現イロイロ
Eiskaffee と kalter Kaffee
「お金」の同義語
Sommertag? Heißer Tag?
Bummelzug (鈍行列車)
とほほ~な発音
Ich buchstabilere (綴りを言いますよ~)
罵倒する言葉
Sauregurkenzeit (夏枯れの季節)
cool
Campher (カンフル剤・樟脳)
Schnellballsystem (雪玉システム~ネズミ講)
Trockene Augen (ドライアイ)
Schimpfwort (侮蔑の言葉)
Apfel を使った表現
Nagel(釘)を使った表現
Rätsel (なぞなぞ)
Rätsel (なぞなぞ) その2
Hitler-Witz (ヒトラー・ジョーク)
Hitler-Witz(ヒトラー・ジョーク) その2
Die bekanntesten Slogans der Werbewirtschaft (最も有名なキャッチコピー)

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2007年12月24日 (月)

Frohe Weihnachten! (メリ~クリスマス!)

 クリスマスイブですね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。ワタシはと言えば、古いほうのパソコンの修理を頼みにヨドバ●カメラへ行き、ついでにプリンターのインクカートリッジやCD-Rなどを買いだめし、換気扇のフィルターを買い・・・ ちっともクリスマスしていないのでありました。お立ち寄りいただきましたのに、ショボい内容ですみません。

Pc240041
ちょっと見にくくてすみません。この柄、覚えがある方もいらっしゃるのでは・・・? シュヴィップボーゲンの記事でご紹介したデザインです。18世紀の半ば、エルツ山地で炭坑用のSchwbg_2 道具を作る鍛冶屋さんがクリスマスを祝うために作ったと言われる金属製燭台(→)をかたどったもの。シュヴィップボーゲンの原形と言われているものです。写真のものは錫細工でして、大きさも手のひらサイズなのですが、デザインが気に入ってしまいました。ぐふふ♪

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Pc240034 本当は、話題のパティシェによる大人向けケーキが食べたかったのですが、諸事情によりスヌーピーとウッドストックがのったお子ちゃま用クリスマスケーキになりました(涙)。それがですねー 切り分けるときにウッドストックを少しずらそうとしたら、首チョンパに・・・。首がぽろっと落ちた瞬間、周囲の空気が凍りつきました・・・。

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2007年12月21日 (金)

Gewürze (スパイス)

 クリスマスが近づいてまいりました。クリスマスになると、あの独特の香りを思い出します。考えてみると、クリスマスに好んで食べられるお菓子には、必ずと言っていいほど香辛料がたっぷり入っています。シュトレン、レープクーヘン、シュペクラーツィウス、ドミノシュタイン、ツィムトシュテルネ(Zimtsterne)、アーヘナー・プリンテン(Aachener Printen)・・・。そうそう、グリュ~ヴァインにも同じ香りが。今のように豊かではなかった昔はおそらく普段からお菓子を食べ放題というわけにはいかなかったでしょうね。贅沢なお菓子はクリスマスにしか食べられなかった、というのは容易に想像がつきます。それにしてもどうしてこんなに香辛料がきついの?

 中世のころ、香辛料が貿易の目玉だったということはよく知られていますよね。金に匹敵するくらい高価だったと聞きました。ってこては~ 香辛料たっぷり=(イコ~ル)富の象徴、ということだったんでしょうね。上記のお菓子が発達したのはニュルンベルクやドレスデン、アーヘンといった、栄華を極めた都市ばかり。これらのお菓子によく使われる香辛料を挙げてみました。産地を見ると、世界史を思い出します・・・。旧植民地ばかり。

Ingwer(ジンジャー):日本では生姜として使うことが多いですが、欧米では粉末状で使いますよね。Kuechenlexikon によると、「東南アジア原産の植物。今日ではアフリカや中南米でも栽培されている。ジャマイカ産のジンジャーは最高級品とされる」とあります。

Gewürznelke(チョウジ):これもぷんぷん匂いますよね。お菓子類だけでなく、肉料理やソーセージ作りの香辛料としても、ドイツでは珍重されたそうです。最高級品はモルッカ諸島(インドネシア)のアンボン産やマダガスカル産のものなんだとか。Küchenlexikon によりますと、チョウジに関しては、オランダがその交易を独占していたとのこと。

Kardamon(カルダモン):ジンジャーと並んでシュトレンに欠かせない香辛料だそうです。南アジア産の香辛料とあります。セイロン産のカルダモンが最高級品なんだとか。

Muskatblüte(ニクズク花、メース):この香辛料は知りませんでした・・・。Muskatnuss(ナツメグ)は有名ですよね。ナツメグはニクズクの種子を摩りおろしたものですが、Muskatblüte は、その種子の皮だけを粉末にしたものなんだそうです。シュトレンのレシピを見ますと、確かにこれが入っておりました。ビックリ。このニクズクも、インドネシア産のものが最高級品なんだそ~です。

Zimt(シナモン):言わずもがなのシナモンちゃん。スリランカ産が珍重されるんだそうです。15世紀にヨーロッパで有名になったんだとか。

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 こうして見てみますと、やっぱり香辛料はどれも植民地産・・・。当時、植民地を持たなかったドイツは高いお金を出して買うしかなかったのかしら。だから、香辛料 → 富の象徴 → たっぷり使ってリッチ、ゴージャス → どーだ、すげぇだろ~ てな感じになったんじゃないかと私は勝手に思ってしまいました。もし違っていたら教えてくださいね♪

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2007年12月13日 (木)

Grünkohl (グリュンコール)braucht den ersten Frost.

Gruenkohl_2 毎年、クリスマスの時期になると思い出す野菜があります。Grünkohl (グリュンコール=緑のキャベツ)。地方によっては、Braunkohl、Federkohl、Krauskohl などとも呼ぶんだとか。知り合いの家では、これが料理の付け合わせに必ず出てきました。大昔、野菜が乏しい冬場はこれが貴重なビタミン源だっとか。グリュンコールが出てくると、ドイツ人が必ず言う言葉:

Grünkohl braucht den ersten Frost. (直訳:グリュンコールには、初霜が必要。)

霜によって葉の中のデンプンが糖に変わり、えぐみなども消えて美味しくなるんだそうです。グリュンコールが出てくるたびに、「知ってるか?グリュンコールは・・・」という説明が始まるので、いまだに「初霜が降りました」といった天気予報を聞くと、必ずグリュンコールを思い出します。クリスマスに知り合いの家に電話をかけると、「今、ガチョウとグリュンコールを食べてるところだ~♪」・・・という、上機嫌な声が返ってきます。
(ウィキペディアによると、霜が味をまろやかにするというのは迷信で、霜が降りる時期まで収穫を待つことにより、自然にデンプンが糖に変わるとのこと。霜は無関係なんだそ~です)

ちなみに、グリュンコールってこんな野菜 → Wiki の画像です

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 今年もグリュンコールの季節がやってきたなぁ・・・などと一人で思い出に浸っておりました。ふと、グリュンコールって日本語で何というのかしら?と思い、調べてみたら・・・

・・・まずい~!もう1杯!

・・・で有名な青汁の原料であるケールだったのでした・・・。八名信夫さんのモミアゲとだみ声に、私の楽しい思い出も吹っ飛んでしまったのであります。あーあ。

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2007年12月 9日 (日)

ナチスの偽札

 今朝、日経の朝刊を読んでいましたら、「ナチスの偽札 加担を証言」という記事が目に飛び込んできたんです。先日、少しだけご紹介したドイツ映画「ヒトラーの贋札」を見たいと思っていたこともあり、興味を持って読みました。

以下、日本経済新聞2007年12月9日の記事の要約です:

 スロバキア生まれのユダヤ人アドルフ・ブルガー氏は印刷工でした。第二次世界大戦で妻ととも拘束され、アウシュヴィッツに送られてしまいます。捕らえられたユダヤ人たちが貨物列車で輸送され、到着したその駅でガス室送りと強制労働送りに選別されたことはよく知られていますが、ブルガー氏もその光景を目の当たりにしたそうです。印刷工だったブルガー氏は1年半後にザクセンハウゼン収容所に移され、紙幣の偽造を命じられたとのこと。「ベルンハルト作戦」のためです。終戦とともにブルガー氏は解放されますが、収容所で妻が殺されたのは自分のせいだとの自責の念にかられ、心の整理に40年を要したとのこと。その後、ブルガー氏は語り部として当時の経験を人々に語る活動を始めたそうです。敗戦直前にナチスがオーストリアの湖に大量の偽ポンド札を沈めたそうですが、それは1959年に発見され、2000年に引き揚げ作業が行われたそうです。日経のこの記事によりますと(引用させていただきます)『湖底にあった偽札には、「終わらない戦後」を物語るかのように、鮮明な印刷が残っていた』

●ベルンハルト作戦

(以下、日経の記事から引用させていただきます)
『ナチス・ドイツが敵国だった英国や米国経済に打撃を与えるため実行した紙幣の偽造作戦。指揮を執ったナチス親衛隊(SS)少佐、ベルンハルト・クリューガーの名からこう呼ばれた。ベルリン郊外のザクセンハウゼン収容所が舞台となり、総額1億3000万ポンド(現在の価値で推定6千億円以上に相当)を印刷したとされる。偽造作戦に従事させられたブルガーさんの体験は映画「ヒトラーの贋札」になった。』(以上、引用終わり)

映画「ヒトラーの贋札」公式HP

以前もご紹介しましたが、コチラ↑が公式HP。監督は「アナトミー」「アナトミー2」のシュテファン・ルツォヴィツキー。アドルフ・ブルガー役を演じるのは、日本でも隠れた人気者のアウグスト・ディール。見たい、見たいわ、見たすぎる~~

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2007年12月 4日 (火)

Ich bin ein Musikante (山の音楽家)

 いつも当ブログにお越しいただき、本当にありがとうございます。1ヵ月以上前に、「ちょうちょう」の話題になった際に「山の音楽家」の記事も書きました。が、ど~も冴えない内容だったので、そのまま塩漬けにしておりました・・・。昨日、「ちょうちょう」を再び引っ張り出してきましたので、やっぱり山の音楽家にもご登場いただこうかと。前に書いたものですんません。

 なお、諸事情によりまたしばらく更新をお休みいたします。いつもコメントやメールをいただき、皆様には心より御礼申し上げます m(_ _)m

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 先日、「ちょうちょう」のモト歌が面白かったことに味をしめ、またまたドイツ民謡を検索してしまいました。「山の音楽家」。これがドイツ民謡だということは聞いていたのですが(小学校の頃に使っていた合唱の本に載ってた)モト歌は聴いたことがなかった・・・。

「山の音楽家」の原曲について
↑このサイトによると、1964年にN●K「みんなのうた」で有名になったんだそうですね。その際、ドイツのモト歌を作曲家の服部克久さんが編曲、水田詩仙さんが作詞、とここに書いてあります。そのモト歌ってどんなんじゃ?

