カテゴリー「ドイツの食品」の記事

2007年12月21日 (金)

Gewürze (スパイス)

 クリスマスが近づいてまいりました。クリスマスになると、あの独特の香りを思い出します。考えてみると、クリスマスに好んで食べられるお菓子には、必ずと言っていいほど香辛料がたっぷり入っています。シュトレン、レープクーヘン、シュペクラーツィウス、ドミノシュタイン、ツィムトシュテルネ(Zimtsterne)、アーヘナー・プリンテン(Aachener Printen)・・・。そうそう、グリュ~ヴァインにも同じ香りが。今のように豊かではなかった昔はおそらく普段からお菓子を食べ放題というわけにはいかなかったでしょうね。贅沢なお菓子はクリスマスにしか食べられなかった、というのは容易に想像がつきます。それにしてもどうしてこんなに香辛料がきついの?

 中世のころ、香辛料が貿易の目玉だったということはよく知られていますよね。金に匹敵するくらい高価だったと聞きました。ってこては~ 香辛料たっぷり=(イコ~ル)富の象徴、ということだったんでしょうね。上記のお菓子が発達したのはニュルンベルクやドレスデン、アーヘンといった、栄華を極めた都市ばかり。これらのお菓子によく使われる香辛料を挙げてみました。産地を見ると、世界史を思い出します・・・。旧植民地ばかり。

Ingwer(ジンジャー):日本では生姜として使うことが多いですが、欧米では粉末状で使いますよね。Kuechenlexikon によると、「東南アジア原産の植物。今日ではアフリカや中南米でも栽培されている。ジャマイカ産のジンジャーは最高級品とされる」とあります。

Gewürznelke(チョウジ):これもぷんぷん匂いますよね。お菓子類だけでなく、肉料理やソーセージ作りの香辛料としても、ドイツでは珍重されたそうです。最高級品はモルッカ諸島(インドネシア)のアンボン産やマダガスカル産のものなんだとか。Küchenlexikon によりますと、チョウジに関しては、オランダがその交易を独占していたとのこと。

Kardamon(カルダモン):ジンジャーと並んでシュトレンに欠かせない香辛料だそうです。南アジア産の香辛料とあります。セイロン産のカルダモンが最高級品なんだとか。

Muskatblüte(ニクズク花、メース):この香辛料は知りませんでした・・・。Muskatnuss(ナツメグ)は有名ですよね。ナツメグはニクズクの種子を摩りおろしたものですが、Muskatblüte は、その種子の皮だけを粉末にしたものなんだそうです。シュトレンのレシピを見ますと、確かにこれが入っておりました。ビックリ。このニクズクも、インドネシア産のものが最高級品なんだそ~です。

Zimt(シナモン):言わずもがなのシナモンちゃん。スリランカ産が珍重されるんだそうです。15世紀にヨーロッパで有名になったんだとか。

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 こうして見てみますと、やっぱり香辛料はどれも植民地産・・・。当時、植民地を持たなかったドイツは高いお金を出して買うしかなかったのかしら。だから、香辛料 → 富の象徴 → たっぷり使ってリッチ、ゴージャス → どーだ、すげぇだろ~ てな感じになったんじゃないかと私は勝手に思ってしまいました。もし違っていたら教えてくださいね♪

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2007年12月13日 (木)

Grünkohl (グリュンコール)braucht den ersten Frost.

Gruenkohl_2 毎年、クリスマスの時期になると思い出す野菜があります。Grünkohl (グリュンコール=緑のキャベツ)。地方によっては、Braunkohl、Federkohl、Krauskohl などとも呼ぶんだとか。知り合いの家では、これが料理の付け合わせに必ず出てきました。大昔、野菜が乏しい冬場はこれが貴重なビタミン源だっとか。グリュンコールが出てくると、ドイツ人が必ず言う言葉:

Grünkohl braucht den ersten Frost. (直訳:グリュンコールには、初霜が必要。)

