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2006年7月17日 (月)

習志野俘虜収容所

この記事を書いたのは先週なのですが、多くの方々が関連する書籍や資料をご紹介くださいました。過去ログに埋もれてしまうのは あまりにももったいないため、日付けを変更して前に持ってきました。皆様、ありがとうございます。

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いつも遊びに来てくださるU99さんが以前、銀座の老舗ドイツレストラン「ケテル」のオーナーもかつて習志野俘虜収容所に収容されていたドイツ人俘虜だと教えてくださいました。で、それについて詳しく知りたいな~と思っておりましたら、この本を発見。

ドイツ兵士の見たニッポン

面白そうですよね。今度ア●ゾンで注文して読んでみよっと。感想はブログで書かせていただきますね。U99さん、いつも色々教えてくださり、ありがとうございます。

こちらも・・・

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コメント

>「ケテル」のオーナーもかつて習志野俘虜収容所に収容されていたドイツ人俘虜

そうでした。ケテルは高いので行ったことがないのですが前は通りました。捕虜になって日本に根付いたドイツ人、意外と多いのですね。

仕事しなくちゃ…。でもありさんのブログおもしろすぎ!
☆彡

投稿: Auty | 2006年7月 6日 (木) 09時04分

私もで~す。どちらかというと、庶民的な「Alte Liebe」によく行ってました。まだあるのかな?この本、読んだらアップしますね。ところで籐のイス、いいじゃないですか~お部屋がピンクと白でmärchenhaft♪(メルヘンチックって、モロ和製外国語。)

投稿: ありちゅん | 2006年7月 6日 (木) 13時48分

面白そうな本ですね。リンク先も、さっき見て感動しました。今から100年近くも前に、このような日独の交流があったこと、平成生まれのなすびにはただもう驚愕です。
ケテルにも、行ってみたくなりました。オフ会はぜひここでしましょう。

投稿: なすび | 2006年7月 6日 (木) 14時33分

なすびさんオフ会しますか?
ありちゅんさんは当面お忙しくて動けないようですが。。
お腹が減りました。
ケテル高いっすよ(汗)。

投稿: Auty | 2006年7月 6日 (木) 18時37分

なすびさん、ケテルって私も行ったことないんです。高いって聞いてたので・・・でも行きたいですよね、店ができた経緯を読んでしまうと。

投稿: ありちゅん | 2006年7月 6日 (木) 21時58分

なんか、皆さんケテルで盛り上がっているのにこんなことを書くのは気が引けるのですが、実はケテルは一昨年9月に閉店しました。歴史ある店だったのに非常に残念です。もっと早く書いておくべきでした。

ところで、先日、『バルトの楽園』を観てきました。感動しました。特に松平健の演技と貫禄ぶりには感心しました。捕虜たちに普段は温和に接していた松江所長が、ドイツの敗戦を知って消沈している新聞担当の捕虜に対して“Das ist ein Befehl!”と怒鳴りつけて新聞を発行し続けるよう命令する場面では軍人の威厳を感じました。ブルーノ・ガンツもよかったのですが、怒りの場面はヒトラーに見えてしまって・・・・。いずれにせよ、松平健のドイツ語が一番よく分かりました(笑)。そうそう、これってドイツでも上映されるんですよね?今はまだやっていないのでしょうか。ドイツのサイトでは見つかりません。

板東、習志野を始め、当時の収容所に関しては次のサイトをご覧ください。学術レベルの本格的な研究サイトです。
http://homepage3.nifty.com/akagaki/indexb.html

習志野では、今から6年前に「特別史料展 ドイツ兵士の見たNARASHINO」という展示会が開かれました。こちらで偉そうに書いている私も、この展示会で初めて習志野収容所のことを知った次第です。ありちゅんさんがご紹介された本も、この展示会を主催した習志野市教育委員会が編纂しており、その中心人物は、実は公務員を本業にされている研究者だったりします。アマチュア研究家おそるべし。

失礼しました。

投稿: U99 | 2006年7月 6日 (木) 23時25分

U99さん、いつも色々情報を教えていただき、ありがとうございます。ご紹介いただいたサイトも拝見しました。すごい情報・・・!アマチュア研究家、おそるべし。分かります。すごいですよね。しかも皆さん、お仕事を別にお持ちでいらっしゃるのに、夜や週末を利用して研究なさっているわけですから恐れ入ります。ぱっと読むだけではもったいないので、パソコンの「お気に入り」に入れてじっくり読みたいと思います。