   

Ich bin ein Musikante (曲も聴けます)
え・・・?これ、本当にモト歌?メロディも内容も全然違う。シュレジエン地方に伝わるわらべ歌だそうです。動物も出てこない…。歌詞です↓

Ich bin ein Musikante
Und komm' aus Schwabenland;
Wir sind auch Musikanten
Und komm'n aus Schwabenland.

Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Trompete. Die Trompete.
|: Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, ten teng. :|

2. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Violine. Die Violine.
Sim simlerlim, . . . .

3. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Auf die Pauke. Auf die Pauke.
Herum bum bum . . . .

4. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Klarinette. Die Klarinette.
Die A-Klapp' auf, die B-Klapp' auf, . . .

5. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Flöte. Die Flöte.
Tü, tü, tü, tü, . . . .

6. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Das Klavier. Das Klavier.
Grabbl hier mal hin, grabbl da mal hin . .

7. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meinen Triangle. Unser'n Triangle.
Ting tingeling . . . .

8. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Auf mei'm Fagott. Unser Fagott.
(Mit Lippen geschnurrt) . . . .

9. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meine Trommel. Uns're Trommel.
Pum pumperum . . . .

(以下、直訳です。メロディに合わせてないので、この日本語訳では歌えないのですが、せめて歌詞の雰囲気だけでもと思って。)

わたしゃ音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた
わたしたちも音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた

吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
トランペット トランペット
擬音 (日本語でいうと「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ♪」って感じでしょか)

2番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
バイオリン バイオリン
擬音 (日本語だと「きゅきゅきゅっきゅきゅきゅ♪」かいな)

3番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
たいこ たいこ
擬音 (日本語だと「ぽこぽんぽんぽん ぽこぽんぽんぽん♪」

4番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
クラリネット クラリネット
擬音 (うーん、難しい。日本語だと 「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ」って感じですよね。あ、でもこれだとトランペットとおんなじ・・・)

5番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
フルート フルート
擬音 (「ぴぴぴっぴっぴ ぴぴぴっぴっぴ」かな?これだと、どっちかというとピッコロっぽい音ですね)

6番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
ピアノ ピアノ
擬音 (「ぽろぽろんぽろん」かいな?)

7番:
鳴らすことだってできるんだ
わたしたちだって鳴らせるんだ
トライアングル トライアングル
擬音 (トライアングルの擬音って何?「キンキンキンコンカン」?ちょっと違うか)

8番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
ファゴット ファゴット
擬音 (ファゴットの擬音・・・これまた難しい。「ボボボーーボーボー」ちょっと違うな、これも。)

9番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
大だいこ 大だいこ
擬音 「どどどんどんどん どどどんどんどん」って感じ?)

 あらやだ、私に詩的センスがないのがバレバレですな。直訳ということで許してくだしゃい。モト歌のドイツ語歌詞、これはこれでかわいらしくて素敵ですが、日本の「山の音楽家」の歌詞が素晴らしいということを再確認してしまいました・・・。夢があっていい歌詞ですよね。長く愛されているゆえんでしょう。改めて感心してしまいました~。

 

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2007年11月30日 (金)

Hänschen Klein ~ Steiner - Das Eiserne Kreuz (蝶々 ~ 戦争のはらわた)

 もう1カ月以上前になりますが、「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ~♪)」の元歌がドイツの Hänschen klein (←過去の記事です)だった、という記事を書きました。そうしましたら、いつも遊びに来てくださる方がコメント欄で教えてくださいました。映画「Cross of Iron (邦題「戦争のはらわた」、ドイツ語吹き替え版タイトル「Steiner - Das Eiserne Kreuz」)」にこの歌が使われているんだそうです。その後、spatz さんがその部分の映像が載っているサイトを見つけて教えてくださったのですが、今探しても URLが見つからない・・・ spatzさん、せっかく教えてくださったのにごめんね。しょ~がないので、YouTube で探してきました。

YouTube  ← クリックしてみてくださいね。冒頭の部分です。

「戦争のはらわた」をご覧になったことがある方はよくご存じだと思うのですが、私は初めて見たので「おぉ~」と思ってしまいました。 悲惨な映像をバックに無邪気な子供の歌声が流れると、確かに戦争のむなしさが伝わってまいります・・・。トモコさん、教えてくださいましてありがとうございました。

****************************:

 しかしこの邦題・・・もうこれで定着しちゃっているから今さら変えられないんでしょうが、何とかならなかったんでしょか~。当時はオカルトが流行ったから、こういう邦題になったと聞いたことがありましたが・・・。ウィキに詳しいことが載っています → 「戦争のはらわた」(ウィキペディア)

 12月1日追記:今、ドイツ語タイトルで検索したところ、FSK ab 16(FSK:ドイツの映倫。レイティング組織です)、つまりR-16 指定になっていました・・・。もしかして、かなりリアルなシーンもあるのでしょうか?

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2007年11月26日 (月)

カルルス煎餅とカールスバートのオブラ~テン

 レープクーヘンの台 → オブラート → カールスバートのオブラーテン と話を無理につなげていたところ、いつも大変お世話になっている「おそるべきアマチュア」様からメールで「炭酸煎餅」について教えていただきました。「鉱泉煎餅」とか「カルルス煎餅」ともいい、温泉地での名物だとか・・・。これって和製オブラーテン?! あまりのショ~ゲキに、頭の中でオブラーテンと丸いお煎餅がぐるぐるぐるぐる・・・ (ただし走馬灯のようではなく、レコードのように。)以下、いろいろ教えていただいた結果です。なお、「オブラーテン」の単数は「オブラーテ」なのですが、ここではドイツでの表記に準じ、複数で表記しますね。

炭酸煎餅 (ウィキペディア)

ウィキから一部引用いたします。『(炭酸煎餅とは)チェコのカルロヴィ・ヴァリ(カルルスバード)に有る温泉で売られていた焼菓子を元にして作られたと言う説(カルルス煎餅)が有り、群馬県の磯部温泉(磯部煎餅)、長崎県の雲仙温泉(湯せんぺい)、愛媛県の道後温泉(温泉煎餅)等全国の温泉地で同様の品を見受けられる事が多い。』(引用終わり)

Pb240010_2 ・・・げげっ げげげっ 私は炭酸煎餅や鉱泉煎餅、カルルス煎餅といったものを知らなかったのですが、幾つか検索してみてナットク。こういったお菓子はよく売っていますよね。近所のコンビニにもあっていたので買ってしまいました(右の写真)。だあれ?カールスバート(昔はよく「カール」を「カルル」と表記しました。よって、「カルルス」。)のオブラーテンを日本人に紹介したのは。ベルツ博士かしら。それとも、ドイツへ留学していた日本人かしら。

いてもたってもいられなくなり、検索してみましたら、次のサイトを発見。風月堂の社史です。

風月堂 社史

一部引用いたします。『明治22年(1889)に帰国した恒次郎は、留学中に日本人にしてはじめての本場の本格的フランス料理を修め、菓子についてはウエハース、マシュマロ、サブレ、ワッフル、英国式の重厚なフルーツケーキ、カルルス煎餅(今日、日本の温泉地で売られている炭酸煎餅のようなもの)など、まだ日本に紹介されていなかったものを含めた数々の最新技術を持ち帰った。
 カルルス煎餅については、恒次郎が帰国する以前の明治20年(1887)、医科大学学長の三宅秀がヨーロッパより持ち帰ったカルルス煎餅を模倣して、米津松造が試作している。これを食べた三宅秀はヨーロッパの本物にも劣らぬ程の上出来と賞賛したという。』(引用終わり)

 すごっ。これを見ると、やっぱり「カルルス煎餅」って「カールスバートのオブラーテン」だと思えますよね。なお、いわゆる「ゴーフル」については、フランスのお菓子をまねて作った、と別項にありましたので、カルルス煎餅がルーツではないようです。(実はゴーフルはオブラーテンを参考にしたのではないかと思っていました・・・)

 そうこうするうちに、「おそるべきアマチュア」様からさらにサイトをご紹介いただきました。国立民族博物館の先生が書かれたサイトのようで、信頼できそうです。

温泉せんべいについて 

一部引用いたします。『そういえば、昔は温泉せんべいを「カルルスせんべい」といっていました 。『菓子の事典』で調べてみますと、砂糖に白玉子(小麦粉)、バター、卵を入れてよくまぜるのは、他のせんべいとあまりかわりませんが、大事なことは炭酸と「カルルス塩」をひとつまみ加えることです。これが温泉(鉱泉)せんべいの特徴なのです。カルルス塩はカルルス泉塩ともいって、さきのカルロヴィ・ヴァリーの温泉からつくられた塩の結晶でした。つまりカルルスというのはカルロヴィのドイツ語「カルルスバード」からきた名前です。
 カルルス塩はカルロヴィ・ヴァリーの温泉がひどく塩からかったように、温泉から精製された塩で、便秘にも消化にもよいという薬品で、のちには化学的に合成されたようです。』(引用終わり)

 カルロヴィ・ヴァリの温泉が塩辛いという記憶はないのですが(あそこのお湯は特製のコップで飲むようになっています)、きっと湯の花みたいな成分が体にいいんでしょうね。その他、チェコのコロナーダという保養地で売られていた温泉煎餅「コロナーダ」が日本の温泉煎餅のルーツだ、とするサイトもあったのですが、真偽のほどは分からない・・・ カールスバートのオブラーテンについてもドイツ語のサイトをいくつか検索してみましたが、中に「カルルス塩」が入っているとの記述がないのです・・・。まさか日本人の思い込みってことはないでしょうけど、こちらも真偽のほどは不明です。カールスバートのオブラーテン、昔は間にクリームははさまれておらず、お煎餅だけだったんだそうです。消化がいいので、療養中の人でも美味しく食べられた、という説明は見かけましたが。いずれにしましても、チェコのオブラーテンが日本の温泉煎餅のルーツなのでしょうね。ちゃん、ちゃん♪

おまけ:KARLSBAD と書かれたカルルス煎餅まであるんですね。

カルルス煎餅

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2007年11月21日 (水)

Karlsbader Oblaten? Karlovaske oplatsky? (カールスバートのオブラ~テン)

 先日、レープクーヘンの台 → オブラート → カールスバートのオブラーテンへと話がつながっていきました(というか、私が勝手につなげております)。久しぶりにカールスバートの「ゴーフル」を思い出し、ちょっと検索してみたところ、次の記事を見つけました。2005年11月の記事なので少し古いのですが、内容が面白いのでご紹介しちゃいます~。「ゴーフル」については一昨日の日記をご覧になってみてくださいね。

Radio Prag の記事 Wem gehören die Karlsbader Oblaten?

