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2007年11月10日 (土)

Reichskristallnacht (帝国水晶の夜)

 うっかりしておりましたが、昨日は「水晶の夜」事件が起きた日でもありました。ドイツ語では Reichskristallnacht、Kristallnacht、Reichspogromnacht などと呼ぶようです。ウィキペディアから引用させていただきますと:

水晶の夜(すいしょうのよる、独:Kristallnacht) とは、1938年11月9日夜から10日未明にかけてナチス党員・突撃隊がドイツ全土のユダヤ人住宅、商店地域、シナゴーグなどを襲撃、放火した事件である。帝国水晶の夜とも。』

『事件後も警察・消防はドイツ当局から介入を禁じられたため無法状態となり、ナチに賛同した非ユダヤ系国民によるユダヤ人商店・住宅の打ち壊し・強奪にも発展した。破壊され砕け散った窓ガラスが月明かりに照らされて水晶のように輝いたことから水晶の夜(クリスタルナハト)と言われているが、実際には殺害されたユダヤ人のおびただしい血や遺体、壊された建造物の瓦礫等で、現場は悲惨なものだったという。』(引用終わり)

 第二次大戦の映画を見ていますと、この事件が時々出てきます。「水晶の夜」という言葉では出てきませんが、「昨夜、シナゴーグやユダヤ人の商店が焼き討ちされたらしい」という噂話という形であったり、実際に被害を受けた人のセリフが出てきたり。映画を見ている人は、これで時代背景を理解するのだと思います。「Nirgendwo in Afrika (名もなきアフリカの地で)」でも確か、この事件の知らせがアフリカに届く、という形で描かれていたように思います。(記憶がおぼろげ・・・違ったらごめんなさい)

 なお、この11月9日というのは、ドイツにとっては節目となる事件が起きた日なんですね。ウィキペディアからまた引用させていただきますと:
『奇しくもこの11月9日は、ドイツ革命における皇帝ヴィルヘルム2世のオランダ亡命(1919年)、ナチスが起こしたミュンヘン一揆の鎮圧(1923年)、ベルリンの壁崩壊(1989年)の日でもある。事件が収束した翌11月10日は、その反ユダヤ主義がナチズムに影響したとされるマルティン・ルターの誕生日であった。』(引用終わり)

ウィキペディアの引用ばかりで申し訳ないのですが、ドイツ語のこのサイト↓はユダヤ人迫害に関するキーワードが満載。勉強になりますです。と同時に背筋が寒くもなります・・・。もしよろしければご覧になってくださいね → Reichspogrome 1938 (一連のユダヤ人迫害について Wiki より)

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「ドイツ史がらみのこと」カテゴリの記事

コメント

こんにちは☆
ありちゅんさんのブログって本当に勉強になります。ドイツの歴史(っていうか世界の歴史も全部?)にうといので、ブログで拝読して「へえー」と思って賢くなった気になっているのです。いつか何かの仕事で「水晶の夜」という言葉にめぐり合って「ありちゅんさんのお陰♪」と思うに違いありません。

“映画を見ている人は、これで時代背景を理解する”というのは、字幕を作る側から考えると悩ましい箇所ですよね。そのセリフから、そんな背景が分かる日本人が何パーセントいるものかと…(私が知らないだけだったりして T_T)

投稿: すー | 2007年11月12日 (月) 17時27分

☆すーさん

コメントありがとうございます~。「演出上の暗黙の了解」って悩ましいですよね、ホントに。太田直子さんも「字幕屋は~」の本の中で書いてらっしゃいましたよね。たとえば日本の場合「朕は・・・」の玉音放送が流れれば、見ている人は「ああ、戦争が終わったんだな~」と暗黙のうちに了解するってお話。日本人なら9割は分かると思いますが、それをそのまま外国で上映する場合、字幕には工夫が必要ですよね~。「水晶の夜」も、ドイツ人ならほとんどが暗黙のうちに理解すると思うんですが、日本人だと私も含めて「へ?」となってしまいそう・・・。こういった暗黙の了解ってフランス映画にもたくさんありそうですね。

話は変わりますが、遅まきながら「マリー・アントワネット」レンタルで見ました~。やっぱりフランス語で見たかったような気がします。フランス語は分からないけど、アントワネットにはやっぱりフランス語で話してほしい・・・・。あ、でもルイ16世は「ベルバラ」のルイ16世と顔がソックリで笑えました。

投稿: ありちゅん | 2007年11月12日 (月) 18時49分

玉音放送も、これからの若者には「?」になるかもしれませんよね…
アントワネット、ご覧になったんですね! 映像はきれいですが違和感ありますよね、やっぱり☆
ルイ16世、ポイント高いですよね^^

投稿: すー | 2007年11月13日 (火) 14時55分

★すーさんっ

コメントありがとうございます。やっぱりあの映画のルイ16世、ポイント高いんですね。いい味出てましたもん。マリー・アントワネットも衣装や髪形などは美しくて楽しめましたけど、やっぱり断頭台まで描いて欲しかった…というのは、ベルばらの読みすぎでしょうか。でも、ああいったコスチューム系の映画は好きです♪ピンク色のマカロンも美味しそうでしたね~。

投稿: ありちゅん | 2007年11月13日 (火) 22時00分

Nirgendwo in Afrikaを今DVDをレンタルしてみておりますーー
はい、たしかに言ってます。水晶の夜という言葉は使っていないけれど、こういうことがドイツで起きているんだ、と知る(ラジオのスイス放送できいた)というシーンがございましたわ。

投稿: spatz | 2007年11月13日 (火) 22時54分

★シュパちん

やほほーーー 「名もなきアフリカの地で」の鑑賞中だったんですね♪ コメントありがとうございます。やっぱりありました?よかった。でも、私は手紙で知らせが届いたと思っていましたが、私の勘違いでしたね。そっかースイスのラジオ放送かーーそうだった、そうだったにゃ~。

今、「図説ドイツ史」という本を読んでいます。お恥ずかしいのですが、私ったら写真や図解がたくさん載っている本が好きでして、この類を見つけるとすぐ買っちゃう。例の軍装の本と一緒に買ったのだ~。でも、今さら「図説」「ふくろうの本」もないだろう、ぱぱっと電車で読むのにいいかな~くらいに思ってたら、なかなか充実した本でビックリ。「なぜユダヤ人はもっと早く安全な地へ逃れなかったか?」というコラムが載っていたのです。例としてアンネ・フランクのケースが紹介されていました。理由として、財産を没収されていたために経済的にひっ迫していた、ヒトラーの政権はそう長く続かないだろうとの楽観的見方があった、受け入れ国でも厳しい入国制限を取りつつあった、というのが挙げられていました。「名もなきアフリカの地で」でも確か、主人公一家はケニヤへの亡命に成功したけど、親戚はドイツに残ったがために最後は収容所送りになってしまったんじゃなかったっけ・・・?結果的にあそこで明暗が分かれてしまったのね…。重いテーマです。

…なーんちゃって。ドイツ史のプロのシュパちんにこんなことを書いたら釈迦に説法みたいで恥ずかしいのですが…。

投稿: ありちゅん | 2007年11月14日 (水) 07時10分

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