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2007年8月12日 (日)

Deutscher Herbst (ドイツの秋)

 先日、RAF(ドイツ赤軍)の映画がクランクイン、という日記を書きました(コチラ)。よくよく考えてみましたら、今年は1977年の Deutscher Herbst (ドイツの秋)からちょうど30年経った節目の年だったんですね。私ったらRAF についてはほとんどと言っていいほど知らないので偉そうなことは言えないのです。だからご紹介だけ。お詳しい方にとっては「今頃何を・・・」という内容です。私が何かウソを書いておりましたら、ご指摘くださいねm(_ _)m。

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Deutscher Herbst (ドイツの秋):1977年の秋に世間を震撼させたテロ事件が相次ぎ、のちに「ドイツの秋」と呼ばれるようになったそうです。RAFは9月にドイツ工業連盟会長シュライヤー氏を誘拐。10月にはルフトハンザ機をハイジャック。ミュンヘンオリンピック襲撃事件の苦い経験から創設された対テロ特殊部隊GSG9(元Grenzschutztruppe9)の強行突入により、人質86名は無事解放されたとのこと。RAFの要求は獄中にあるメンバーの解放でしたが、政府(当時はヘルムート・シュミット首相でした)がそれを断ったためにシュライヤー氏は突入の翌日、他殺体で発見されます。突入の直前、RAFのメンバーが相次いで獄中にて自殺。その中にアンドレアス・バーダーも含まれるとのこと。

なお、RAF の中核メンバーであったアンドレアス・バーダーは「不遇な人々の弁護を引き受ける有能な正義派弁護士」だったとのこと。同じく中心メンバーであったウルリケ・マインホフは「女性ジャーナリストとして雑誌「コンクレート」で健筆をふるう」人物だったそうです(三島憲一著 岩波新書「戦後ドイツ」より)。マインホフは前年の1976年、独房の中で首を吊って自殺しています。

Stern誌の写真1967~1998 ← コメント欄でもご紹介したのですが、Stern誌の記事です。テロ関連の写真が32枚。1977年4月に起こった検事総長ブバック氏殺害事件に関する写真もあります・・・見ていて背筋が寒くなりました。あの頃、日本でもいろいろありましたが、世界的に激動の時代だったんだな~と改めて認識いたしました。

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「ドイツ史がらみのこと」カテゴリの記事

コメント

うーん、なんかこういうの読んでいると血が騒いじゃう(ってヘン?)。私も勉強はしてないのです、ほんとにまったく全然(えばるな!)。学生時代、興味はあったのですが、あまり深追いはしておりません。だって、三島さんの「戦後ドイツ」は一般書というか専門書ではないから、例えば学生が卒論を書く資料としては、非常にわかりやすいほうなのですよ。歴史家や思想家の書いた論文なんて難解で私ごときに読めやしません。当時ドイツ語もたいしてできなかったし。それが、学生を終わってずーっと時がたってからのほうが、どんどん興味が沸いて来るのですね、あら不思議。ドイツ語がそれなりに読めるようになってきたり、自分も歳をすこしずつ年齢を経て色々考えるようにもなるのかもしれないな、と思います(あら、すみませんこんなところで自分のことなど書いてはおかしいですね、失礼)。
RAFのことがこのごろよく何かにつけて言及されるのは、ありちゅんさんおっしゃるように、あれから◎◎年、というような節目があったりとか、前述の恩赦の事件、長い刑期を終え旧メンバー釈放、などの事件があげれれると思いますが、さらには、今まさに問題になってる、テロの脅威とのパラレルの部分、も大きいと思われます。
脈絡を残念ながら失念しましたが、このドイツの秋をもじって、Deutsche Sommerという言葉を使った記事を最近読みました。いわゆるテロとの闘いにからんでのテーマだったと思います。RAFのときのシュミットの対応はこうだったが、現代ではどうあるべきか・・・などなどね。まとまりなく綴ってしまいました、すみません、てきとーに読み流してくださいませね。

投稿: spatz | 2007年8月13日 (月) 00時58分

☆spatz ちゃん

今年の春、パソコンがお釈迦(こうして漢字で書くとヘン)になりかけて放置していたのを再セットアップしてみました。ヤッター!!動きますわ~。とりあえずアイスノンで冷やす必要もなく、快調でごじゃります。サブマシンもin Ordnung gebracht でひとまずホッ。

戦後のドイツって複雑だけど面白いね~。昨日も書いたのですが、80年代以降はリアルタイムで経験したので覚えているんだけど、60~70年代は難しくって。ヴィリー・ブラントの東方政策などは講義で出てきたんだけど、RAFがらみのは出てきませんでした。DDRとの関係もあったでしょうし、ドイツは舵取りが本当に大変だったんだな~と改めて思ってしまいました。

三島先生の本だけで私はアップアップ。アタマがもう硬くてダメ。これ以上難しいと血管が破れちゃうかも(笑)

投稿: ありちゅん | 2007年8月13日 (月) 17時30分

お久しぶりです。

これはまた重い映画ですね。でも観てみたいものです。当然、ありちゅんさんの字幕でしょ?

