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2006年9月14日 (木)

Hühnerfrikassee (ヒューナー・フリカッセ)

P9130037Hühnerfrikassee (ヒューナー・フリカッセ)という料理があります。鶏肉などの肉を生クリームで煮た料理で、ドイツに行かれた方は、よくご存じだと思います。この料理、名前はフランス語っぽいし、見た目も典型的なドイツ料理とは違うなーと思っておりました。今日、ドイツ郷土料理の本をぱらぱらめくっておりましたら、ベルリンの項で、次のような説明が出てきました(原文を載せたいところですが、時間の関係上、意訳だけですみません):

「17世紀にフリードリヒ・ヴィルヘルム“大選帝侯”が、迫害されたユグノー教徒たちを領内に受け入れるようになってから、ベルリンの食文化もフランスの影響を受けるようになった。彼らがフランス料理のレシピを数多く持ち込んだからである。宗教弾圧により難民となろうとも、彼らは食に対するこだわりを捨てることは決してなかったのだ。こうしてベルリンの人々は料理に生クリームを使うことを覚えた。そして広まった料理がヒューナー・フリカッセだ。」

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実は今日の午前中、健康診断で近所のお医者さんへ行っておりました。長い待ち時間を覚悟して、本棚に置きっぱなしになっていた本をひょいと取り、あたふた出かけました。持参した本を待合室で読んでいたところ、これと関係する内容が載っていたので、「おおっ 同じ日に同じような内容だ~」と思ってしまったわけです。

「誕生後 日の浅いプロイセンは、なぜかくも急速にハプスブルクを脅かす強国へと成長したのだろうか。その秘密は次の4点に要約されよう。
第一に、能率的な官僚と軍隊の存在である。(中略)
第二に、近代的な法秩序が整備されていた。(中略)領内に異民族を多数含んでいたために、国家の統一を共通の民族意識でなく、整った法秩序によって維持しようとしたのである。
第三に、宗教的な寛容である。近代国家として欧州列強に伍していくためには、人口の増加、軍隊の育成、産業の振興が急務であった。そのためプロイセンは、宗教的な迫害を排除し、外国からの宗教難民を積極的に受け入れた。1700年のベルリンの人口の三分の一はフランス人であったという。これらのフランス人は、大量に流入したユグノー教徒(プロテスタント)であった。
第四に、勤勉・節約という国民性である・・・(以下略)(「図説ハプスブルク帝国」加藤雅彦著、河出書房新社)

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三つ目が、ベルリンでヒューナー・フリカッセが広まった理由だったんですね。知らなかったのは私だけでしょうか・・・?「何を今更」と言われてしまうかもしれませんが、「おおっ」と思ってしまいましたので、ご参考までに。なお、どちらかというと発音は「フリカセー」なのですが、「フリカッセ」という表記が一般的みたいです。

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Photo_14 余談ですが、この本を買ったのはかなり昔。エリーザベト皇后(シシィ)が話題になった頃、電車の中で読もうと買ったものの、ついそのままに。本棚の奥で眠っておりました。(うちにはそういう本が多くて・・・反省。)美しい写真や図解がふんだんに盛り込まれ、楽しい本です。ハプスブルク帝国が栄華を極め、そして衰退していく過程が分かりやすく解説されています。世紀末の絢爛豪華なウィーン文化など、眺めているだけで楽しい^^

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