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2006年5月 9日 (火)

DDR(ドイツ民主共和国~東ドイツ) その4

東側の実態

鉄道で西から東へ向かうには、何通りかルートがありました。私もそのうちの幾つかを試しましたが、そのうちの一つがハノーファー発~マクデブルク経由~ライプチヒ終点だったような記憶があります。そこで清潔この上ないDB(Deutsche Bundesbahn、ドイツ連邦鉄道)の車両を降り、埃まみれのDR(Deutsche Reichsbahn、ドイツ国有鉄道)に乗り換えてドレスデンへ向かい、さらにローカル線でマイセンへ。

「マイセンへ行く前に、Kiosk かImbiss で何か買って腹ごしらえするぞ~♪」と思っても、そんな店ありゃしない。結局、予備に持っていたビスケットをモソモソかじって飢えをしのぐハメに。

ひもじい思いをしながらトボトボとホームを歩いていると、友人が迎えに来てくれていました。彼女はすぐ私のことが分かった様子。当然ですよね、ほかに黒髪のアジア人なんていないもの。

再会を祝してレストランで食事しようにも、店はことごとく「Geschlossen(閉店)」か「Ruhetag(休業日)」。唯一開いている店も長蛇の列。仕方なく、家で何かを作ろうという話になり、スーパーマーケットに行きましたが、商品の陳列棚はガラガラ。品不足は深刻でした。

なお、20年前の東ドイツの家庭には電話が少ししかなく、私たちは事前のやりとりを電報で行っておりました。電話がある家庭は「Beziehung (コネ)、通称 Vitamin B(ビタミン・ベー)」がある家。でなければ、10年以上前から申請して、ようやくついた家とか。別の友人はお母様がお医者様だったため、優先的に電話をつけてもらえたと言っていました。

同じことが自家用車にも当てはまりました。トラビがあるのはコネがある家庭か実力者。でなければ、10年以上も前から申請していた家。「え?3年でトラビが来たの?」と驚いたのは、「グッバイ、レーニン!」のお母さんでしたね。

日本の小娘(←しつこいようですが、当時は若かった!)の目にも、東ドイツは不平等な社会に映りました。マイセンの友人は兄とともに大変優秀だったのですが、何年待っても大学へ進学できませんでした。「空きがない」との理由だったそうですが、彼女いわく「Vati ist dickköpfig...(パパが頑固だから・・・)」。なんでも、国営企業に勤めるお父さんが上司にたてついてしまったそうです。上司は党に太いパイプがあったらしく、それ以来嫌がらせばかり受けているとか。4人家族でしたが、狭い団地に住んでいました。もっと広い住居に移りたいと長く申請していたそうですが、なかなか願いはかなわず・・・(作り話ではありません。彼女や彼女の家族から聞いた本当の話です)だけどお母様がお医者様である別の友人は、待たずに大学へ進学。同じ地域に住み、希望する専攻も同じ化学でした。

日本から初めて西ドイツへ行ったときは、「カルチャーショック」というのは感じませんでしたが、東ドイツでは全てが「しぇーーー ありえない~!」の連続。だけど西と変わらないのは、人々の温かい笑顔と優しさ、見知らぬ国への好奇心。品物がなければ、ないなりに工夫してもてなしてくれました。庭でとれた野菜や果物、自家製のワイン、「コネ」で手に入れた貴重な食材・・・。

公のルートでは何も手に入らないため、人々は4時くらいに仕事をさっさと片付けると、家に戻ってせっせと大工仕事や家庭菜園に精を出していました。手に職のある人たちは、schwarz (=正規ではなく、ウラ)で仕事を引き受け、家を建ててあげたり、電化製品を取り付けてあげたり。比較的物資が豊かな首都ベルリンはともかく、地方の品不足はとても深刻でした。それでも1歩家に入ると、随所に工夫が見られ、それなりに豊かな生活をしている様子も伺えました。ないところにはないけれど、あるところにはある…。おかしいな、DDRでは貧富の差がないはずなんだけど。

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「DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)」カテゴリの記事

コメント

早速の訪問ありがとうございました。当時、私は東ベルリンに行っただけで東側へ行くのがいやになりました。昨年、ドレスデンに行ってきましたが、当時はとても行く気になれませんでした。よく東ドイツへ行かれましたね。感心しています。おまけにシュタージの監視つきとは恐れ入りました。DDRの話しの続き楽しみにしています。絵描き屋

