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2007年6月30日 (土)

明治時代の独和辞典

 果物の種について書きだしちゃいます~とか言っておきながら、別のお話です。読んでくださいます方、ありがとうございます。 

 某所で古い辞書を見つけてしまいました。ポケットタイプで小型ではありますが、優れもの。一目ぼれです、ハイ。ゲットしちゃいました。辞書って大好きなんです・・・だけどあまりに安く入手したので、もしかして復刻版?ニセモノ?という疑問も実は払拭できないのです・・・。横書きの文字が左から書かれているし。本物じゃなかったらお恥ずかしいのですが・・・

 

P6300001_2三省堂 獨和新辭林 第9版
ドクトル高木甚平・保志虎吉 共編 
初版明治29年発行、第9版明治32年発行

もちろんヒゲ文字ですし、解説の日本語も文語体。それでも名詞の性は m/f/n で区別されているし、2格に S がつくものは ‐s となっています。複数形も書かれているし、派生語もバッチリ。意味も豊富。しかも当時の日本ではそれほど一般的ではなかったものについては内容の説明まで記されています。本当に明治の辞書なのかなぁと私は疑っているのですが、古い辞書であることは間違いなさそう。後日あらためて面白そうな語彙をピックアップしてしまいますね。

P6300007_1 冒頭の編者の言葉が面白いのです。今の時代にも通じる苦労が語られています。辞書は簡単で分かりやすいのが一番だけど、その両方の要件を両立させるのは大変だ、といった内容のようです。獨逸語は語をどんどん連ねて単語を作っていきますが、それを全部網羅するとワケわかめちゃんになっちゃう。ある程度絞ると引きやすくはなるものの、意味を調べる際に「載ってない!!」と困ることにもなる・・・。編者の苦労が伝わってくるような言葉です。明治の学生たちもこういった辞書を手に、獨逸語と格闘していたんですね。(余談ですが、文語って漢字が多くて読めましぇん。漢字とヒゲ文字のダブルパンチ。ドクトルすごすぎ。)

P6300006_1『辞書の要訣は簡潔明確にあり、されども簡なれば則(すなわ)ち明ならず、明なれば則ち簡ならず、世間辞書の類多しと雖(いえど)も、能(よ)く簡にして明なるは罕(まれ)なり、殊に獨逸語の辞書にして簡明ならんを望むは較や難事なりとす、是れ獨逸語の性質たる、語に語を聯(つら)ぬれば則ち新たに語を成し其数殆んど無蓋なればなり、今若し其語数を淘汰し其骨子のみを摭(ひろ)はんとせば簡に失するの恐あるべく其訳字を減じ其解釈を省略せんとせば明を欠くの憂あるべし・・・(中略)・・・恐らくは遺脱誤謬(ごびゅう)多からん、是等は他日再鐫(さいせん)を待ち訂正增補(ぞうほ)する所あらんとす、唯だ之に因(よ)りて多少初學者に裨益(ひえき)する所あれば幸甚なり。』(獨和新辭林 冒頭部分より引用)

それにしても・・・。この辞書が使いこなせた人って、間違いなく漢字をよく知っている人でしょうね。上のを書き出すだけでタイヘンでしたわ~。だけどこれ、本当に本物かなぁ?お詳しい方いらっしゃいませんか?見た目も中身もかなりボロボロなんですが・・・。

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「ドイツ語」カテゴリの記事

コメント

なんかすごい!!古本屋いかれたのかしら。

http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/foreign/crwn_dj/subPage3.html
こんな解説が見つかりましたが・・・なんかすごい!
以下引用:
三省堂が編纂・刊行した「独和」辞典の第一号は、『袖珍獨和新辭林』(高木甚平 保志虎吉共編)で、1896年9月のことである。当時は、欧米先進国からの学術制度の摂取に英語、独語、仏語の習得が朝野挙げての必須の課題であったが、1870~71年の普仏戦争でのプロイセンの勝利で独逸学はフランス学に一歩先んじることになった。1887年6月刊行の『獨英和三對字彙大全』(高 良二 寺田勇吉譯 共同館)の「緒言」は、

「今ヤ海ノ東西ヲ論セス獨逸學ノ盛ニ流行スル彼ノ哲學ヲ始メ政治經濟ヨリシテ法律ト云ヒ兵事ト云ヒ醫學其佗咸ナ之ヲ獨逸ニ仰カサル無キコト猶ホ北辰ノ其處ニ居テ衆星是ニ向フカ如シ寔ニ獨逸ハ諸學術ノ淵叢ニシテ聞ク歐米各國ノ學者ハ其學術ノ何タルヲ問ハス皆獨逸學ニ通曉セサランコトヲ是レ憂フト獨逸學ノ緊要ナル夫レ斯ノ如シ宣ナル哉近時我日本ニ於テ斯學ヲ始ムル者又ハ英學佛學等ヨリ斯學ニ轉入スル者日ニ月ニ其夥多ナルヲ観ル…」

