カテゴリー「ドイツ映画」の記事

2009年7月 1日 (水)

「バーダー・マインホフ 理想の果てに」観てきました

 こちらのブログを更新するのは久しぶりです。1年間更新が滞るとブログが消えてしまうという話。なのでこちらにも記事をUPいたしました。

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 先日、『Der Baader-Meinhof Komplex』 の試写があり、一足先に見てまいりました。面白かったです!なんと2時間30分の長尺なのですが、長さを全く感じさせず、最後まであっという間でした。映画は1967年のパーレビ国王ベルリン訪問に反対するデモから始まり、1977年のルフトハンザハイジャック事件や実業家シュライヤー氏誘拐・殺害事件までの10年間を描いております。この10年間を2時間半に凝縮するのは、確かに大変だったと思います。が、ストーリーの展開に無理がなく、激動の時代がコンパクトにまとめられており、非常に分かりやすく仕上がっていた印象を受けました。テロリストのドンパチが多いため、派手なアクション映画と思われがちなのですが、さにあらず。監督の話では、実際に撃たれた弾の数を調べ、忠実に再現したとのこと。観客をひきつけるための大げさな演出ではなく、あくまでも史実に基づいたものと知り、むしろドキュメンタリーに近いという印象を受けました。
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バーダー・マインホフ 理想の果てに」東京ではシネマ・ライズさんで7月25日から公開だそうです。

(ムービーアイ様より画像の掲載の許可をいただきました。ありがとうございます)

 試写を見た感想を書くって難しいですね。映画ライターの方々の文章を読むといつも感心します。その作品が持つエッセンスをうまく感じ取り、文章にする難しさ。しかもネタバレ厳禁だし。以下、拙い文章ですが簡単なあらすじと感想を載せちゃいます。

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<簡単なあらすじ>

 時は1967年。イランのパーレビ国王のベルリン訪問に反対する若者たちがベルリンでデモを起こします。そこで悲劇が起きました。学生が警官に撃たれたのです(この警官が実は東ドイツ秘密警察の密偵だったということは、先日ちょこっと日記で書きました)。これをきっかけにデモは過激になります。折りしもベトナム戦争が泥沼化し、反米感情も高まっていたころ。のちにドイツ赤軍派(RAF)の初期メンバーとなるアンドレアス・バーダーがベトナム戦争に抗議し、仲間とともに百貨店に放火。そしてその後、逮捕されます。一方、ジャーナリストだったウルリケ・マインホフも左傾化し、激しい論調の手記を雑誌に投稿するようになります。

 やがてバーダーは仲間の手引きにより脱獄。そしてウルリケ・マインホフと出会うことにより、ドイツ赤軍派が誕生します。彼らは銀行強盗や爆弾テロを繰り返し、世間を震撼させます。そんなとき、ホルスト・ヘロルトがBKA(連邦刑事庁)長官に就任。コンピューターを駆使する最新技術を投入し、断固テロリストたちと戦う姿勢を見せるのでした。やがて初期のメンバーが次々と逮捕され、投獄されていきますが、RAFでは第二世代と呼ばれるメンバーが育っていました。

 投獄されたメンバーたちはハンガーストライキを決行。1名が死亡します。精神的に追い詰められた(・・・ように映画では描かれていました)ウルリケ・マインホフは独房の中で首を吊って自殺。その自殺をRAFメンバーは国家権力によって処刑されたと世論に訴え、獄中の仲間を釈放させるべく、さらにテロ行為を激化させるのでした。

 追い詰められたメンバーはパレスチナゲリラと組み、ルフトハンザ機181便「ランツフート号」のハイジャックを企てます。目的は仲間の釈放でした。しかし時のシュミット首相は断固たる態度で臨み、テロリストとの交渉や妥協を一切拒みます。そしてミュンヘンオリンピックのテロ事件での苦い経験を元に結成された警察の特殊部隊GSG-9投入を決定。そして突入の末、人質の救出に成功します。その知らせに落胆するメンバーたち。そしてその結末は・・・

<キャスト>
アンドレアス・バーダー(RAFのリーダー格です):モーリッツ・ブライプトロイ
ウルリケ・マインホフ(元ジャーナリスト。同じく、RAFの中心的存在):マルティナ・ゲデック
グドルン・エンスリン(RAFのメンバーで、バーダーの恋人):ヨハンナ・ヴォカレク
ブリギッテ・モーンハウプト(RAFのメンバー。2007年に釈放されています):ナディア・ウール
ホルスト・ヘロルト(BKA,連邦刑事庁長官):ブルーノ・ガンツ

 モーリッツ・ブライプトロイはすんごい存在感。彼が出てきただけで、画面の空気が変わったような気がしました。オーラ出てまっせ。彼を見ていると「演技をしている」という感じがまったくしません。役作りがうまいのか、それとも天性のカンで役になりきってしまうのか。とにかく難しい役を次々と完璧にこなす役者だな~と改めて感心。マルティナ・ゲデックも相変わらずの存在感。ノーメークに近いメークとボサボサ髪。独房で次第に精神のバランスを崩していく様を見事に表していました。見ていて感心したのがヨハンナ・ヴォカレク。この女優さんは昨年ドイツ映画祭で上映された「ノースフェース アイガー北壁」でも出ていたのですが、そのときは垢抜けない素朴な女優さんだな~という印象だったのでした。その印象が一変。ハマり役だったように思います。

 そのほかにも、アレクサンドラ・マリア・ララ(めちゃくちゃキレイ!以前より華やかさが増したような・・・)、ハイノ・フェルヒ(映画「トンネル」でトンネル掘った人。「ヒトラー最期の12日間」ではシュペーア軍需相を演じた俳優さん)、ハンナ・ヘルツシュプルング(初主演映画「4分間のピアニスト」でブレイクした女優さん)、トム・シリング(「エリート養成機関ナポラ」などで出てきた美少年)など、華やかな顔ぶれが見られました。

 この作品はテロリストたちを美化して描くこともなければ「巨悪」として描くスタンスでもなく、淡々と史実を追っているように思います。あの時代をどう判断するかは観客に委ねられているのでしょう。

 ドイツの戦後史のキーワードRAF。今まで、本などで読んだりはしたのですが、いまいちピンと来ませんでした。今回、この映画を観てRAFのことが少し分かったような気がします。彼らの主張には正直な話、共感できませんし、彼らが自分たちのイデオロギーを正当化して起こしたテロ行為にも嫌悪感を覚えます。それでも驚いたのは、彼らが放つすさまじいエネルギー。デモで学生に発砲した警官が実はシュタージの手先だったことが最近明らかになりましたが、仮にその事実が当時明らかになったとしても、別のきっかけでRAFは生まれていたんではないか、と思えました。そのくらい、彼らのエネルギーは激しかったのではないかと。地下にたまったマグマが吹き出るような印象を受けました。なぜ彼らはあのような行為に走ったのか。何が彼らをそうさせたのか。世間は彼らをどう見ていたのか。疑問は尽きないのですが、RAFを知るきっかけになったと思います。ドイツにご興味がある方は必見♪

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2007年12月26日 (水)

実写版 Krabat (クラバート)

かなり前に書いたものを蔵出ししてきました・・・。YouTube を直接貼り付けるのに失敗し、そのまま塩漬けにしていたものです。

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 先日、Krabat (クラバ~ト)伝説が実写で映画化されるという話をちょこっとだけ書きました。トレーラーっぽい映像と、ダニエル・ブリュールのインタビューを発見。ダニエル君は今回、クラバートの兄弟子トンダ役で登場するとのこと。本当はYouTube をそのままはめ込みたかったのですが、タグを貼り付けてもうまくいかにゃい・・・(涙) 検索してみたところ、ココログではめ込むのに失敗した、という声がチラホラ。何か特別なコツが要るのかしら。ガッカリ。

Krabat 予告編

↑本編を見ていないので何とも言えないのですが、ドイツ映画というよりはハリウッド映画っぽいのかも・・・。世界戦略となると仕方ないのかもしれないのですが、ドイツドイツした映画が好きな私にとっては、「むむ?!」といった印象も・・・。もっとも、「パフューム」のときも偏見を持っていたのですが、実際にモノを見たとたん、「やっぱお金をかけた映画は違うわ~。ゴ~ジャスね~」などと単純に喜んでしまった私。トレーラーだけで判断してはいけないですよね。

ダニエル・ブリュール インタビュ~ (Youtube)

