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2007年10月

2007年10月27日 (土)

Teekanne 社の Teebombe (お茶爆弾)

Pa270025 先日、ドイツのお土産をいただき、つい「わ~い♪」という記事を書いてしまいました。その中にあったフルーツティ。Teekanne 社 (テーカンネ、ティーポットの意味です)のお茶です。懐かしいわ~ 懐かしすぎる! 昔の思い出話ばかりで恐縮ですが、わがドイツ母はコーヒーを全く飲まず、紅茶かハーブティを好んで飲んでいたのです。決まってこのTeekanne 社のティーバッグで、Kandis (氷砂糖)をチャリ~ンと入れていました。

 このTeekanne 社、歴史を調べると面白いのです。お茶を販売する会社がドレスデンに設立されたのが1882年。今年は125周年なんだそうです。ドイツ人というとコーヒー好きというイメージがあるのですが、お茶も好きなんですね。

 1913年にはTee Fix というブランド名のお茶を販売し始めます。翌1914年に第一次大戦が勃発すると、Teekanne 社は茶葉を1杯分ずつガーゼにくるみ、兵士に提供したんだそうです。その形状からか、兵士たちは Teebombe (お茶爆弾)と呼んで喜んでいたんだとか。

ティーバッグの変遷(← クリックしてみてね。一番上の写真が、兵士が戦場に持って行ったといわれる Teebombe)

 この「お茶爆弾」、色だけはよく出たんだそうですが、ガーゼの臭いがきつくてお茶の香りが損なわれ、美味しいものではなかったらしいです。ティーバッグの前身はアメリカやイギリスで作られていましたが、一人分ずつ布でくるむ発想はこの会社が最初だったそうです。

 その後、硫酸紙などを使用したティーバッグがアメリカで開発されるものの、今度は糊の臭いが紅茶に移り、なかなかうまくいかなかったんだとか。粗悪な茶葉を混ぜ込む業者も現れ、ティーバッグ=安くてまずい紅茶、というイメージが定着してしまったそうです。

Pa270026  1949年に Teekanne 社が糊を使わずに折っただけのティーバッグを開発。しかも Doppelkammerbeutel といって、お茶が入っているところが2重になる仕組みが画期的だったんだとか。今でも目にしますよね、これ。これだと糊の臭いが移ることもなく、また袋が2重になって出がよくなるという利点があるんだそーです。今回のハーブティも同じDoppelkammerbeutel になっていました。

 話は前後してしまいますが、1945年のドレスデン爆撃で同社も大きな被害を受けたそうです。終戦後の1946年にニーダーライン地方へ移転。その後の1954年、デュッセルドルフに社屋を移し現在に至っています。

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 余談ですが、Teekanne 社のHPを見てみたら、懐かしいお顔が・・・。シュテフィ・グラフがイメージキャラクターを務めているみたいですね。なんだかとっても美人になっていてビックリ。 HP はコチラ

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2007年10月20日 (土)

Mozartkugel (モーツァルトクーゲル)

Pa190018 ドイツ語圏に旅行なさった方ならきっと召し上がったことがありますよね、モーツァルトクーゲル。複数は モーツァルトクーゲルンでございます~~。ご当地の有名人をお菓子にのっけちゃう発想って世界共通なんだな~と感心した記憶があります。昨日、お土産にいただいて「わ~い♪」と喜び、早速記事に書かせていただきやした。日本語で検索したら、このモーツァルトクーゲルについて書いていらっしゃる方が結構多いので、私が今さら書くのも・・・と思ったのですが、やっぱり書きたいっっ 書かせてくださいっっ

   

 創始者はPaul Fürst (パウル・フュルスト)という菓子職人。1884年にザルツブルクで店を開き、1890年には Mozartbonbon (モーツァルト・ボンボン)という名で原形となるお菓子を開発します。その後 Mozartkugel に改称し、実際に販売を始めたたとのこと。1905年にはパリの博覧会に出品、金メダルを獲得しています。現在に至るまでレシピを変えていないとのことです。その中身は・・・

   

・・・ピスタチオの入った緑のマジパンが芯。それをヌガ~(カカオやナッツのペースト)でくるんで串を刺し、溶かしたチョコレートにポチャンとつけます。冷えて固まったら串を外し、抜いたあとの穴をチョコで埋めてできあがり♪ 串を使えば、まんべんなくコーティングできるんでしょうね。

   

