カテゴリー「ドイツのこと」の記事

2007年12月24日 (月)

Frohe Weihnachten! (メリ~クリスマス!)

 クリスマスイブですね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。ワタシはと言えば、古いほうのパソコンの修理を頼みにヨドバ●カメラへ行き、ついでにプリンターのインクカートリッジやCD-Rなどを買いだめし、換気扇のフィルターを買い・・・ ちっともクリスマスしていないのでありました。お立ち寄りいただきましたのに、ショボい内容ですみません。

Pc240041
ちょっと見にくくてすみません。この柄、覚えがある方もいらっしゃるのでは・・・? シュヴィップボーゲンの記事でご紹介したデザインです。18世紀の半ば、エルツ山地で炭坑用のSchwbg_2 道具を作る鍛冶屋さんがクリスマスを祝うために作ったと言われる金属製燭台(→)をかたどったもの。シュヴィップボーゲンの原形と言われているものです。写真のものは錫細工でして、大きさも手のひらサイズなのですが、デザインが気に入ってしまいました。ぐふふ♪

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Pc240034 本当は、話題のパティシェによる大人向けケーキが食べたかったのですが、諸事情によりスヌーピーとウッドストックがのったお子ちゃま用クリスマスケーキになりました(涙)。それがですねー 切り分けるときにウッドストックを少しずらそうとしたら、首チョンパに・・・。首がぽろっと落ちた瞬間、周囲の空気が凍りつきました・・・。

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2007年12月 4日 (火)

Ich bin ein Musikante (山の音楽家)

 いつも当ブログにお越しいただき、本当にありがとうございます。1ヵ月以上前に、「ちょうちょう」の話題になった際に「山の音楽家」の記事も書きました。が、ど~も冴えない内容だったので、そのまま塩漬けにしておりました・・・。昨日、「ちょうちょう」を再び引っ張り出してきましたので、やっぱり山の音楽家にもご登場いただこうかと。前に書いたものですんません。

 なお、諸事情によりまたしばらく更新をお休みいたします。いつもコメントやメールをいただき、皆様には心より御礼申し上げます m(_ _)m

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 先日、「ちょうちょう」のモト歌が面白かったことに味をしめ、またまたドイツ民謡を検索してしまいました。「山の音楽家」。これがドイツ民謡だということは聞いていたのですが(小学校の頃に使っていた合唱の本に載ってた)モト歌は聴いたことがなかった・・・。

「山の音楽家」の原曲について
↑このサイトによると、1964年にN●K「みんなのうた」で有名になったんだそうですね。その際、ドイツのモト歌を作曲家の服部克久さんが編曲、水田詩仙さんが作詞、とここに書いてあります。そのモト歌ってどんなんじゃ?

   

Ich bin ein Musikante (曲も聴けます)
え・・・?これ、本当にモト歌?メロディも内容も全然違う。シュレジエン地方に伝わるわらべ歌だそうです。動物も出てこない…。歌詞です↓

Ich bin ein Musikante
Und komm' aus Schwabenland;
Wir sind auch Musikanten
Und komm'n aus Schwabenland.

Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Trompete. Die Trompete.
|: Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, ten teng. :|

2. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Violine. Die Violine.
Sim simlerlim, . . . .

3. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Auf die Pauke. Auf die Pauke.
Herum bum bum . . . .

4. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Klarinette. Die Klarinette.
Die A-Klapp' auf, die B-Klapp' auf, . . .

5. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Flöte. Die Flöte.
Tü, tü, tü, tü, . . . .

6. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Das Klavier. Das Klavier.
Grabbl hier mal hin, grabbl da mal hin . .

7. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meinen Triangle. Unser'n Triangle.
Ting tingeling . . . .

8. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Auf mei'm Fagott. Unser Fagott.
(Mit Lippen geschnurrt) . . . .

9. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meine Trommel. Uns're Trommel.
Pum pumperum . . . .