↑こういう画像を見ていると、字幕をつけなきゃ!というミョ~なお仕事感覚に襲われます。撮影はルーマニアで行われた後、ロケ地をシュヴァルツバルト地方に移した模様。子供の頃から好きだった物語の登場人物を演じられて嬉しい、といったことを答えていますね。

カレル・ゼマンのクラバート

↑以前ご紹介した、チェコのアニメ作家カレル・ゼマンのクラバート。これを見たときのショ~ゲキは今でもよく覚えております。中世のヨーロッパって「お城」「お姫様」「王子様」といったイメージで、ロマンチックに思えたりもするのですが、ひとたびお城の外を出ると、こうした厳しく、かつおどろおどろしい世界でもあったんだな~と思ったのであります。

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2007年12月 9日 (日)

ナチスの偽札

 今朝、日経の朝刊を読んでいましたら、「ナチスの偽札 加担を証言」という記事が目に飛び込んできたんです。先日、少しだけご紹介したドイツ映画「ヒトラーの贋札」を見たいと思っていたこともあり、興味を持って読みました。

以下、日本経済新聞2007年12月9日の記事の要約です:

 スロバキア生まれのユダヤ人アドルフ・ブルガー氏は印刷工でした。第二次世界大戦で妻ととも拘束され、アウシュヴィッツに送られてしまいます。捕らえられたユダヤ人たちが貨物列車で輸送され、到着したその駅でガス室送りと強制労働送りに選別されたことはよく知られていますが、ブルガー氏もその光景を目の当たりにしたそうです。印刷工だったブルガー氏は1年半後にザクセンハウゼン収容所に移され、紙幣の偽造を命じられたとのこと。「ベルンハルト作戦」のためです。終戦とともにブルガー氏は解放されますが、収容所で妻が殺されたのは自分のせいだとの自責の念にかられ、心の整理に40年を要したとのこと。その後、ブルガー氏は語り部として当時の経験を人々に語る活動を始めたそうです。敗戦直前にナチスがオーストリアの湖に大量の偽ポンド札を沈めたそうですが、それは1959年に発見され、2000年に引き揚げ作業が行われたそうです。日経のこの記事によりますと(引用させていただきます)『湖底にあった偽札には、「終わらない戦後」を物語るかのように、鮮明な印刷が残っていた』

●ベルンハルト作戦

(以下、日経の記事から引用させていただきます)
『ナチス・ドイツが敵国だった英国や米国経済に打撃を与えるため実行した紙幣の偽造作戦。指揮を執ったナチス親衛隊(SS)少佐、ベルンハルト・クリューガーの名からこう呼ばれた。ベルリン郊外のザクセンハウゼン収容所が舞台となり、総額1億3000万ポンド(現在の価値で推定6千億円以上に相当)を印刷したとされる。偽造作戦に従事させられたブルガーさんの体験は映画「ヒトラーの贋札」になった。』(以上、引用終わり)

映画「ヒトラーの贋札」公式HP

以前もご紹介しましたが、コチラ↑が公式HP。監督は「アナトミー」「アナトミー2」のシュテファン・ルツォヴィツキー。アドルフ・ブルガー役を演じるのは、日本でも隠れた人気者のアウグスト・ディール。見たい、見たいわ、見たすぎる~~

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2007年11月30日 (金)

Hänschen Klein ~ Steiner - Das Eiserne Kreuz (蝶々 ~ 戦争のはらわた)

 もう1カ月以上前になりますが、「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ~♪)」の元歌がドイツの Hänschen klein (←過去の記事です)だった、という記事を書きました。そうしましたら、いつも遊びに来てくださる方がコメント欄で教えてくださいました。映画「Cross of Iron (邦題「戦争のはらわた」、ドイツ語吹き替え版タイトル「Steiner - Das Eiserne Kreuz」)」にこの歌が使われているんだそうです。その後、spatz さんがその部分の映像が載っているサイトを見つけて教えてくださったのですが、今探しても URLが見つからない・・・ spatzさん、せっかく教えてくださったのにごめんね。しょ~がないので、YouTube で探してきました。

YouTube  ← クリックしてみてくださいね。冒頭の部分です。

「戦争のはらわた」をご覧になったことがある方はよくご存じだと思うのですが、私は初めて見たので「おぉ~」と思ってしまいました。 悲惨な映像をバックに無邪気な子供の歌声が流れると、確かに戦争のむなしさが伝わってまいります・・・。トモコさん、教えてくださいましてありがとうございました。

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 しかしこの邦題・・・もうこれで定着しちゃっているから今さら変えられないんでしょうが、何とかならなかったんでしょか~。当時はオカルトが流行ったから、こういう邦題になったと聞いたことがありましたが・・・。ウィキに詳しいことが載っています → 「戦争のはらわた」(ウィキペディア)

 12月1日追記:今、ドイツ語タイトルで検索したところ、FSK ab 16(FSK:ドイツの映倫。レイティング組織です)、つまりR-16 指定になっていました・・・。もしかして、かなりリアルなシーンもあるのでしょうか?

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2007年11月15日 (木)

Vier Minuten (4分間のピアニスト)

 昨日、友人と2人で映画を観に行きました。今年のドイツ映画祭で先行上映された作品なのですが、そのときは行けなかったので、一般公開を待っての鑑賞となりました♪

4分間のピアニスト (公式HP) ← クリックするとピアノが鳴りだしますので、職場で見てくださっている方はご注意を♪

<簡単なあらすじ>
 トラウデ・クリューガーは老いたピアノ教師。刑務所で受刑囚にピアノを教えています。ジェニー・フォン・レーベンも教え子の一人。類まれなる才能の持ち主ではあるものの、殺人罪で服役中の身でした。忌まわしい過去がトラウマとなり、極度の人間不信に陥ったジェニーは、固く心を閉ざしています。クリューガーはそんな彼女の才能を見抜き、周囲の反対を押し切って彼女をコンクールに出場させようとします。クリューガーもまた、戦時中に最愛の人を失い、ピアノの才能に恵まれながらもそれを生かすすべもなく、心に傷を負って孤独に生きている一人だったのです。

 ジェニーにピアノの王道を進ませるべく正統派の演奏法を教え込もうとするクリューガー。愛を知らずに育ったジェニーはクリューガーの教えを素直に受けることができません。たびたび癇癪を起こしては人を傷つけ、問題を起こします。それでも根気強くピアノを指導するクリューガーに、ジェニーは少しずつ心を開いていくのでした。

 しかし、ジェニーに手を焼く刑務官たちはコンクールの決勝を目前にした彼女にピアノを禁止してしまいます。ジェニーの才能を信じるクリューガーは、オペラ座で4分間の演奏をさせるべく、驚くべき行動に出るのでした…

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 ジェニーを演じたハンナ・ヘルツシュプルングは、これが映画デビューなんだそうです。それまでもテレビなどには端役で出ていたそうですが、あまり目立った存在ではなかったとのこと。でも、その話が信じられないほど卓越した演技力を見せています。童顔なだけに、突然「ブチ切れる」エキセントリックさがよく出ていたと思いました。本国HPによると、役作りのために数か月にわたってピアノのレッスンを受け、ボクシングのトレーニングも3ヶ月間続けたそうです。確かに演奏中、背中の筋肉が際立っていました。あれはトレーニングの賜物なんですね。

 老いたピアノ教師を演じたのは、モニカ・ブライプトロイ。あのモーリッツ・ブライプトロイのママなのでありました。まだ63歳のはずですが、80歳くらいの老女を見事に演じていました。顔に深く刻まれたしわと丸まった背中が老教師の悲しく過酷な人生を物語っているようです。本国のHPによると、非常に手間のかかる特殊メイクを施したんだそうな。でも、あのオーラはメイクの効果だけではなく、演技力のなせる業なのだと思います。普段の写真とは全く違う姿に、女優とはかくあるべきだと思いました。

 ジェニーと同じ刑務所に収容されている受刑囚を演じたのはヤスミン・タバタバイ。イラン人とドイツ人の両親を持ち、「バンディッツ」で一躍有名になりました。美人というわけではないのですが、荒んだ少女を演じさせるとピカ一という気がするのは私の偏見かなぁ。そういえば「バンディッツ」でも受刑囚役でした。

 ドイツ映画らしい、重いテーマではありますが、随所に「クスッ」と笑える演出も織り交ぜてあります。クリューガーが着るハメになるTシャツの柄に、それが「日独共通の下ネタ」であることを確認。一人で感動してしまいました~。刑務官の娘が登場しますが、その女の子がとっても可愛い。昨年、とあるドラマに出演していました。その愛らしい女の子にクリューガーが厳しく言い放つ言葉「Kannst du knicksen?(←このままのセリフじゃなかったかもしれませんが、これに近かったと思います。knicksen は、膝をかがめてお辞儀することですよね。欧米の淑女がよくやるような。「あなた、お辞儀はきちんとできるの?」といった意味です)が、様々な意味を持っております。