 この「Mozartkugel」という名称をめぐって、それぞれ伝統のあるオーストリアのフュルスト社Mirabell (ミラベル)社、そしてドイツの Reber(レーバー)社の間で法廷闘争にまで発展してしまったそうな。結局、次の商標に落ち着いたみたいですね。HPを見てみると、それぞれ製法に個性があって面白い♪

   

フュルスト社Original Salzburger Mozartkugel (オリギナ~ル(=オリジナル)・ザルツブルガー・モーツァルトクーゲル) HP(クリックしてみてください)の動画が面白いのです。Start をクリックしてね。マジパンの芯をヌガーでくるみ、串を差して溶かしチョコレートにボチャン。銀紙に青いモーツアルトが目印。

   

Pa190019ミラベル社: Echte Salzburger Mozartkugeln (エヒテ(=本物の)ザルツブルガー・モーツァルトクーゲルン こちらは複数形)、HPの写真(←クリックしてみてね)によると、中心がピスタチオのマジパン、その周りが色の濃いヌガー、さらにその周りを色の薄いヌガー、仕上げがチョコレートコーティング。Mirabell 社の製造方法(←クリックしてみてね) Film spielen をクリックすると動画が見られます。

   

ドイツのレーバー社:die echten Reber Mozart-Kugeln (ディー・エヒテン・レーバー・モーツァルトクーゲルン、複数形で定冠詞つき)、HPの写真(←クリックしてみてね。下のほうです)を見る限り、中心がへーゼルナッツのヌガー、その周りにアーモンドとピスタチオのマルチパンの2階建て構造、そして仕上げがチョコレートコーティングとなっている模様。上の2社は芯がマジパンなのに対し、こちらは芯がヌガ~。

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 ひゃ~ 3社を比べてみたけど、面白かった♪ 

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2007年10月19日 (金)

わーい♪

Pa190024  ・・・と、いきなりタイトルではしゃいですみません。ヨーロッパ旅行に行ってらした方からお土産いただいてしまいました。うれしーーーーー♪♪♪ 新製品も入っていて、ヒデキカンゲキなのだ~~~ この週末、またお菓子の記事が書けちゃいますっっ カメラの調子が悪く(電池を入れてもすぐ切れる)、しかもピンボケで申し訳ないです。買い替え時かしらん。

  

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前から由来を書きたいな~と思っていたモーツァルトクーゲル(モ~玉)に・・・

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大好きなミルカのヨーグルトに・・・

 

 

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merci (メルシー)チョコの新型に・・・   

       

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知る人ぞ知る Teekanne 社のハーブティ。

   

   

     

あと、昨年のクリスマスにUP したトブラローネのミニも。見せびらかすみたいで申し訳ないのですが、中身や由来にヒジョ~に興味があるので、また改めて1つ1つ詳しく書かせてくださいね♪♪ Mさん、ありがとうございました。うれしいでごじゃるよ~~~~♪

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2007年10月17日 (水)

またミルカ… 買っちゃいました♪

 「買っちゃいました♪」と書いてしまいましたが、実は買ったのはもう2週間くらい前。ブツのほうは、もう影も形もありません。食べちゃいました、ハイ。

Pa070003  ミルカのチョコレートは溶けやすいのです。Lindt や Tobler は暑い季節でも店頭に並んでいますが、ミルカは秋~春までしか、そのお姿を拝むことはできないんですな。10月の始めに輸入食材屋さんに寄ったところ、「ミルカ入荷しました!」との貼り紙が。リラ色が目に飛び込んできて、わたしゃ嬉しかった…。おもむろにミルカをむんずとつかみ、レジに並んだのは言うまでもありませぬ。

 ところでこの商品は初めて見ました。私が知らなかっただけ?Kleine Pause (ちょっと一休みって感じでしょか)と言うのですが、アホな私は Keine Pause (休みなし)と読み間違え、「はは~ん、のべつまくなしに食べたくなるほど美味しいってワケね」と一人納得していたのでありました。ホント、アホ。

Pa070004  ・・・が、ちょっとこのチョコレートは甘かった・・・。ミルカはもともと甘めではありますが、これは中でもかなり甘さが強いような気がします。もう少し甘さや香辛料を控えたお味のほうが、日本人の口に合うような気がするんだけど。

Milka (過去の記事です) ← Milka の名前の由来や歴史など。よろしければ。

Milka 板チョコラインナップ (過去の記事です)

 そろそろスキーの季節ですね。またワールドカップなどでミルカ牛の姿が見られるといいな♪ (← ご存じですよね、ミルカ牛。)