(以下、直訳です。メロディに合わせてないので、この日本語訳では歌えないのですが、せめて歌詞の雰囲気だけでもと思って。)

わたしゃ音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた
わたしたちも音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた

吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
トランペット トランペット
擬音 (日本語でいうと「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ♪」って感じでしょか)

2番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
バイオリン バイオリン
擬音 (日本語だと「きゅきゅきゅっきゅきゅきゅ♪」かいな)

3番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
たいこ たいこ
擬音 (日本語だと「ぽこぽんぽんぽん ぽこぽんぽんぽん♪」

4番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
クラリネット クラリネット
擬音 (うーん、難しい。日本語だと 「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ」って感じですよね。あ、でもこれだとトランペットとおんなじ・・・)

5番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
フルート フルート
擬音 (「ぴぴぴっぴっぴ ぴぴぴっぴっぴ」かな?これだと、どっちかというとピッコロっぽい音ですね)

6番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
ピアノ ピアノ
擬音 (「ぽろぽろんぽろん」かいな?)

7番:
鳴らすことだってできるんだ
わたしたちだって鳴らせるんだ
トライアングル トライアングル
擬音 (トライアングルの擬音って何?「キンキンキンコンカン」?ちょっと違うか)

8番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
ファゴット ファゴット
擬音 (ファゴットの擬音・・・これまた難しい。「ボボボーーボーボー」ちょっと違うな、これも。)

9番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
大だいこ 大だいこ
擬音 「どどどんどんどん どどどんどんどん」って感じ?)

 あらやだ、私に詩的センスがないのがバレバレですな。直訳ということで許してくだしゃい。モト歌のドイツ語歌詞、これはこれでかわいらしくて素敵ですが、日本の「山の音楽家」の歌詞が素晴らしいということを再確認してしまいました・・・。夢があっていい歌詞ですよね。長く愛されているゆえんでしょう。改めて感心してしまいました~。

 

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2007年11月30日 (金)

Hänschen Klein ~ Steiner - Das Eiserne Kreuz (蝶々 ~ 戦争のはらわた)

 もう1カ月以上前になりますが、「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ~♪)」の元歌がドイツの Hänschen klein (←過去の記事です)だった、という記事を書きました。そうしましたら、いつも遊びに来てくださる方がコメント欄で教えてくださいました。映画「Cross of Iron (邦題「戦争のはらわた」、ドイツ語吹き替え版タイトル「Steiner - Das Eiserne Kreuz」)」にこの歌が使われているんだそうです。その後、spatz さんがその部分の映像が載っているサイトを見つけて教えてくださったのですが、今探しても URLが見つからない・・・ spatzさん、せっかく教えてくださったのにごめんね。しょ~がないので、YouTube で探してきました。

YouTube  ← クリックしてみてくださいね。冒頭の部分です。

「戦争のはらわた」をご覧になったことがある方はよくご存じだと思うのですが、私は初めて見たので「おぉ~」と思ってしまいました。 悲惨な映像をバックに無邪気な子供の歌声が流れると、確かに戦争のむなしさが伝わってまいります・・・。トモコさん、教えてくださいましてありがとうございました。

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 しかしこの邦題・・・もうこれで定着しちゃっているから今さら変えられないんでしょうが、何とかならなかったんでしょか~。当時はオカルトが流行ったから、こういう邦題になったと聞いたことがありましたが・・・。ウィキに詳しいことが載っています → 「戦争のはらわた」(ウィキペディア)

 12月1日追記:今、ドイツ語タイトルで検索したところ、FSK ab 16(FSK:ドイツの映倫。レイティング組織です)、つまりR-16 指定になっていました・・・。もしかして、かなりリアルなシーンもあるのでしょうか?

