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2006年6月20日 (火)

Deutsche Nationalflaggen (ドイツの国旗) その2)

昨日に続き、旗を調べました。詳しい方は「な~んだ、常識だよ~」と思われると思いますが、家にあった本を開いたところ、なんと一発で旗のページが開いたので(←ホント!)せっかくですから一部抜粋させていただきますね。ちょっと堅苦しい文章ですが。私ったら締め切り前にこんなこと書いちゃって・・・

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Deutschlandfahne_ 「連邦国旗(Bundesflagge)は「黒-赤-金」色である。(基本法(Grundgesetz)第22条)。

ドイツ国民にとってもっとも重要な象徴の一つ「黒-赤-金」の3色が今日的意味を持つようになったのは3月革命前期(1815~1848年)のことである。現状に不満を抱く学生たちが1815年、イェナ大学に新たな全学的学生団体「ブルシェンシャフト(Burschenschaft)」を結成。設立に携わった学生たちがリュッツォー義兵団の一員として従軍していたので、その制服(黒地に赤のモール、金ボタン)の色をブルシェンシャフトのシンボルカラーとし、赤と黒のストライプに金のフリンジがついた旗を団体旗とした。

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その後もこの3色は、「統一と自由のための戦いの象徴」として一般に理解されるようになった。

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Deutsches_reich_fahne__3 一方、1866年の普墺戦争(プロイセンVSオーストリア)では、オーストリアを中心とする敵軍が「黒-赤-金」の旗のもとにプロイセン軍と激突。当然、ビスマルクはこの3色を嫌悪。普墺戦争の終結後、北ドイツ連邦の旗に選んだのは「黒-白-赤」だった。プロイセンの伝統色「黒-白」と、ハンザ都市を始めとする北部ドイツの伝統色「赤-白」を組み合わせたものだった。そしてこの旗がビスマルクによるドイツ統一後も国旗として使用されることになる。

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ワイマール共和国では、当初から国旗の色をめぐって激しく意見が対立した(いわゆる国旗闘争)。左右両派の妥協を図るため(←ワイマール共和国らしい!)、「黒-赤-金」を国旗とする一方、商船旗は第二帝国の色である「黒-白-赤」を採用。

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ナチスの時代には1935年の国旗法により「黒-白-赤」が国家象徴の色とされ、ハーケンクロイツ旗を国旗および商船旗とする旨定められたが、1945年に廃止された。

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Deutschlandfahne__1 第二次大戦後に誕生した二つのドイツ国家が「黒-赤-金」を国家の色にすることについてさしたる抵抗はなかった。西ドイツは再統一を政治の至上目標としていたので、全ドイツを象徴する伝統の色に復帰する道を選択。他方、東ドイツも49年の憲法でこの三色を「ドイツ民主共和国のDdr_fahne_ 色」と定め、その後中央に国章(穂の環に囲まれたハンマーとコンパス)を配した。

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参考文献:大修館書店 事典「現代のドイツ」より一部抜粋
     
 ドイツの国旗のサイト

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コメント

そういえば、
最近、オランダに続き、導入されるか?と話題になった、
『ドイツ人になるための100の質問』(ドイツ国籍取得希望者が受ける試験のようなもので、ドイツの文化、歴史、基礎知識などについて質問を受ける)にも、ドイツの国旗の意味は?というのがありました。
その100の質問をやってみた時(点数は半分以下でした・・ドイツ人になれない〜)、この国旗の意味を調べてみたんです。
黒白赤は知りませんでした!メモメモ・・
4年前のワールドカップ時には、
ドイツ国旗の真ん中がくり抜かれた旗を振っている人が沢山いて、なんだろう?と思ったんですが
これは、DDRの国旗を普通の国旗に直した?ものだったんです。今回も、DDRの旗はけっこうみかけます。

投稿: kio | 2006年6月20日 (火) 13時56分

Schwarz-Rot-Gold ist die deutsche Fahne nicht so schoen?
Ich habe auf meine Seite Schwarzwaelderkirschtorte gelegt.
Guck mal, liebe Arichun!

