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2006年5月12日 (金)

DDR(ドイツ民主共和国~東ドイツ) (その7)

長々と個人的なお話を書きまして失礼いたしました。読んでくださり、ありがとうございます。私ったら調子に乗って、「DDR 番外編」も書いてしまいました~。また後日 ちらっと公開させてください・・・。しつこかったかな?

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豊かさの象徴 アメリカ

今回、DDRネタを書こうと思いつき、久しぶりに「グッバイ、レーニン!」を見直しました。改めて見てみると、「うん、うん」とうなずいてしまうことばかり。コカ・コーラの巨大垂れ幕が窓から見えちゃうシーンがありましたよね。コーラはやっぱりアメリカの象徴であり、東ドイツ人の憧れだったみたいです。

プレンツラウという町に住んでいた友人は、アメリカに憧れていました。彼の部屋に鎮座するのは、なんとガラスケースに入れられたコーラの空き缶。チェコに旅行したときに買ったそうです。(チェコは比較的規制が緩かったのか、コーラが買えたんだそうな)コーラの空き缶をケースに入れて飾っているのが物悲しかったです。

「誕生日に何が欲しい? デュッセルドルフから送るよ~」と尋ねると、彼は「マイコー(マイケル・ジャクソン)の『Bad』のLPがいいな」。で、出たばかりのLPを厳重に梱包して送りました。LPはオッケ~だったのですが、一緒に梱包したマドンナのカセットテープが検閲に引っかかってしまいました。マドンナがNG だったのではなく、カセットテープが NG だったのです。なぜLP がよくてテープがダメなの・・・?? 情報を暗号化して吹き込む可能性があったからでしょか。とにかく荷物は開封されて送り返されてしまったので、テープを抜いて送り直しました。

ジーンズも羨望の的。西側に親戚がいる人は、誕生日などにジーンズをリクエストすることができましたが、親戚がいない人は本当に気の毒。共産圏の人たちはジーンズに憧れている、というのは有名な話でしたが、それを肌で感じてきました。

DDR がらみの映画では、よく「echter Bohnenkaffee」という言葉が出てきます。「ああ、本物のコーヒーだわ。美味しい~」みたいに。DDR では Ersatzkaffee (代用コーヒー)が一般的でしたので、本物のコーヒー豆は貴重だったのでしょうね。Jakobs のコーヒーなんて、そりゃーもう大人気。

Intershop

当時、DDR の大都市なら必ずあった「インターショップ」。自国の通貨は使えず、外貨でしか買えない店。DDR に来ている観光客だけでなく、西の親戚などからもらった外貨を持っているDDRの一般市民もターゲットだったと聞きました。地元のデパートでは何も買いたいものがないのに、インターショップでは西の魅力的な品物がゴロゴロ。「せっかくだからインターショップに行こうよ。あなたと一緒なら入りやすいから。」とDDR の友人に誘われ、インターショップに入りました。

「ほんじゃま、話のタネに・・」と思って入りました。ところが!ディオールの口紅とかシャネルのタコ焼きシャドウとかが、なぜか西より気持ち安めに売っていたのです・・・!当時若かった私は(←私ったら しつこい)、「げげっ。欲しかったカラーが売ってる・・・しかも西より安い!お土産に買っちゃおうかな~」と思ってしまったのですが、でも DDR の友人の目の前で西ドイツマルク札を財布から取り出すことは、やっぱりできませんでした。

DDR の友人は、「ひょえ~~高い~ こりゃ、セレブの店だね。(セレブという言葉は当時なかったけど)」と言っていましたが、西側の人間からすると「口紅が25DM するのは当たり前だし、ブランドのセーターが100DM で買えるなら安いもんだわ。」と、つい思ってしまうのです。でもその友人は、「こういった品は『ぜいたく品』であって、西側の人間だってこんな物は買えないはずだ」と思い込みたい雰囲気でした。

共産圏の優等生

それでもDDR が、ちまたで言われるとおり「共産圏の優等生」だと感じたことがあります。プラハやブダペストなどを旅行すると、路地裏で「チェンジモネー、チェンジモネー」と、両替を迫られることが何度かありました(同じ経験を持つ方、きっといらっしゃいますよね)。それでもDDR では一度もヤミでの両替を頼まれたことはありませんでした。やはり「Ordnung (秩序)」を重んじるお国柄。みんなきちんとしていて真面目一筋。危ない目にも怖い目にも遭わず、本当に困ったのは開いているお店がなくてひもじい思いをしたことくらい。