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2007年11月11日 (日)

Martinstag (聖マルティンの日) と Weckmann (ヴェックマン)

 11月11日は、Martinstag (聖マルティンの日)です。何コレ?私もよく知らないのです。この日、子供たちはLaterne (提燈)を持って歩くのですが、いわれはよく知りませんでした・・・。慌てて調べてみましたら:

『マルティン:祝日は11月11日。貧者に自分のマントを切って与えたことで有名なトゥールの司祭。家畜と羊飼いの守護聖者。冬の始まりの日。子供たちが堤燈を持ち、歌をうたっておねだり行列をする祝日でもある。この日がちょうを食べる』(「ドイツ民俗学」より引用)

マルティン(マルティヌスとも)については、ウィキに詳しく載っています:
『伝承によれば、アミアンで、市門の番をしているとき、偶然に見かけた貧者に自分の軍衣を半分に切って分け与えた。その夜、マルティヌスが与えた衣をまとってイエス・キリストが夢に現われた。そして天使に「ここにマルティヌスがいる。彼は洗礼を受けていない。しかし私に着るものを与えた」。マルティヌスが目覚めると、切ったはずの衣は元通りになっていた。これはマルティヌスに関するもっとも有名な逸話である。フランク王国メロヴィング朝はこのときの衣であるという聖遺物を宝物にしていた。』(ウィキペディアより引用)

 聖マルティンの日と聞くと思いだすのが Weckmann (ヴェックマン)。人の形をしたパンで、司教をかたどった物なんだとか。主にカトリック圏で広まったそうですよ。Wecken (小麦でできたパン)+Mann (人)で Weckmann。Buckmann、Buggemann、Stutenkerl など、地方によって呼称も姿も少しずつ違うみたいですが、私がよく見たのは白い Tonpfeife (陶器製のパイプ)を持ったヴェックマン。このパイプ、今でも実はとってあります。もともとはパイプではなく、Bischofsstab (司教杖)だったのだとか。一説によると、陶器製のパイプを作る職人たちの結婚式で出されたバージョンが、杖ではなくパイプだったことが起源とか。昔は聖マルティンの日~聖ニコラスの日(12月6日)の間に贈られることが多かったそうですが、最近ではクリスマスの期間までこのパンが販売されている、と Wikipedia に載っていました。

詳しくは、この新聞記事にも書いてあります → Westdeutsche Zeitung
パイプのないWeckmannですが、画像は → コチラ

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2007年10月23日 (火)

その後の Knut (クヌ~ト)

 いつもお世話になっている spatz さんが、動画を紹介してくださいました。その後のクヌートの姿を収めた動画です。spatz さん、いつもありがとう♪

Der Fall "Knut" Abstieg eines Sperstars (クヌートの場合 あるスーパースターの没落) ← ヒドいタイトル!
↑クリックしてみてね。ドイツ語なのですが、画像で雰囲気は伝わります。

来園者たちのセリフを拾ってみると・・・

紅顔の美少年:Ein bißchen schade, dass er immer größer wird.
(どんどん大きくなっていっちゃって、ちょっぴり残念だよ。)

おっさん:Ziemlich dreckig.  Bräunlich.
(かなり汚いね。茶色っぽくなった。)

おねえさん:Groß und dreckig.
(でっかくて汚い。)

インタビューアー:Hat er dir früher besser gefallen?
(前のクヌートのほうがよかった?)←誘導尋問じゃ!

女の子:Ja!
(うん!)

ナレーションも寂しい・・・ Ex-Kinderstar (かつての子供たちの人気者)とか、Die süßen Zeiten sind schon vorbei. (甘い時代は既に過ぎた)とか。半年前までは大賑わいだったのに、今じゃ閑古鳥が鳴いているお土産屋さんの映像がまたまた哀愁を誘います。

でもね、以前のような大騒ぎじゃなくなって、本人(本クマ)は喜んでいるのでは?入園者数の増加を期待していた動物園関係者や、関連グッズ・便乗品の製造元は泣いているでしょうが、静かな環境が保てるようになってよかったのでは・・・?