Bis dann
Auty

投稿: Auty | 2006年6月20日 (火) 14時16分

kio さ~ん、コメントありがとうございます。昨日の「目黒寄生虫館」の話に続き、またまた面白い話をありがとうございました~ DDRの旗の使いまわし、面白い!kioさんのコメントを読んで、後からDDRの旗も載せちゃいました。私も「黒ー白ー赤」の旗の謂れは知りませんでした~。なかなか奥深いものがありますよね。ビスマルクとしては、敵の色だけは絶対に取り入れたくなかった、ってワケですか。やっぱし。

その100の質問、たぶん私もダメかもしれない・・・。実は日本人になるための100の質問のほうがもっと点数悪いかも。ちょろっと調べただけでもゾロゾロ情報が出てくるので、面白いですよね。

投稿: ありちゅん | 2006年6月20日 (火) 15時48分

Autyさん、コメントありがとうございます。ブログに「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」を載せたんですね。ちょうどおやつの時間だし、早速うかがいます。おなかすいてますので、お茶もよろしく。

投稿: ありちゅん | 2006年6月20日 (火) 15時50分

皆さん、こんばんは。
DDRの国旗、私も持ってますよ。94年頃、ベルリンを訪れた際にブンデス・タークの横で叩き売っていたので、1.5×1mくらいのを買ってきました。デザイン的には単なる三色旗より好きです。こんなかっこいい国旗をデザインした国家がなくなってしまったなんて残念で。ですから、私はこの国旗を毎日使ってやっております。パソコンのホコリ除けとして。

投稿: U99 | 2006年6月20日 (火) 22時33分

U99さん、コメントありがとうございます。いいな~DDRの旗をお持ちだなんて。しかも本物ですよね。国旗がパソコンの埃よけですか。埃も恐れ入っちゃうでしょうね。私、DDRの国家体制自体はあまり好きではないのですが、DDRの文化自体には非常に興味があります。「オスタルギー」というのも分からないでもないような・・・。

投稿: ありちゅん | 2006年6月20日 (火) 23時36分

短い間に、ずいぶんと変遷があるのですね。勉強になります。ありがとうございました。

投稿: なすび | 2006年6月21日 (水) 10時38分

なすびさん、お忙しい中コメントありがとうございます。ホント、私も知りませんでした。フランスみたいに、近世からずっと今の三色旗だと思っていました。ビスマルクの時代は違ったんですね。だから「バルト」でも今の国旗じゃなかったってワケですね。納得。

投稿: ありちゅん | 2006年6月21日 (水) 12時31分

ありちゅんさん
念のためですが、前回の書き込み、シニカルに書いたつもりです。DDRの旗なんかホコリよけぐらいにしか使えないよって。もちろん、「戦争もなく、みんな平等な世界」を実現しようとした共産思想は素晴しいと思います。だからそれに魅せられた人たちが多かったわけですよね。でも理念としての共産主義とシステムとしての共産主義は全くの別物であり、所詮、システムは思想を越えられなかった。これが、共産主義現実という壮大な実験の結論だったと思っています。ちょっと理屈っぽくなってしまって済みません。でも、このあたりのことは、映画「トンネル」や「グッバイ・レーニン」と合わせて今度お話ししてみたいですね。

さて、Bundesdienstflaggeの日本語訳ですが、難しいですね。下にあげたサイトの方は、「ドイツ連邦共和国政府用・軍用陸上国旗」と書いていますが、実際は海軍の補助艦も用いるので、「陸上」とは限定できないと思いますが。http://www.j-flags-java.org/merumagagermany.htm

もうちょっと調べさせて下さい。

投稿: U99 | 2006年6月21日 (水) 23時09分

U99さん、いつもご丁寧なコメントありがとうございます。シニカルに書かれたってこと、分かってますからご安心を。もしかして、私が親DDRだと思って心配なさいました?大丈夫です。DDRには友人が大勢いたので、そういう意味で思い入れはあるのですが、あの体制に苦しめられていたのを目の当たりにもしましたので、共産主義は嫌いです。お暇なときにでも、もしよろしければカテゴリーのDDRのところをちらっとご覧になってみてくださいね。