ところで「バルトの楽園」ご覧になったんですね。実は私がテープをもらった頃は、BGMも効果音も入っていない段階だったんです。戦闘シーンも静かな中でやっているので、迫力が全くないですし、音楽がないと何となく間が抜けているんですよね。近いうちに劇場に足を運んで完成版を見たいと思います。

投稿: ありちゅん | 2006年7月 7日 (金) 08時36分

もしかして『バルトの楽園』の字幕翻訳はありちゅんさんだったのですか?

投稿: U99 | 2006年7月 8日 (土) 10時07分

U99さん、そうです。私の字幕です。と言いましても、日本語がメインですから、300くらいしかなかったのですが。ただ、今回は本当に時間が押していて、監督さんがチェックを入れたあと、再度拝見する時間がなかったんです。だから、監督さんがどこに直しを入れたのか、よく分かりません・・・。ドイツ語と違ってたら、どうしよう・・・と思うのですが、監督さんには逆らえませんので。

投稿: ありちゅん | 2006年7月 8日 (土) 10時27分

それは失礼しました!でもパンフには翻訳者の名前がどこにも書かれていないんですよ。ちょっと訳者がないがしろにされているように感じます。でもこの映画、評判いいですよね。多くの人に喜んでもらえると訳者冥利にもつきるのではないでしょうか。

ところで一つ質問があります。『戦場のアリア』では英仏独語が出てくるのですが、こういう場合、翻訳者はどうするのでしょう?それぞれの言語ごとに翻訳者がいるのですか?

投稿: U99 | 2006年7月 8日 (土) 10時52分

U99さん、いつもありがとうございます。でも、「バルト」ではエンドロールに名前を出してくださったので、良心的だと思います。日本の映画ですのに出していただけるだけで、ありがたや~です。字幕翻訳業界って、ビッグネーム(かの有名なTさんとか)じゃないと、なかなか出してもらえないんです。ただ、あくまでも映画の翻訳者は黒子なので、出ないのも当然かもしれません。やっぱり監督や主演の方がメインですもんね。書籍の翻訳の場合は、原作者と翻訳者の世界なので、翻訳者も大切にされるんじゃないでしょうか・・・?!?
「戦場のアリア」のように世界で公開されるような作品は必ず英訳がついています。ですので、英語の翻訳者さんが英語から訳しています。でも、英訳があまりよくない場合は、その言語の部分に監修がつきます。監修作業は私もちょくちょくやります。字幕翻訳は(文芸の翻訳も同じですが)翻訳者の個性が出るので、手分けしてやるより一人でやるほうが統一性が取れていいようです(^^)

投稿: ありちゅん | 2006年7月 8日 (土) 18時29分

そうでしたか、英訳があるわけですね。別のトピで出てきたドイツ映画『スターリングラード』の字幕翻訳が例のT女史なんで、「この人、ドイツ語もできるのか」と思っていました。これで疑問が解けました。ありがとうございます。

字幕翻訳者の名前も明示すべきだと私は思います。確かに黒子ではありますが、彼らがいなければその言語が分からない人には内容が理解できない。そういう重要な役割を担っているのです。ありちゅんさんも、もっと堂々と。私のようにズケズケはいけませんが(爆)。

投稿: U99 | 2006年7月 8日 (土) 22時06分

U99さん、確かにおっしゃるとおりだと思います。名前を出す、ということは、翻訳の内容に責任を持つ、ということですから。誤訳があれば、責任を負うべきなのは翻訳者とチェッカーだと思います。そういった責任の所在を明らかにする意味でもクレジットに翻訳者の名前を出すべきだと。ただ、私みたいに下っ端だと何も言えないという面もありまして・・・「あ、そう。嫌なら他の人に頼みますからいいですよ」と言われてしまいそうで・・(小心者)。