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2007年10月15日 (月)

Daniel Barenboim (ダニエル・バレンボイム)

 現在、ピアノ奏者・指揮者のダニエル・バレンボイム氏が来日中ですね。いつもROM させていただいている方のブログで、感動的なコンサートだったということを知り、またなすびさんが記事を紹介してくださったこともあり(なすびさん、いつもありがとう♪)以前に某所で書いた日記を思い出しました。ちょっと古い(年初に書いたものです)のですが、転載させていただきますね。
 
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 先日、ダニエル・バレンボイムという指揮者のドキュメンタリーの仕事をいたしました。余計なナレーションなどは一切入らず、本人の独白と関係者のインタビューだけでまとめられた、「秀逸なドキュメンタリー」といった感じで好感が持てました。 なぜバレンボイムさん?と思ったら、今年ベルリン国立歌劇場の公演で来日するんですね。だからそれに合わせて注目度も高くなっているのだと。

Daniel_barenboim 恥ずかしい話、私はバレンボイムさんのことはあまり詳しくなく(というか、ほとんど知らなかった・・)慌てて色々調べました。自伝「音楽に生きる~ダニエル・バレンボイム自伝」も急いで読みました。音楽にお詳しい方は、「そんなの常識だよ~」と思われるかもしれませんが、恥を承知で書いちゃいます。ご存じの方はスル~してね♪アルゼンチン生まれのユダヤ人、両親ともにピアニストで小さい頃から両親に手ほどきを受け、めきめき頭角を現したとのこと。小さい頃から「この子は将来、指揮者になるだろう」と言われていたそうです。彼のピアノ演奏を聴くとオーケストラが聴こえてきたそうです・・・。それくらい「オーケストラ的なピアノ演奏」だったんですって。早くからそれを見抜いたご両親もすごい。
 
 感動したのは、彼がゲーテの西東詩集の題名から取った「Weat-Eastern-Divan Orchestra」というオーケストラを結成し、1999年に公演を行ったこと。主にイスラエルとイスラム圏の才能ある若い音楽家で構成されていたそうです。彼らの目的は「音楽を奏でること」であって、国籍だの宗教だのは一切関係ない。「イスラエル人とアラブ人が並んで同じ楽器で同じパート、同じメロディを奏でることのなんとすばらしいことか」と彼は語っています。また、その趣旨に賛同したヨーヨー・マもこのワークショップに参加。華やかな演奏会になったようですね。

 2001年、バレンボイム氏はイスラエルでワーグナーを演奏しました。ご存じのように、ヒトラーはワーグナー礼賛者でした。イスラエルの人たちにとっては、ワーグナーはホロコーストの悪夢を思い出させる忌まわしい音楽家。でも、バレンボイム氏は「ワーグナーの音楽のすばらしさ」を知ってもらうため、真摯な態度で聴衆を説得し、「トリスタンとイゾルデ」
の一部を演奏したのです。一部の客は演奏前に会場から出て行きましたが、ほとんどが残り、ワーグナーの調べに耳を傾け、そして感動したとのこと。小さい頃からシナゴーグに通い、イスラエルに帰化し、ドイツの楽団で指揮をしてきたバレンボイム氏にしかできなかったことだと思いました。
 
 驚いたのは、彼がスペイン語、ヘブライ語、英語、ドイツ語がぺらぺ~らなこと。ドイツ語を聞くかぎり、ほぼ完ぺき。英語も流暢でした。外国語に悪戦苦闘している私ってナンなの?と恥ずかしくなるくらい。
  
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 おまけ:お顔が何となくビリー・ジョエルに似ているな~と思っておりました。もしかしてビリーもユダヤ系?と思い、検索してみたら、ピンポーンでした。知らなかった・・・サイモン&ガーファンクルがユダヤ系だということを最近知って驚いたのですが、ビリー・ジョエルもそうだったんですね。ユダヤ人の方々の音楽的な感性ってすばらしい・・・