 公式HPのトレーラーにも映っていますが、ジェニーがピアノを弾くシーンが圧巻。ジェニーの人並み外れた才能が伝わってきます。テーマが重いだけに、後味は「あ~面白かった♪スッキリ♪♪」といったものではないのですが、私は個人的にはこういう重い映画が好きです。ジェニーはクリューガー教師に心を少しずつ開いていくわけですが、「あなたに対し、個人的な関心はありません、私が愛しているのは音楽だけ」と言い切るクリューガーにも明らかに感情の変化が芽生えています。その経過が様々な形で表現されていて、好感が持てる映画だと思いました。字幕はベテランの松岡葉子さん。

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2007年11月 6日 (火)

ゲーテ・インスティトゥート連続企画 和解への道 「歴史的記憶としての劇映画」

 調べ物をしておりまして、偶然このサイトを見つけました。ゲーテ・インスティトゥートによる連続企画「和解への道」の中の「歴史的記憶としての劇映画」。第二次大戦をどう描くか、という問題はドイツの映画界にとって永遠のテーマのようです。第二次大戦に関連する題材を扱った監督のインタビューなどを聞きますと、非常に苦労したことが伝わってきます。「このテーマを描きたい、だけど一歩間違えるとタブーを犯してしまうことになる、でもどうしても避けて通りたくない」といった感じでしょうか。

 この記事では、ここ20年の間にドイツで製作された第二次大戦関連の映画が考察されています。話題作も具体的に挙げられていますので、興味を持たれた方はご覧になってみてくださいね。映画の変遷を見ていくと、ドイツの映画関係者たちの苦悩も透けて見えるような気がします。半年前に書かれた記事のようですので、すでにお読みになった方がいらっしゃいましたら、重なってしまってすみません。

ゲーテ・インスティトゥート連続企画 和解への道 「歴史的記憶としての劇映画」

 なお、この中で紹介されている「Die Fälscher (邦題:ヒトラーの贋札公式ホームページ))は年明けから公開されるようですね。ドイツでは話題になっていたので、私もぜひ見たいと思っています。August Diehl (アウグスト・ディールも出演するのでありました。監督は「アナトミー」のStefan Ruzowitzky (シュテファン・ルツォヴィツキー)。

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2007年8月 4日 (土)

Ulrich Mühe の Der letzte Zeuge

 先日、「善き人のためのソナタ」に出演したウルリッヒ・ミューエさんの訃報が入ってきて驚きました。いつもお世話になっている Kunka さんが、彼が主演のドラマ「Der letzte Zeuge (直訳しますと、「最後の目撃者」)がネット上で視聴できると教えてくださいました。Kunka さん、いつもありがとうございます。

ZDF Der letzte Zeuge (1997年から放送されているシリーズ物で、ミューエ氏は法医学者役(いわゆる検屍官でしょうか)だそうです。第9シーズンまで続いたそうですね。今後はどうなるのでしょうか・・・)

Die kompletten Folgen als Abruf-Videos のところをクリックしますと、1話分を見ることができます。ほかにもインタビューなどが見られるようです。

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2007年7月25日 (水)

訃報 Ulrich Mühe (ウルリッヒ・ミューエさん)

 夕方、訃報が飛び込んできて驚きました。アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した「善き人のためのソナタ」で、シュタージ要員として監視を行う大尉役を熱演した Ulrich Mühe さんが7月22日(日)、胃ガンのため亡くなったそうです。享年54歳でした。

 東ドイツ出身の俳優さんということもあり、彼の出演作は2本ほどしか見たことがないのですが、「物静かで誠実、そしてひたむき」という印象の役者さんでした。1989年には俳優仲間たちと、SED(ドイツ社会主義統一党)に反対するデモを行ったとのこと。女優でもある元妻によってシュタージに密告されるという過去も持ち、法廷闘争にまで発展したそうです。「善き人のためのソナタ」がオスカーを受賞した直後に手術を受けたそうで、7月21日の新聞にて自分がガンであることを告白しています。そしてその翌日に他界。まさに激動の時代を生きてきた役者さんだったんですね。ご冥福をお祈りします。

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2007年6月11日 (月)

実は・・・

…水曜日の深夜(6月13日から14日にかけての深夜0時55分より)、NHK BS2にて「U・ボート」が放映される予定です。もしご興味がありましたら、ご覧になってみてくださいませ。

 実はこの映画翻訳にあたり、U99さんに監修をお願いし、専門用語のみならず船の仕組みや独特の言い回しに至るまで、連日懇切丁寧に教えていただきました。難しい箇所は全部U99さんに丸投げ状態という、とんでもない翻訳者でした、私ってば。

 そのようなわけでして、もしよろしければ・・・

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2007年6月 4日 (月)

ODE AN DIE FREUDE (バルトの楽園)映画評 + つぶやき(ぼやき)

 「バルトの楽園」が先日ドイツで公開されましたが、その映画評が載っているサイトを教えていただきました。おそるべきアマチュア様、いつもご親切にありがとうございます。本当は簡単にでも訳したいところですが、時間がなくてご紹介だけですみません。

Filmkritik その1 Filmkritik その2 Filmkritik その3

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以下、つぶやき(というか、ぼやき)です。ダラダラと書いちゃってすみません。

つぶやき その1:
ドイツ映画祭が始まるので、ちょこっと作品についてもご紹介したいところなのですが、何だかも~バタバタしちゃって、書きかけのまま放置・・・。

つぶやき その2:
遅まきながら「パフューム ある人殺しの物語」を観ました。圧巻・・・!まいりました、トム・ティクヴァ監督。いつぞやは「変人」だなんて悪口言ってしまってごめんなさい。この映画は評価が真っ二つに割れると聞いておりましたが、私は星をたくさんつけてあげたいです。原作も『言葉で「におい」(「匂い」も「臭い」も)を伝えることに成功した小説』でしたが、映画も同じ。画と音とセリフと音楽で見事に「匂い」と「臭い」を伝えています。主役の男の子の演技も見事。目と鼻だけで演技できる数少ない若手なのでは…。ただし、公開前に話題になった750人のエキストラによる愛のシーン・・・あれはもう少しボカしてもよかったような気がします。男性の監督だからああいったストレートな映像になったのかなぁ。それまでの「目が釘付けになるような」映像から、「思わず目を伏せちゃうような映像」になってしまったような・・・(男性が観る場合は逆かな(^m^))。

 主人公が何かに憑かれたかのように女性を追うのですが、その一人の女の子は青春映画「ビター・スウィート」や「クレイジー」に出ていた子でした。当時はあまり素敵だとは思わなかったのですが、いつの間にか「雰囲気」を身につけて女優さんとして成長していました。もう一人の少女(パンフレットやポスターに出ている少女)は15歳なんだとか!赤毛ってこんなにも美しいのか、と思いました。

つぶやき その3:
コメント欄にも書いたのですが、ここ2、3日、我が家のそばにシジュウカラが3羽で遊びに来ています。最初は「わーい♪ いながらにして「野鳥の会ごっこ」ができるわ~♪」と無邪気に喜んでいたのですが、よくよく見ると常にイモムシをくわえているのです・・・ってことは、どこかにケムシが大発生しているのかいな?ちなみにシジュウカラはドイツ語でKohlmeise というんだそうですね。日本のシジュウカラはお腹が白いけど、ヨーロッパのものは黄色っぽいのだそうです。彼らは Wandervogel (渡り鳥)ではなく、Standvogel (留鳥)。これからも遊びに来てね♪

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2007年5月17日 (木)

ODE AN DIE FREUDE (バルトの楽園) その2 訳を追加♪

 またまた「バルトの楽園」の話題で失礼いたします。昨日、ハンブルクの日本映画祭で上映されたはずですが反応はどうだったのかしら。検索したところ、このあと7月12日から一般公開されるようですね。どのくらいの規模で公開されるのかは不明なのですが、多くの方が観てくださるといいな、と期待しています。ところで日本語のセリフは吹き替えかしら?それとも字幕?ドイツの方々は吹き替えを好みますよね。そのあたり、どうなっているのかしら・・・

映画 Info (ドイツ語ですが)