国旗のサイトをご紹介くださいまして、ありがとうございます。すごく詳しいですね!ドイツの国旗の変遷も詳しく載っており、驚きました。と同時に、やはり日本語のほうが読みやすくていいな・・・と。

すみません、軽い気持ちで「日本語で何と言うのでしょう?」と書いただけですので、お忙しいのに調べていただいては恐縮ですから、どうぞそのままになさってくださいね。このサイトをご紹介いただいただけでもヒデキ感激!(古いですね)

投稿: ありちゅん | 2006年6月22日 (木) 10時42分

いえ、こちらの方が親DDRと思われたのではないかと杞憂した次第です。私の下手なブラックユーモアもちゃんと通じていたようで。失礼しました。

遅ればせながら、カテゴリー「DDR」を拝読いたしました。あの89年10月にドイツにいらしたんですね。実は同じ時、私もドイツにいました。連日、数千人規模の東ドイツ人が西ドイツに流れ込んでいる状況の中で、ホーネッカーはDDRの発展を高らかに謳っていましたよね。でも、あの時点ではまだ、まさか壁が崩壊して、あげくにDDRという国家そのものまでが消滅しようとは誰も考えていなかったと思います。それなのに、私が帰国した直後にあっけなく壁が開放されてしまったのですから、この時ほど歴史のダイナミズムというものを実感したことはありませんでした。

それにしても、ありちゅんさんの個人情報がシュタージのファイルの中にあったとは。やっぱり生真面目ですね、ドイツ人は(笑)。おっと、これまた失礼しました。ご当人にしてみればやはり気持ち悪いですよね。でも共産国ってこれが当たり前なのかも。私の先輩の一人は旧ソ連圏で勤務したことがあるのですが、KGBの嫌がらせはしょっちゅうで、家に侵入されたこともあるそうです。金銭を物色した形跡はないが、侵入したことがわざと分かるように部屋の物品を微妙に動かしておくというやり方。「お前は常に我々の監視下にあるぞ」というわけです。でも彼は、そんなことを気にしていたらこの世界ではやっていけないとノタマッておりました。こんな陰湿な世界で暮らすには精神的にもタフでないとダメですね。

とはいえ、そこで暮らしている一般市民にも我々と同じ血が通っていることはまぎれもない事実な訳で。わずかな期間しか滞在したことのない東ベルリンでも、人々の温情に触れたことが何度もありました。国家体制とそこに暮らす人々とを同一視してはならないということを実感として学ぶことができた次第です。
 おっと、こういう話題だとついつい話が長くなってしまいます。失礼しました。

PS Bundesdienstflaggeの和名調査ですが、私も好きでやっております。こういう調べは非常にそそられるもので。「待つわ」と言って下さいな(お互い古い!)。
それと、1万ヒットおめでとうございます。

投稿: U99 | 2006年6月24日 (土) 22時27分

U99さま、いつもご親切にコメントありがとうございます。「私待~つ~わ♪」 お互い、年がバレますね。もしかしまして、同世代でしょうか?私は「新人類」と言われた世代です。

Bundesdienstflaggeの件、恐れ入ります。U99さんもしょっちゅう経験なさっていると思いますが、メジャーな言語であっても、定訳のない言葉って多いですよね。また、定訳があっても、それが必ずしも正しいとは限りませんし。

KGBのお話、興味深いですね。DDRも恐かったですが、ソ連はもっと不気味でしたもんね。DDRに滞在した時は、それほど怖い思いはしなかったのですが(シュタージの資料の件も、後から知ったわけですので)プラハに旅行した際、昼間はニコニコして親切だったホテルのおじさんが、ウラで両替を迫ってきたときは恐かったです。好々爺に見えたのですが、観光客を見つけてはウラでの両替をこっそり迫っていたんですね。一度は断ったのですが、その時の形相が恐くて・・・。

7月半ばになってヒマになりましたら、実家へ行って、当時のアルバムをめくってみようと思っています。写真だけでなく、パンフレットの類もとってあるはずなんですが(母が捨てていない限り)。それを見たら、また当時の話を色々思い出しそうです。

投稿: ありちゅん | 2006年6月24日 (土) 23時41分

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