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2007年10月11日 (木)

Hänschen klein - 蝶々(その1)

 「Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)」で U99さんがコメントを寄せてくださいました。「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ~♪)」の歌が、モトはドイツの歌だったということ。さすがU99さん、こういったテーマが私のツボにぴったりハマってしまうことをよくご存じで・・・。かすかな記憶を頼りに検索してみましたら・・・

  

・・・あった、あった。「Hänschen klein」。「ヘンスヒェン」は「ハンスちゃん」ですね。メロディは古くから存在したそうですが、この歌詞をつけたのはドレスデンの教師、Franz Wiedemann (1821-1882)だそうです。訳は後日、またあらためて。小さなハンスちゃんが旅に出、7年も放浪した末にたくましくなって母の元へ帰ってくるストーリー。ハンスちゃんったら、すごすぎ。男のロマンですな。メロディは18世紀初頭からあるらしい、とWiki には出ていました。

1. Hänschen klein  (ソミミ♪)
Geht allein (ファレレ♪)
In die weite Welt hinein. (ドレミファソソソ♪)
Stock und Hut (ソミミ♪)
Steht im gut, (ファレレ♪)
Ist gar wohlgemut. (ドミソソド 最後がちょい違うみたい)
Aber Mutter weinet sehr, (レレレレレミファ♪)
Hat ja nun kein Hänschen mehr! (ミミミミミファソ♪)
"Wünsch dir Glück!" (ソミミ♪)
Sagt ihr Blick, (ファレレ♪)
"Kehr' nur bald zurück!" (ドミソソド 同じく最後がちょい違う)

2. Sieben Jahr
Trüb und klar
Hänschen in der Fremde war.
Da besinnt
Sich das Kind,
Eilt nach Haus geschwind.
Doch nun ist's kein Hänschen mehr.
Nein, ein großer Hans ist er.
Braun gebrannt
Stirn und Hand.
Wird er wohl erkannt?

3. Eins, zwei, drei
Geh'n vorbei,
Wissen nicht, wer das wohl sei.
Schwester spricht:
"Welch Gesicht?"
Kennt den Bruder nicht.
Kommt daher die Mutter sein,
Schaut ihm kaum ins Aug hinein,
Ruft sie schon:
"Hans, mein Sohn!
Grüß dich Gott, mein Sohn!"

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 じゃ、「蝶々」は誰が作詞したんでしょ?検索してみると、この歌はもともとスペイン民謡だった、という説と、ドイツ民謡だったという説が出てきました・・・どっちなんだ?また、私はてっきりドイツ直輸入かと思っていたのですが、そうでもないようです。

 アメリカに「Lightly Row (軽やかに漕ごう)」という歌があるんだそうです。このモト歌は、上述の Hänschen Klein。井沢修二という教育者が留学先のアメリカからこの歌を持ち帰り、野村秋足に歌詞をつけさせたのが「ちょうちょう」ではないかとする説を発見。その後の明治14年、「小学唱歌 初編」に載ります。
Lightly Row から ちょうちょう へ Lightly Row の歌 (いきなり音楽が鳴ります ご注意!)
アメリカ経由で日本に入ってきた?

  

<別の説>
「ちょうちょう」について(←クリックしたとたんに音楽が鳴りますのでご注意!)