霜によって葉の中のデンプンが糖に変わり、えぐみなども消えて美味しくなるんだそうです。グリュンコールが出てくるたびに、「知ってるか?グリュンコールは・・・」という説明が始まるので、いまだに「初霜が降りました」といった天気予報を聞くと、必ずグリュンコールを思い出します。クリスマスに知り合いの家に電話をかけると、「今、ガチョウとグリュンコールを食べてるところだ~♪」・・・という、上機嫌な声が返ってきます。
(ウィキペディアによると、霜が味をまろやかにするというのは迷信で、霜が降りる時期まで収穫を待つことにより、自然にデンプンが糖に変わるとのこと。霜は無関係なんだそ~です)

ちなみに、グリュンコールってこんな野菜 → Wiki の画像です

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 今年もグリュンコールの季節がやってきたなぁ・・・などと一人で思い出に浸っておりました。ふと、グリュンコールって日本語で何というのかしら?と思い、調べてみたら・・・

・・・まずい~!もう1杯!

・・・で有名な青汁の原料であるケールだったのでした・・・。八名信夫さんのモミアゲとだみ声に、私の楽しい思い出も吹っ飛んでしまったのであります。あーあ。

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2007年11月 8日 (木)

ドイツのコーヒー その3 (Melitta のペーパーフィルター)

 「メリタ」のペーパーフィルターって日本でも有名ですよね。ご存じの方も多いと思いますが、実はこれ、ドイツの主婦が発明したお品なのでした~。すごい!

 1908年のことでした。当時、コーヒーは熱湯に粉を入れ、トルコ・コーヒーのように粉を沈殿させて飲んでいたんだそうです。でなければ粉を煮出して茶漉しで漉して飲んだのだとか。でもね、すぐに目詰まりしてうまく漉せなかったんだそうです。沈殿物のないコーヒーを家族に飲ませてあげたいとの思いからフィルターを考案したのは、ドレスデンの主婦 Melitta Bentz(メリ(ッ)タ・ベンツ)。彼女が使ったのは底に穴を開けた保存用の缶と、長男のノートについている吸い取り紙でした。そういえば昔は便箋などには必ず、万年筆のインクを吸い取るための吸い取り紙がついていましたよね。あれを使ったんだそうですよ~。その後、改良を重ねて特許を取得したのが下のフィルターだそうです↓

1908年のフィルター ← 穴が開いている所にろ紙をのっける簡単な構造ですね。

 メリタ・ベンツとフーゴ・ベンツ夫妻は同年に会社を設立。さらに改良を重ねて翌年にはライプチヒの見本市に出品。やがて画期的なコーヒーフィルターが評判となり、生産が追いつかないほど注文が殺到したんだそうです。

1932年のフィルター ← 現在のものに近づいてきました。ろ紙をフィルターにのせ、入れ子のようになっている金属の器でぎゅっと押さえてセットしたんだそうです。

1936年のフィルター ← 現在のものと同じですね。このとき、扇形のペーパーフィルターが開発されたんだそうですよ~~。

 家庭でも美味しいコーヒーを飲めるようにしたい!という思いで研究を続けた同社は1962年、挽いたコーヒーを真空パックにして販売する方法を考案。今でこそコーヒーの真空パックは当たり前ですが、これを始めたのがメリタだってことは知りませんでした~。

日本のメリタのHPにも歴史が載ってました

 ・・・やっぱり「必要は発明の母」なんですね。上の内容は、ドイツのメリタのHP、日本のHP、新聞記事Made in Germanyという私の愛読書を参考にしました♪

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2007年11月 2日 (金)

ドイツのコーヒー その2 (フリードリヒ大王の時代)

 そもそも人間がコーヒーを飲むようになったのっていつからなんだろう?と、ソボクな疑問が湧いてきたので、またまた検索したところ、面白いサイトを見つけてしまいました。「全日本コーヒー協会」のサイトなので信頼できると思います。

コーヒー年表 (全日本コーヒー協会のHPから)

