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2007年11月21日 (水)

Karlsbader Oblaten? Karlovaske oplatsky? (カールスバートのオブラ~テン)

 先日、レープクーヘンの台 → オブラート → カールスバートのオブラーテンへと話がつながっていきました(というか、私が勝手につなげております)。久しぶりにカールスバートの「ゴーフル」を思い出し、ちょっと検索してみたところ、次の記事を見つけました。2005年11月の記事なので少し古いのですが、内容が面白いのでご紹介しちゃいます~。「ゴーフル」については一昨日の日記をご覧になってみてくださいね。

Radio Prag の記事 Wem gehören die Karlsbader Oblaten?

 EU内では、伝統ある「ご当地名物」の名称をめぐり、その地で作られたもの以外にご当地の名前を使用することを禁じる動きがあるんだそうです。Dresdner Stollen (ドレスナー・シュトレン)はドレスデンで焼かれたものだけ。Nürnberger Lebkuchen (ニュルンベルガー・レープクーヘン)はニュルンベルクで作られたものだけ。但馬牛は但馬産の牛だけ。宮崎の地鶏は宮崎産の鶏だけ。そんな流れの中、チェコ政府も、チェコのご当地名物をリストアップしたそうです。

 その中の1つが、温泉保養地カルロヴィ・ヴァリ(ドイツ語名カールスバート)の名物、オブラ~テン。チェコ語では Karlovarske oplatky と呼ぶんだそうです。カルロヴィ・ヴァリで作られたものだけが、この名前で呼ぶことができる、との主張です。ところが複雑な事情があったんですね・・・。

 確かにこのお菓子はカルロヴィ・ヴァリが発祥の地なのだそうですが、その製造を手がけていたのはドイツ系住民、すなわちSudetendeutsche (ズデーテン・ドイツ人)だったのだとか。皆様よくご存じだと思いますが、ズデーテンは歴史に翻弄された地方。かつては大勢のドイツ系住民がおりました。以下、ウィキペディアから引用させていただきますと:

ズデーテン地方Sudetenland)は、第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約とサン・ジェルマン条約に従ってチェコスロバキアに割譲された地域。旧オーストリア帝国領の一部で、300万人以上のドイツ人が居住していた。

ドイツでナチスが政権を獲得すると、ズデーテン・ドイツ人党が勢力を拡大した。1938年6月の地方選挙では、ドイツ人地域で9割以上もの得票を得た。こうした中、ナチスの指導者であるヒトラーが併合の意志を強めたため、イギリスの首相ネヴィル・チェンバレンは、二度にわたってヒトラーの説得を試みた。さらに、9月末にミュンヘンで独・伊・英・仏によるミュンヘン会談が開催されたが、ネヴィル・チェンバレンが宥和政策をとってズデーテン併合を容認したため、同地域は10月に併合された。この間、一貫してチェコ政府はズデーテン併合に反対していたが、その国家主権は全く尊重されなかった。また、この併合によって約80万ほどのチェコ人がドイツ領内の少数民族としての立場におかれた。

1945年、ズデーテン地方は再びチェコスロバキア領となり、同地に住む250万人以上のドイツ人がチェコスロバキアの大統領令により国外に追放されることにより、ドイツ人とチェコスロバキア人の混住の問題は解決された。』(以上、引用終わり)

 大戦後にズデーテン地方から追放されたドイツ人の中に、オブラーテン職人も含まれていたとか。彼らは大変な苦労の末、ドイツの国内で再び店を構え、「Karlsbader Oblaten (カールスバートのオブラーテン)」を再び作り始めたんだそうです。ズデーテン・ドイツ人側の言い分は、「これだって立派なカールスバートのオブラーテンだ」。 ・・・分かるような気がします。一方、チェコ側としては、「カールスバート、すなわちカルロヴィ・ヴァリの地名をつけることが許されるのは、やっぱりご当地で作られたもののみ」。

 この記事は2年前に書かれたものなので、その後どのようになったかは分からないのですが、そのうちまた検索をかけてみようと思います。ズデーテン・ドイツ人の問題はとっても複雑で、私なんかが生半可な知識で書いてはいけないテーマです。ただ、オブラーテンの影にこんな歴史があったんだ~と思ってしまいましたので、ご紹介いたしましたm(_ _)m

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コメント

ご当地名物名称、わかる気はしますね。
でもズデーテンでドイツ職人が作ったのが始まりですか、そりゃ複雑そうですね~。ズデーテン地方のこと、私もちょっとしか読んだことないのですが、それでも、なんの関係もない私でも、胸に残ってしまう歴史です・・・。

投稿: あむ | 2007年11月21日 (水) 21時40分

★あむぴょん

こんばんは~。コメントありがとうございます。その後、この件がどうなったのか分からないのですが、カールスバートのほうのオブラーテンは名称をそのままにし、ドイツに渡ったズデーテン・ドイツ人のオブラーテンは「カールスバート風」ってことで Karlsbader-Art とする案じゃダメかな~?「風」がつくと、かえってパクリっぽく見えちゃいますかしら。「元カールスバート」ということで、Ex-Karlsbader とかはダメかな~?

…などとふざけてしまっては申し訳ないくらい、ズデーテン・ドイツ人は苦労の連続だったと聞きますので、何とか名前を残してあげたいですよね。そういえばモー玉も「Original」をつけるとか「echt」をつけるとかイロイロあったみたいなので、オブラーテンもどっちかに「Original]をつけて区別するのがいい鴨。

投稿: ありちゅん | 2007年11月21日 (水) 21時56分

日本でも比較的有名なのは、シャンパンですね。おフランス・シャンパーニュ地方のものしかそう呼んではいけなくて、他は基本的には「スパークリング・ワイン」ですね。

投稿: なすび | 2007年11月22日 (木) 05時55分

★なすびさんっ

コメントありがとうございます。お礼がこんなに遅くなってしまってすみません!!シャンパンもそうですね~。以前は、しゅわしゅわ系はすべて「シャンパン」と呼んだりしていましたが、今は区別しますよね。あと、コニャックとかも。ドイツ語だと、「こんにゃく」と聞こえるのです…。

そういえばクリスマスになると毎年、「シャンメリ~」をスポン!と抜きます。子供たちが喜ぶのだ~

投稿: ありちゅん | 2007年11月22日 (木) 21時43分

シャンメリー、うちの子(お兄ちゃん)が大好きですよ。妹ちゃんは炭酸飲んだことないので×。

ところで週末の我が家は「飲み会モード」。パパとママは夜、ビールやワインなどを楽しく飲んでいます。このとき子供たちもいつもは使わないグラスでジュースを飲みます(パパたちだけなんかずるい、と言うので)。娘はガラス製のお猪口。息子は透明プラスチック製のブランデーグラス。まわしながらうまそうに飲む姿は非常に生意気だ(笑)。

投稿: なすび | 2007年11月23日 (金) 16時54分

★なすびさん

コメントありがとうございます~。で、写真は?(笑)

> まわしながらうまそうに飲む姿

実は私も子供のころ、あの飲み方を映画で見て、「いつか私もガウンを着ながら、ああやって回しながら飲むぞーーー」と思ったことがあります。なんだか格好よく見えるんですよね。もっとも、女の人はあんましやらないかも。ちなみに大人になって飲んでみたら不味かった…。びりびりするんだもん。

で、写真は?(しつこい…笑)

投稿: ありちゅん | 2007年11月23日 (金) 23時30分

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