 EU内では、伝統ある「ご当地名物」の名称をめぐり、その地で作られたもの以外にご当地の名前を使用することを禁じる動きがあるんだそうです。Dresdner Stollen (ドレスナー・シュトレン)はドレスデンで焼かれたものだけ。Nürnberger Lebkuchen (ニュルンベルガー・レープクーヘン)はニュルンベルクで作られたものだけ。但馬牛は但馬産の牛だけ。宮崎の地鶏は宮崎産の鶏だけ。そんな流れの中、チェコ政府も、チェコのご当地名物をリストアップしたそうです。

 その中の1つが、温泉保養地カルロヴィ・ヴァリ(ドイツ語名カールスバート)の名物、オブラ~テン。チェコ語では Karlovarske oplatky と呼ぶんだそうです。カルロヴィ・ヴァリで作られたものだけが、この名前で呼ぶことができる、との主張です。ところが複雑な事情があったんですね・・・。

 確かにこのお菓子はカルロヴィ・ヴァリが発祥の地なのだそうですが、その製造を手がけていたのはドイツ系住民、すなわちSudetendeutsche (ズデーテン・ドイツ人)だったのだとか。皆様よくご存じだと思いますが、ズデーテンは歴史に翻弄された地方。かつては大勢のドイツ系住民がおりました。以下、ウィキペディアから引用させていただきますと:

ズデーテン地方Sudetenland)は、第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約とサン・ジェルマン条約に従ってチェコスロバキアに割譲された地域。旧オーストリア帝国領の一部で、300万人以上のドイツ人が居住していた。

ドイツでナチスが政権を獲得すると、ズデーテン・ドイツ人党が勢力を拡大した。1938年6月の地方選挙では、ドイツ人地域で9割以上もの得票を得た。こうした中、ナチスの指導者であるヒトラーが併合の意志を強めたため、イギリスの首相ネヴィル・チェンバレンは、二度にわたってヒトラーの説得を試みた。さらに、9月末にミュンヘンで独・伊・英・仏によるミュンヘン会談が開催されたが、ネヴィル・チェンバレンが宥和政策をとってズデーテン併合を容認したため、同地域は10月に併合された。この間、一貫してチェコ政府はズデーテン併合に反対していたが、その国家主権は全く尊重されなかった。また、この併合によって約80万ほどのチェコ人がドイツ領内の少数民族としての立場におかれた。

1945年、ズデーテン地方は再びチェコスロバキア領となり、同地に住む250万人以上のドイツ人がチェコスロバキアの大統領令により国外に追放されることにより、ドイツ人とチェコスロバキア人の混住の問題は解決された。』(以上、引用終わり)

 大戦後にズデーテン地方から追放されたドイツ人の中に、オブラーテン職人も含まれていたとか。彼らは大変な苦労の末、ドイツの国内で再び店を構え、「Karlsbader Oblaten (カールスバートのオブラーテン)」を再び作り始めたんだそうです。ズデーテン・ドイツ人側の言い分は、「これだって立派なカールスバートのオブラーテンだ」。 ・・・分かるような気がします。一方、チェコ側としては、「カールスバート、すなわちカルロヴィ・ヴァリの地名をつけることが許されるのは、やっぱりご当地で作られたもののみ」。

 この記事は2年前に書かれたものなので、その後どのようになったかは分からないのですが、そのうちまた検索をかけてみようと思います。ズデーテン・ドイツ人の問題はとっても複雑で、私なんかが生半可な知識で書いてはいけないテーマです。ただ、オブラーテンの影にこんな歴史があったんだ~と思ってしまいましたので、ご紹介いたしましたm(_ _)m

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2007年11月19日 (月)

Oblate (オブラ~ト)

 先日、「レープクーヘンの種は柔らかいので、オブラートの上にのっけて焼いてある」と書いたのですが、そこでふと思ってしまいました。オブラートって、ボンタンアメ(懐かしい!)などをくるむのに使う透明なフィルム状のものだようなぁ・・・と。子どもの頃、粉薬を飲むとむせるので、母がオブラートに包んでくれました。また、優しい人はきついことを言わず、オブラートに包んだ表現をしてくれますよね。レープクーヘンの台じゃ硬すぎてくるむことができない・・・ だからドイツ人は何でもストレートに言うのかしら。

Oblateを小学館の独和大辞典で調べると(他にも別の宗教的意味もありますが、省略します):
Ⅰ1 a)(丸型の)ウェファース、ゴーフル b)オブラート(剤)
  2(カトリック)(ミサの)未聖別ホスチア

 ところが、ドイツのサイトを検索しても、私がイメージするような薄いオブラートが出てこない・・・。ウィキによると、日本語の「オブラート」の語源はふるへっへんどなオランダ語 Oblaat なんだそうです。もともとはレープクーヘンの台のような、硬質のものを指すんだそうですね。ドイツ語と同じ。そこから日本の医師が薄いものを発明したんだそうです↓

柔軟オブラートと小林政太郎 (「発見!三重の歴史」サイトより)

『小林政太郎は、柔軟オブラートを発明し、日本だけでなく、世界にその商品を供給した。今やオブラートと言っても知らない人がいるかもしれない。ジャガイモなどのデンプンで作られた薄い紙状のもので、苦い粉薬を包んで飲むのに使われ、飴菓子の包装用にもなった。オブラートは19世紀後半になって日本に輸入されたが、その頃は硬質オブラート(せんべいオブラート)で、水の入った小皿に浮かべてその上に粉薬を盛り、軟らかくなるのを待って水と一緒に飲んだらしい。もっと簡単に飲めないかということから、透明で薄く、粉薬を包むのに適した柔軟オブラートを小林政太郎が苦心の末に発明した。1902年のことである。』(以上「発見!三重の歴史」サイトより)

 日本語でいう「オブラート」って、日本人の発明だったんですね。知らなかった・・・ そういえばドイツ人って粉薬は飲みませんよね。錠剤かカプセル、あるいは水に溶かして飲む薬。今でもそうかしら?日本の粉薬は麻薬と間違えられる可能性があるから気をつけろ、と以前はよく言われたのですが、今でも同じでしょうか。日本でよく見る粉薬は、漢方の影響なのかなぁ?とにかく粉末状だと飲みにくいからオブラートがあると便利ですよね。キャンディーも、高温多湿の日本ではオブラートに包まないとくっついちゃう。乾燥しているドイツではオブラートって不要なのかしら。それとも、ドイツでも使われているけど単に私が知らないだけ?ドイツでオブラートに包まれたお菓子類をご覧になったことがある方、ご教示くださいませm(_ _)m

 そんなわけで、ドイツ人やオランダ人は、「Oblate」「Oblaat」と聞くと固いお煎餅状のものを連想するんでしょうね、たぶん。DUDEN の独独辞典では Oblate の例として、Karlsbader Oblate (カールスバーダー・オブラーテ、複数はオブラーテン)が挙げられていました。そうだ、思い出した! チェコの温泉保養地 カルロヴィ・ヴァリ(ドイツ語名 カールスバート)の名物オブラーテン。見た目は風●堂のゴーフルにソックリ。チョコクリームをはさんだ2枚の薄焼き煎餅です~。あれを見たとき、「なんでコレがオブラートなの?これってゴーフルじゃん」と思ったのですが、疑問はそのまま。十ン年後に謎が解けた~~~

カールスバートのオブラーテンの画像は → コチラ

おまけ:お気に入りの袖珍獨和新辭林(1896年発行)で調べてみましたら、かわいらしい説明が:

Oblate:扁餅、御供餅(オソナヘモチ)

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 ・・・たかがオブラート、されどオブラート。すんません、私ったら一人で納得して喜んでいます。

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2007年11月17日 (土)

Lebkuchen (レープクーヘン) 見っけ!

 今日、近所の輸入食材屋さん(カ●ディ)の前を通りかかりましたら、もうクリスマス関連菓子が山積みにされていました♪ 吸い寄せられるように近づいてみましたら・・・

・・・Lebkuchen(レープクーヘン) と Stollen (シュトレン)だぁぁ・・・!!

吸い寄せられてよかった♡ シュトレンはドイツから輸入された本物が店頭に並ぶようになって久しいですし、すっかり有名になったような気がします。ですが本物のニュルンベルガー・レープクーヘンを日本のお店で見たのは初めて。すごいっ ドイツのお菓子がどんどんメジャーになる・・・。えらいこっちゃ、流行に乗り遅れちゃうわ~とばかりにお菓子をむんずとつかみ、レジに並びました、ハイ。きっとほかの輸入食材屋さんでも扱っているでしょうから、ご興味のある方はお店にGO!