 これによると、コーヒーがドイツ(プロイセンのことかな?ハンザ都市でもコーヒーの交易が始まった、と聞きましたが)に伝わったのは 1670年ごろとなっています。昨日ご紹介したコーヒー展示会のサイト(コチラ)では、「ベルリンに伝わったのが1680年ごろ」ということですので、多少誤差はありますが、ほぼ合っていますね。

 コーヒーは当初、富裕層にのみ許されていた贅沢だったそうです。ところが18世紀に入り、その消費量は拡大の一途をたどります。1734年にはバッハが「コーヒー・カンタータ」を発表、自ら指揮をしてカフェで披露したんだそうな。よっぽど好きだったんでしょうね♪ フリードリヒ大王(1712~1786)統治下のプロイセンではコーヒー豆の輸入が増えるにつれて貿易不均衡が心配されるようになったため、大王は1777年、コーヒー豆に高い関税を課し、輸入を抑えようとします。さらに1781年には豆の焙煎を国が独占するようになり、生の豆の販売を禁止したそうです。展示会サイトによりますと、隠れて焙煎する者を見つけるため、大王が導入したのが「Kaffeeriecher」。直訳すると「コーヒーの香りを嗅ぐ人」。あちこちでくんくんひくひく。コーヒーを焙煎する匂いを嗅ぎつけると、その人物を厳しく罰したんだそうです。何となく笑える話ですな。この「くんくんひくひく係」、400名の Invaliden から成ったそうですが、Invaliden は傷病兵という解釈で合っているのかしら。戦場で働けなくても、不法に焙煎する不届き者を見つけることで手柄を立てよ~!ってことかなぁ。 焙煎を禁じるおふれ

 こうした措置により、コーヒーの価格は高騰。庶民は代わりのコーヒーを飲まざるをえなくなりました。「ちぇっ」と思ったでしょうね。いわゆる「代用コーヒー」は、ここで発達したんだそうです~~~。以前、少しだけブログでも書かせていただきましたが、この代用コーヒーは戦時中や旧東ドイツで多く飲まれましたよね。様々な材料で作られていたんだそうですが、有名なのがチコリやタンポポの根っこ、そして麦芽。そのほかにもどんぐりなどの木の実や穀物が試されたんだそうです。本物のコーヒーの消費が代用コーヒーのそれを追い抜いたのは、1950年代に入ってからなんだそうです。1930年代の麦芽コーヒーのポスター カワイイ。

 Kaffeeriecher や高い関税は大王の死後に廃止されたんだそうですが、さすが大王。コーヒーの歴史にも名を残す・・というか、いろいろやってたんですね。Kaffeeriecher はケッサク。

 11月12日追記:フリードリヒ大王は、ジャガイモの栽培を奨励したことでも知られていますよね。結構、強引だったみたいです。どんな風だったかというと・・・ → あむさんのブログへGo! 美味しそうなジャガイモグラタンも食べられますよ~(^m^)

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2007年11月 1日 (木)

ドイツのコーヒー その1 (Eduscho と Tchibo)

 先日、紅茶のことをちょこっと書いた際、コーヒーもついでに検索していましたら、面白いサイトを見つけてしまいました。2002年から2003年までベルリンの博物館で開催されていた「コーヒー展覧会」。ベルリンにお住まいの方はご覧になったかもしれませんね。5年も前で、ちょっと古い話なのですが、内容は古くない(というか、300年もさかのぼる話なので、5年という年月はあんまし関係ない・・・)ので、ご紹介しちゃいますね~。

コーヒー展覧会のサイト

 この展覧会に協力したのは Eduscho というコーヒーの会社。1924年に Eduard Schopf (エードゥアルト・ショップ)という人がブレーメンで興した会社です。Edu と Scho を取って Eduscho なんだそ~です。今頃ナットク、目からウロコ。当初は焙煎したコーヒーを郵便で届けるのが主な業務だったとか。その後、店頭でのコーヒー販売にも着手。Wiki によると、同社は80年代から90年代にかけて、各地のパン屋さんと提携してコーヒーを販売する事業を展開したとのこと。お客さんが店頭でパンと一緒にコーヒーを飲めるというアイディアです。私が驚いたのは、1997年にTchibo (チボー)社の傘下に入ってしまったということ。知らなかったのは私だけ?ブランド名は残してあるということですが、最近のドイツ・コーヒー事情に疎くて知りませんでした。

