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2006年9月 4日 (月)

懐かしのDDR (その6 お店)

映画「グッバイ、レーニン!」や「トンネル」でも店の様子が映されたりしましたが、DDR の物不足は深刻でした。ベルリンは首都というメンツもあり、地方都市に比べるとまだ“マシ”ではありましたが、それでも「買いたい!」と思うような商品はありませんでした。この記事を読んでくださっている方の中にも、東ベルリンのデパートなどに行かれた方がいらっしゃると思います。とにかく陳列棚が寂しかったですよね・・・

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何でも画一的なDDR は、スーパーマーケットの造りもよく似ていました。スーパーマーケットは “Kaufhalle” と呼ばれ、下のような店構えになっていました↓

Greifswald
これはグライフスヴァルトの絵葉書の一部を拡大したものです。(当時、白黒の絵葉書が主流でした~!カラーの絵葉書は色が悪くて紙が薄く、しかも高い。) Kaufhalle の文字が見えます。そして向かって右に「HO(Handelsorganisation=国営小売商店)」のロゴ!!中心に街灯が入ってしまっていますが、HO のロゴが見えるでしょ。コレです、コレ!小売店にことごとくついていたロゴ。垢抜けなくて、なんとも滅入るロゴでした。

Ddr
スーパーマーケット以外では、こうした小売店もありました。店は確かにありましたが、中身がありませんでした(泣) Textilien という文字が見えます。衣料品店のはず。

Berlin_
驚いたのが、このベルリンの品揃え。1989年ごろに新しくできた一角にあった店だと思います。そこに案内してもらい、驚きました。DDR とは思えないほど品物が豊富で。

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<Intershop インターショップ>

Intershop_2 DDR の人たちにとって、とっても残酷だったインターショップ。魅力的な商品がてんこもりなのに、西ドイツマルクやドルといった外貨でしか買えないお店。インターショップについて 過去の記事です 「堕落した資本主義から守るために壁を築いた」はずなのに、自らがその壁の内側に資本主義の象徴のような店を作ってしまう。この矛盾を当局はどうやって国民に説明したんでしょうね。

・・・と怒ってみたものの、実は私ったら1989年に行った際、ちゃっかりインターショップで買い物をしていました・・・。ご丁寧にもボールペンで何を買ったかまで書き残しています。DDR の友人の前では買いにくかったので、どうも89年に行った際、最後の日に一人でベルリン見物したときに買ったみたいです。

ディオールのマニキュアが17西ドイツマルク。当時のレートで計算しますと、1200円程度。なぜ西側より安い価格で提供できたのか、そのからくりは分からないのですが、とにかく外国人観光客がブランド衣料品やブランド化粧品をインターショップで買い込んで、外貨を落としていました。

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