レープクーヘンの由来や歴史についてはコチラ (過去の記事です)を 下の2つはどちらもニュルンベルクで作られたものですから、正真正銘の「ニュルンベルガー・レープクーヘン」ですね。

Pb170006
プレーン(と言うのだろうか)と砂糖衣、チョコレートコーティングの3種。香料が強いので、慣れていない方には少し抵抗があるかも・・・。中世の香りがしますです。

Pb170007
裏返しにしたところ。種が柔らかいので、固いオブラートの上にのっけて焼いてあります。

Pb170003
ヘンゼルとグレーテルで出てくるお菓子の家 Hexenhaus (直訳:魔女の家) もありました。家を外すと中からレープクーヘンが出てきます。でもって、箱は「たのしいぬりえ」になっております・・。柄がレトロ。

Pb170001
このシュトレンは昨年も買いました。ミニサイズです。ケルンのメーカーなので、 Kölner Stollen (ケルナー・シュトレン)です。Dresdner Stollen (ドレスナー・シュトレン)と呼んでいいのは、ドレスデンで作られたものだけなんだそうな。手前はバターのシュトレン、奥はラム酒のシュトレン。

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 昨日まではとってもヒマだったのですが(ようやく夏物を整理しました・・・タオルケットや夏掛けもようやく洗いました。すごいっ 私ったらなんて偉いの~!)今日からまた忙しくなってしまいました・・・ スケジュールがキチキチ。しばらくショボい日記が続いてしまいそうなのですが、よろしければまたお寄りくださいませ。トップにある忠犬アリ公の写真は娘が撮って加工してくれたものです。キラキラ★

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2007年11月15日 (木)

Vier Minuten (4分間のピアニスト)

 昨日、友人と2人で映画を観に行きました。今年のドイツ映画祭で先行上映された作品なのですが、そのときは行けなかったので、一般公開を待っての鑑賞となりました♪

4分間のピアニスト (公式HP) ← クリックするとピアノが鳴りだしますので、職場で見てくださっている方はご注意を♪

<簡単なあらすじ>
 トラウデ・クリューガーは老いたピアノ教師。刑務所で受刑囚にピアノを教えています。ジェニー・フォン・レーベンも教え子の一人。類まれなる才能の持ち主ではあるものの、殺人罪で服役中の身でした。忌まわしい過去がトラウマとなり、極度の人間不信に陥ったジェニーは、固く心を閉ざしています。クリューガーはそんな彼女の才能を見抜き、周囲の反対を押し切って彼女をコンクールに出場させようとします。クリューガーもまた、戦時中に最愛の人を失い、ピアノの才能に恵まれながらもそれを生かすすべもなく、心に傷を負って孤独に生きている一人だったのです。

 ジェニーにピアノの王道を進ませるべく正統派の演奏法を教え込もうとするクリューガー。愛を知らずに育ったジェニーはクリューガーの教えを素直に受けることができません。たびたび癇癪を起こしては人を傷つけ、問題を起こします。それでも根気強くピアノを指導するクリューガーに、ジェニーは少しずつ心を開いていくのでした。

 しかし、ジェニーに手を焼く刑務官たちはコンクールの決勝を目前にした彼女にピアノを禁止してしまいます。ジェニーの才能を信じるクリューガーは、オペラ座で4分間の演奏をさせるべく、驚くべき行動に出るのでした…

************************************

 ジェニーを演じたハンナ・ヘルツシュプルングは、これが映画デビューなんだそうです。それまでもテレビなどには端役で出ていたそうですが、あまり目立った存在ではなかったとのこと。でも、その話が信じられないほど卓越した演技力を見せています。童顔なだけに、突然「ブチ切れる」エキセントリックさがよく出ていたと思いました。本国HPによると、役作りのために数か月にわたってピアノのレッスンを受け、ボクシングのトレーニングも3ヶ月間続けたそうです。確かに演奏中、背中の筋肉が際立っていました。あれはトレーニングの賜物なんですね。

 老いたピアノ教師を演じたのは、モニカ・ブライプトロイ。あのモーリッツ・ブライプトロイのママなのでありました。まだ63歳のはずですが、80歳くらいの老女を見事に演じていました。顔に深く刻まれたしわと丸まった背中が老教師の悲しく過酷な人生を物語っているようです。本国のHPによると、非常に手間のかかる特殊メイクを施したんだそうな。でも、あのオーラはメイクの効果だけではなく、演技力のなせる業なのだと思います。普段の写真とは全く違う姿に、女優とはかくあるべきだと思いました。

 ジェニーと同じ刑務所に収容されている受刑囚を演じたのはヤスミン・タバタバイ。イラン人とドイツ人の両親を持ち、「バンディッツ」で一躍有名になりました。美人というわけではないのですが、荒んだ少女を演じさせるとピカ一という気がするのは私の偏見かなぁ。そういえば「バンディッツ」でも受刑囚役でした。

 ドイツ映画らしい、重いテーマではありますが、随所に「クスッ」と笑える演出も織り交ぜてあります。クリューガーが着るハメになるTシャツの柄に、それが「日独共通の下ネタ」であることを確認。一人で感動してしまいました~。刑務官の娘が登場しますが、その女の子がとっても可愛い。昨年、とあるドラマに出演していました。その愛らしい女の子にクリューガーが厳しく言い放つ言葉「Kannst du knicksen?(←このままのセリフじゃなかったかもしれませんが、これに近かったと思います。knicksen は、膝をかがめてお辞儀することですよね。欧米の淑女がよくやるような。「あなた、お辞儀はきちんとできるの?」といった意味です)が、様々な意味を持っております。

 公式HPのトレーラーにも映っていますが、ジェニーがピアノを弾くシーンが圧巻。ジェニーの人並み外れた才能が伝わってきます。テーマが重いだけに、後味は「あ~面白かった♪スッキリ♪♪」といったものではないのですが、私は個人的にはこういう重い映画が好きです。ジェニーはクリューガー教師に心を少しずつ開いていくわけですが、「あなたに対し、個人的な関心はありません、私が愛しているのは音楽だけ」と言い切るクリューガーにも明らかに感情の変化が芽生えています。その経過が様々な形で表現されていて、好感が持てる映画だと思いました。字幕はベテランの松岡葉子さん。

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2007年11月14日 (水)

merci (メルシ~)プチ、見っけ!

 昨日の夕方、いつものようにぼ~~っとしながら近所のスーパーで買い物をしておりましたら・・・

merci (メルシ~)チョコのミニが!!!

Pb130050 いえね、これがKINOKUNI●Aですとか、ソニ●ラでしたら、それほど驚くことでもないと思うのですが、見つけたのがフツ~のスーパー。しかも雷おこしとか草加煎餅といった、よくあるお菓子の売り場に無造作に置いてあったのです~~~!! 浅草の仲見世通りを歩いていて、いきなりベルリンのテレビ塔に遭遇したような驚きでした、ハイ。

Pb130052 全部で7種類。カッコ内はパッケージに書かれていた英語からの訳です。
Helle Sahne(ミルク・クリーム)
Dunkle Mousse(ダーク・ムース)
Kaffee & Sahne(コーヒー&クリーム)
Nougat Sahne(ノワゼット・クリーム)
Herbe Sahne(ダーク・クリーム)
Praline Sahne(プラリネ・クリーム)
Mandel Sahne(アーモンド・クリーム)

P2130045 どれも美味しい♪ merci は、→ のパッケージで有名ですが、ミニも日本で売られるようになったんですね。ソニ●ラなどで発見なさったら、ぜひお求めになってくださいまし。個人的にはトブラローネよりメルシ~のほうが好き(歯にくっつかないから)。ちなみに右のオーソドックスなメルシ~は、バレンタインの時期にユザ●ヤで見つけたものです。

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Pa190015  先日、ドイツのお土産をいただいて舞い上がりましたが、これ→ も merci のミニ。新製品なんですって。これも日本に入ってこないかな~。デザインがお洒落なのです。お味は大きいmerci と同じですが、とにかくカワイイ。中身のチョコは、1辺が1センチほど。

Pa190021

 次にスーパーへ行くときは、雷おこし売り場でも気を抜かず、目を光らせてお菓子のチェックをしようと心に誓った次第です。

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2007年11月11日 (日)

Martinstag (聖マルティンの日) と Weckmann (ヴェックマン)

 11月11日は、Martinstag (聖マルティンの日)です。何コレ?私もよく知らないのです。この日、子供たちはLaterne (提燈)を持って歩くのですが、いわれはよく知りませんでした・・・。慌てて調べてみましたら:

『マルティン:祝日は11月11日。貧者に自分のマントを切って与えたことで有名なトゥールの司祭。家畜と羊飼いの守護聖者。冬の始まりの日。子供たちが堤燈を持ち、歌をうたっておねだり行列をする祝日でもある。この日がちょうを食べる』(「ドイツ民俗学」より引用)

マルティン(マルティヌスとも)については、ウィキに詳しく載っています:
『伝承によれば、アミアンで、市門の番をしているとき、偶然に見かけた貧者に自分の軍衣を半分に切って分け与えた。その夜、マルティヌスが与えた衣をまとってイエス・キリストが夢に現われた。そして天使に「ここにマルティヌスがいる。彼は洗礼を受けていない。しかし私に着るものを与えた」。マルティヌスが目覚めると、切ったはずの衣は元通りになっていた。これはマルティヌスに関するもっとも有名な逸話である。フランク王国メロヴィング朝はこのときの衣であるという聖遺物を宝物にしていた。』(ウィキペディアより引用)

 聖マルティンの日と聞くと思いだすのが Weckmann (ヴェックマン)。人の形をしたパンで、司教をかたどった物なんだとか。主にカトリック圏で広まったそうですよ。Wecken (小麦でできたパン)+Mann (人)で Weckmann。Buckmann、Buggemann、Stutenkerl など、地方によって呼称も姿も少しずつ違うみたいですが、私がよく見たのは白い Tonpfeife (陶器製のパイプ)を持ったヴェックマン。このパイプ、今でも実はとってあります。もともとはパイプではなく、Bischofsstab (司教杖)だったのだとか。一説によると、陶器製のパイプを作る職人たちの結婚式で出されたバージョンが、杖ではなくパイプだったことが起源とか。昔は聖マルティンの日~聖ニコラスの日(12月6日)の間に贈られることが多かったそうですが、最近ではクリスマスの期間までこのパンが販売されている、と Wikipedia に載っていました。

