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2007年4月 4日 (水)

Lili Marleen (リリ~・マルレ~ン) その4

先月、「リリ~・マルレ~ン その4」を書いていて困ってしまいました。サイトによって違う箇所が出てきてしまいまして。どうするべ~と思い、図書館でラーレ・アンダーゼンの自伝を借りて、その部分を見てみることにしました。彼女の自伝だけでは、史実までは分からなかったのですが、本人がそう言っているということでご了承くださいまし。図書館は歩いて5分のところにあります。便利なのだ~。

今日はじめてこちらに遊びに来てくださいました方:
よろしければ、その1その2その3 をご覧になってみてくださいね。

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「リリ~・マルレ~ン」の大ヒットで、歌手ラーレ・アンダーゼンは忙しい日々を送っていました。前線へ慰問に行ったり、各地のコンサートで歌ったり。どこへ行っても兵士たちから熱烈に歓迎されるのでした。でも絶頂の時期は長く続きませんでした。歌詞の内容が問題視されるようになります。ゲッベルスは『前線の兵士たちに里心がつく』として嫌ったとのこと。ラーレ・アンダーゼンはとうとう、イタリアツアーから移動中の列車内でゲシュタポに身柄を拘束されてしまいました。1942年9月のことです。チューリヒでユダヤ系の音楽家たちと親しく交流していたことや、夫がユダヤ人であったことも問題視されたそうです。そのままベルリンへ強制的に送還され、自宅待機を命じられました。

拷問や強制収容所(KZ) 送りを恐れたラーレは夜、睡眠薬(バイエル社が開発した『ベロナール』)を大量に服用。意識不明のところをゲシュタポに発見されます。クアフュルスデンダム (Kurfürstendam)92番地の自宅に救急車が呼ばれました。

ラーレの意識が戻らないうちに、イギリスBBCがニュースを流しました。「『リリー・マルレーン』を歌った歌手が強制収容所内で死亡した」と。この誤報が彼女を救うこととなったようです。ナチスの非道さをアピールするための報道であったわけですが、ドイツ軍兵士の士気低下を恐れたナチスはその報道を否定し、彼女を家に帰しました。

ファスビンダー監督の映画「リリー・マルレーン」ではその後、本人が生存していることを国民に示すために無理やり舞台に登場させます。でも実際は、人前で歌うことは禁じられたままだったようですね。

一方、この歌はマレーネ・ディートリヒが歌ったこともあり、その後も各地で歌い継がれました。48の言語に翻訳され、替え歌やマーチ風にアレンジしたものも登場したそうです(その中でもUボート版の替え歌が有名なんだそうです)。

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サイトによって何が違ったかといいますと、BBCの放送の中身。「ラーレ・アンダーゼンは強制収容所に送られ、そこで死亡した」という内容が流れた、という説と、「ラーレ・アンダーゼンは強制収容所へ送られることを恐れ、それを避けるために自殺した」と報道された、とする説。似ているようでビミョ~に違うので、困ってしまったわけです。史実がどうだったかは分からなかったのですが、自伝によると前者になっていました。

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