 このTchibo の店は、コーヒーの挽き売りや立ち飲みで有名でしたよね。日本のドトール創業者がチボーにヒントを得たということは、よく知られています。日本人は、おそばの「立ち食い」はしますが(注:さすがに私はしたことない~)、コーヒーの「立ち飲み」はまだまだしなかった時代でしたよね。(ドトールのHPにも載っていました → コチラ)もちろんスタバなどもなく、コーヒーを飲みたくなったら「喫茶店(サ店・・・死語の世界)」とか「珈琲店」などへ行くのが普通だったのでありました…。

 話はそれましたが、Tschibo 社の歴史はEduscho よりは新しく、1949年に Max Herz (マックス・ヘルツ)という人と Carl Tchilling-Hiryan (読み方分からないのです・・・。外国の名前かしら。カール・チリング-何とか)という人がハンブルクで興したのが始まり。Tchilling の Tchi と、コーヒー豆 Bohnen の Bo をつけて、Tchibo だそ~です。こちらも初耳、目からウロコ。同社も焙煎したコーヒーの郵送から始めたそうです。その後、各地に販売店を出すようになって、試飲サービス(Probe-Ausschank)が好評を博したとのこと。

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 ドイツのコーヒー、あまりに奥が深くてちょっとやそっとじゃ理解できなさそう・・・。何回かに分けてちょこちょこ書かせてくださいませ。

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2007年10月27日 (土)

Teekanne 社の Teebombe (お茶爆弾)

Pa270025 先日、ドイツのお土産をいただき、つい「わ~い♪」という記事を書いてしまいました。その中にあったフルーツティ。Teekanne 社 (テーカンネ、ティーポットの意味です)のお茶です。懐かしいわ~ 懐かしすぎる! 昔の思い出話ばかりで恐縮ですが、わがドイツ母はコーヒーを全く飲まず、紅茶かハーブティを好んで飲んでいたのです。決まってこのTeekanne 社のティーバッグで、Kandis (氷砂糖)をチャリ~ンと入れていました。

 このTeekanne 社、歴史を調べると面白いのです。お茶を販売する会社がドレスデンに設立されたのが1882年。今年は125周年なんだそうです。ドイツ人というとコーヒー好きというイメージがあるのですが、お茶も好きなんですね。

 1913年にはTee Fix というブランド名のお茶を販売し始めます。翌1914年に第一次大戦が勃発すると、Teekanne 社は茶葉を1杯分ずつガーゼにくるみ、兵士に提供したんだそうです。その形状からか、兵士たちは Teebombe (お茶爆弾)と呼んで喜んでいたんだとか。

ティーバッグの変遷(← クリックしてみてね。一番上の写真が、兵士が戦場に持って行ったといわれる Teebombe)

 この「お茶爆弾」、色だけはよく出たんだそうですが、ガーゼの臭いがきつくてお茶の香りが損なわれ、美味しいものではなかったらしいです。ティーバッグの前身はアメリカやイギリスで作られていましたが、一人分ずつ布でくるむ発想はこの会社が最初だったそうです。

 その後、硫酸紙などを使用したティーバッグがアメリカで開発されるものの、今度は糊の臭いが紅茶に移り、なかなかうまくいかなかったんだとか。粗悪な茶葉を混ぜ込む業者も現れ、ティーバッグ=安くてまずい紅茶、というイメージが定着してしまったそうです。

Pa270026  1949年に Teekanne 社が糊を使わずに折っただけのティーバッグを開発。しかも Doppelkammerbeutel といって、お茶が入っているところが2重になる仕組みが画期的だったんだとか。今でも目にしますよね、これ。これだと糊の臭いが移ることもなく、また袋が2重になって出がよくなるという利点があるんだそーです。今回のハーブティも同じDoppelkammerbeutel になっていました。