投稿: ありちゅん | 2006年7月 9日 (日) 00時03分

昨日、バルトの楽園を見てきました。最後の第9の演奏には鳥肌が立ちました。人々とのふれあい、松江所長のユーモアと勇気など、感動したシーンがいっぱいでした。志を、ハーフには見えなかったけどかわいかった!
エンドロールで、ドイツ語翻訳者にありちゅんさんを確認しましたよ。素晴らしい作品に名を残すことが出来て、よかったですね。わたしもなんだか、うれしかったです。

投稿: なすび | 2006年7月10日 (月) 09時16分

なすびさん、いつも本当にありがとうございます。いつも何気なく食べているユーハイムにも歴史があることが分かりましたし、坂東俘虜収容所のようなリベラルな施設が日本にもあったことも分かりましたし、いや~映画って本当にいいですね~。と思った次第です。収容所のセットでは、大勢の地元の方々が協力したそうですよ。炊き出しとかも。で、最後にエキストラとして観客になったとか。そんな風に、地元で作品を盛り上げるのも素敵ですよね。あのロケ地にも行ってみたくなりました。本物の渦潮も見たい!

投稿: ありちゅん | 2006年7月10日 (月) 18時29分

「名前を出す、ということは、翻訳の内容に責任を持つ、ということですから」・・・・・やっぱりプロですね。責任を自覚されているからこそ、色々なところを気にされるのでしょうが、ここまで明確に言っていただけると、こちらも観客として気持ちいいです。これからも頑張ってください。

訳者って出版社とか依頼主に対して立場が弱いみたいですね。書籍出版でも、依頼主にあまり言うと次回の仕事がもらえないのではないかという不安があって、印税の支払いが滞ってもはっきり言わない人がいるとか。下手すればただ働きですよね。私から見れば組合がないのが不思議です。

投稿: U99 | 2006年7月10日 (月) 21時30分

飛び入りでごめんなさい。
「ドイツ兵士の見たニッポン」の著者です。ご推奨
ありがとうございます。
高知大学の瀬戸武彦先生も今月、「青島から来た兵
士たち」という本を出されました。わかりやすい本
ですので、ご一読をお勧めしておきます。
http://www.dogakusha.co.jp/dt_chintaokara.htm
お邪魔しました。

投稿: おそるべきアマチュア | 2006年7月11日 (火) 08時45分

習志野教委、星さんの献身的は調査で、私の義理の父、すなわち、似島に収容されたドイツ兵俘虜。
この孫が、昨年、訪独、祖父の墓参をしたという感動的な事件がありました。星さんも、最後は「もう、これ以上は調査は出来ない」ともらされましたが、なおもドイツ本国の俘虜の会を調査してくださったのです。感謝・感激、雨霰です。
映画ではドイツ提督は板東に収容されたことになっていますが、これは習志野に居たので、映画の誤りです。事実誤認が一番恐ろしいとは、星さんの言です。
この俘虜の会、数十年経っても、ますます健在で、嬉しい限りです。

投稿: 権兵衛 | 2006年7月11日 (火) 11時26分

U99さん、コメントをありがとうございました。昨夜~今日のお昼まで締め切りに追われ、更新や書き込みができませんでした。遅くなってしまって、すみません。「誤訳」この言葉は、ジャンルを問わず、もっとも我々が恐れることですよね。試写に行くと、本当にひやひやします。チェッカーさんによるチェックも受けているのですが、どうしてもそれをすり抜けてしまうミスがありまして・・・。私も「しまった」と思うことが多々あります。人間ですので、ミスを全く犯さないのは無理なのですが、それを減らす努力をしないと・・・。それができてから、もっと権利を主張しようと思います。ただ、同業者組合は私も入りたいです・・フリーランスは厳しいですよね。

投稿: ありちゅん | 2006年7月11日 (火) 11時39分

おそるべきアマチュア様
はじめまして。ブログにお越しくださり、ありがとうございました。また、貴重な情報もお寄せくださり、心より感謝いたします。コメントのやりとりで「アマチュア恐るべし」などと書いてしまいまして、大変失礼いたしました。決して揶揄したのではなく、別にお仕事を持っていらっしゃる方が、仕事の合間にこうしてすばらしい研究をなさっていることに驚き、感心して書いたことをここでお伝えしたいと思います。もし不快な思いをなさいましたら、お詫び申し上げます。
この本を執筆なさったんですね。アマゾンで早速注文したのですが、入荷するのがなんと8月という話。映画の影響で、お求めになる方が増えたのかもしれません。