上映 Info

同サイトの内容紹介より引用 『1914, inmitten des Ersten Weltkrieges. Rund 4.700 Deutsche werden von den japanischen Heertruppen im chinesisches Qingdao gefangen genommen und als Kriegsgefangene ins japanische Bando Camp nahe Naruto City gebracht. Lagerführer Toyohisa Matsue (Ken Matsudaira), ein Gerechtigkeit liebender Militär, will für Ruhe und Frieden zwischen den Einheimischen und den fremden Europäern sorgen und gewährt den Kriegsgefangenen deshalb viele Freiheiten wie die Herstellung einer eigenen Zeitung oder das Musizieren auf Instrumenten. Das Camp galt daher als das „Paradies für Kriegsgefangene“. Als im Jahre 1918 der erste Weltkrieg für die Deutschen verloren und ihr Heimatland zerstört war, verlieren die deutschen Kriegsgefangenen fernab in Japan jede Hoffnung auf eine Rückkehr. Generalmajor Kurt Heinrich (Bruno Ganz) kennt nur einen Ausweg: Selbstmord. Doch Lagerführer Toyohisa Matsue gelingt es, den gebrochenen Mann davon zu überzeugen, dass nur er seine Leute sicher in ihr Heimatland zurückbringen kann... Basierend auf wahren Begebenheiten erzählt der japanische Meisterregisseur Masanobu Deme in "Ode an die Freude" eine aufwühlende Geschichte, die beweist, dass Menschlichkeit, Respekt und Hilfsbereitschaft unter Kriegsgegnern auch in Zeiten höchster Anspannung möglich sind - mit dem Bando Camp als Symbol dafür. Höhepunkt war der Gesang der deutschen Gefangenen beim Abschied von Lagerleiter Toyohisa Matsue, zu dessen Ehren erstmals "Freude schöner Götterfunken" aus Beethovens Neunter Symphonie auf japanischem Boden zu hören war. Neben Japans Superstar Ken Matsudaira als Lagerführer Toyohisa Matsue und Actrice Reiko Takashima als Utako sind der schweizer Schauspieler Bruno Ganz als Generalmajor Kurt Heinrich und seine deutschen Kollegen Oliver Bootz als Soldat Carl Baum und Kostja Ullmann als Soldat Hermann Lake zu sehen. 』(引用終わり/出典:Buena Vista)

ざざっと訳したいところですが、時間がなくて引用だけですみません・・・。そのうち映画評なども出てくると思います。見つけましたらご紹介いたしますね。

…と書きましたら、おそるべきアマチュア様がお忙しい中、上の解説文を訳してくださいました。僭越ながら私も加筆させていただき、下に貼り付けました。おそるべきアマチュア様、いつもご親切にありがとうございます。

『第一次世界大戦真っ只中の1914 年。およそ4,700 人のドイツ人が中国・青島の日本軍によって囚われ、捕虜として鳴門市近郊の板東収容所に連行される。収容所長松江豊寿 (松平健) は、正義感の強い軍人であり、土地の日本人とよそ者のヨーロッパ人の間に安寧と平和を取り計ろうとする。そのため、捕虜に多くの自由、例えば彼ら自身の新聞の発行や器楽の演奏といったことを許したのである。こうして同収容所は"捕虜の天国" と見られるようになった。

1918年、第一次大戦はドイツの敗北に終わり、彼らの故国は崩壊した。はるか日本で囚われの身となっていたドイツ人たちにとって、帰国は絶望的なものとなる。クルト・ハインリッヒ少将 (ブルーノ・ガンツ)に残された道はただ一つ。それは自殺であった。しかし松江豊寿所長の説得が功を奏し、失意にあったこの少将も、部下を確実に彼らの故郷に帰還させることが出来るのは自分だけだと確信する。

この”Ode an die Freude (バルトの楽園)の中で、日本の名監督出目昌伸が伝えているのは史実である。掘り起こされた歴史、それは敵対する者同士が人間性、尊敬、そして扶助を持つことが、もっとも緊張の高い時であっても可能であることを証明している。板東収容所は、その象徴なのだ。

クライマックスは、収容所長松江豊寿との別れに際し、その栄誉を称えて歌われるドイツ捕虜の合唱だった。ベートーヴェンの第九交響曲から「うるわしき神々の火花よ」が初めて日本の地で響いたのである。

松江豊寿所長に扮する日本のスーパースター松平健、妻うた子の女優高島礼子と並んで、スイスの俳優ブルーノ・ガンツがクルト・ハインリッヒ少将、ドイツ人俳優オリヴァー・ブーツが兵士カルル・バウム、それにコスティア・ウルマンが兵士ヘルマン・ラーケ役で登場する。』

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2007年5月15日 (火)

ODE AN DIE FREUDE (バルトの楽園)

 いつも大変お世話になっている「おそるべきアマチュア」様から教えていただきました。映画「バルトの楽園」がドイツで上映されることになったそうです。いつもいろいろ教えてくださり、ありがとうございます。

ODE AN DIE FREUDE (結局、ドイツ語のタイトルはそのまま「歓喜の歌」になったんですね・・・)

Ⅷ. Japanisches Filmfestival Hamburg (第8回ハンブルク日本映画祭)

同 HP より引用:『Zur Eröffnung des 8. japanischen Filmfestes am 16. Mai 2007 im Streits Kino wird nicht nur Bruno Ganz (u.a. bekannt aus „Der Untergang“) persönlich erscheinen, sondern auch eine hochrangige Delegation der Produktionsfirma Toei bestehend aus dem Präsidenten Herrn Okada, dem Regiesseur Masanobu Deme, der Produzentin Riuko Tominaga sowie der sehr berühmten Schauspielerin Reiko Takashima.』(引用終わり)

この作品が映画祭のオープニングを飾るみたいですね。上映日は5月16日。ブルーノ・ガンツさんがいらっしゃるみたいですよ。さらに監督や東映の社長さん、プロデューサーさん、それに高島礼子さんも。豪華な顔ぶれだな~

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2007年4月16日 (月)

Lili Marleen リリ~・マルレ~ン (YouTube)

検索していて偶然見つけてしまいました。YouTube の「リリー・マルレーン」。既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんね。特に1番目の画像はちょっと辛いものが・・・。この歌を聴きながら見ていますと後半部分では胸が詰まります。(初めてこのブログに来てくださいました方・・・コチラに過去の記事が→リリー・マルレーン (その1)

見ていて胸が痛みます

ラーレ・アンダーゼン版(画像はありません)

マレーネ・ディートリッヒ版

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2007年4月 4日 (水)

Lili Marleen (リリ~・マルレ~ン) その4

先月、「リリ~・マルレ~ン その4」を書いていて困ってしまいました。サイトによって違う箇所が出てきてしまいまして。どうするべ~と思い、図書館でラーレ・アンダーゼンの自伝を借りて、その部分を見てみることにしました。彼女の自伝だけでは、史実までは分からなかったのですが、本人がそう言っているということでご了承くださいまし。図書館は歩いて5分のところにあります。便利なのだ~。

今日はじめてこちらに遊びに来てくださいました方:
よろしければ、その1その2その3 をご覧になってみてくださいね。

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「リリ~・マルレ~ン」の大ヒットで、歌手ラーレ・アンダーゼンは忙しい日々を送っていました。前線へ慰問に行ったり、各地のコンサートで歌ったり。どこへ行っても兵士たちから熱烈に歓迎されるのでした。でも絶頂の時期は長く続きませんでした。歌詞の内容が問題視されるようになります。ゲッベルスは『前線の兵士たちに里心がつく』として嫌ったとのこと。ラーレ・アンダーゼンはとうとう、イタリアツアーから移動中の列車内でゲシュタポに身柄を拘束されてしまいました。1942年9月のことです。チューリヒでユダヤ系の音楽家たちと親しく交流していたことや、夫がユダヤ人であったことも問題視されたそうです。そのままベルリンへ強制的に送還され、自宅待機を命じられました。

拷問や強制収容所(KZ) 送りを恐れたラーレは夜、睡眠薬(バイエル社が開発した『ベロナール』)を大量に服用。意識不明のところをゲシュタポに発見されます。クアフュルスデンダム (Kurfürstendam)92番地の自宅に救急車が呼ばれました。

ラーレの意識が戻らないうちに、イギリスBBCがニュースを流しました。「『リリー・マルレーン』を歌った歌手が強制収容所内で死亡した」と。この誤報が彼女を救うこととなったようです。ナチスの非道さをアピールするための報道であったわけですが、ドイツ軍兵士の士気低下を恐れたナチスはその報道を否定し、彼女を家に帰しました。