 話は前後してしまいますが、1945年のドレスデン爆撃で同社も大きな被害を受けたそうです。終戦後の1946年にニーダーライン地方へ移転。その後の1954年、デュッセルドルフに社屋を移し現在に至っています。

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 余談ですが、Teekanne 社のHPを見てみたら、懐かしいお顔が・・・。シュテフィ・グラフがイメージキャラクターを務めているみたいですね。なんだかとっても美人になっていてビックリ。 HP はコチラ

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2007年8月11日 (土)

買っちゃいましたぜ♪

 一昨日、所用で出かけた際に成城●井に寄ってしまいました。残念なことに時間があまりなく、大急ぎで目についたものをカゴに入れて購入。ホントはゆっくり店内を回りたかったのですが・・・残念!

<その1>
P8090012_2 アイスクリームにかけるとアラ不思議。チョコレートソースがパリパリのチョコに早変わり(チョコが固まるのは当たり前っちゃー当たり前なのですが)。バニラアイス色の容器にチョコっぽい蓋が geil。その名も Eis-Wunder(アイスの奇跡)。さすがドイツのチョコだけあって、お味もチョコレートチョコレートしておりました。

<その2>
P8090010先日購入したプンパーニッケルと同じメーカーのMehrkornbrot(メアコルンブロート)、「複数の穀物のパン」。
穀物の割合は55%なんだとか。その内訳は:
Roggen(ライ麦)38%
Haferflocken(カラス麦のフレーク)6%
Gerstenflocken(大麦のフレーク)6%
Weizen-Vollkorn(全粒粉の小麦)5%
こうして割合まで表示してあるところが cool。

<その3>
P8090006大昔、カスピ海ヨーグルトが流行ったころ、私も家で育てておりました。そのとき凝っていたのがこの「Waldfruchtgrütze(森のフルーツのグリュッツェ」というフルーツのソース。その後、近所の輸入食品店では扱わなくなってしまい、寂しく思っていたところでした。数年ぶりにご対面し、ソク購入。その内訳は:
Sauerkirschen(サワーチェリー)
Hinbeeren(ラズベリー)
Heidelbeeren(ブルーベリー)
Boysenbeeren(ボイゼンベリー)
Brombeeren(クロイチゴ)
Preiselbeeren(クランベリー)
P8090007チェリーの香りが結構強め。皮やへた(?)らしき物が少々口に当たりますが、これも「森の味」と思えば風流だわ~と思えます。瓶と蓋がかわいいのです。うちではこの空きビンに梅干し(!)を入れています~♪

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2007年6月26日 (火)

Milchreis (ミルヒライス/ライスプディング)

 Milchreis (ミルヒライス)ってご存じですよね、きっと。私が子供だったころ(ほんの数年前よっ)、家にケーキの本がありました。白黒で写真もほとんど入っていない、古ーーい本。そこにミルヒライスにチョコレートを加えたレシピが載っており、「外国では一般的です」と書いてあるのを見て、「げげっ」となりました。どう考えてもおいしくなさそう・・・

 ドイツの人も時々食べるみたいですね。これが好き、とドイツの人が言うのを聞いたことはないのですが、お米といえばやっぱりミルヒライスよね~というのは時々耳にしました。実は Brei(お粥)を調べていたらミルヒライスが出てきて、久しぶりに思い出してしまったというわけなんです。

ご参考までに(何の参考だ?)スタンダードなレシピを:

Zutaten:

1 Liter Milch
1 Päckchen Vanillezucker
1 Prise Salz
250g Milchreis


Zubereitung:

1 Milch, Venillezucker und Salz in einen großen Kochtopf geben.  Der Kochtopf muss so gross sein, dass die Milch auch etwas hochgehen kann beim Kochen.

2 Die Milch aufkochen lassen.  Dabei möglichst am Herd stehen bleiben, da die Milch leicht ueberkocht.

3 Den Milchreis in die kochende Milche geben und den Milchreis umrühren.  Die Milch noch mal mit dem Milchreis aufkochen.