HPも拝見いたしました。あまりにも立派かつ貴重なデータ満載でして、ぱぱっと読むのはもったいなく、夜にもじっくり拝見しようと思います。せっかくのHPですので、記事でご紹介してよろしいでしょうか?コメント欄ですと、皆様がご覧になるとは限りませんので。ご紹介いただいた書籍も、さっそく注文しようと思います。

このたびはご訪問、ありがとうございました。失礼な書き方をしましたこと、あらためてお詫び申し上げます。

投稿: ありちゅん | 2006年7月11日 (火) 12時01分

権兵衛さま

このたびは、私のブログにお越しいただき ありがとうございます。義理のお父様が俘虜として収容されていたのですか!お孫さんとおっしゃいますと、権兵衛さまのお子様ですか?世代を超えてこういう体験が語り継がれていくといいですね。私たち、戦争を知らない世代も、こうした事実があったことを知らなければいけないんだと改めて思った次第です。似ノ島の収容所は確か、ユーハイム(ユッフハイム?)が収容されていた施設ですよね。
坂東俘虜収容所に青島総督が収容されたことにしましたのは、恐らく名優ブルーノ・ガンツをどうしても起用したかったからかもしれませんね。それで、フィクションを織り交ぜたのかもしれません。上でご紹介いただいた書籍も早速注文しようと思っております。
ドイツ本国に、まだ俘虜の会があるんですね。お子さんやお孫さんが続けておられるんでしょうか。貴重なお話、ありがとうございました。

投稿: ありちゅん | 2006年7月11日 (火) 12時09分

 ケテルの閉店、残念ですね。アルテ・リーベもなくなってしまいました。ケテルはビル全体が閉鎖されているので、いずれ再開発ビルが建って、伝統の看板が復活するのだろうと期待はしているのですが…。
 そこで、銀座で一杯やるのならお勧めなのが「ゲルマニア」、かの板東収容所で活躍したクルト・マイスナーの息子さん、ハンス・マイスナー氏のお店です。
http://www.ginza-germania.com/
 (ハンスさんのお店と言うのもちょっと語弊があって、ベルンシュタインという爺さんの店だったのですが死んでしまって、この老舗が消えるのは残念だからとオーナーを引き受けてくれている、というのが正確な話)
 今回の映画ではクルト・マイスナーは出てきませんでしたが、日本語のわかる彼のグループが日独双方の間に入って、双方の融和に貢献したことも「楽園」が実現した大きな功績。日本の落語をドイツ語に訳したり日本語教室をやったり、この偉大なるユーモリストがいなければ、模範収容所は出来なかったことでしょう。
 「ゲルマニア」、ミュージックチャージが乗る分、少し高めですが、楽しい夕べが過ごせること請け合いです。
 以上CMタイムでした。

投稿: おそるべきアマチュア | 2006年7月12日 (水) 13時15分

おそるべきアマチュア様
またまた楽しい情報をお寄せいただき、ありがとうございます。早速ホームページをチェックいたしました。トップページをクリックすると、楽しいドイツの音楽が流れ、私も「ハイホ~♪」という気分になれました。昔、会社勤めをしてた頃、よく銀座へ食事に行ったのですが(もちろん安いお店専門ですが)、このお店は存じませんでした。ケテルは閉店した、というのはU99さんから伺ったのですが、アルテリーベもなくなってしまったんですね・・・それは少し残念。
是非、ここでMusikkapelleが奏でる演奏を聴きながら食事を楽しみたいです。

投稿: ありちゅん | 2006年7月12日 (水) 20時56分

ありちゅんさん
凄いですね。ご本の著者さんがおみえになるなんて。。私の昔の楽天ブログにも、「バルトの楽園」のドイツ人出演者さんがドイツ語で書き込んでくれたことがあります。どなただったのか(コスティア・ウルマンくんではなかったと思いますが)消してしまったのが残念!