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「DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)」カテゴリの記事

コメント

DDRのお話興味深いです。「オスタルギー」なんて言ってますが、実際に生活していた人にとっては大変な国だったんですね。

ところでhttp://plaza.rakuten.co.jp/germanbooks/にありちゅんさん向けの(笑)eye candyを載せました。お仕事お忙しいと思いますが、よかったらいきぬきにあそびにきてください♪

投稿: Papagena | 2006年5月12日 (金) 21時15分

懐かしのDDR、毎回待ち遠しく読ませていただきました。
西独滞在中の1981年、日本人の友人と一緒に東ベルリンへ。当時二十歳前後だった若造に(←まだ私も若かった!)、同じ年頃のDDR青年が話しかけてきました。「外国人しか入れない店へ行って、ジーンズを買ってくれないか」と言うのです。私たちは限られた時間内に多くの観光地を周り、よけいなことにかかわりたくなかったし、だいたいありふれたジーンズをわけも分からない店へ行って、わざわざ買ってくれなんて何か裏があるのではと「西側の生活に毒され、東は怖いと刷り込まれていた?」私たちは、恐ろしくなってその場を逃げるように立ち去ったんです。
数ヶ月後、DDRのアエフルト、アイゼナッハ周辺を旅行したときから、東の庶民は私たちと変わらない普通の人なんだ、とだんだん気づくようになってきました。それでもジーンズの件はずっと謎だったのです。ありさんの文章を読ませて頂いて、25年ぶりに合点がいきました。時間を戻すことができれば、あのときのDDR青年と友達になれたかもと思います。
映画「グッバイ、レーニン!」で、「水色のステーションワゴン」のトラバントに乗って出かけるシーンがありますね。DDRの人にとってのトラバントは知っているつもりでしたが、色と形についての意味合いまではわからなかったので、ドイツ人に尋ねたら、憧れのトラバントの中でも、更に憧れの色と形だったとか。それを勤めだして数年の青年が買ってしまったのですから、お母さんにとっては目を疑う出来事だったでしょう。「グッバイ、レーニン!」は自分なりに「抱腹絶倒」楽しんだ映画でしたが、ありさんに解説していただくと更に楽しめそうな予感がします。時間がありましたらDDRの続編をお願いします。

投稿: Happiness裕之介 | 2006年5月13日 (土) 17時28分

Happiness裕之介さま
ご親切にありがとうございました。読んでくださって感謝します!そのDDRの青年、きっとショップでジーンズを代わりに買ってほしかったんでしょうね。ただ、ジーンズが買えるほどのDMを彼が持っているとは思えないので、やっぱり「逃げて正解!」だったかもしれません。DDRのことになると、筆が進む・・・というか、タイプの手が止まらなくなるのですが、なにしろ20年前の話ですので、結構記憶も曖昧でして、実は何度も書き直しました。でも、書いているうちに次々と思い出すから不思議です。それだけ強烈な経験だったんだろうなーと思います。また、DDR番外編を書いて公開させていただこうと計画中です。いつも読んでくださり、ありがとうございます。

投稿: ありちゅん | 2006年5月13日 (土) 21時23分

DDRのお話し楽しく読まさせていただきました。
ベルリンの壁崩壊なんて予想できませんでしたものね。いまとなっては貴重な体験です。
壁崩壊の直前、小説の中に書いていたベラ(もちろん本名ではない)に紹介された客員として東ドイツから来た教授は、俺たちを西側の教授はバカにすると言って怒ってました。その教授はトラバントを持っていて、教授の運転でベラと私が乗せてもらったのもいい思い出です。あの教授が壁崩壊後どうなったかは存じ上げて居りませんが…。絵描き屋

投稿: 絵描き屋 Yoshimi | 2006年5月13日 (土) 22時27分

絵描き屋 Yoshimi さま、コメントありがとうございました。DDR話を読んでくださり、ありがとうございます。またしばらくしましたら、番外編を公開させていただこうと思っております。また、6月半ばには仕事が一段落つきそうですので、実家へ行って当時の写真や資料を持ってこようと計画中です。通関の資料とか、DDR での資料とか保存してあるはずなのですが・・・。そうですか、DDR の教授も西へ行くとバカにされていたのですね・・・。悲しいことです。体制の違いは本人の責任ではないですのに。また絵描き屋 Yoshimi さんのブログにも遊びにお邪魔しますね。

投稿: ありちゅん | 2006年5月13日 (土) 23時20分

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