ファスビンダー監督の映画「リリー・マルレーン」ではその後、本人が生存していることを国民に示すために無理やり舞台に登場させます。でも実際は、人前で歌うことは禁じられたままだったようですね。

一方、この歌はマレーネ・ディートリヒが歌ったこともあり、その後も各地で歌い継がれました。48の言語に翻訳され、替え歌やマーチ風にアレンジしたものも登場したそうです(その中でもUボート版の替え歌が有名なんだそうです)。

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サイトによって何が違ったかといいますと、BBCの放送の中身。「ラーレ・アンダーゼンは強制収容所に送られ、そこで死亡した」という内容が流れた、という説と、「ラーレ・アンダーゼンは強制収容所へ送られることを恐れ、それを避けるために自殺した」と報道された、とする説。似ているようでビミョ~に違うので、困ってしまったわけです。史実がどうだったかは分からなかったのですが、自伝によると前者になっていました。

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2007年3月14日 (水)

Lili Marleen (リリ~・マルレ~ン)その3

リリ~・マルレ~ンの続きです。今日初めてこのブログに遊びに来てくださいました方、よろしければ過去の記事のその1その2をご参照くださいね。

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ベオグラードに設置された国防軍の放送局は1941年4月から放送を開始したそうです。目的はもちろん、兵士の戦意高揚やプロパガンダを流すこと。内容がよかったのでしょうか、人気番組となり、放送局への投書が相次ぐようになったそうです。そこで関係者は考えました。放送枠を使って前線の兵士の声をふるさとに届けようと。こうして1941年8月18日に「Wir grüßen unsere Hörer(リスナーの皆さんこんにちは)」というコーナーが誕生しました。番組の中で前線の兵士から故郷の家族や恋人に宛てたメッセージが読まれ、番組の最後、10時少し前に「リリー・マルレーン」が流されることになりました。こうしてこの歌は前線の兵士と、故郷で彼の帰りを待つ最愛の人たちとを結ぶ架け橋となったのです。ファスビンダー監督の映画「リリー・マルレーン」でもこのシーンが出てきました。

参考にしたサイトの説明によりますと、南はアフリカから、北はノールカプ(ノルウェーの島にあるヨーロッパ最北端の岬)からもメッセージが届いたそうですよ。その数 12460通に上る日もあったとか。彼らは最愛の人にメッセージを送りながら、一緒に「リリー・マルレーン」が聴けるのを楽しみにしていたとのこと。やがてこの歌は連合国側の兵士たちにも愛されるようになりました。そして夜の10時少し前になると、不思議と砲撃や銃撃の音が鳴り止んだそうです。このことはドイツ兵だけでなくイギリス兵なども書き残しているそうですので、事実だったのでしょう。

作曲家ノルベルト・シュルツェの(たぶん)息子であるシュルツェ・ジュニアはドキュメンタリー映画の中で次のように述べているそうです。
Eine makable Verbrüderung.  Hier zerschießen, verbrennen und vernichten sie sich gegenseitig und singen gleichzeitig dasselbe Lied. (不思議な連帯感だ。戦場で互いに撃ち合い、焼き払い、破壊の限りを尽くしている者たちが同じ歌を歌っている。)

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余談ですが、この「リリー・マルレーン」がベオグラード放送局で流されたのは偶然だったそうです。レコードのストックが少なかったため、ウィーンの放送局からレコードを取り寄せたところ、その中に偶然「Lied eines jungen Wachtpostens (『若き歩哨の歌』・・・最初はそう呼ばれていました)」が入っていたとのこと。ベオグラード放送局の責任者、カール・ハインツ・ライントゲン少尉が1941年の夏ごろに残した報告によりますと、放送時間は日に12時間にのぼり、リリー・マルレーンも日に3度放送されたとか。「『帰営ラッパ(歌詞に出てきます)』はもう十分だろう」と鶴の一声を発し、「リリー・マルレーン」を曲目から外そうとしたそうです。そのとたんブーイングの嵐。このサイトの言葉を借りると eine Flut von Beschwerdebriefen und Beschimpfungen (苦情の手紙や非難の洪水)。既にみんなが愛唱していたんでしょうね。そしてこの曲は再び流されるようになって一件落着とか。

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急いで書いたので、乱文すみません。誤訳や誤認識があったらどうしよう・・・。おかしな箇所がありましたら、教えてくださいね。

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2007年3月11日 (日)

Lili Marleen リリ~・マルレ~ン (その2)

またまたリリ~・マルレ~ンの話題で恐縮です。いろいろ思い出がありまして。ラーレ・アンダーゼン(ラーレ・アンデルセンという表記のほうが一般的かもしれませんが)のコチラと、リリー・マルレーンの歌のofficial page (本当に公式かどうか分からないのですが)を参考にしました。

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先日ご紹介した Lili Marleen の歌詞の作者は詩人の Hans Leip(ハンス・ライプ)。彼は1915年4月、東部戦線に向かう前にベルリンの兵舎 Gardefüsilierkaserne でこれを書いたそうです。(この兵舎についてご存じの方、ひるふぇ・びって。)リリーは彼のガールフレンドですが、マルレーンについては2説あるとのこと。友人の恋人の名前という説と、当時出入りしていた看護師を指すという説。とにかく2人をくっつけて、リリー・マルレーン。作詞者にとっては甲乙つけがたかったのでしょうか。その後の1938年に作曲家 Norbert Schultze (ノルベルト・シュルツェ)がメロディをつけました。

これをレコードに吹き込んだのが歌手ラーレ・アンダーゼンです。吹き込んだ当初は話題にならず、700枚ぽっちしか売れなかったとか。ところがベオグラードに設置された国防軍の放送局で兵士向けに流されたことをきっかけに状況が一変。この放送局ははるかかなたのアフリカまで電波を送っていたとのこと。レコードのストックが少なかったこともあり、「リリー・マルレーン」は日に3度流されたこともあったそうです。そうこうするうちに兵士の間で人気に火がつき、毎晩9時55分に流されることになりました。
(この続きは後日書かせてください。決してもったいぶっているのではなく、時間がなくて。ベオグラード放送局でのエピソードに笑えるお話も・・・)

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先日、ペンディングにしていた歌詞の5番。皆様からいろいろ教えていただきまして、ありがとうございます。英語バージョンを見てみたところ、heben に free が当ててありました(ただ、この英訳はかなり意訳しているようですが。)

Like a dream you free me,
With your lips so hale.

der stille Raum というのはやはり、砲撃が止んだときの、つかの間の「静寂」「沈黙」でしょうか。あるいは夜の静寂かも。で、die Erde Grund は、AIRSHIPさんが教えてくださったように、塹壕を意味するのかなぁと思いました。そんな苦しい状況からまるで夢のように僕を引き上げてくれる(救い出してくれる)のは、僕のことを想ってくれる君のその唇・・といった感じでしょか。結局は、「救いなのは夢に浮かぶ君の唇」ってことだとは思いますが。なお、Dein verliebter Mund ですので、sich verlieben している(夢中になっている)のは彼女のほうですね。なんとな~くイメージは湧くのですが、それを訳すのは難しいなぁ(と言って逃げる・・・)

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余談その1:ネットで検索して読んだのですが、ソ連がドイツ兵の戦意を喪失させるために、「君たち、それぞれの『リリー・マルレーン』の元へ戻りたまえ」みたいなビラを撒いたとか。ホントかな?それを読んだ兵士は皆、戦闘をやめて恋人に会いたくなったでしょうね。恋人がいない兵士は辛さが2倍だったかも。

余談その2:先日、コメント欄で「おそるべきアマチュア様」が教えてくださったのですが、曲をつけたノルベルト・シュルツェさんの祖父エーミール・シュルツェさんは「お雇い外国人」として東京大学医学部で教鞭をとっていたそうです。あの森鴎外(当時は森林太郎)に容赦なく赤点をつける厳しい先生だったそうで・・・

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2007年3月 6日 (火)

Lili Marleen (リリ~・マルレ~ン) その1

以前、鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督について少しだけ書かせていただきました。監督の作品「リリー・マルレーン」では、とても感動したのを覚えております。特にあの歌。無謀にも下に拙訳を書き出してしまいます・・・間違った解釈に気づかれましたら、教えてくださいね。ヘタクソ訳だとは分かっているのですが、こうしてああでもない、こうでもないと苦労しながら訳している時間が好きなんです、ホント・・・。翻訳をなさる方は皆様同じだと思うのですが。

色々な方々がこの歌に歌詞をつけてこられましたが、下の拙訳は「ほぼそのまま訳」です。ただ、ドイツ語と日本語の構造が違うため、倒置させている箇所や意訳しちゃった箇所はありますが・・・。実は5番 aus....hebt mich wie im Traume dein verliebter Mund がよく分かりません。これで「翻訳やってま~す♪」と言っているのだからお恥ずかしい・・・

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(←メロディはこちらで聴けます♪)

1. Vor der Kaserne
Vor dem großen Tor
Stand eine Laterne
Und steht sie noch davor
So woll'n wir uns da wieder seh'n
Bei der Laterne wollen wir steh'n
Wie einst Lili Marleen.