投稿: Auty | 2006年7月13日 (木) 08時49分

Autyさん、ドンゲルとかそういった名前の、目を負傷してサングラスをしていた役の方でしたよね。違いましたっけ?ブログを書き始めて、20年間会っていなかった大学時代のクラスメイトが連絡をくれたり、こうして本を書かれた方が来てくださったりと、ネットの底力を実感した次第です。

投稿: ありちゅん | 2006年7月13日 (木) 12時40分

おそるべきアマチュアさん、権兵衛さん
はじめまして。当時の俘虜たちに一番近いところにいらっしゃる方がお目見えとは!私も光栄に存じます。特におそるべきアマチュアさんのお仕事については、例の『ドイツ兵士の見たNARASHINO展』の時から存じているつもりです。このパンフ、知人の元Uボート乗組員(もう爺さんですが)にコピーを送ったところ、「80年も前にKaiserliche Marineの水兵が日本にいたのか」と驚いていました。ちょっとお話したいことがあるので、今度メールを送付させていただきます。その節は宜しくお願いします。

ありちゅんさん
「友達の輪」がどんどん広がっていますね。めでたし、めでたし。

投稿: U99 | 2006年7月13日 (木) 22時00分

 ありちゅんさん はじめまして。
 私は映画『バルトの楽園』のロケ地鳴門に住んでいます。ロケ地を訪ねたら絶対「鳴門市ドイツ館」に寄ってください。リンク先の「独軍俘虜収容所」からもリンクできるので一度見てくださいね。
 ドイツ館には板東俘虜収容所の史料がたくさん展示されています。俘虜の発行した新聞『ディ・バラッケ』や音楽会や演劇のプログラム、クリスマスカードや日本を紹介する印刷物(相撲など素晴らしい絵ですよ!)所内で発行されていたバンドー切手など本物の数々が展示されています。また、手作りの家具や楽器、ビアジョッキも。使用されていた木のボーリングの球なども展示されています。
 映画『バルトの楽園』は史実をもとにしているとはいえ、かなり映画として脚色されています。そのまま描かれている事すべてが真実と思ってしまうと歴史的事実とは異なってしまいます。
 そこで、私のお薦めの本は、ドイツ館で発行されているガイドブック「どこにいようと、そこがドイツだ」(館長・田村一郎編著)です。
 板東俘虜収容所の豊富な史料をもとに俘虜の活動や交流を詳しく描いています。特に最後の収容所日誌は発行していた新聞の日誌をすべて拾い出してあるので、その活動のすべてが網羅してあり、読んだら絶対驚きの連続です!市販はされていませんが、
ドイツ館に直接申し込めば定価千円と郵送料で送ってくれます。
 U99さんの投稿にUボートの事が・・。板東では
Uボートの講演もありました。日誌によれば1917年7月1日と8日に2回に分けて講演しています。この講演の史料は展示されていませんが、ドイツ館の資料室に保存されています。
 まだまだ書きたい事いっぱいあるけれど、長くなったのでこの辺で。
 

投稿: ろこちゃん | 2006年7月13日 (木) 23時11分

>U99さん
いつもありがとうございます。本当に、こんな小さなブログですが、見に来てくださるかたがいて、ありがたい限りです。こうしてお友達の輪が広がるのはネット時代ならではでしょうね。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

>ろこちゃん様
はじめまして。ご丁寧なコメントをありがとうございました。鳴門にお住まいなんですね。映画でも渦潮の映像が出てきますが、きっとおおらかな土地柄なんだろうなぁ~と羨ましく思っておりました。鳴門市ドイツ館のことは、ネットで存じておりましたが、そういった貴重な本を買えるということは知りませんでした。ありがとうございます。早速問い合わせてみようと思います。
そのうち、こういった俘虜収容所についてのドキュメンタリーができるといいな、と思ってしまいました。N●Kさん、作ってくれないでしょうか。シリーズ物で、1日目は板東収容所、2日目は習志野収容所・・・という風に。坂東でUボートの講演があったとのこと、そういった資料の残っているなんてすばらしいですね。戦時中で、しかも俘虜の身でありながら、皆さん前向きに生きてらしたのかと思うと、あらためて感動せずにはいられません。ろこちゃん様、このたびはお越しいただき、しかも面白いお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。またどうぞいらしてくださいませ。