4 Den Milchreis jetzt auf kleiner Hitze 30 Minuten fertig garen lassen.

5 Beim Servieren den Milchreis mit Zucker und Zimt bestreuen.

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<材料>

牛乳1リットル、バニレツッカー(バニラエッセンスと砂糖で代用できると思います。1袋にバニラ味の砂糖が8グラムほど入っているみたいですよ)1袋、塩1つまみ、お米250グラム(細長いインディカ米 Langkornreis ではなく、丸いジャポニカ米 Rundkornreis のことを Milchreis と呼ぶこともあるんだそうです)

<作り方>

1 大きめの鍋に牛乳とバニレツッカーと塩を入れる。牛乳が吹き上がってくるため、大きな鍋を用意すること。

2  牛乳を煮立たせる。吹きこぼれやすいため、できるだけレンジのそばから離れないこと。

3 煮立たせた牛乳に米を加える。かき回してからもう一度煮立たせる。

4 弱火で30分煮て火を通す。

5 ミルヒライスを出す際、砂糖とシナモンをまぶす。

おわり♪ 

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 友人はこれにチョコレートか、フルーツのソースを加えると言っていました。レシピによると、温かいままでも美味しいし、冷やしてもオッケ~♪とありました。う~ん、正直な話、まずくはないけど日本人の口にはイマイチかなぁ・・・。英語だと Rice Pudding というんですね。

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2007年5月20日 (日)

Pumpernickel (プンパーニッケル)

P5200034 昨日、所用でデパ地下へ。そこで懐かしや~の Pumpernickel (プンパーニッケル)を発見。買っちまいましたぜ。ヴェストファーレン地方生まれの真っ黒いパン。ヴェストファーレンはドイツ西部の地方です。これ、ちょっとクセがあるし甘いのであんまり好きではなかったのですが、懐かしさのあまり購入。

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例によってWikipedia で調べてみました。

P5200035_1プンパーニッケルとは:ライ麦の粗挽き全粒粉で作られた、ヴェストファーレン地方伝統的なパン。伝統的なレシピでは、熱い湯でふやかした全粒粉を型にいれて蓋を閉め、200度で焼く。その後、約100度で16~24時間蒸し焼き。その際、穀物に含まれるデンプン質が焦げてキャラメル状になり、独特の黒い色とほんのり甘い風味が加わる。イーストやサワー種を加えないため、ずっしりとして固く、もろい。

・・・謎が解けました。だからプンパーニッケルって甘いんですね。しかもボロボロっとしていて、モソモソ。もっとも、最近では製造工程の手間を省くためにイーストやサワー種、小麦胚芽などを加え、シロップを加えて甘みを出しているんだとか。保存性が極めて高いのが特徴で、缶に入ったものは2年も持つんだそうです。

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 日本でも時折「ポンパニッケル」とか「プンパニッケル」といった表示でパンが売られていますが、どう見ても本物と違う・・・。和製ポンパニッケルのほうが日本人の口には合うと思いますが、本物と違うと思うと少し抵抗が。Wiki によると、この名前の由来には諸説あるとのこと。furzender Nikolaus (●っこきニコラウス(すみません、お下品で))が語源であるとか、ナポレオンの兵士が、„bon pour Nickel (こんなの、馬の食うもんだ!Nickel はナポちゃんの馬の名前だそうです)“と言ったことに由来するとか・・・イロイロ。コミスブロート(兵士用のパンなんだそうです。後日もっと詳しく調べたいな♪)の別名として言われることもあるんだとか。別のサイトによりますと、このパンを口にしたヴォルテールが「硬くて黒くてベトベトした石」と言ったとか言わなかったとか。

 誰も食べないでしょうから、私が明日からせっせと毎朝食べることになりそうです・・・。そういえばドイツ人が「プンパーニッケルが好き」と言うのも聞いたことがありません。保存性や栄養には優れているのでしょうが、いかんせん食感と味が・・・

おまけ:こっちのほうは美味しそう → フロインドリーブ
(Freundlieb (「フロイントリープ」という表記のほうが原語に近いかも)さんも第一次大戦のときの俘虜だったと前に伺いました