詳しくは、この新聞記事にも書いてあります → Westdeutsche Zeitung
パイプのないWeckmannですが、画像は → コチラ

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2007年11月10日 (土)

Reichskristallnacht (帝国水晶の夜)

 うっかりしておりましたが、昨日は「水晶の夜」事件が起きた日でもありました。ドイツ語では Reichskristallnacht、Kristallnacht、Reichspogromnacht などと呼ぶようです。ウィキペディアから引用させていただきますと:

水晶の夜(すいしょうのよる、独:Kristallnacht) とは、1938年11月9日夜から10日未明にかけてナチス党員・突撃隊がドイツ全土のユダヤ人住宅、商店地域、シナゴーグなどを襲撃、放火した事件である。帝国水晶の夜とも。』

『事件後も警察・消防はドイツ当局から介入を禁じられたため無法状態となり、ナチに賛同した非ユダヤ系国民によるユダヤ人商店・住宅の打ち壊し・強奪にも発展した。破壊され砕け散った窓ガラスが月明かりに照らされて水晶のように輝いたことから水晶の夜(クリスタルナハト)と言われているが、実際には殺害されたユダヤ人のおびただしい血や遺体、壊された建造物の瓦礫等で、現場は悲惨なものだったという。』(引用終わり)

 第二次大戦の映画を見ていますと、この事件が時々出てきます。「水晶の夜」という言葉では出てきませんが、「昨夜、シナゴーグやユダヤ人の商店が焼き討ちされたらしい」という噂話という形であったり、実際に被害を受けた人のセリフが出てきたり。映画を見ている人は、これで時代背景を理解するのだと思います。「Nirgendwo in Afrika (名もなきアフリカの地で)」でも確か、この事件の知らせがアフリカに届く、という形で描かれていたように思います。(記憶がおぼろげ・・・違ったらごめんなさい)

 なお、この11月9日というのは、ドイツにとっては節目となる事件が起きた日なんですね。ウィキペディアからまた引用させていただきますと:
『奇しくもこの11月9日は、ドイツ革命における皇帝ヴィルヘルム2世のオランダ亡命(1919年)、ナチスが起こしたミュンヘン一揆の鎮圧(1923年)、ベルリンの壁崩壊(1989年)の日でもある。事件が収束した翌11月10日は、その反ユダヤ主義がナチズムに影響したとされるマルティン・ルターの誕生日であった。』(引用終わり)

ウィキペディアの引用ばかりで申し訳ないのですが、ドイツ語のこのサイト↓はユダヤ人迫害に関するキーワードが満載。勉強になりますです。と同時に背筋が寒くもなります・・・。もしよろしければご覧になってくださいね → Reichspogrome 1938 (一連のユダヤ人迫害について Wiki より)

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2007年11月 9日 (金)

Der Mauerfall (ベルリンの壁崩壊)

P5070017  1989年11月9日はベルリンの壁が崩壊した日でした。あれから18年も経ったんですね・・・しみじみ。ディーリングルームで株価の乱高下をボーゼンと眺めていたドイツ人ディーラーたちの姿が今でも脳裏に焼きついています。壁の崩壊による大混乱、そして東西ドイツの統一。大変な時期をドイツ人たちはよく乗り越えてきたな、と思います。よくよく考えてみたら、壁の崩壊時に生まれた子供ももう18歳。大学生や社会人になる年頃ですよね。ベルリンの壁も歴史になりつつあるんだなぁ・・・。

写真:以前も載せた画像なのですが、ベルリンの壁崩壊を記念して作られたコイン(たぶん)です。Keine Mauer kann ein Volk ewig trennen. (一つの国民を永遠に隔てることのできる壁などない)と刻まれています。家宝にしようと思いつつ、いつもその辺に置きっぱなし。

Chronik der Mauer (ドイツ語です) ← 壁年表です。

Berliner Mauer Online (ドイツ語です) ← 壁についての記述いろいろ。

ベルリンの壁崩壊(ウィキペディア) ← リンクするほどでもないのですが、分かりやすいので。

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 余談です:上のコインの裏に40 Jahre Bundesrepublik Deutschland (ドイツ連邦共和国40周年)と刻まれています。1949年に東西ドイツが成立したんですよね。先日、ブログで知り合いになった方と某大手予備校Yゼミの名物先生のことで盛り上がってしまいました。世界史のY村先生。語りが非常に面白く、ダジャレのオンパレード。しかも温厚なお人柄で大人気でした。世界史ってこんなに面白い科目なんだ、ということをあの先生の講義で知りました。かなり長い間Yゼミで教鞭を執っておられたとのことなので、あの先生の講義を受けた方、いらっしゃるんじゃないでしょうか?「1949年東西ドイツ成立=ボク(4は「フォーだから「ボ」とも読ませる)の東西ドイツ」というのが今でも頭に残っていて、何かあるたびに思い出します。

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2007年11月 8日 (木)

ドイツのコーヒー その3 (Melitta のペーパーフィルター)

 「メリタ」のペーパーフィルターって日本でも有名ですよね。ご存じの方も多いと思いますが、実はこれ、ドイツの主婦が発明したお品なのでした~。すごい!

 1908年のことでした。当時、コーヒーは熱湯に粉を入れ、トルコ・コーヒーのように粉を沈殿させて飲んでいたんだそうです。でなければ粉を煮出して茶漉しで漉して飲んだのだとか。でもね、すぐに目詰まりしてうまく漉せなかったんだそうです。沈殿物のないコーヒーを家族に飲ませてあげたいとの思いからフィルターを考案したのは、ドレスデンの主婦 Melitta Bentz(メリ(ッ)タ・ベンツ)。彼女が使ったのは底に穴を開けた保存用の缶と、長男のノートについている吸い取り紙でした。そういえば昔は便箋などには必ず、万年筆のインクを吸い取るための吸い取り紙がついていましたよね。あれを使ったんだそうですよ~。その後、改良を重ねて特許を取得したのが下のフィルターだそうです↓

1908年のフィルター ← 穴が開いている所にろ紙をのっける簡単な構造ですね。

 メリタ・ベンツとフーゴ・ベンツ夫妻は同年に会社を設立。さらに改良を重ねて翌年にはライプチヒの見本市に出品。やがて画期的なコーヒーフィルターが評判となり、生産が追いつかないほど注文が殺到したんだそうです。

1932年のフィルター ← 現在のものに近づいてきました。ろ紙をフィルターにのせ、入れ子のようになっている金属の器でぎゅっと押さえてセットしたんだそうです。

1936年のフィルター ← 現在のものと同じですね。このとき、扇形のペーパーフィルターが開発されたんだそうですよ~~。

 家庭でも美味しいコーヒーを飲めるようにしたい!という思いで研究を続けた同社は1962年、挽いたコーヒーを真空パックにして販売する方法を考案。今でこそコーヒーの真空パックは当たり前ですが、これを始めたのがメリタだってことは知りませんでした~。

日本のメリタのHPにも歴史が載ってました

 ・・・やっぱり「必要は発明の母」なんですね。上の内容は、ドイツのメリタのHP、日本のHP、新聞記事Made in Germanyという私の愛読書を参考にしました♪

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2007年11月 3日 (土)

オランダ映画「ブラックブック」観ました

Blackbook_2 コーヒーの話その3を書こうと思ったのですが、前から観たいと思っていた「ブラックブック」を昨日借りてきてしまったので、そのことをちょこっとだけ。本当は劇場で見たかったのですが、時間がなくて行けなかったのです・・・。公開はとっくの前に終わってしまいましたので、今さらご紹介するのもナンなのですが、せっかくですので少しだけ。

<簡単なあらすじ>
 終戦直前の1944年、ナチス占領下のオランダ。美貌のユダヤ人歌手ラヘル・シュタインはナチスから逃れるため、謎の人物の手引きで家族やその他の裕福なユダヤ人たちとともに南へ逃げようとします。ところが罠にはまり、ラヘル以外は全員殺害され、身につけていた財産はすべて奪われてしまいます。一人逃げ延びたラヘルは髪をブロンドに染め、エリスという名でレジスタンスのスパイとして生きる道を選びます。彼女に与えられた任務は、その美貌でナチスの将校ムンツェ大尉に近づき、捕らわれている仲間を助け出すことでした。ところがムンツェの人柄に触れ、エリス(ラヘル)は彼を利用するどころか、逆に惹かれてしまいます(ミイラ取りがミイラに)。一方、エリスが仕掛けた盗聴器で秘密を聞き出し、仲間を救い出そうとするレジスタンス側の計画はフランケン中尉らに見抜かれており、囚われていた仲間は全員射殺されてしまいました。エリスはナチス側に寝返ったとレジスタンス側からも疑われ、濡れ衣を着せられることになります。そしてムンツェも陰謀によって職を追われ、死刑を宣告されてしまうのでした。
 そして終戦。ある人物から「黒い本(ブラックブック)」を入手したエリスは、本当の黒幕が誰なのかを知るのです…

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 ↑すみません、この書き方じゃ簡単すぎてよく分かりませんよね。詳しくはコチラに書いてあります。私はドイツかぶれなので、ドイツ関連のことを書かせていただきますね。

 ムンツェ大尉(Müntze なので、どちらかというと「ミュンツェ」かも)を演じたのが、「善き人のためのソナタ」で劇作家ドライマンを演じた Sebastian Koch (ゼバスティアン・コッホ)。私、この人好きなんです・・・ ・・・好きなんですが、ドライマンのほうが合っていて素敵だったように思うのは私だけでしょうか?ドライマンの役柄は、全身苦悩に満ちた感じでしたよね。苦悩が服着て歩いているような雰囲気が非常に合っていたように思えるのですが、今回のムンツェ大尉は何となく深みも渋みもないような・・・。諜報部の大尉ということなのですが、あまりに無防備でお気楽。あ、でもキレイで透け透け衣装を着たお色気全開(失礼)のお姉さんを前にしたら、男性ってみんなそうなってしまうのだろうか・・・。コッホ氏、以前よりお腹のあたりが少しお太りになられたような気もします。