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2007年10月15日 (月)

Daniel Barenboim (ダニエル・バレンボイム)

 現在、ピアノ奏者・指揮者のダニエル・バレンボイム氏が来日中ですね。いつもROM させていただいている方のブログで、感動的なコンサートだったということを知り、またなすびさんが記事を紹介してくださったこともあり(なすびさん、いつもありがとう♪)以前に某所で書いた日記を思い出しました。ちょっと古い(年初に書いたものです)のですが、転載させていただきますね。
 
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 先日、ダニエル・バレンボイムという指揮者のドキュメンタリーの仕事をいたしました。余計なナレーションなどは一切入らず、本人の独白と関係者のインタビューだけでまとめられた、「秀逸なドキュメンタリー」といった感じで好感が持てました。 なぜバレンボイムさん?と思ったら、今年ベルリン国立歌劇場の公演で来日するんですね。だからそれに合わせて注目度も高くなっているのだと。

Daniel_barenboim 恥ずかしい話、私はバレンボイムさんのことはあまり詳しくなく(というか、ほとんど知らなかった・・)慌てて色々調べました。自伝「音楽に生きる~ダニエル・バレンボイム自伝」も急いで読みました。音楽にお詳しい方は、「そんなの常識だよ~」と思われるかもしれませんが、恥を承知で書いちゃいます。ご存じの方はスル~してね♪アルゼンチン生まれのユダヤ人、両親ともにピアニストで小さい頃から両親に手ほどきを受け、めきめき頭角を現したとのこと。小さい頃から「この子は将来、指揮者になるだろう」と言われていたそうです。彼のピアノ演奏を聴くとオーケストラが聴こえてきたそうです・・・。それくらい「オーケストラ的なピアノ演奏」だったんですって。早くからそれを見抜いたご両親もすごい。
 
 感動したのは、彼がゲーテの西東詩集の題名から取った「Weat-Eastern-Divan Orchestra」というオーケストラを結成し、1999年に公演を行ったこと。主にイスラエルとイスラム圏の才能ある若い音楽家で構成されていたそうです。彼らの目的は「音楽を奏でること」であって、国籍だの宗教だのは一切関係ない。「イスラエル人とアラブ人が並んで同じ楽器で同じパート、同じメロディを奏でることのなんとすばらしいことか」と彼は語っています。また、その趣旨に賛同したヨーヨー・マもこのワークショップに参加。華やかな演奏会になったようですね。

 2001年、バレンボイム氏はイスラエルでワーグナーを演奏しました。ご存じのように、ヒトラーはワーグナー礼賛者でした。イスラエルの人たちにとっては、ワーグナーはホロコーストの悪夢を思い出させる忌まわしい音楽家。でも、バレンボイム氏は「ワーグナーの音楽のすばらしさ」を知ってもらうため、真摯な態度で聴衆を説得し、「トリスタンとイゾルデ」
の一部を演奏したのです。一部の客は演奏前に会場から出て行きましたが、ほとんどが残り、ワーグナーの調べに耳を傾け、そして感動したとのこと。小さい頃からシナゴーグに通い、イスラエルに帰化し、ドイツの楽団で指揮をしてきたバレンボイム氏にしかできなかったことだと思いました。
 
 驚いたのは、彼がスペイン語、ヘブライ語、英語、ドイツ語がぺらぺ~らなこと。ドイツ語を聞くかぎり、ほぼ完ぺき。英語も流暢でした。外国語に悪戦苦闘している私ってナンなの?と恥ずかしくなるくらい。
  
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 おまけ:お顔が何となくビリー・ジョエルに似ているな~と思っておりました。もしかしてビリーもユダヤ系?と思い、検索してみたら、ピンポーンでした。知らなかった・・・サイモン&ガーファンクルがユダヤ系だということを最近知って驚いたのですが、ビリー・ジョエルもそうだったんですね。ユダヤ人の方々の音楽的な感性ってすばらしい・・・

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2007年10月11日 (木)

Hänschen klein - 蝶々(その1)

 「Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)」で U99さんがコメントを寄せてくださいました。「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ~♪)」の歌が、モトはドイツの歌だったということ。さすがU99さん、こういったテーマが私のツボにぴったりハマってしまうことをよくご存じで・・・。かすかな記憶を頼りに検索してみましたら・・・

  