兵舎の大きな門の前
今も街灯が立っている
その下でまた会おうね
あの街灯の下に2人で立とう
昔のように リリー・マルレーン

2. Unsere beide Schatten
Sah'n wie einer aus
Daß wir so lieb uns hatten
Das sah man gleich daraus
Und alle Leute soll'n es seh'n
Wenn wir bei der Laterne steh'n
Wie einst Lili Marleen.

2人の影が重なり1つの影に
僕ら
が愛し合ってたって
見れば誰にも分かること
みんなが見たって構わない
街灯の下に2人で立とう
昔のように リリー・マルレーン

3. Schon rief der Posten,
Sie blasen Zapfenstreich
Das kann drei Tage kosten
Kam'rad, ich komm sogleich
Da sagten wir auf Wiedersehen
Wie gerne wollt ich mit dir geh'n
Mit dir Lili Marleen.

歩哨の呼び声
鳴り響く帰営ラッパ
遅れりゃ3日の営倉入り
「戦友よ いま戻る!」
これが2人の別れの合図
本当は君と一緒にいたかった
君と リリー・マルレーン

4. Deine Schritte kennt sie,
Deinen zieren Gang
Alle Abend brennt sie,
Doch mich vergaß sie lang
Und sollte mir ein Leids gescheh'n
Wer wird bei der Laterne stehen
Mit dir Lili Marleen?

街灯はすべてを知っている
君がそこに通うのを
毎晩 明かりは灯るけど
僕はそこに立てなくなった
僕の身に何かが起きたとき
君は誰とそこに立つ
君は リリー・マルレーン

5. Aus dem stillen Raume,
Aus der Erde Grund
Hebt mich wie im Traume
Dein verliebter Mund
Wenn sich die späten Nebel drehn
Werd' ich bei der Laterne steh'n
Wie einst Lili Marleen

静寂の中から
地の底から
夢のように浮かぶのは
恋をする君の唇
夜霧があたりを包んだら
僕は街灯の下にたたずもう
昔のように リリー・マルレーン

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Lili Marleen の様々なバージョンが聴けます

実はこの曲の題、「リリー」と「マルレーン」という2人の女性なんだそうです。おいおい、一人に絞れよ~。この歌が作られた経緯や、戦場で広まる経緯はまた改めて書かせてください。落ち着いて書かないとウソを書いてしまいそう。また後日ゆっくり・・・

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2007年2月13日 (火)

Das Leben der Anderen (邦題:善き人のためのソナタ)

ここ数日間、多くの方々が「善き人のためのソナタ」「Das Leben der Anderen」で検索して遊びに来てくださいました。2月10日から公開され、話題になっているからだと思います。過去の記事で恐縮ですが、前に持ってきてしまいました。既に読んでくださいました方、二度目ですみません。

なお、字幕翻訳を担当なさったのは、ハリウッド大作などを中心に第一線で活躍なさっている方です。

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(以下、10月8日の日記です)

先日、この映画の試写会に行ってまいりました。私のツボにピッタリはまってくれちゃう映画で、感謝、感激、感涙。

「善き人のためのソナタ」(公式HP)

監督: Florian Henckel von Donnersmarck (フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)
音楽: Gabriel Yared (ガブリエル・ヤレド)

出演者: Ulrich Mühe (ウルリッヒ・ミューエ)、Martina Gedeck (マルティナ・ゲデック)、Sebastian Koch (セバスティアン・コッホ)ほか

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1984年11月の東ベルリン。主人公ヴィースラー大尉は忠実かつ冷酷に任務を遂行する有能なシュタージ要員。今回の監視対象は、劇作家ドライマンとその恋人で女優のクリスタ。ところが盗聴を続けるうちに、大尉は2人に惹かれていきます。盗聴器から聞こえてくる音楽に耳を傾けるうち、封じ込めていた「人間性」を取り戻し、彼らに共感を覚えるのでした。反体制であるとの証拠を挙げ、逮捕に結びつけるはずが、逮捕寸前の彼らを助けてしまいます。その結果、大尉は郵便物の開封作業という閑職へ。シュタージという組織の中で輝かしい業績を持つ主人公ですが、家に帰れば一人わびしく食事をかきこみ、巨漢(!)のコールガールに甘えるという孤独で寂しい一面も描かれています。 1991年、ドイツ統一後。シュタージによる監視ファイルの開示を請求したドライマンは、自分を監視していたのに最後は守ってくれた男の存在を知ります。自分を助けたがために左遷され、閑職に回ってしまった男に感謝するため、ドライマンはある方法を思いつくのです・・・

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大尉役を演じたウルリッヒ・ミューエは東独出身の俳優。娘は昨年公開された「青い棘」のアンナ・マリア・ミューエ。自身の夫人で女優でもあるJ・グロルマンがシュタージに夫の密告を行っていた、という過去を持ちます(夫人は否定)。ハンサムではないのですが、味のある演技をする俳優さんです。 女優クリスタ役を演じたマルティナ・ゲデックは、「マーサの幸せレシピ」で主役マーサを演じた女優さん、と聞けばピンと来る方も多いと思います。とても美しい女優さんですが、映画ではどぎついメークと疲れた顔。ドラッグに溺れながらも女優の地位に何とかしがみつこうとし、シュタージの脅しに屈する弱さと愛する男性への思いの間で揺れる悲しい女性を好演。場末の雰囲気がよく出ていて物悲しいです。 劇作家役のセバスティアン・コッホは、「トンネル」で、主人公とともに西へ脱出する技師の役で出ていました。その頃から素敵!と密かにチェックを入れておいたのですが、今回 再びスクリーンでお顔を拝むことができ、嬉しい♪ この3人以外にも、渋い演技が光る俳優さんたちが脇を固めております。個人的にはシュピーゲルの記者役で登場するHerbert Knaup (ヘルベルト・クナウプ)が好きなので、今回見られて嬉しい♪ 「アナトミー2」の教授役で出ておりました。声が低く、渋くて素敵☆ 昨年ドイツ映画祭で上映された「アグネスと彼の兄弟」にも出ていましたが、時間が合わず未見。残念!

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監督が調査に4年を費やしたというだけあって、シュタージの監視の手口はリアルに再現されており、背筋が寒くなりました。明るさを抑えた画像がまさに当時のDDR を彷彿とさせます。マルティナ・ゲデックになりきってしまった・・・などと図々しいことは申しませんが、すっかり入り込んでしまいました。お正月後公開との話です。よろしければ是非、ご覧になってくださいね。

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2007年1月19日 (金)

映画「Mein Führer(マイン・フューラー)」

以前、ダニー・レヴィ監督の新作ということでちょこっとご紹介しました映画、「Mein Führer」。昨日、いつもお世話になっている方にメールで「ネットのニュ~スで出てましたよ~」と教えていただきました。

コチラ(日本語のニュースです) 

コチラは本国の公式HP(ドイツ語です)

以前、「ヒトラー 最期の12日間」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督がインタビューで語っておりました。「ヒトラーを怪物や悪魔の化身ように描くのであれば問題ないけれど、等身大の姿で描こうとすると、いろいろ反発が出る可能性がある、だけど彼は我々と同じ人間だったのだから、人間として描かなければ意味がない」と。秘書のトラウドゥル・ユンゲに見せる優しい一面を描くだけでもヒルシュビーゲル監督は相当な覚悟で臨んだようです。今回の作品を手がけたダニー・レヴィ監督はユダヤ系ということなのですが、それでもおちゃらけたヒトラーを描くのはそれなりの覚悟が必要だったのでは・・・。内容がとても気になります。見たいなぁ~。

12月末に、ヒトラー役を演じた俳優が「こんな映画になるとは思っていなかった!知っていたら役を降りたのに!」と言い出したとかで、ちょっとしたニュースになっていました(公開前の話題作りだと思いますが・・・)

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2006年11月30日 (木)

Das Leben der Anderen (邦題:善き人のためのソナタ)監督の座談会

先日、「Das Leben der Anderen(邦題:善き人のためのソナタ)」のフローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の来日を記念して、東京ドイツ文化センター(ゲーテ・インスティトゥート)において座談会が開かれました。

試写、座談会、レセプションとあったのですが、締め切り直前だったため、座談会だけ聴いてまいりました。寝不足が続いて頭がボーっとした状態でして、何となくフワフワした状態の中、聴いてまいりました。

善き人のためのソナタ

この映画は、感情を表に出すこともなく、また情にほだされることもなく淡々とシュタージの任務をこなしていく主人公が、あるカップルの行動を監視しているうちに彼らに共感を覚え、それまで封じ込めていた「人間性」を取り戻していくというもの。

座談会で監督に色々質問をなさったのは、東大大学院教授の姜尚中氏。逐次通訳も合わせて1時間という短い時間でしたが、要点を押さえて質問してくださり、とても密度の濃い、充実した座談会でした。

監督がおっしゃっていたことで、心に残ったことが。

Ohne Gefühl, kein Mitgefühl.
Ohne Mitgefühl, auch kein Frieden.
 