 終戦直後、恥も外聞もなく連合国側にすり寄るカウトナー将軍を演じたのは、「ヒトラー最期の12日間」でシェンク教授を演じた Christian  Berkel (クリスティアン・ベルケル)。この人が悪役を演じるのを初めて見たような気がします。今まで格好のいい役ばかり演じてきたせいか、今回も「最後には善い人になってくれるんじゃないか」などと思わせてしまう何かがあるような。悪役を演じるのは難しい、ということを実感。

 主役を演じた女優さん、とっても綺麗でした。以前、この映画をご覧になった方が「バーホーベン監督は女優を美しく撮るのが上手い」と書いていらっしゃいましたが、私も同感です。監督はハリウッドに嫌気がさして母国に帰った、という記事を読んだのですが、それでもこの映画はハリウッド映画的だな~と思いました。テンポが早く、意表をつく展開が続くので最後まで飽きずに見られます。が、登場人物の心の揺れなどにはあまり触れていなかったので、「あれ?どうしてこうすぐに気持ちが変わっちゃうの?」となることも・・・。

 オランダ映画ですが、ドイツ人が多数登場するため、3分の1くらいはドイツだったような・・・。それ以外はオランダ語なのですが、ご存じのようにオランダ語はドイツ語によく似ているため、結構分かってしまったりします。

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2007年11月 2日 (金)

ドイツのコーヒー その2 (フリードリヒ大王の時代)

 そもそも人間がコーヒーを飲むようになったのっていつからなんだろう?と、ソボクな疑問が湧いてきたので、またまた検索したところ、面白いサイトを見つけてしまいました。「全日本コーヒー協会」のサイトなので信頼できると思います。

コーヒー年表 (全日本コーヒー協会のHPから)

 これによると、コーヒーがドイツ(プロイセンのことかな?ハンザ都市でもコーヒーの交易が始まった、と聞きましたが)に伝わったのは 1670年ごろとなっています。昨日ご紹介したコーヒー展示会のサイト(コチラ)では、「ベルリンに伝わったのが1680年ごろ」ということですので、多少誤差はありますが、ほぼ合っていますね。

 コーヒーは当初、富裕層にのみ許されていた贅沢だったそうです。ところが18世紀に入り、その消費量は拡大の一途をたどります。1734年にはバッハが「コーヒー・カンタータ」を発表、自ら指揮をしてカフェで披露したんだそうな。よっぽど好きだったんでしょうね♪ フリードリヒ大王(1712~1786)統治下のプロイセンではコーヒー豆の輸入が増えるにつれて貿易不均衡が心配されるようになったため、大王は1777年、コーヒー豆に高い関税を課し、輸入を抑えようとします。さらに1781年には豆の焙煎を国が独占するようになり、生の豆の販売を禁止したそうです。展示会サイトによりますと、隠れて焙煎する者を見つけるため、大王が導入したのが「Kaffeeriecher」。直訳すると「コーヒーの香りを嗅ぐ人」。あちこちでくんくんひくひく。コーヒーを焙煎する匂いを嗅ぎつけると、その人物を厳しく罰したんだそうです。何となく笑える話ですな。この「くんくんひくひく係」、400名の Invaliden から成ったそうですが、Invaliden は傷病兵という解釈で合っているのかしら。戦場で働けなくても、不法に焙煎する不届き者を見つけることで手柄を立てよ~!ってことかなぁ。 焙煎を禁じるおふれ

 こうした措置により、コーヒーの価格は高騰。庶民は代わりのコーヒーを飲まざるをえなくなりました。「ちぇっ」と思ったでしょうね。いわゆる「代用コーヒー」は、ここで発達したんだそうです~~~。以前、少しだけブログでも書かせていただきましたが、この代用コーヒーは戦時中や旧東ドイツで多く飲まれましたよね。様々な材料で作られていたんだそうですが、有名なのがチコリやタンポポの根っこ、そして麦芽。そのほかにもどんぐりなどの木の実や穀物が試されたんだそうです。本物のコーヒーの消費が代用コーヒーのそれを追い抜いたのは、1950年代に入ってからなんだそうです。1930年代の麦芽コーヒーのポスター カワイイ。

 Kaffeeriecher や高い関税は大王の死後に廃止されたんだそうですが、さすが大王。コーヒーの歴史にも名を残す・・というか、いろいろやってたんですね。Kaffeeriecher はケッサク。

 11月12日追記:フリードリヒ大王は、ジャガイモの栽培を奨励したことでも知られていますよね。結構、強引だったみたいです。どんな風だったかというと・・・ → あむさんのブログへGo! 美味しそうなジャガイモグラタンも食べられますよ~(^m^)

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2007年11月 1日 (木)

ドイツのコーヒー その1 (Eduscho と Tchibo)

 先日、紅茶のことをちょこっと書いた際、コーヒーもついでに検索していましたら、面白いサイトを見つけてしまいました。2002年から2003年までベルリンの博物館で開催されていた「コーヒー展覧会」。ベルリンにお住まいの方はご覧になったかもしれませんね。5年も前で、ちょっと古い話なのですが、内容は古くない(というか、300年もさかのぼる話なので、5年という年月はあんまし関係ない・・・)ので、ご紹介しちゃいますね~。

コーヒー展覧会のサイト

 この展覧会に協力したのは Eduscho というコーヒーの会社。1924年に Eduard Schopf (エードゥアルト・ショップ)という人がブレーメンで興した会社です。Edu と Scho を取って Eduscho なんだそ~です。今頃ナットク、目からウロコ。当初は焙煎したコーヒーを郵便で届けるのが主な業務だったとか。その後、店頭でのコーヒー販売にも着手。Wiki によると、同社は80年代から90年代にかけて、各地のパン屋さんと提携してコーヒーを販売する事業を展開したとのこと。お客さんが店頭でパンと一緒にコーヒーを飲めるというアイディアです。私が驚いたのは、1997年にTchibo (チボー)社の傘下に入ってしまったということ。知らなかったのは私だけ?ブランド名は残してあるということですが、最近のドイツ・コーヒー事情に疎くて知りませんでした。

 このTchibo の店は、コーヒーの挽き売りや立ち飲みで有名でしたよね。日本のドトール創業者がチボーにヒントを得たということは、よく知られています。日本人は、おそばの「立ち食い」はしますが(注:さすがに私はしたことない~)、コーヒーの「立ち飲み」はまだまだしなかった時代でしたよね。(ドトールのHPにも載っていました → コチラ)もちろんスタバなどもなく、コーヒーを飲みたくなったら「喫茶店(サ店・・・死語の世界)」とか「珈琲店」などへ行くのが普通だったのでありました…。

 話はそれましたが、Tschibo 社の歴史はEduscho よりは新しく、1949年に Max Herz (マックス・ヘルツ)という人と Carl Tchilling-Hiryan (読み方分からないのです・・・。外国の名前かしら。カール・チリング-何とか)という人がハンブルクで興したのが始まり。Tchilling の Tchi と、コーヒー豆 Bohnen の Bo をつけて、Tchibo だそ~です。こちらも初耳、目からウロコ。同社も焙煎したコーヒーの郵送から始めたそうです。その後、各地に販売店を出すようになって、試飲サービス(Probe-Ausschank)が好評を博したとのこと。

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 ドイツのコーヒー、あまりに奥が深くてちょっとやそっとじゃ理解できなさそう・・・。何回かに分けてちょこちょこ書かせてくださいませ。

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2007年10月27日 (土)

Teekanne 社の Teebombe (お茶爆弾)

Pa270025 先日、ドイツのお土産をいただき、つい「わ~い♪」という記事を書いてしまいました。その中にあったフルーツティ。Teekanne 社 (テーカンネ、ティーポットの意味です)のお茶です。懐かしいわ~ 懐かしすぎる! 昔の思い出話ばかりで恐縮ですが、わがドイツ母はコーヒーを全く飲まず、紅茶かハーブティを好んで飲んでいたのです。決まってこのTeekanne 社のティーバッグで、Kandis (氷砂糖)をチャリ~ンと入れていました。

 このTeekanne 社、歴史を調べると面白いのです。お茶を販売する会社がドレスデンに設立されたのが1882年。今年は125周年なんだそうです。ドイツ人というとコーヒー好きというイメージがあるのですが、お茶も好きなんですね。

 1913年にはTee Fix というブランド名のお茶を販売し始めます。翌1914年に第一次大戦が勃発すると、Teekanne 社は茶葉を1杯分ずつガーゼにくるみ、兵士に提供したんだそうです。その形状からか、兵士たちは Teebombe (お茶爆弾)と呼んで喜んでいたんだとか。

ティーバッグの変遷(← クリックしてみてね。一番上の写真が、兵士が戦場に持って行ったといわれる Teebombe)

 この「お茶爆弾」、色だけはよく出たんだそうですが、ガーゼの臭いがきつくてお茶の香りが損なわれ、美味しいものではなかったらしいです。ティーバッグの前身はアメリカやイギリスで作られていましたが、一人分ずつ布でくるむ発想はこの会社が最初だったそうです。

 その後、硫酸紙などを使用したティーバッグがアメリカで開発されるものの、今度は糊の臭いが紅茶に移り、なかなかうまくいかなかったんだとか。粗悪な茶葉を混ぜ込む業者も現れ、ティーバッグ=安くてまずい紅茶、というイメージが定着してしまったそうです。

Pa270026  1949年に Teekanne 社が糊を使わずに折っただけのティーバッグを開発。しかも Doppelkammerbeutel といって、お茶が入っているところが2重になる仕組みが画期的だったんだとか。今でも目にしますよね、これ。これだと糊の臭いが移ることもなく、また袋が2重になって出がよくなるという利点があるんだそーです。今回のハーブティも同じDoppelkammerbeutel になっていました。

 話は前後してしまいますが、1945年のドレスデン爆撃で同社も大きな被害を受けたそうです。終戦後の1946年にニーダーライン地方へ移転。その後の1954年、デュッセルドルフに社屋を移し現在に至っています。