・・・あった、あった。「Hänschen klein」。「ヘンスヒェン」は「ハンスちゃん」ですね。メロディは古くから存在したそうですが、この歌詞をつけたのはドレスデンの教師、Franz Wiedemann (1821-1882)だそうです。訳は後日、またあらためて。小さなハンスちゃんが旅に出、7年も放浪した末にたくましくなって母の元へ帰ってくるストーリー。ハンスちゃんったら、すごすぎ。男のロマンですな。メロディは18世紀初頭からあるらしい、とWiki には出ていました。

1. Hänschen klein  (ソミミ♪)
Geht allein (ファレレ♪)
In die weite Welt hinein. (ドレミファソソソ♪)
Stock und Hut (ソミミ♪)
Steht im gut, (ファレレ♪)
Ist gar wohlgemut. (ドミソソド 最後がちょい違うみたい)
Aber Mutter weinet sehr, (レレレレレミファ♪)
Hat ja nun kein Hänschen mehr! (ミミミミミファソ♪)
"Wünsch dir Glück!" (ソミミ♪)
Sagt ihr Blick, (ファレレ♪)
"Kehr' nur bald zurück!" (ドミソソド 同じく最後がちょい違う)

2. Sieben Jahr
Trüb und klar
Hänschen in der Fremde war.
Da besinnt
Sich das Kind,
Eilt nach Haus geschwind.
Doch nun ist's kein Hänschen mehr.
Nein, ein großer Hans ist er.
Braun gebrannt
Stirn und Hand.
Wird er wohl erkannt?

3. Eins, zwei, drei
Geh'n vorbei,
Wissen nicht, wer das wohl sei.
Schwester spricht:
"Welch Gesicht?"
Kennt den Bruder nicht.
Kommt daher die Mutter sein,
Schaut ihm kaum ins Aug hinein,
Ruft sie schon:
"Hans, mein Sohn!
Grüß dich Gott, mein Sohn!"

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 じゃ、「蝶々」は誰が作詞したんでしょ?検索してみると、この歌はもともとスペイン民謡だった、という説と、ドイツ民謡だったという説が出てきました・・・どっちなんだ?また、私はてっきりドイツ直輸入かと思っていたのですが、そうでもないようです。

 アメリカに「Lightly Row (軽やかに漕ごう)」という歌があるんだそうです。このモト歌は、上述の Hänschen Klein。井沢修二という教育者が留学先のアメリカからこの歌を持ち帰り、野村秋足に歌詞をつけさせたのが「ちょうちょう」ではないかとする説を発見。その後の明治14年、「小学唱歌 初編」に載ります。
Lightly Row から ちょうちょう へ Lightly Row の歌 (いきなり音楽が鳴ります ご注意!)
アメリカ経由で日本に入ってきた?

  

<別の説>
「ちょうちょう」について(←クリックしたとたんに音楽が鳴りますのでご注意!)

「ちょうちょう」(野村秋足作詞/スペイン民謡)の謎

 上述の伊沢修二の命令により、野村秋足が尾張地方周辺の民謡を収集したんだそうです。その中にあったのが地元に伝わるわらべ歌「蝶々」。野村秋足がこの歌詞を現在の歌詞に近いものに改作したとのこと。そして明治14年、この歌が「小学唱歌 初編」の3番目に掲載されたんだそうです。その後、昭和22年に文部省が「いちねんせいのおんがく」を発行するにあたり、現在の歌詞になったとのこと。尾張に伝わっていたわらべ歌が、たまたま似ていたのかしら。それで、外国の曲に当てはめたんでしょうか・・・。そのあたりの経緯がよー分からんのです。

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  余談ですが、「蝶々」で検索したら「ミヤコ蝶々」もヒットして一人でウケてしまいました。ぐふふ♪ 急いで検索し、急いで書いたので支離滅裂かも。ごちゃごちゃと書き連ねてしまいました。読みにくいかもしれませんね。すみません。

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2007年10月 6日 (土)

Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)

 軍歌は全く詳しくないのですが、この歌は知っております。戦争映画によく出てくるのでいつの間にか覚えてしまいました。映画「U・.ボート」や「リリー・マルレーン」でも酔った兵士たちが歌っていたような記憶が・・・。行進曲だけあって威勢がいいメロディです。でも、死の恐怖をお酒で紛らわせようとしている若い兵士たちが歌っているのを見ると、なぜか悲しく聞こえます。YouTube で 「お~どぅーしぇええええなーヴェーーースターヴァルト」のあとに合いの手が入るバージョンも見つけたのですが、その中に大砲をぶっ放すシーンがあったので載せるのは抵抗がありまして・・・。こちら↓は行進しているシーンだけ。