投稿: 絵描き屋 Yoshimi | 2006年5月 9日 (火) 00時20分

私も、東ベルリン出身のカメラマンの知り合いが、
『アメリカに行きたいな〜と言ってたら、危険人物扱いされて、大学に行けなかった』と言ってて驚きました。
彼女は超美脚の小顔の美女なんですが、大学で写真の勉強ができなかったので、写真に関する仕事につきたくて、モデルになった、そうです。
うーん、そこでモデルに成れるあなたはすごい。。(笑)

最近、ドイツで、元Stasiの人たちが団体を作って、『刑務所等にかんする嘘やデマを正す』とか(又聞きなのではっきりわからないのですが)発言して、批難ごうごうだそうです。
サイトにもちらりとかいたHohenschoenhausenの刑務所に入っていた元囚人が『私はあそこで毎日殴られていた。やっとそんなことを忘れられる時になってこんな馬鹿げた発言をきかされるとは』とか言ったらしいです。
・・また長くなってしまってすみません。 お仕事忙しくなると思いますが、お体には気をつけて!

投稿: kio | 2006年5月 9日 (火) 05時09分

絵描き屋 Yoshimi さま
コメントありがとうございました。本音を言うと、私もDDRじゃなくてバイエルンの田舎とかスイスとか旅行したかったんですが、誘われると嫌とは言えず、ずるずる毎回DDRに旅行することに・・・。なお、シュタージにチクられてたってことを知ってたら、さすがに行かなかったと思います。今になって冷や汗です・・

投稿: ありちゅん | 2006年5月 9日 (火) 07時19分

kio さま、コメント感謝です!そのお友達、「仕方ないからモデルになった」って感じですね、スゴすぎる~。さすが美脚。フツーは「どうしてもモデルになりたい!!!」という人が多いのですが。
シュタージのことが問題になったばかりの頃、社会が猛烈にシュタージ叩きしてましたよね。気持ちは分かるけど、彼らもそうせざるをえなかった、って側面もありますよね。彼らにも家族がいるし。結局、あの体制が異常だったってことでしょうか。

投稿: ありちゅん | 2006年5月 9日 (火) 07時23分

毎回とても興味深いです。過去ログに埋もれてしまうブログではなく、HP形式とかにしてメイントピックのひとつにすることをお勧めします。すごく面白いですよこれ。埋もれるのはもったいない!

投稿: なすび | 2006年5月 9日 (火) 10時09分

なすびさま コメントありがとうございます。面白いと言っていただき恐縮です。自分の思い出は、書いた本人は面白くても読んでいる人は つまんないだろうなーと心配になってきてしまうのですが・・・このブログの中で、DDRネタだけ別の箇所にまとめておくことって可能なんでしょうか?いつでも見られるような形式にできるといいんですが。私、本当にパソコンに弱くて、ブログをこうして書いているだけでも大進歩!なのです・・・。同じ「ココログ」を使っていらっしゃる人のサイトを参考にしようと思います。

投稿: ありちゅん | 2006年5月 9日 (火) 13時04分


ありちゅんさん

数日ご無沙汰、少し淋しくなって、また勝手に投稿します。
あなたのカテゴリーに、DDRがありますよね。
DDRと日本との国交回復に努力した政・財界人がいます。無論、DDRを孤立させては政治・経済的にも損失だというメリット・デメリットは天秤にかけたのでしょうが、正式には国交の無いDDRと、経済交流から第1歩を始めて苦心惨憺、国交回復にまとめ上げたグループが存在します。
DDRが西独と、歴史的な統一をしましたが、歴史の歩みの速さに唖然としました。遠い昔になりました。多少のことがあって、DDRとの交渉のイキサツを存じております。コレもオイラがドイツと多少の関係があるようです。不思議な感慨があります。

投稿: 権兵衛 | 2006年11月16日 (木) 12時23分

☆権兵衛さま

こんばんは。お返事遅くなりまして申し訳ありません。昨夜~今日のお昼すぎまで仕事がありまして、忙しくしておりました。

DDRとの交渉に当たられた方をご存じなのですか?当時はいろいろ大変でしたでしょうね。今でこそ思い出話として話せるころでしょうが、当時は「冷戦」「共産圏」というのは怖い存在に思えましたから、その方もご苦労なさったでしょうね。

私はたまに旅行でDDRに行ったにすぎませんので、現地で働いていらした方ですとか、ハイレベルの交渉をなさっていた方のような苦労はしていないのですが、いろいろ勝手が違っただろうな、ということは想像つきます。

それにしても、ベルリンの壁が崩れたからもう17年だなんて、早いですね。つい最近の出来事のような気がするのですが。

投稿: ありちゅん | 2006年11月17日 (金) 22時38分

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