ちょっと言葉は違うかもしれませんが、このようなことでした。「感情がなければ、共感などありえない。他者に共感することがなければ、平和もない。」

感情を押し殺し、任務をこなす主人公。ある日ヘッドホンから聞こえてきた音楽に心を動かされ、抑えていた感情が芽生える。そして監視対象に共感を覚えるようになり、人間性を取り戻していく・・・

「他人に共感し、気遣うこと」の大切さにも触れていらっしゃいましたが、いろいろ考えさせられる言葉でした。 この後レセプションもあったのですが、ご馳走を横目で見ながら(涙)帰路につきました。

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エルツ(Erzgebirge)の雪だるまカルテット。かわいいでしょ。むふふ。

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2006年10月17日 (火)

北部に住むドイツ人が選んだドイツ映画 TOP100 (2005年調べ)

調べ物で検索しているうちに、こんなサイトに行き着いてしまいました。ちょっと古いデータなので、「な~んだ、もう知ってるよー」と思われる方もいらっしゃるかも・・・今頃すみません。

NDRテレビによるアンケート

NDR は、直訳すると「北ドイツ放送」になります。ドイツ北部をカバーするテレビ局ですね。ここが昨年、半年間にわたり、インターネットで「好きなドイツ映画」の投票を行ってきたそうです。その結果が2時間ものの番組としてオンエアされたとのこと。100のドイツ映画をラインナップし、その中から好きなものをネットで投票してもらうという方式で行われたそうです。結果は下のとおり。(邦題です。昨年のランキングですから、多少古いです・・・。今年やれば、また別の結果が出たでしょう。)

1位: Uボート (1981年)
2位: ノスフェラトゥ(1921年)
3位: ヒトラー~最期の12日間~(2004年)
7位: グッバイ、レーニン!(2003年)
8位: 橋 (1959年)
9位: 荒野のマニト(2000年)
10位:ブリキの太鼓 (1979年)
11位:ラン・ローラ・ラン (1988年)
15位:愛より速く (2004年)
16位:ベルンの奇跡 (2003年)
18位:ゾフィ・ショル、最期の日々~白バラの祈り (2005年)
19位:es (2001年)
22位:ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア (1997年)
23位:フィッツカラルド (1982年)
26位:メトロポリス (1926年)
36位:ビヨンドサイレンス (1996年)
38位:リリー・マルレーン (1980年)
40位:嘆きの天使 (1930年)
41位:カリガリ博士の小屋 (1920年)
43位:ベルリン・天使の詩 (1987年)
51位:青い棘 (2003年)
54位:名もなきアフリカの地で(2001年)
56位:ベルリン、僕らの革命 (2004年)
58位:モモ (1986年)

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100本の映画の中から選ぶ形式なので、下のほうは もしかしたらほとんど投票がなかったのかも・・・昨年実施したアンケートなので、どうしても昨年公開の作品が上位を占めるのは当然といえば当然かも。そんな中、やっぱり「Uボート」は強いのでした。堂々の1位。すごい!ほかにもいい映画はいくらでもあると思うのですが、100本の中に入っていなければ投票もされないみたいですね・・・残念!

今が旬の俳優さんが出ている作品が上位に行くのも理解できるのですが、そんな中でフリッツ・ラングの「メトロポリス」とか、ドイツ表現主義の王道を行く(?)「カリガリ博士の小屋」が上位に入っているのも なんだか嬉しい♪サイレント映画って結構好きなんです・・・

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2006年9月 8日 (金)

FSK(ドイツ映画の自主規制組織・・・ドイツの映倫)

今日からかかろうと思っていたお仕事が突然キャンセル。急に時間がポッカリ空いてしまったのですが、誰に電話をしてもお留守。急に誘ったところで みんなも忙しいもんね。ちぇっと思いつつ、前から調べたいな~と思っていたことを調べてみることにしました。

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FSKFreiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft) 

ドイツ映画のパンフレットなどには、隅っこによく書いてありますので、ご覧になった方も多いと思います。ドイツにおける映画産業の自主規制組織。ズバリ、ドイツの映倫。青少年に有害と思われる内容を審査し、レイティングするのがその仕事で、審査規定は JuschG (Jugendschutzgesetz、青少年保護法)に準拠したものだそうです。

組織:映画やテレビ、ビデオなどの映像産業の16団体で構成される上部団体 SPIO (die Spitzenorganisation der Filmwirtschaft e.V.) の100%子会社で、GmbH(有限会社)の形態を取っているとのこと。主な収入源は審査料だそうです。

沿革:初めてこの組織の審査を受けた映画は、戦時中に制作されたものの、ナチス政権からNGを出された作品だとか。しかし戦後、連合軍側(ソ連を除く)からOKが出、設立間もないFSK が初めて検査をすることになったそうです。1949年のことでした。

審査を行うメンバー:190名を超える担当者が審査に当たるとのこと。映像産業の従事者以外にもジャーナリストや教師、心理学者、学生、主婦など様々な分野の人々で構成され、その任期は3年とのこと。

レイティング:主に次のように分けられるそうです。

freigegeben ohne Altersbeschränkung:年齢制限なし。

freigegeben ab 6 Jahren:6歳未満は入場禁止

freigegeben ab 12 Jahren:12歳未満は入場禁止

PG (Parental Guidance):「freigegeben ab 12 jahren(12歳から)」と書かれている場合でも、PG の条件つきなら、保護者同伴で 6歳~の子供も見ることができる。

freigegeben ab 16 Jahren:16歳未満入場禁止

keine Jugendfreigabe :以前は「nicht freigegeben unter 18 Jahren(18禁)」と表示されたそうですが、2003年4月以降は、「未成年入場禁止」という表示に変わったとのこと。

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以前は「青少年に有害なもの」と言えば、性的な描写と相場が決まっていたそうですが、最近はむしろ、残虐なシーンや刺激の強すぎるシーンをもっと規制するべきとの声が高まっているとか。それは日本も同じですよね。ドイツの映倫にひっかかるほど残虐なアニメや映画が、日本製でないことを祈ります・・・

Berlin
写真は本文とは関係ありません(笑) 

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2006年7月18日 (火)

ドイツ映画祭 座談会

昨日、午後3時から開催された座談会に行ってまいりました。場所は有楽町マリオンの朝日ホール。メンバーは:

短編「Quietsch(悲鳴)」のBaran Bo Odar(バラン・ボ・オダー)監督
「Elementarteilchen(素粒子)」のOskar Roeler(オスカー・レーラー監督)
「Die Weisse Massai (マサイの恋人)」のHermine Huntgeburth(ヘルミーネ・フントゲブルト)監督
「マサイの恋人」レマリアン役 Jacky Ido(ジャッキー・イド)氏
「Die Wolke(黒い雲)」ハンナ役 Paula Kalenberg(パウラ・カレンベルク)さん
「Der Fischer und seine Frau(漁師と妻)」「Die Blughochzeit(血の日曜日)」のプロデューサーNorbert Preuss (ノルベルト・プロイス)氏