Westerwaldlied (YouTube)

Heute wollen wir marschieren
Einen Neuen Marsch probieren
In dem schönen Westerwald
Ja da pfeift der Wind so kalt

Refrain:
Oh du schöner Westerwald
Über deine Hoehen pfeift der Wind so kalt
Jedoch der kleinste Sonnenschein
Dringt tief ins Herz hinein

Und die Gretel und der Hans
Geh'n des Sonntags gern zum Tanz
Weil das Tanzen Freude macht
Und das Herz im Leibe lacht

Refrain

Ist das Tanzen dann vorbei
Gibt's gewöhlich Keilerei
Und dem Bursch' den das nicht freut
Man sagt der hat kein Schneid

Refrain

 この曲は元々、ヴェスターヴァルト地方(ドイツ中西部)に古くから伝わる歌なのだそうです。この曲を行進曲にアレンジしたのが Joseph Neuhäuser(ヨーゼフ・ノイホイザー、1890-1949)という作曲家だそうです。楽譜が存在しなかったため、この地方出身の女性に歌ってもらい、歌詞とメロディーを書き取ったのだとか。アレンジするにあたり、ノイホイザーはまずこの曲の著作権について調べたそうです。権利を侵害してはいけないと思ったのでしょうね。当時(1930年代)から著作権に敏感だったなんて、さすがドイツ人。手を尽くして調べたそうですが、得られた回答は同じだったとのこと。「非常に古い歌だから、著作権は生きていませんよ」 それを受けて彼は1935年に行進曲にアレンジし、マインツにある音楽関係の出版社に150ライヒスマルクで売却したそうです。第二次大戦中、この曲は兵士の間で大流行りだったとか。「リリー・マルレーン」がヒットする前は、この曲が人気ナンバー1だったそうです。

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2007年10月 3日 (水)

der Tag der Deutschen Einheit (ドイツ統一の日)

 今年も10月3日のドイツ統一の日がやってきましたね。早いな~。1990年に定められてから、もう17年。統一後に生まれた子供も、大きい子は17歳になるということですよね。壁が存在した時代を知らない世代が少しずつ増えていき、やがて分断されていたことも歴史になっていってしまうのでしょうか。

 ドイツ内務省のHP(コチラ)を見ましたら、国の記念日として4つほど挙げられていました。アウシュヴィッツ強制収容所が解放された1945年1月27日、ノルマ引き上げに反発した労働者たちのストに端を発した市民蜂起がソ連軍によって制圧された1963年6月17日(統一前の西ドイツでは、この日がドイツ統一の日でしたよね)、シュタウフェンベルク大佐たちがヒトラー暗殺を試みた1944年7月20日、そして今日のドイツ統一の日。

↓昨年と同じ写真を載せちゃってすみません。1990年10月3日の新聞です。どこの新聞か失念・・・たぶん、FAZか Handelsblatt だったと思います。当時、会社にあった古新聞の山から掘り出してきたのだ~。
P9070018_1_2

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2007年10月 2日 (火)

Toi, toi, toi♪

 ドイツ人がよく口にする言葉「トイ、トイ、トイ♪」。「しっかり頑張ってね~」といった意味ですよね。Viel Glück! とか、Good luck! のように、相手の幸運を祈る言葉です。初めて聞いたときは「面白いな~」と思いました。これって何の言葉から派生したんでしょ?

 昔の人は、おめでたい話や幸運に関係する話をダイレクトに言うと、悪魔が嫉妬して災いをもたらすと信じていたんだそうです。思わずそういった内容を口にしてしまったら、Unberufen!(=やべっ、つい口にしちゃった)と言いながら、「ぺっぺっぺっ」とつばを3回吐いて(!)木材などでできたものをコンコンコンと3回叩くのが慣わしだったとか。「ぺっ」は魔よけになるんだそうです。それでもさすがにお行儀が悪いということで、つばを吐く代わりに Toi, toi, toi.と唱えるようになったとWiki やその他のサイトにはありました。「トイ、トイ、トイ」って「ぺっ」という音の代わりなんですって。わたしゃ知らなんだ・・・。

小学館の独和大辞典に載っていた例:
Ich habe noch keinen Unfall gehabt, unberufen toi, toi, toi!
(私はこれまで事故を起こしたことがない。あっ 言わなきゃよかった、くわばらくわばら。)

 Wikiでもう一つの可能性として挙げられていたのが、Teufel(悪魔)を3回唱えたことから来たとする説。シュヴァーベン地方の辞書に、次の言葉が載っているそうです。方言なので意味はよく分からないのであります。でも、「あ、あ、悪魔のケーキ」みたいな感じで確かに3回繰り返してる・・・。„No kommt mer in ’s Teu- Teu-Teufelskuchen bey ihm“.