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 余談ですが、Teekanne 社のHPを見てみたら、懐かしいお顔が・・・。シュテフィ・グラフがイメージキャラクターを務めているみたいですね。なんだかとっても美人になっていてビックリ。 HP はコチラ

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2007年10月20日 (土)

Mozartkugel (モーツァルトクーゲル)

Pa190018 ドイツ語圏に旅行なさった方ならきっと召し上がったことがありますよね、モーツァルトクーゲル。複数は モーツァルトクーゲルンでございます~~。ご当地の有名人をお菓子にのっけちゃう発想って世界共通なんだな~と感心した記憶があります。昨日、お土産にいただいて「わ~い♪」と喜び、早速記事に書かせていただきやした。日本語で検索したら、このモーツァルトクーゲルについて書いていらっしゃる方が結構多いので、私が今さら書くのも・・・と思ったのですが、やっぱり書きたいっっ 書かせてくださいっっ

   

 創始者はPaul Fürst (パウル・フュルスト)という菓子職人。1884年にザルツブルクで店を開き、1890年には Mozartbonbon (モーツァルト・ボンボン)という名で原形となるお菓子を開発します。その後 Mozartkugel に改称し、実際に販売を始めたたとのこと。1905年にはパリの博覧会に出品、金メダルを獲得しています。現在に至るまでレシピを変えていないとのことです。その中身は・・・

   

・・・ピスタチオの入った緑のマジパンが芯。それをヌガ~(カカオやナッツのペースト)でくるんで串を刺し、溶かしたチョコレートにポチャンとつけます。冷えて固まったら串を外し、抜いたあとの穴をチョコで埋めてできあがり♪ 串を使えば、まんべんなくコーティングできるんでしょうね。

   

 この「Mozartkugel」という名称をめぐって、それぞれ伝統のあるオーストリアのフュルスト社Mirabell (ミラベル)社、そしてドイツの Reber(レーバー)社の間で法廷闘争にまで発展してしまったそうな。結局、次の商標に落ち着いたみたいですね。HPを見てみると、それぞれ製法に個性があって面白い♪

   

フュルスト社Original Salzburger Mozartkugel (オリギナ~ル(=オリジナル)・ザルツブルガー・モーツァルトクーゲル) HP(クリックしてみてください)の動画が面白いのです。Start をクリックしてね。マジパンの芯をヌガーでくるみ、串を差して溶かしチョコレートにボチャン。銀紙に青いモーツアルトが目印。

   

Pa190019ミラベル社: Echte Salzburger Mozartkugeln (エヒテ(=本物の)ザルツブルガー・モーツァルトクーゲルン こちらは複数形)、HPの写真(←クリックしてみてね)によると、中心がピスタチオのマジパン、その周りが色の濃いヌガー、さらにその周りを色の薄いヌガー、仕上げがチョコレートコーティング。Mirabell 社の製造方法(←クリックしてみてね) Film spielen をクリックすると動画が見られます。

   

ドイツのレーバー社:die echten Reber Mozart-Kugeln (ディー・エヒテン・レーバー・モーツァルトクーゲルン、複数形で定冠詞つき)、HPの写真(←クリックしてみてね。下のほうです)を見る限り、中心がへーゼルナッツのヌガー、その周りにアーモンドとピスタチオのマルチパンの2階建て構造、そして仕上げがチョコレートコーティングとなっている模様。上の2社は芯がマジパンなのに対し、こちらは芯がヌガ~。

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 ひゃ~ 3社を比べてみたけど、面白かった♪ 

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2007年10月19日 (金)

わーい♪

Pa190024  ・・・と、いきなりタイトルではしゃいですみません。ヨーロッパ旅行に行ってらした方からお土産いただいてしまいました。うれしーーーーー♪♪♪ 新製品も入っていて、ヒデキカンゲキなのだ~~~ この週末、またお菓子の記事が書けちゃいますっっ カメラの調子が悪く(電池を入れてもすぐ切れる)、しかもピンボケで申し訳ないです。買い替え時かしらん。

  

Pa190019_2 

前から由来を書きたいな~と思っていたモーツァルトクーゲル(モ~玉)に・・・

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大好きなミルカのヨーグルトに・・・

 

 

Pa190015

            

merci (メルシー)チョコの新型に・・・   

       

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知る人ぞ知る Teekanne 社のハーブティ。

   

   

     

あと、昨年のクリスマスにUP したトブラローネのミニも。見せびらかすみたいで申し訳ないのですが、中身や由来にヒジョ~に興味があるので、また改めて1つ1つ詳しく書かせてくださいね♪♪ Mさん、ありがとうございました。うれしいでごじゃるよ~~~~♪

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2007年10月17日 (水)

またミルカ… 買っちゃいました♪

 「買っちゃいました♪」と書いてしまいましたが、実は買ったのはもう2週間くらい前。ブツのほうは、もう影も形もありません。食べちゃいました、ハイ。

Pa070003  ミルカのチョコレートは溶けやすいのです。Lindt や Tobler は暑い季節でも店頭に並んでいますが、ミルカは秋~春までしか、そのお姿を拝むことはできないんですな。10月の始めに輸入食材屋さんに寄ったところ、「ミルカ入荷しました!」との貼り紙が。リラ色が目に飛び込んできて、わたしゃ嬉しかった…。おもむろにミルカをむんずとつかみ、レジに並んだのは言うまでもありませぬ。

 ところでこの商品は初めて見ました。私が知らなかっただけ?Kleine Pause (ちょっと一休みって感じでしょか)と言うのですが、アホな私は Keine Pause (休みなし)と読み間違え、「はは~ん、のべつまくなしに食べたくなるほど美味しいってワケね」と一人納得していたのでありました。ホント、アホ。

Pa070004  ・・・が、ちょっとこのチョコレートは甘かった・・・。ミルカはもともと甘めではありますが、これは中でもかなり甘さが強いような気がします。もう少し甘さや香辛料を控えたお味のほうが、日本人の口に合うような気がするんだけど。

Milka (過去の記事です) ← Milka の名前の由来や歴史など。よろしければ。

Milka 板チョコラインナップ (過去の記事です)

 そろそろスキーの季節ですね。またワールドカップなどでミルカ牛の姿が見られるといいな♪ (← ご存じですよね、ミルカ牛。)

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2007年10月15日 (月)

Daniel Barenboim (ダニエル・バレンボイム)

 現在、ピアノ奏者・指揮者のダニエル・バレンボイム氏が来日中ですね。いつもROM させていただいている方のブログで、感動的なコンサートだったということを知り、またなすびさんが記事を紹介してくださったこともあり(なすびさん、いつもありがとう♪)以前に某所で書いた日記を思い出しました。ちょっと古い(年初に書いたものです)のですが、転載させていただきますね。
 
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 先日、ダニエル・バレンボイムという指揮者のドキュメンタリーの仕事をいたしました。余計なナレーションなどは一切入らず、本人の独白と関係者のインタビューだけでまとめられた、「秀逸なドキュメンタリー」といった感じで好感が持てました。 なぜバレンボイムさん?と思ったら、今年ベルリン国立歌劇場の公演で来日するんですね。だからそれに合わせて注目度も高くなっているのだと。

Daniel_barenboim 恥ずかしい話、私はバレンボイムさんのことはあまり詳しくなく(というか、ほとんど知らなかった・・)慌てて色々調べました。自伝「音楽に生きる~ダニエル・バレンボイム自伝」も急いで読みました。音楽にお詳しい方は、「そんなの常識だよ~」と思われるかもしれませんが、恥を承知で書いちゃいます。ご存じの方はスル~してね♪アルゼンチン生まれのユダヤ人、両親ともにピアニストで小さい頃から両親に手ほどきを受け、めきめき頭角を現したとのこと。小さい頃から「この子は将来、指揮者になるだろう」と言われていたそうです。彼のピアノ演奏を聴くとオーケストラが聴こえてきたそうです・・・。それくらい「オーケストラ的なピアノ演奏」だったんですって。早くからそれを見抜いたご両親もすごい。
 
 感動したのは、彼がゲーテの西東詩集の題名から取った「Weat-Eastern-Divan Orchestra」というオーケストラを結成し、1999年に公演を行ったこと。主にイスラエルとイスラム圏の才能ある若い音楽家で構成されていたそうです。彼らの目的は「音楽を奏でること」であって、国籍だの宗教だのは一切関係ない。「イスラエル人とアラブ人が並んで同じ楽器で同じパート、同じメロディを奏でることのなんとすばらしいことか」と彼は語っています。また、その趣旨に賛同したヨーヨー・マもこのワークショップに参加。華やかな演奏会になったようですね。

 2001年、バレンボイム氏はイスラエルでワーグナーを演奏しました。ご存じのように、ヒトラーはワーグナー礼賛者でした。イスラエルの人たちにとっては、ワーグナーはホロコーストの悪夢を思い出させる忌まわしい音楽家。でも、バレンボイム氏は「ワーグナーの音楽のすばらしさ」を知ってもらうため、真摯な態度で聴衆を説得し、「トリスタンとイゾルデ」
の一部を演奏したのです。一部の客は演奏前に会場から出て行きましたが、ほとんどが残り、ワーグナーの調べに耳を傾け、そして感動したとのこと。小さい頃からシナゴーグに通い、イスラエルに帰化し、ドイツの楽団で指揮をしてきたバレンボイム氏にしかできなかったことだと思いました。
 
 驚いたのは、彼がスペイン語、ヘブライ語、英語、ドイツ語がぺらぺ~らなこと。ドイツ語を聞くかぎり、ほぼ完ぺき。英語も流暢でした。外国語に悪戦苦闘している私ってナンなの?と恥ずかしくなるくらい。
  
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 おまけ:お顔が何となくビリー・ジョエルに似ているな~と思っておりました。もしかしてビリーもユダヤ系?と思い、検索してみたら、ピンポーンでした。知らなかった・・・サイモン&ガーファンクルがユダヤ系だということを最近知って驚いたのですが、ビリー・ジョエルもそうだったんですね。ユダヤ人の方々の音楽的な感性ってすばらしい・・・