「ちょうちょう」(野村秋足作詞/スペイン民謡)の謎

 上述の伊沢修二の命令により、野村秋足が尾張地方周辺の民謡を収集したんだそうです。その中にあったのが地元に伝わるわらべ歌「蝶々」。野村秋足がこの歌詞を現在の歌詞に近いものに改作したとのこと。そして明治14年、この歌が「小学唱歌 初編」の3番目に掲載されたんだそうです。その後、昭和22年に文部省が「いちねんせいのおんがく」を発行するにあたり、現在の歌詞になったとのこと。尾張に伝わっていたわらべ歌が、たまたま似ていたのかしら。それで、外国の曲に当てはめたんでしょうか・・・。そのあたりの経緯がよー分からんのです。

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  余談ですが、「蝶々」で検索したら「ミヤコ蝶々」もヒットして一人でウケてしまいました。ぐふふ♪ 急いで検索し、急いで書いたので支離滅裂かも。ごちゃごちゃと書き連ねてしまいました。読みにくいかもしれませんね。すみません。

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2007年10月 3日 (水)

der Tag der Deutschen Einheit (ドイツ統一の日)

 今年も10月3日のドイツ統一の日がやってきましたね。早いな~。1990年に定められてから、もう17年。統一後に生まれた子供も、大きい子は17歳になるということですよね。壁が存在した時代を知らない世代が少しずつ増えていき、やがて分断されていたことも歴史になっていってしまうのでしょうか。

 ドイツ内務省のHP(コチラ)を見ましたら、国の記念日として4つほど挙げられていました。アウシュヴィッツ強制収容所が解放された1945年1月27日、ノルマ引き上げに反発した労働者たちのストに端を発した市民蜂起がソ連軍によって制圧された1963年6月17日(統一前の西ドイツでは、この日がドイツ統一の日でしたよね)、シュタウフェンベルク大佐たちがヒトラー暗殺を試みた1944年7月20日、そして今日のドイツ統一の日。

↓昨年と同じ写真を載せちゃってすみません。1990年10月3日の新聞です。どこの新聞か失念・・・たぶん、FAZか Handelsblatt だったと思います。当時、会社にあった古新聞の山から掘り出してきたのだ~。
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2007年10月 1日 (月)

Buchbinder(製本工)

Photo  昨日の朝、ぼーっとテレビを見ていましたら、「ルリユールおじさん」という絵本が紹介されていました。ルリユール(relieure)とはフランス語で、「製本技術」だそうです。ある女の子が大切にしていた植物図鑑がバラバラになってしまい、何とか直してもらおうとルリユールおじさんのところに持って行くお話です。まだ読んでいないので詳しい内容のご紹介はできないのですが、ヨーロッパに古くから伝わる製本業がそこで語られるとのこと。そこで思い出しました。ルリユールおじさんってドイツの Buchbinder?

 私事で恐縮ですが、私のホストファミリーだったおじいさんは製本業のマイスターでした(先日の日記でご紹介した「なぞなぞ」好きでお茶目なおじいさん)。上等な紙や皮を使って手作業で丁寧に本の装丁を行う職業です。家には文字通りの Meisterstück (マイスター試験のために制作する作品のことです。転じて「傑作」という意味でも使われますよね)が飾ってありました。実際の作業は自宅からかなり離れた作業所で行うため、作業風景を見せてもらえなかったのは残念。マイスターというと、昔ながらの「工房」で弟子と数人で手作業する頑固な「匠」を連想するのですが、需要が減った今では働き口も少なく、おじいさんも比較的大きな会社で働いていたようです。

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 フランスのルリユールと、ドイツのBuchbinderei がどう違うかまでは分からないのですが、Wikipedia に die Geschichte des Buchbinders im deutschsprachigen Raum (ドイツ語圏の製本工の歴史)が載っていました。長~いので、少しだけご紹介。

 製本業の歴史は古く、本の登場とともに綴じる技術は存在したそうです。しかし作られる本の部数自体が少ないため専門の職人はまだ存在せず、製本作業は教会や修道院で聖職者によって行われることが多かったとのこと。

中世に修道院などで制作された、非常に美しく豪華な彩色写本については、あむ さんのサイトに詳し~く写真入りで説明されています。ぜひご覧になってみてくださいね → 中世の彩色写本へGO! 