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 以上が Toi, toi, toi. の元々の意味。「やべっ くわばらくわばら」というシチュエーション以外にも、最初に挙げましたように「しっかりね」の意味でも使われますよね。別れ際に Toi, toi, toi. と言うシーンは映画などでもよく出てきます。言いながら扉を3回叩くシーンも確か出てきたような・・・。ドイツ語って、やっぱり面白いのだ。やめられないのだ~。

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2007年10月 1日 (月)

Buchbinder(製本工)

Photo  昨日の朝、ぼーっとテレビを見ていましたら、「ルリユールおじさん」という絵本が紹介されていました。ルリユール(relieure)とはフランス語で、「製本技術」だそうです。ある女の子が大切にしていた植物図鑑がバラバラになってしまい、何とか直してもらおうとルリユールおじさんのところに持って行くお話です。まだ読んでいないので詳しい内容のご紹介はできないのですが、ヨーロッパに古くから伝わる製本業がそこで語られるとのこと。そこで思い出しました。ルリユールおじさんってドイツの Buchbinder?

 私事で恐縮ですが、私のホストファミリーだったおじいさんは製本業のマイスターでした(先日の日記でご紹介した「なぞなぞ」好きでお茶目なおじいさん)。上等な紙や皮を使って手作業で丁寧に本の装丁を行う職業です。家には文字通りの Meisterstück (マイスター試験のために制作する作品のことです。転じて「傑作」という意味でも使われますよね)が飾ってありました。実際の作業は自宅からかなり離れた作業所で行うため、作業風景を見せてもらえなかったのは残念。マイスターというと、昔ながらの「工房」で弟子と数人で手作業する頑固な「匠」を連想するのですが、需要が減った今では働き口も少なく、おじいさんも比較的大きな会社で働いていたようです。

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 フランスのルリユールと、ドイツのBuchbinderei がどう違うかまでは分からないのですが、Wikipedia に die Geschichte des Buchbinders im deutschsprachigen Raum (ドイツ語圏の製本工の歴史)が載っていました。長~いので、少しだけご紹介。

 製本業の歴史は古く、本の登場とともに綴じる技術は存在したそうです。しかし作られる本の部数自体が少ないため専門の職人はまだ存在せず、製本作業は教会や修道院で聖職者によって行われることが多かったとのこと。

中世に修道院などで制作された、非常に美しく豪華な彩色写本については、あむ さんのサイトに詳し~く写真入りで説明されています。ぜひご覧になってみてくださいね → 中世の彩色写本へGO! 

 修道院や教会以外では、本に対する需要がある大学都市や商業都市でも製本を行う人々が存在したようです。ただし、職業としてはまだ確立していなかった模様です。

Buchbinder_wappen_2  印刷技術が発明され、本の部数が増えるに従い、製本を専門とする職人が登場するようになりました。彼らが手がける量は、修道院や教会で製本される量を上回るようになったそうです。やがて Zunft (ツンフト、同業者組合)も組織されるようになりました。Lehrling (弟子)たちは Meister(親方)の家に寝泊まりしながら修行を行い、一人前となっていくシステムですな。Wiki によると、17世紀末には、すべての製本工がツンフトに属さなくてはならなくなったそうです。(Gegen Ende des 17. Jahrhunderts war jeder Buchbinder zünftig. 「zünftig」 って形容詞、初めて知りました~)  ツンフトには独自の決まりごとや習慣がありました。それに属すことで手に職がつき、様々な権利が保証される一方で、厳しい制約が課せられ、不自由な面もあったそうです。確か高校の世界史で出てきましたよね。

 ツンフトのワッペンです↑ ナルホド、こうやって装丁を仕上げたんですね。私のドイツ父が手がけた革張りの本も、ところどころに金の飾りが施してあり、それはそれは美しく高そ~な本でした。

 フランス革命後に自由競争という考えが広まるにつれて、ツンフトに属さない製本工が登場。この世界も競争の波にさらされることになるようです。さらには機械化により安いコストで製本できるようになり、手作りの豪華な本は需要が減るばかり・・・。中世から伝わる技術ですから、長く残していただきたいな~と思います。

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