投稿: ありちゅん | 2006年7月13日 (木) 23時27分

>日付けを変更して前に持ってきました。

ありちゅんさんブログ使いがすごくなってきましたね! それにしてもコメントの数! 情報量が凄いです。

投稿: Auty | 2006年7月14日 (金) 09時19分

ありちゅんさん、早速ガイドブック「どこにいようと、そこがドイツだ」の件ドイツ館に問い合わせてみようと思うとありましたので、もうひとつ情報を。
収容所新聞『ディ・バラッケ』も発行されています。1巻(1917.9/30~1918.3/17)2巻(1918.3/31~9/29)3巻1918.10/6~1919.3/30)で、価格は日本語版が各3000円、ありちゅんさんはドイツ語版が読みたいかもと思うのですが、残念ながら1巻は売り切れて今販売しているのは2巻だけ4000円だそうです。3巻は今年度中には販売される予定との事です。
私はドイツ語はわからないので、田村一郎館長はじめ大学のドイツ語関係の先生方で構成されている史料研究会の翻訳した日本語版で読んでいるのですが、内容は戦時下の状況や世界情勢、日本や中国の分析、収容所での音楽や演劇、スポーツ、講演についてなどの出来事、他の収容所の事など多岐にわたり、ホントのドイツ兵俘虜の気持ちがそのまま伝わってくるので、すごくおもしろいです!
ちなみに映画では松江所長が新聞発行を薦めたように描かれていますが、ドイツ兵俘虜たちの自主的な活動で始まったものです。他の収容所でも同じような動きがあったのですが、発行を禁止されたりしました。読者を募って今の新聞のように発行されたもので、約300部発行され他の収容所にも読者がいて郵送されていました。
松江所長はこうした活動を禁止しなかったのです。
他のすべての活動についても、ドイツ兵たちが自分たちで考え活動することをできるだけさせてあげた人物だったのです。
・・というわけで、板東俘虜収容所関係のドイツ館のみで販売されているお薦め本第2弾でした。

投稿: ろこちゃん | 2006年7月14日 (金) 13時41分

Autyさん、ろこちゃんさん。コメントをありがとうございました。すみません、これから夜ゴハンの支度がありますので、夜になりましたら、ゆっくりお返事書かせていただきますね。いつもありがとうございます。遅くなってしまって、すみません。それにしても暑いですね・・・。Autyさんのお宅やろこちゃんさんの鳴門も暑いんでしょうね。もっとも、こんなにジリジリと妙に暑いのは東京や大阪といった大都市だけ、という話もありますが・・・(そう沖縄出身の方が言っていました)

投稿: ありちゅん | 2006年7月14日 (金) 19時00分

>Autyさん
そうなんです。日付けを新しくすれば、いつでも前に出てきますよね。あのパソコン音痴だった私が進歩したな~と独りで悦に入ってしまいました。

>ろこちゃんさん
昨日に続き、またまた面白い情報をありがとうございました。本当は今日、HPをのぞいてみようと思っていたのですが、今日は朝からバタバタしておりまして、今ようやくたまったお皿を片付け終わったところです。お恥ずかしい・・・ただ、週末でも夜中でも覗けるのがネットのいいところですよね。週末、そのDie Baracke も含めてチェック!してみますね。ありがとうございます。板東の松江所長も習志野の西郷所長も立派ですよね。今の日本のトップに、あのくらい立派で懐の深い人がはたしているのかしら・・・などと思ってしまいました。ろこちゃんさん、ありがとうございました。

投稿: ありちゅん | 2006年7月14日 (金) 21時10分

ろこちゃんさん
はじめまして。情報ありがとうございます。ちょっと質問させていただいて宜しいでしょうか。1917年7月に行われた「Uボートの講演」とはどういう内容のもので、誰が行ったものだかお分かりになりますか?Uボートの戦果とか、戦い振りについての講演だったのでしょうか。Uボート乗組員が講演したものでしょうか(チンタオにはUボートは来ていないはずなので、この可能性はないと思いますが)。1917年といえば、無制限潜水艦戦の開始と米国の参戦など、第一次大戦のターニングポイントとなった年ですよね。この講演はそういう時代も反映しているものなのでしょうか?不躾ですみませんが、よろしくお願いいたします。