 修道院や教会以外では、本に対する需要がある大学都市や商業都市でも製本を行う人々が存在したようです。ただし、職業としてはまだ確立していなかった模様です。

Buchbinder_wappen_2  印刷技術が発明され、本の部数が増えるに従い、製本を専門とする職人が登場するようになりました。彼らが手がける量は、修道院や教会で製本される量を上回るようになったそうです。やがて Zunft (ツンフト、同業者組合)も組織されるようになりました。Lehrling (弟子)たちは Meister(親方)の家に寝泊まりしながら修行を行い、一人前となっていくシステムですな。Wiki によると、17世紀末には、すべての製本工がツンフトに属さなくてはならなくなったそうです。(Gegen Ende des 17. Jahrhunderts war jeder Buchbinder zünftig. 「zünftig」 って形容詞、初めて知りました~)  ツンフトには独自の決まりごとや習慣がありました。それに属すことで手に職がつき、様々な権利が保証される一方で、厳しい制約が課せられ、不自由な面もあったそうです。確か高校の世界史で出てきましたよね。

 ツンフトのワッペンです↑ ナルホド、こうやって装丁を仕上げたんですね。私のドイツ父が手がけた革張りの本も、ところどころに金の飾りが施してあり、それはそれは美しく高そ~な本でした。

 フランス革命後に自由競争という考えが広まるにつれて、ツンフトに属さない製本工が登場。この世界も競争の波にさらされることになるようです。さらには機械化により安いコストで製本できるようになり、手作りの豪華な本は需要が減るばかり・・・。中世から伝わる技術ですから、長く残していただきたいな~と思います。

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2007年9月30日 (日)

Verein gegen betrügerisches Einschenken (ビールがジョッキに正しく注がれているか監視する団体)

 ちょっと古い話題になってしまいますが、恒例のオクトーバーフェストが現在開催中だとか。ネットで関連記事を読んでいて、Verein gegen betrügerisches Einschenken なる団体が出てきました。何コレ? お詳しい方、いらっしゃいますでしょうか。ミュンヘンへは観光でしか行ったことがないので詳しくなく、この団体は初耳でした・・・。団体名を訳すのは難しいのですが、ジョッキに注がれる量が適切かどうか監視する団体のようです。設立は何と1899年。ナチ時代には禁止されたものの、その後復活。メンバーは現在4000人ほどいるらしく、ビアホールやオクトーバーフェストのような催しで、ジョッキに正しい量(古くから伝わる単位で「マス」と呼ぶそうです。昔は1.069リットルだったそうですが、現在は1リットル。)が注がれているかどうか目を光らせるんだとか。ビールって泡が多いので、どのくらい入ったか分かりにくいですよね。ましてや、Keferloher(陶製のジョッキ)だとさらに分からない。それを悪用して、樽からジョッキに注ぐ際、決められた「マス」に満たない量しか入れない店が多かったとのこと。そういった「詐欺行為」に業を煮やした人々立ちあがってこの団体を結成したらしい…。

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 そういえばリモ(Limonade、清涼飲料水)などを頼んだ場合もそうでしたが、コップに量を示す印が付いていることが多いですよね。それに達していないと Betrug (詐欺)になっちゃうんだろうな~。さすがドイツなのだ。

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2007年9月27日 (木)

トム・クルーズにベルリンは大騒ぎ…らしい

 何かとお騒がせなトム・クルーズがシュタウフェンベルク大佐を演じるハリウッド映画「ワルキューレ」。そのベルリンロケをめぐって侃々諤々、いろいろ議論がなされたのは記憶に新しいところだと思います。今さらこのことを書くのは何だか申し訳ない気がするのですが、昨日 Stern 誌の記事を読んで「へ?」と思ってしまったので、ちょこっとだけご紹介。記事は20日のものなので、1週間以上経っているのですが・・・。