と述べているが、ドイツ語が大学で第二外国語の一つという地位に甘んじて、英語の遥か後塵を拝している現状からすれば、まさに隔世の感がある。

投稿: spatz | 2007年6月30日 (土) 21時37分

★シュパちん

はろはろ~ 大きな声では言えませんが(何となく恥ずかしい)ネットオークションです。910円でした・・・軽い気持ちで落札したのですが、私もそのあとシュパちんと同じサイトを見つけ、「げげっこれってそんなスゴイ辞書だったんだ!」とビックリ。910円っておかしくない?安すぎ。だもんで急に疑わしく思えてきちゃった・・。辞書のAの項目の一番上には「袖珍 獨和新辭林」と書いてあるんだけど、表には「袖珍」の文字がないの!だもんで、「これ、本物?」とついつい思ったり・・・でも中をめくっていると本当に面白く、ひとしきりこれで遊んじゃった♪でもボロボロだから、両手でそっと持って引いています。 

投稿: ありちゅん | 2007年6月30日 (土) 21時44分

連続すみません。漢文・・・実はいろいろとわけがありまして(うそ)明治時代とまではいかないけど、漢文調っていうのは時々やることがあるんです。大正時代くらいかなあ。そういう古い技術文献をやらなくてはならないってことも発生するのです。で、最初のころは、げげ、こんなの無理無理、漢字ばっかりで読めないものを訳せません!っておそれおののいていました。
しかし、よく解析してみると、かえって下手な現代文よりも論理的だったりするのですよ、レ点を打つように解読していって、これはここにかかり…ってやるとね。漢字は旧字体が多いから漢和辞典ひかなくちゃならないことは面倒です。
技術者の書く日本語(ドイツ語もそうかな?)っててにをはからおかしくてかかりうけから意味不明だったりよくするんです。もみー様とかなら経験おありでしょうが…
とにかくなれです!

投稿: spatz | 2007年6月30日 (土) 21時44分

きゃーすごい、タイムスタンプが同じ!
送信、をおしたタイミングが同じだったのですねー
すごいわ。
本人が楽しければなんでもいいんだと思います。きっといつかほんにゃくにも訳にたつはず!です。
いよっ、やったね、掘り出し物!
これいじょういたまないよう大切に保存いたしましょうね。

投稿: spatz | 2007年6月30日 (土) 21時53分

★しゅぱひょん

えっ 漢文OK?すごすぎっ。そんな古い文書も訳しているのね。その技術を開発した方はもう亡くなっているんじゃないかしら・・・?文語体は読んでいる分にはリズムがあって格好いいけど漢字が難しい・・・。私、小学校のころから漢字が苦手で(覚えられない)苦労しました。漢和辞典引くのも面倒だし。でもね、今回例の電子辞書が大活躍。普通の漢和辞典のように部首や画数からも検索できるんだけど、Ex-Word には手書きパッドがついているの。それがかなり正確で、ほぼ100%手書きの漢字を認識したのにはビックリ。進んでるな~と感心しました。

話は戻りますが、明治32年といったら1998年。この辞書、100年以上経っているようには見えないんですが・・やっぱり復刻版?三省堂に電話して聞いてみようかなぁ。教えてくれるかしら。

投稿: ありちゅん | 2007年6月30日 (土) 21時56分

実は、とある電気やのポイント失効が近く勿体ないから何か買わねば、という場面で、ExWord思い出したのです。一瞬クリックしそうになりました・・・
ありちゅんさん、例の修理にだすのはどうしたの?お仕事途切れないから、出せてないんでしょう!!?きっと!?
手書きパッド、いいですよねーうん!
読みがわからない漢字って結構よくあって、そゆときは、パソコンにはいっている手書きパッド(ワープロのWORDかなあ?よくわかんないけど)にマウスで書いてみて、それを検索窓にコピーしてやってます。苦肉の策。
いいなあ、ほしいなあ。35000円ちょいくらいだったけど、下がってますか?

漢文調はそうそう頻繁にはお眼にはかかりませんが、ありますよ。古い文献が関係しちゃうの、仕事に。しかし現代の特許の審査過程でそういうものが登場するってことは、つまりそういう古い文献にある技術が、今の技術通じているっているってことなんですけどねえ・・・漢文の時代からの技術がいまだに新しいってこともあったりするの鴨。

投稿: spatz | 2007年6月30日 (土) 22時10分

★週ぱちん

Ex-Word は私が買ったときは40000円弱でした。出始めだったもんね。まだデータ修正はしてもらってないの。ずっと忙しかったから手放せなくって。今ひといきついたので、出そうかな。仕事がないときもよく引いてます。意外と百科事典を使うのでビックリ。パソコンを消しているときでも使えるので重宝しています。もうこれなしでは生きていけない!!