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2007年10月11日 (木)

Hänschen klein - 蝶々(その1)

 「Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)」で U99さんがコメントを寄せてくださいました。「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ~♪)」の歌が、モトはドイツの歌だったということ。さすがU99さん、こういったテーマが私のツボにぴったりハマってしまうことをよくご存じで・・・。かすかな記憶を頼りに検索してみましたら・・・

  

・・・あった、あった。「Hänschen klein」。「ヘンスヒェン」は「ハンスちゃん」ですね。メロディは古くから存在したそうですが、この歌詞をつけたのはドレスデンの教師、Franz Wiedemann (1821-1882)だそうです。訳は後日、またあらためて。小さなハンスちゃんが旅に出、7年も放浪した末にたくましくなって母の元へ帰ってくるストーリー。ハンスちゃんったら、すごすぎ。男のロマンですな。メロディは18世紀初頭からあるらしい、とWiki には出ていました。

1. Hänschen klein  (ソミミ♪)
Geht allein (ファレレ♪)
In die weite Welt hinein. (ドレミファソソソ♪)
Stock und Hut (ソミミ♪)
Steht im gut, (ファレレ♪)
Ist gar wohlgemut. (ドミソソド 最後がちょい違うみたい)
Aber Mutter weinet sehr, (レレレレレミファ♪)
Hat ja nun kein Hänschen mehr! (ミミミミミファソ♪)
"Wünsch dir Glück!" (ソミミ♪)
Sagt ihr Blick, (ファレレ♪)
"Kehr' nur bald zurück!" (ドミソソド 同じく最後がちょい違う)

2. Sieben Jahr
Trüb und klar
Hänschen in der Fremde war.
Da besinnt
Sich das Kind,
Eilt nach Haus geschwind.
Doch nun ist's kein Hänschen mehr.
Nein, ein großer Hans ist er.
Braun gebrannt
Stirn und Hand.
Wird er wohl erkannt?

3. Eins, zwei, drei
Geh'n vorbei,
Wissen nicht, wer das wohl sei.
Schwester spricht:
"Welch Gesicht?"
Kennt den Bruder nicht.
Kommt daher die Mutter sein,
Schaut ihm kaum ins Aug hinein,
Ruft sie schon:
"Hans, mein Sohn!
Grüß dich Gott, mein Sohn!"

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 じゃ、「蝶々」は誰が作詞したんでしょ?検索してみると、この歌はもともとスペイン民謡だった、という説と、ドイツ民謡だったという説が出てきました・・・どっちなんだ?また、私はてっきりドイツ直輸入かと思っていたのですが、そうでもないようです。

 アメリカに「Lightly Row (軽やかに漕ごう)」という歌があるんだそうです。このモト歌は、上述の Hänschen Klein。井沢修二という教育者が留学先のアメリカからこの歌を持ち帰り、野村秋足に歌詞をつけさせたのが「ちょうちょう」ではないかとする説を発見。その後の明治14年、「小学唱歌 初編」に載ります。
Lightly Row から ちょうちょう へ Lightly Row の歌 (いきなり音楽が鳴ります ご注意!)
アメリカ経由で日本に入ってきた?

  

<別の説>
「ちょうちょう」について(←クリックしたとたんに音楽が鳴りますのでご注意!)

「ちょうちょう」(野村秋足作詞/スペイン民謡)の謎

 上述の伊沢修二の命令により、野村秋足が尾張地方周辺の民謡を収集したんだそうです。その中にあったのが地元に伝わるわらべ歌「蝶々」。野村秋足がこの歌詞を現在の歌詞に近いものに改作したとのこと。そして明治14年、この歌が「小学唱歌 初編」の3番目に掲載されたんだそうです。その後、昭和22年に文部省が「いちねんせいのおんがく」を発行するにあたり、現在の歌詞になったとのこと。尾張に伝わっていたわらべ歌が、たまたま似ていたのかしら。それで、外国の曲に当てはめたんでしょうか・・・。そのあたりの経緯がよー分からんのです。

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  余談ですが、「蝶々」で検索したら「ミヤコ蝶々」もヒットして一人でウケてしまいました。ぐふふ♪ 急いで検索し、急いで書いたので支離滅裂かも。ごちゃごちゃと書き連ねてしまいました。読みにくいかもしれませんね。すみません。

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2007年10月 6日 (土)

Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)

 軍歌は全く詳しくないのですが、この歌は知っております。戦争映画によく出てくるのでいつの間にか覚えてしまいました。映画「U・.ボート」や「リリー・マルレーン」でも酔った兵士たちが歌っていたような記憶が・・・。行進曲だけあって威勢がいいメロディです。でも、死の恐怖をお酒で紛らわせようとしている若い兵士たちが歌っているのを見ると、なぜか悲しく聞こえます。YouTube で 「お~どぅーしぇええええなーヴェーーースターヴァルト」のあとに合いの手が入るバージョンも見つけたのですが、その中に大砲をぶっ放すシーンがあったので載せるのは抵抗がありまして・・・。こちら↓は行進しているシーンだけ。

Westerwaldlied (YouTube)

Heute wollen wir marschieren
Einen Neuen Marsch probieren
In dem schönen Westerwald
Ja da pfeift der Wind so kalt

Refrain:
Oh du schöner Westerwald
Über deine Hoehen pfeift der Wind so kalt
Jedoch der kleinste Sonnenschein
Dringt tief ins Herz hinein

Und die Gretel und der Hans
Geh'n des Sonntags gern zum Tanz
Weil das Tanzen Freude macht
Und das Herz im Leibe lacht

Refrain

Ist das Tanzen dann vorbei
Gibt's gewöhlich Keilerei
Und dem Bursch' den das nicht freut
Man sagt der hat kein Schneid

Refrain

 この曲は元々、ヴェスターヴァルト地方(ドイツ中西部)に古くから伝わる歌なのだそうです。この曲を行進曲にアレンジしたのが Joseph Neuhäuser(ヨーゼフ・ノイホイザー、1890-1949)という作曲家だそうです。楽譜が存在しなかったため、この地方出身の女性に歌ってもらい、歌詞とメロディーを書き取ったのだとか。アレンジするにあたり、ノイホイザーはまずこの曲の著作権について調べたそうです。権利を侵害してはいけないと思ったのでしょうね。当時(1930年代)から著作権に敏感だったなんて、さすがドイツ人。手を尽くして調べたそうですが、得られた回答は同じだったとのこと。「非常に古い歌だから、著作権は生きていませんよ」 それを受けて彼は1935年に行進曲にアレンジし、マインツにある音楽関係の出版社に150ライヒスマルクで売却したそうです。第二次大戦中、この曲は兵士の間で大流行りだったとか。「リリー・マルレーン」がヒットする前は、この曲が人気ナンバー1だったそうです。

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2007年10月 3日 (水)

der Tag der Deutschen Einheit (ドイツ統一の日)

 今年も10月3日のドイツ統一の日がやってきましたね。早いな~。1990年に定められてから、もう17年。統一後に生まれた子供も、大きい子は17歳になるということですよね。壁が存在した時代を知らない世代が少しずつ増えていき、やがて分断されていたことも歴史になっていってしまうのでしょうか。

 ドイツ内務省のHP(コチラ)を見ましたら、国の記念日として4つほど挙げられていました。アウシュヴィッツ強制収容所が解放された1945年1月27日、ノルマ引き上げに反発した労働者たちのストに端を発した市民蜂起がソ連軍によって制圧された1963年6月17日(統一前の西ドイツでは、この日がドイツ統一の日でしたよね)、シュタウフェンベルク大佐たちがヒトラー暗殺を試みた1944年7月20日、そして今日のドイツ統一の日。

↓昨年と同じ写真を載せちゃってすみません。1990年10月3日の新聞です。どこの新聞か失念・・・たぶん、FAZか Handelsblatt だったと思います。当時、会社にあった古新聞の山から掘り出してきたのだ~。
P9070018_1_2

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2007年10月 2日 (火)

Toi, toi, toi♪

 ドイツ人がよく口にする言葉「トイ、トイ、トイ♪」。「しっかり頑張ってね~」といった意味ですよね。Viel Glück! とか、Good luck! のように、相手の幸運を祈る言葉です。初めて聞いたときは「面白いな~」と思いました。これって何の言葉から派生したんでしょ?

 昔の人は、おめでたい話や幸運に関係する話をダイレクトに言うと、悪魔が嫉妬して災いをもたらすと信じていたんだそうです。思わずそういった内容を口にしてしまったら、Unberufen!(=やべっ、つい口にしちゃった)と言いながら、「ぺっぺっぺっ」とつばを3回吐いて(!)木材などでできたものをコンコンコンと3回叩くのが慣わしだったとか。「ぺっ」は魔よけになるんだそうです。それでもさすがにお行儀が悪いということで、つばを吐く代わりに Toi, toi, toi.と唱えるようになったとWiki やその他のサイトにはありました。「トイ、トイ、トイ」って「ぺっ」という音の代わりなんですって。わたしゃ知らなんだ・・・。

小学館の独和大辞典に載っていた例:
Ich habe noch keinen Unfall gehabt, unberufen toi, toi, toi!
(私はこれまで事故を起こしたことがない。あっ 言わなきゃよかった、くわばらくわばら。)

 Wikiでもう一つの可能性として挙げられていたのが、Teufel(悪魔)を3回唱えたことから来たとする説。シュヴァーベン地方の辞書に、次の言葉が載っているそうです。方言なので意味はよく分からないのであります。でも、「あ、あ、悪魔のケーキ」みたいな感じで確かに3回繰り返してる・・・。„No kommt mer in ’s Teu- Teu-Teufelskuchen bey ihm“.

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 以上が Toi, toi, toi. の元々の意味。「やべっ くわばらくわばら」というシチュエーション以外にも、最初に挙げましたように「しっかりね」の意味でも使われますよね。別れ際に Toi, toi, toi. と言うシーンは映画などでもよく出てきます。言いながら扉を3回叩くシーンも確か出てきたような・・・。ドイツ語って、やっぱり面白いのだ。やめられないのだ~。

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