翌日 監督の舞台挨拶を通訳することになっている友人と二人で前から2列目に座り、じっくり聴いてきました。時間の関係もあり、私が聞きたかった制作秘話などはあまり出なかったのですが、東京の印象や作品にこめた思いなどを皆さん語っていらっしゃいました。なお、女優のパウラ・カレンベルクさんは5分ほど遅刻。なんと道に迷ってしまったそうです。東京は複雑ですもんね。申し訳なさそうにしている姿に好印象を抱きました。映画で拝見するより、ずっとかわいらしかったです。役作りで剃った髪も伸び、ショートになっていました。

「マサイの恋人」でサンブル族の戦士に扮したジャッキー・イドさんは、フランス在住の方だそう。英語も堪能でした。役作りで16キロも減量したとのこと、昨日は映画よりは少し戻っていらっしゃり、すっかりマサイじゃなくなっていました。マサイの戦士って、みんなスレンダーですもんね。

短編のバラン・ボ・オダー監督(不思議な名前・・・ドイツ系のお名前じゃないですね)は、日本でAKIRA を見たいとおっしゃっていました。(私、AKIRAって知らなかったのですが、アニメでしょうか?)そのほかの方々からもアニメやマンガの話が出ました。少なからず影響を受けたとのこと。恐るべし、日本のOTAKU文化。それ以外にも北野武監督が好きだ、とおっしゃる方がいました。

「素粒子」のオスカー・レーラー監督のお話も興味深かったです。原作はドイツでは大きな話題を呼んだとのこと。さらに原作者はとても気難しい方だとかで、お会いするのが怖かったから、プレミアショーでは原作者さんのお席の両側に美女を配置しておいたとか。でも残念ながら、ご本人は現れなかったそう。

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私は映画の論評や催しの感想を上手に書くのが不得意で、自分でも何を書いているのか分からなくなってしまいます。うすっぺらい感想ですみません。もう少しじっくりお話を伺いたかったのですが、なにぶん時間が押していて、どの方もコンパクトにまとめていらっしゃいました。でも皆さん、とてもフレンドリー。和やかな座談会でした。

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話はそれてしまいますが数年前、ドイツからメールが来ました。「ダンナと息子が Takeshis Castle という番組を見てゲラゲラ笑っているんだけど、あれ何?」

Takeshis Castle・・・ タケシのお城・・・  それってひょっとして、「風雲たけし城」?!?私はこの番組を見たことがないのですが、家族が大好きでした。それがドイツで放映されていたなんて・・・。ああいったノリ、ドイツ人に分かるのかしら?

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2006年5月20日 (土)

ウーファ映画会社 (戦前の三大映画会社の一つ)

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古いドイツ映画でよく見かけるロゴ。ご存じの方も多いと思います。ウーファ映画会社。ドイツの古~~い映画会社、宣伝の片棒をかついだ映画会社、ということは知っていたのですが詳しいことは分かりませんでした。マズいと思いつつ、調べるのを後回しにしていたのですが・・・

・・・やっぱり知らないままじゃ恥ずかしいので、調べてみました。(知らないのは私だけだったらどうしよう・・・)間違ったことを書いておりましたら、こっそりビシバシご指摘くださいまし。

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ウーファ は、Universum Film AG (AGは、「株式会社」)の略。その前身は、1917年にドイツ軍が設立したBufa (Bild- und Filmamt、あえて訳せば「写真および映画局」?ヘンだな。)。設立の目的は、戦争用のプロパガンダを流し、戦意高揚に役立てることでした。第一次世界大戦のさなかでしたもんね。しかし参謀本部はBufa に満足せず、軍人 Ludendorff (ルーデンドルフ)が中心となって同年12月に大規模な映画会社を設立することに。出資者はドイツ帝国政府、陸軍、ドイツ銀行となっています。

そしてウーファは記録映画、ニュース映画、文化映画、サイレント映画を作り始めます。ウーファによる「Kulturfilm(文化映画)」も見たことがありますが、今のNHKが作るような教育的な映画で、それなりに面白くためになる内容になっていました。

1921年に民営化され、娯楽映画の制作が中心となっていきます。ところが財政事情は悪化。何とか立て直すために、アメリカのパラマウント社およびMGM 社と「Parufamet(パルファメット)」協定を締結。Parufamet とは、Paramount のPar と、Ufa と MGMのMetro~のMet と結びつけた名前だそうです。その内容は、400万ドルの融資を受ける見返りとして、パラマウント社とMGM 社の映画を年に20本ずつ上映する、というものでした。ドイツの映画もアメリカで上映してもらう約束でしたが、それには「アメリカサイドが断ることもできる」という条項つきで、事実上はアメリカ優位の不平等な協定だったそうな。その結果、ドイツの映画館ではハリウッド映画ばかりが上映され、ウーファの財政難はますます深刻に・・・

この窮地を救い、倒産寸前のウーファを買い取ったのは、ドイツ国家人民党の党首にして企業家の Hugenberg (フーゲンベルク)。しかし彼は、ナチスに従順かつ深くかかわった人物で、後に経済相として入閣しています。

ナチス政権になってからはゲッベルスの宣伝戦略に利用され、他の映画会社と同様、国有化されてしまいました。ナチスが映画というメディアを駆使して巧みに宣伝を行い、国民を洗脳していったのは有名な話ですよね。ゲッベルスの指導に従い、当時大勢いたといわれるユダヤ系の映画人を率先して社から追放したそうです…これがドイツ映画界にとっての悲劇の始まり。「アーリア人条項」により人材は次々と海外に流出。

ドイツの敗戦と戦後の混乱期。東側にあったスタジオは、DEFA となり、東ドイツのプロパガンダを垂れ流す映画会社へ。西側に残ったウーファは紆余曲折を経て1956年に再び民営化・・・

・・・と、ざっと調べただけですがこんな感じでした。大変な時代を経てきたんですね。それにしても、才能ある映画関係者(監督、製作者、脚本家、カメラマン、映画音楽の作曲家、俳優など)が流出したのはイタかった・・・。レニ・リーフェンシュタールがナチスびいきの映画を作り続ける一方で、ナチスを嫌ってアメリカに渡ったF・ラングたちは反ナチスの映画を作り、ハリウッドで活躍する存在となっていきました。皮肉ですな。

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2006年5月13日 (土)

Das Kabinett des Dr. Caligari (カリガリ博士の小屋)~ 表現主義

私がこの映画を初めて見たのは、今から7~8年前。題名だけは知っておりましたが、恥ずかしいことに見たことはなかったのです。実際に見てみてビックリ。衝撃を受けました。

Dr_caligari私が見たことのあるサイレント映画といえば、アメリカの喜劇映画。ドイツのサイレントは初めてでした。俳優は独特のメイクを施し、インタータイトル(挿入される字幕)は変わった手書きの字体、映る建物はみんなゆがんでいたり、曲がっていたり…。さらにストーリーも奇々怪々。おどろおどろしい雰囲気。なんじゃ~こりゃ?!

それが「カリガリ博士の小屋(1919年)」の最初の印象でした。私が衝撃を受ける80年前に世界の人がこの映画に衝撃を受けたといいます。

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第一次大戦後の1920年代、ドイツ映画はブームを迎えました。最大のライバルはハリウッド。フランス映画界もライバルでした。しかし人材の面でも予算の面でも太刀打ちできなかったそうです。低予算で対抗するには独自色を、ということでウーファ映画会社など大手が抽象的な演出を取り入れ、独特の映画の世界を作り始めたそうです。これが、ドイツの「Expressionismus、表現主義」。

表現主義の映画のセットは独特の雰囲気をかもし出しています。建物は幾何学的であったり ゆがんでいたり 不自然な角度であったりと、観る者を不思議な気分にさせます。扱うテーマは狂気や死、怪奇現象など、おどろおどろしいものが多いそうな。よーく見ると(いや、よく見なくても)セットはチャチいのですが、とにかく薄気味悪い。

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ドイツの表現主義を調べると、典型的な作品として挙げられるのは、「カリガリ博士」のほかには:

「Von Morgen bis Mitternacht(朝から夜中まで)」(1920年)
「Der Golem (巨人ゴーレム)」(1920年)
「Nosferatu (ノスフェラトゥ)」(1922年)

・・・などがあります。どれも同じようなセットで、影と光を駆使した おどろおどろしい感じです。

なお、「カリガリ~」の放映版は、上の写真のようにオリジナルのインタータイトルを復元したバージョンでしたが、貸しビデオ屋さんで借りて見たときは英語版でインタータイトルも新しい味気ないものでした。あの古くて恐ろしげなオリジナルバージョンはDVD化されているのかしら・・・もしご存じの方がいらっしゃいましたら、教えてくださいね。是非、買いたい!

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