投稿: U99 | 2006年7月15日 (土) 09時54分

U99さん、はじめまして。
ご質問のUボート戦の講演ですが、ガイドブックに掲載されている講演者はマーンフェルト伍長となっています。講演内容が『ディ・バラッケ』に記載されている事があるのですが、この講演は新聞発行前なので残念ながら私では正確にはわかりかねますので、この質問をドイツ館館長の田村先生のほうに転送してみます。
私は3年ほど前までドイツ館に臨時職員として3年半ほど勤務していました。はじめは館内案内や受付で後半は史料整理や研究のお手伝いなどをしていました。当時の史料の中に「Uボート戦」についてのドイツ語の講演内容のガリ版刷りがありましたが、日本語訳になったものがあったのかどうかは不確かです。
館長もお忙しいようなので、すぐにお返事をいただけるかどうかわからないのですが、しばらくお時間をください。

投稿: ろこちゃん | 2006年7月15日 (土) 14時34分

ろこちゃんさん
早速のご返信ありがとうございます。そこまでしていただけるとはありがたい限りです。

例の「チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会」の俘虜名簿によると、ルドルフ・マーンフェルトは海軍歩兵第3大隊第7中隊・後備伍長で、「Uボート戦について」講演を行ったとありました。また、「バラッケ」の編集部員だったとも。ということは、映画に出てきた編集員の中の一人は同人がモデルだったということになりますね。いずれにせよ、講演の中でどんなことを話したのでしょうか。田村先生によろしくお伝えください。ろこちゃんさんのご好意にも感謝しております。

投稿: U99 | 2006年7月15日 (土) 20時20分

こちらでこうやって皆さんと盛り上がっているのに合わせてか、今日(19日)の読売新聞夕刊に習志野収容所についての記事が掲載されました。これまで誤って伝えられていた点について新たな発見があったようです。そしてそれを発見したのは・・・「おそるべきアマチュア」さんでした。これで歴史の一部が修正されました。やはり「おそるべき」と言うべきでしょう。敬意を込めて。

その「おそるべきアマチュア氏」と、戦時中のある出来事について調査をすることになりました。個人的な出来事ですが、一人のドイツ人と日本人を結ぶ小さな歴史です。60年以上の時間を越えて、はたして過去にどれだけ迫れるか。日独の架け橋になれたらとやりがいを感じています。

こうした出会いがあったのも、ありちゅんさんがこのブログを提供されているからです。この場を借りて心よりお礼申し上げます。

投稿: U99 | 2006年7月19日 (水) 22時04分

U99さん
こんばんは。ご丁寧なコメントをありがとうございます。「おそるべきアマチュア」様、本当にすごいですね。私も書籍を今日、読み終わりました。後日、感想をここで書かせていただこうと思っています。読売新聞は取っていないので、まだ読んでおりません(泣)。そのうち何とか手にいれたいと思っております。

ところでお二人で調査することになったとのこと、私も嬉しいです!どんなことをお調べになるのか、形になりましたら是非お教えくださいね。楽しみにしております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: ありちゅん | 2006年7月19日 (水) 22時27分

 何やらドイツ捕虜の話で、盛り上がってしまいましたね。当時のナマの公文書で史実をたどってみたいという方はいらっしゃいませんか。そういう方にお勧めなのが、「アジア歴史資料センター」
http://www.jacar.go.jp/search/gazou_frame.html
何と居ながらにして、防衛庁、外務省、国立公文書館の史料が見られるというスグレモノのサイトです。画像をjpegにして、検索語に例えば「習志野 俘虜収容所」などとと入れてやると、関係史料が出てきます。レファレンスコードを控えておけば、次回からそれで引き出すことも出来ます。
 例えばレファレンスコードC03024661600という文書「俘虜収容所出入職工衛兵司令と衝突の件」。大正5年6月18日、炊事場のポンプが壊れたので東京から習志野に山●仁平なる職人を呼んだところ、このお父っつぁん、何と入口で入構の手続きをせず、あげく「おいコラ、貴様!」と注意した安藤少尉と殴り合いになってしまった。それならポンプなんか直してやらないぞとヘソを曲げて帰ってしまった挙句、あんな生意気な少尉はクビにしろと陸軍にねじ込んできた、という珍事件。困った西郷所長が「少尉の措置は間違っていないから、少尉を処分しないよう。また、職人も処罰などしないよう」と穏便な処理を願い上げている経過が、手に取るようにわかります。
 職人が陸軍にたてつくなど、昭和の軍国時代には考えられない話。のどかな時代を感じます。ドイツ兵は「あ、面白い。ケンカだ、ケンカだ」などと見物していたんでしょうな。このシーン、もし映画に撮るとしたら、ブルーノ・ガンツに対抗しうる国際スター、ビートたけしが半纏でもひっかけて「馬鹿野郎、この野郎」とか言って出てくるとピッタリなような気がしますが…。
 結構笑える文書が、たくさん残っています。