これに関連して一番記憶があるのが、やはりルフトハンザ機乗っ取り事件とその結末です。GSG9が突入して犯人全員を射殺、人質全員を無事解放。この時、テレビで放映されたドイツ人青年の次の言葉が今でも忘れられません。

「私はドイツ人であることを生まれて初めて誇りに感じた」

当時、日本などは「超法規的措置」としてテロリストの要求を飲み、彼らの「同志」を次々と釈放していた中で、ドイツは絶対にテロには屈しないという姿勢を見せたわけです。ナチという国家テロを生んだドイツだからこそ、この時ばかりは絶対に引けなかったというのも理由の一つでしょう。しかも、人質に犠牲者が出ないという保証はないわけですから、場合によってはシュミット首相以下の首が吹っ飛び兼ねない可能性もあったわけです。それでも、テロを武力でねじ伏せる選択を行った。当時の日本ではやった「人命は地球よりも重い」という言葉とこのドイツの選択とのギャップに呆然とし、そして、前述のドイツ人青年の言葉に頭をぶん殴られた思いがしたものです。

RAFはその後、1998年4月20日に解散宣言を行いますが、この日がヒトラーの誕生日だったものだから、なぜこの日を選んだのかと当時は色々な噂が飛んだものでした。

そんな左翼テロから今はイスラムテロへと時代は変わりましたね。これもまた大きな問題です。人間というヤツは・・・。

投稿: U99 | 2007年8月19日 (日) 12時14分

☆U99さん

こんにちは~。コメントありがとうございます。お忙しそうですが、お元気でいらっしゃいますか?この映画、公開は来年の秋ということなのでまだ先ですが楽しみですね。こんな大作の字幕を担当できたら最高ですが、夢のまた夢。字幕は大御所の字幕翻訳者さんが担当なさると思います。

ところでU99さんってやっぱりスゴい。私と同い年のはずなのに、ちゃ~んとこのニュースやダッカハイジャック事件を見ておられたんですね。福田首相が「人命は地球より重い」と言っていたのは妙に脳裏に焼きついていますが、テロとか日本赤軍といったことは私にはまだ難しく、とにかく「コワいお兄さんお姉さん」というイメージしかわきませんでした。ただ、ちょうど同じ時期にあまりに対照的な解決法を見せ付けられ、唖然としたことはよく覚えています。ミュンヘンオリンピックの襲撃事件がドイツにとっては大きなショックだったんでしょうね。

 おっしゃるとおり、テロって地球上からなくならない・・・。彼らの主義主張は時代によって少しずつ違うものの、卑劣な手段を使う、ということでは一致していますよね。関係のない人たちまで巻き込むテロ行為だけはやめてほしいな~と思います。

投稿: ありちゅん | 2007年8月19日 (日) 17時05分

暑いですなあ・・・
ママは疲れているのですが、予告どおり深夜の育児があるため、妙な時間に起きていたり書き込みしたりしちゃうかもしれませんからね。目が疲れやすいから気をつけて、っていう先輩のお言葉もあり、注意しないととは思いますが・・・頭いたくなるんですよね。

U99さま、ご無沙汰しております、お元気ですか?暑さでへろへろのわたくしですが・・・

「絶対にテロには屈しない」

そうそう、これ、こんな歴史を経て今また大問題になっておりますね。
Deutschland (oder die Regierung) laesst sich nicht erpressen. って言葉を何度読んだことでしょう。特に自国民がテロリストの手に落ちちゃった場合ですね、ドイツに限った話ではありませんが。最近もまたヒドイことに・・・で、何件も解放されるケースがありましたが、公にはならないもののLoesegeldの支払いと共にの解放だったんですよね。これ、テロには屈しないっていうことなんでしょうか、っていうことに・・・・こういのは単なる金目当てだから区別されるべきなのかな。

世の中物騒すぎです。

投稿: spatz | 2007年8月22日 (水) 01時34分

☆シュパちゃん

コメントありがとうございます~。ホント暑い日が続きますね。昨日は用があって出ていました。スーツを着て外回りをしなくてはいけない方々の大変さが少し分かったような気が…。

Lösegeld。こうした巨額の身代金が彼らの資金になってしまうんですよね。彼らにとってはこれもひとつの成果でしょうから、そういう意味ではテロに屈してしまったことになるかもね。韓国人の人質も全員は解放されていないし、報道されていないけど拘束されているという人もいるでしょう。うーん、難しい問題ですよね。話は少しそれるのですが、9.11のとき、義弟が貿易センタービルにいたのです。義弟が避難したあと、ビルが崩落…。無事を祈りつつテレビを見ておりましたが、「テロ」の恐ろしさを感じました。

投稿: ありちゅん | 2007年8月22日 (水) 07時30分

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