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2006年5月 7日 (日)

DDR(ドイツ民主共和国~東ドイツ) その2

東ドイツのことを書き始めましたら、止まらなくなってしまいました。翻訳とは全く関係のない個人的な思い出話ですみません。さらに新しいカテゴリー「DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)」というものを作ってしまいました。読んでくださり、感謝いたします。

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恐るべし、シュタージ

壁が崩壊し、東西ドイツが再び統合して数年経った頃のこと。元東ドイツの友人からメールをもらいました。それによると、彼も多くの元東ドイツ国民と同様、秘密警察であった Stasi (シュタージ、国家保安省)による監視調書の開示を請求したとのこと。その中に、ちょびっとだけど私のデータもあったから、スキャンして送るよ、ということでした。

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確かにほんの少しではありますが、私に関するデータでした。個人情報も含まれますので、ごく一部だけ載せさせてください。私や訪問先の友人の個人データ(生年月日、現住所、勤め先、旅券番号など)は ビザを取得する際に申請しますし、友人も外国人を泊めることを当局に報告しますので 、データにあっても不思議ではないのですが、それにしてもね~。申請した内容以外にもちょこちょこ記載されていました。ちなみに国境の検査では、旅の目的や滞在日数などを係官に尋ねられますが、個人的なことは聞かれていません。

その友人とどうして出会ったか、私が大学で何を専攻していたか、仕事で具体的に何をしているか、どの程度のドイツ語を話せるか。そういった些細な情報が手書きで書き込まれていました。そして行きの列車の中で日本人と乗り合わせていたことも触れられていました(誰だったか私も覚えていないのです)。ただし、報告した人物の名前はマジックで消されていました。開示請求した友人が消したのか、元々消されていたのか分からないのですが。

訪ねた友人は学生でしたので、大学の食堂(Mensa)や学生寮(Studentenwohnheim)へつれていってもらい、何人かの学生と歓談もしましたし、観光地で知らない人と立ち話もしました。その中に IM(Inofiizieller Mitarbeiter、非公式協力者)がいたんでしょうか。特に大学は思想のチェックが厳しかったらしく、多くの『Spitzel (スパイ)』が混じっていたと聞きました。

当時から東ドイツ政府の恐ろしさというのは肌で感じていたのですが、一観光客、それもいかにも人畜無害って風貌の日本の小娘(当時は若かった!)の取るに足らないプチ情報まできっちり記載してあったことを知り、鳥肌が立ってしまった次第です。

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長々とすみません。またDDRのことについて、書かせてくださいね。書いているうちに忘れていた思い出までよみがえってしまいました~

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「DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)」カテゴリの記事

コメント

怖いですね。読んでいてわたしもゾーっとしてしまいました。
誰が密告したのか、気になりますね。親切そうなあのひとだったら、とかいろいろ考えてしまいますね。人間不信になりますね。
こんなことをしている国って、他にもあるのでしょうか。北朝鮮とか中国とかでしょうか。しかし一旅行者についてまではやってないような気がします。そういう意味で、旧東ドイツは本当に陰湿な、いやな国ですね。なくなってよかった。

投稿: なすび | 2006年5月 7日 (日) 06時03分

なすびさん、いつもありがとうございます。ふつーの観光客で、観光客用の高いインターホテルに宿泊するのであれば、DDRも大歓迎だったと思います。何しろ、喉から手がでるほど欲しい外貨を落としてくれる大事なお客様ですから。だけど一般庶民の家に滞在、しかも滞在先は学生の家ばかりだったのが良くなかったのかもしれませんね。ドイツ人は日本人ほど大学へは進学せず、大学へ行く人の中には思想が当局にとって好ましくない人も多かったですから・・・

投稿: ありちゅん | 2006年5月 7日 (日) 13時31分

私も西独滞在中の1981年に、東ベルリンやエアフルトなどへ旅行しました。
「気球の8人」という映画を先日見ました。東独から気球で西独ヘ脱出を企てる8人の決死行を描いた1981年の作品です。最近の作品「トンネル」では、ベルリンの壁の下にトンネルを掘り愛する人を東側から助け出す話。いずれも実話を下敷きにしています。つまり、私が語学学校の学友達とダンスバーティで盛り上がっていた時代に、東側では生死に関わる生き様があったんだなと改めて感じます。
話は変わって硬貨の話題で、私も使い残した東独硬貨をまだ持っています。お国柄が出ますね。ほとんど日本の1円玉がみたいで、1ペニヒは直径1.7cmしかありません。いろいろ東独について書けるのもStasiがなくなったおかけですよね。でもどこかでしっかり監視されていたりして?!
ありさん、素晴らしい文章なので、書きためて本にされたらいかがですか。

投稿: Happiness裕之介 | 2006年5月 7日 (日) 20時03分

Happiness裕之介さん、ご来訪ありがとうございました!感謝いたします。映画「トンネル」は私にとっても忘れられない映画でして、後日書かせていただこうかな、と思っていたところです。ドイツと同じような運命を日本もたどる可能性があったわけですから、複雑な気分ですよね。シュタージのことを書くのは、昔のクセで少し抵抗がありました。つかまったらどうしよう・・・と。もう大丈夫でしょうけれど。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。私もHappiness裕之介さまのHPに、ちょくちょくお邪魔させていただきますね。

投稿: ありちゅん | 2006年5月 7日 (日) 21時10分

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