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2007年4月21日 (土)

Rohrnudeln (ロアヌーデルン)と Dampfnudeln (ダンプヌーデルン)

先日、1930年代のバイエルン北部で一般的だったという食生活についてちょこっと書いたのですが(過去の記事)、参考にした本の中で ロアヌーデルン (Rohrnudeln) と ダンプヌーデルン (Dampfnudeln) というメニューがしばしば登場していました。両方ともパンのようなものですが、前者がオーブンで焼いて作るのに対し、後者は蒸して作るものです。オーブンのことを南部ではBratrohr と呼ぶため、Rohrnudeln となるみたいですね。「ヌーデル(複数はヌーデルン)」といってもパスタではないのが面白いところ。

・・・その本を読んでいるうちに別の本を思い出しました。10年ほど前にドイツで流行った本。アンナ・ヴィムシュナイダー(Anna Wimschneider) という1919年生まれの農家の女性が自分の人生を振り返って書いた “Herbstmilch (秋のミルク)”です。邦訳も出ていると思います。幼い頃に母を亡くした筆者は兄弟姉妹の面倒を見ながら農作業もこなし、相当苦労したようです。非常に質素な毎日で、先日ご紹介した30年代の農家の暮らしとソックリ。筆者もよくこの粉料理を作ったそうです。

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一部引用させていただくと:

Mit neun Jahren konnte ich schon Rohrnudeln, Dampfnudeln, Apfelstrudel, Fleischgerichte und viele andere Dinge kochen. (私は既に9歳にして、ロアヌーデルンやダンプヌーデルン、アプフェルシュトゥルーデルや肉料理、そしてそのほかにもたくさんの料理を作ることができました。)

ちなみに朝食はパンのスープ(Brotsuppe)だったと書かれていました:Ich habe Feuer gemacht und die Milche gekocht, in die Schuessel gegeben, ein wenig Salz dazu und dann Brot eingebrockt. (私は火を起こすとミルクを沸かし、それを器に注いで少しの塩を加え、パンを砕いて入れました。)

ロアヌーデルンやダンプヌーデルンってどんな感じ?と思ってくださる方もいると信じて少しだけご紹介。

P4100006ロアヌーデルン:人肌に温めた牛乳にイーストを入れます。このイースト入りの牛乳を、ふるった小麦粉に注ぎ、よく練ってから寝かせます。別のボウルに卵を割り入れ、砂糖・牛乳・溶かしバターを加えて混ぜ合わせ、寝かせておいた生地によく練りこんだら1次発酵。ガス抜きをした後、小さな玉に丸めて平たい容器に並べ、2次発酵。よくふくらんだら表面に溶かしバターを塗り、200度のオーブンに入れてふっくら焼き上げます。オーブンから取り出すとアラ不思議。ロアヌーデルンの出来上がり。好みでバニラソース(カスタードソースみたいなもの)をかけてGuten Appetit!

P4100007_1 ダンプヌーデルン:上のロアーヌーデルンとソックリ。最後が違うだけ。鍋に牛乳、砂糖、バターを入れて沸かし、そこに丸めた種をきっちり詰めます。蓋を閉めてとろ火で30分ほど加熱。牛乳の蒸気で蒸し煮にするような感じだと思います。蒸しパンっぽい食感だったような記憶が・・・(あまり覚えていないのです。)同じようにバニラソースを添えて出します。

ここにご紹介したのは、どちらも卵やバター、牛乳をふんだんに使った現代的なものですが、1930年代のバイエルンでは小麦粉はぜいたく品だったとのこと。その代わりにライ麦を使ったそうです。おそらくもっとシンプルだったんでしょうね。「秋のミルク」によると、貧しくて学校に食べ物を持っていけなかった筆者のために、同級生のお母さんが彼女の分のロアヌーデルンを子供に持たせてくれたとのこと。筆者は「このことは一生忘れないだろう」と書いていました。バイエルン地方の人たちにとっては「懐かしい味」「お母さんの味」でもあったのでしょうね。

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