一方で昨日、久しぶりに紙の独和を引きました。というのは、電子辞書には挿絵が入っていないの。この挿絵が便利なのよねー以外と。

投稿: ありちゅん@Ex-Word | 2007年6月30日 (土) 22時17分

すごい年代物の辞書を手に入れられたのですね。冒頭部分の文語なんかもう感動物!何か学生時代に戻った感じがしてワクワクしてきちゃって!
spatzさんのコメントの中の〔1870~71年の普仏戦争でのプロイセンの勝利で独逸学はフランス学に一歩先んじることになった。〕ってありましたが、日本の陸軍もフランスを手本にしていたのに、普仏戦争を機にドイツ式に切り替え、砲術指導などの為にドイツ軍から指導者を招いたそうですし、軍での外国語もフランス語からドイツ語重視になったと聞いてます。より強い国に学べ!って政府が率先したのでしょうね。
次回の面白そうな語彙のピックアップ楽しみにしてます。(私の場合この辞書の文語が楽しみ!)

投稿: ろこちゃん@またまた感動 | 2007年7月 1日 (日) 00時25分

すごーい。きっとホンモノでしょう。オークションには物の価値がわからぬひとも多く出品しますから。こういうのをホントの「掘り出し物」というのでしょうね。いいお買い物ができてよかったですね。
漢文や文語体は(そもそも語学全般がそうなのかもしれませんが)、シュパ子さんも書いておられるように、やっぱり「慣れ」です。慣れるとかえって、その論理的で明快な文章に、感心しますよ。故ニ茄子ビモ大イニ模範トスルモノ也。

投稿: なすび@わしも感動 | 2007年7月 1日 (日) 05時58分

★ろこちゃんさん

おはようございます。コメントありがとうございます。なんだかワクワクする一方で、「ホントに本物かなぁ?」とまだ疑ってます・・・。ま、いっか。単語を引いていると本当に面白くて時間を忘れます。が、昨日ちょっと遊んだだけで背表紙のあたりがボロボロっとしてきました・・・。バラバラになりそうで怖いです。ずっと書庫などで眠っていたのか、ぱっと見はしっかりしているんですが、昨日私があちこち開いたせいか、糊が急にバリバリしてきてしまいました(涙)Demokoratie (民主主義)というのを引いてみたら、まだ「民主主義」という訳語ではなく「民政」という言葉があててありました。大正デモクラシーのころからあの言葉は一般的になったのでしょうか?先生をなさっていたろこちゃんさんでしたら、そのあたりはお詳しいのでは・・・?

★なすBさん

そういえばなすBさんは日本史がご専門でしたよね!ってことは、文語体の文章に慣れてらっさいますよね。すごいっ 数年前、バッハの賛美歌を訳す仕事がありました。作詞したのがかのマルティン・ルターだったため、日本語訳も文語体にしようと思い、古語辞典を買ってまいりました。ところが古語辞典って古語→現代語なんですよね。現代語→古語じゃなく。結局あんまり使えず、見よう見まねで文語体に訳し、父親にチェックしてもらいました。昭和一桁生まれ(昭和9年だけど)の父はさすがに詳しかったです。文語体の響きは好きですが、やっぱり難しい・・・カタカナもなんとなく読みづらいですよね。慣れかな。

投稿: ありちゅん | 2007年7月 1日 (日) 10時37分

わ-!今回の記事、コメントされている方々の文章も含めて、すごいですね!とても勉強になりました。
ヒゲ文字(Runen)と漢文調、私も苦手です。権威主義という感じがします。木村、相良の独和辞典が最初のものか、と思いこんでいました。
普仏戦争にドイツが勝利したから、独逸学の振興のために、その独和辞典を編纂した、というのはちょっと国家主義的な発想だと思います。
ビスマルク率いる軍事国家プロイセン、それがナチズムへと流れていくのだと思います。
ビスマルクの同時代人で哲学者のニ-チェ
(F.Nietzsche)が、戦勝に酔った(Siegbetrunken)当時のドイツ的教養(Bildung
)に対して、ご存じのように、「反時代的考察」
(Unzeitgemaesse Betrachtungen)のなかで、「軍事的勝利は文化的勝利を意味しない」と言って反撃を加えました。彼は日本のその独和辞典をどう思うでしょうか?などと考えてみると面白いです。
「教養」も「国家主義」も「権威主義」も信じていないようにみえる現代ドイツの若者達、「Shibuya-Girl」、日本の「なんちゃって制服」もいいかな、なんちゃって思っています。
その独和辞典、本当に見てみたいです。
ではでは!

投稿: とんぼ | 2007年7月 1日 (日) 14時28分

★とんぼさん

こんにちは~ コメントありがとうございます。ヒゲ文字も文語体も慣れていないと読みづらいですよね。おまけにポケット版で活字が小さく、文字がつぶれてしまっているところが多いので読むのが大変です。昨日から今日にかけて、この辞書で様々な語を引いて遊んでいたのですが、解説もかなり難解です。当時、こうした外国語を学んだ人たちはごく一握りのエリートだったんでしょうね。辞書だって相当高価なものだったと思います。

プロイセンが勝利したから日本でも獨逸学の振興を、というのは少々極端な気もしますが、当時非常に勢いのあったプロイセンが日本人にはとても魅力的に映ったのでしょうか。几帳面なドイツ人気質も含めて獨逸学というのが日本人の肌に合ったという面もあるのかもしれませんね。

投稿: ありちゅん | 2007年7月 1日 (日) 19時05分

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