投稿: おそるべきアマチュア | 2006年7月20日 (木) 17時01分

おそるべきアマチュア様

面白いです!私も検索してみました。画像も鮮明ですし、読みやすいですね。ただし漢字が難しいですが・・・。こんなサイトがあるなんて知りませんでした。皆様、ご活用ください。一昔前なら、しかるべき施設へ足を運び、目録から調べたい資料を探し、出してもらってページをめくり・・・という作業が必要だったと思いますが、今は便利ですね。世界中の資料が家にいながらにして、コーヒー片手に調べられるのですから。それにしても、こういった文書を記録した人たちも、まさか何十年も経ってからパソコンで検索されるとは夢にも思ってなかったでしょうが・・・

投稿: ありちゅん | 2006年7月20日 (木) 21時31分

「バルトの楽園」のDVDが発売になったので、早速買って
きました。最近の映画館は全席指定・入替制なので、昔みた
いに一回入って飽きるまで見ている訳にはいかない。居眠り
でもすると、それでパー。そんな次第でこの映画、1回しか
見ていなかったのですが、これでじっくり見ることが出来ます。
箱を開けるのももどかしく、早速見たのはエンドロール。な
ぜそんな所から…、おおっ、あったあった。カラヤンの顔と
並んで「日本語字幕 翻訳犬ありちゅん」の文字が。パチパ
チパチ…。いやぁ、ありちゅんさん、いい仕事してますねぇ!

投稿: おそるべきアマチュア | 2006年12月11日 (月) 09時11分

☆おそるべきアマチュア様

おはようございます。ご丁寧にありがとうございます。お恥ずかしい限りです・・・。翻訳作業で使ったテープは、まだ編集前だったものですから、戦闘シーンでも爆発音などは入っておりませんでしたし、尺も完成版より多少長いものでした。ナレーションもドイツ語だったんですよ。実は完成版は未見なんです。他の作品でも同様ですが、自分の字幕を見るほどつらいものはないのです・・・。「なんだ?このヘタクソな訳は」「しまった、こういう表現にすればよかった」という自責の念(?)が怒涛のごとく押し寄せてくるので、辛くて辛くて・・・。

でも、この作品にめぐり合えたことで、おそるべきアマチュア様やろこちゃん様、権兵衛様とも知り合えましたし、それまで知ることのなかった「日本におけるドイツ軍俘虜収容所」という歴史に、ほんの少しだけですが触れることができました。私にとっては忘れられない作品の一つとなりましたし、こうした出会いに心から感謝しております。そのうち勇気を出して観てみようとは思うのですが・・・コワイ。

こんなコメント欄で申し訳ないのですが、私のような下っ端翻訳犬のブログにたびたび遊びに来てくださり、様々な情報をお寄せくださいましたこと、改めておそるべきアマチュア様に御礼申し上げます。

投稿: ありちゅん@きょ、恐縮です・・・ | 2006年12月11日 (月) 11時02分

アルテリーベは、新橋に場所を移して今も営業中ですよ~beer Prost!

http://www.alteliebetokyo.com/index.html

投稿: 通りすがりのドイツ好き | 2010年11月22日 (月) 22時00分

★通りすがりのドイツ好きさん こんばんは。情報をありがとうございました。URLも貼り付けてくださって、ありがとうございます。懐かしい…。店の中の雰囲気は昔と変わっていなさそうですね。いつか行けるといいなぁ~。

投稿: ありちゅん | 2010年11月22日 (月) 22時38分

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