Stern誌 Tom Cruise の Valkyrie

 冒頭に Tschüß Knut, Berlin hat ein neues Maskottchen.  Seit Tom Cruise als Hitler-Attentäter Claus Schenk von Stauffenberg vor der Kamera steht, ist die Hauptstadt in Hysterie verfallen.(バイバイ、クヌート。ベルリンには新しいマスコットが。ヒトラーの暗殺を企てたクラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクに扮するトム・クルーズがカメラの前に立つようになって以来、首都はヒステリー状態に陥っている。)とあります。

  

 私が「へ?」となったのは2つ。成長してすっかりオヤジっぽくなったクヌートは、以前ほどの人気者ではなくなったというのは聞いていたのですが、それにしてもちょっとヒドい。ずっとチヤホヤし続けてね、とまでは言いませんが、「飽~きちゃったもんね~」といった扱いは悲しい…。もう一つは、トム・クルーズの話題性。何だかんだと言いながら、やっぱりトム・クルーズってドイツで人気があるんですね。トムや妻のケイティ・ホームズ、幼い娘の一挙手一投足に注目が集まり、その行動が連日のように地元紙で報じられているんだとか。ベルリン在住の方、いかがでしょう?やっぱりそうなんでしょうか?

 Stern に地元紙の見出しが例として挙げられているのですが、Bild紙っぽいなーと思ってしまいました:
Cruise geht den Eisbären Knut anschauen - und besorgt dabei einen Leih-Kinderwagen, Preis drei Euro.(クルーズ、白くまクヌートの見物に出かける。ベビーカーのレンタル代は3ユーロ。)

Ehefrau Katie Holmes geht shoppen - nach anderthalb Stunden kauft sie sich eine braune Lederjacke.(妻のケイティ・ホームズはショッピングへ。1時間半後、茶色の革製ジャケットを購入。)(余談ですが、shoppen gehen という言葉がもう定着しているんですね…。日本語でも最近、「ショップ(プにアクセント)」という言い方をしますが・・・。活用はどうなんだろう? Ich shoppe, du shoppst, er shoppt, wir shoppen, ihr shoppt...??? 何かヘン。

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 個人的にはこの映画、ドイツ人主演でドイツ人が撮るべきだと思うんだけど・・・。ドイツのすべてが正確に描かれるのかどうか、何となく不安です。見たいような、見たくないような…。

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2007年6月22日 (金)

Schuluniform (制服)

 日本人って昔から制服になじんでいますよね。制服を見ただけで「あ、●●中の生徒だ」と思ったり、「▲▲高校のセーラー服、カワイイ♪」と思ったり。昔ながらの野暮ったい制服から、おしゃれな制服に替えただけでその学校の「偏差値」が跳ね上がるということを聞いたことがあります。「なんちゃって制服」ってご存じでしょうか?制服を定めていない学校で、特に女子生徒が自主的に着ている制服っぽい服。紺のブレザーにチェックのスカート(超ミニ)、同じ柄のリボン。制服がないにもかかわらず、みんな似たような格好をしている風景はちょっと異様ですらあります。

 私はドイツの学校に通ったことがないのですが(Sommerkurs(サマー・コース) や Volkshochschule(市民講座みたいなもの)ならあるけど・・・陶芸教室でした(^m^))映画でよくギムナジウムの風景を見ます。生徒たちは思い思いの格好をしていて、自由でいいな~と。ところが!子どもをギムナジウムに通わせているドイツ人の友人から聞いたのですが、持ち物の競争が熾烈なんだそうです。特に洋服。最近、女の子が店の前で長蛇の列を作っているため、「?」と思って見てみたら、Shibuya-Girl とかそういったロゴのTシャツを買い求める子たちだったとか。Shibuya って渋谷? cool な服を着ていないとバカにされるんだそうです。ノーブランドの品も笑われるんだとか・・・。私服だと悩みが尽きないのはどこも同じなのね。

制服に関するアンケート

↑ドイツ語なのですが、検索して見つけました。昨年5月に実施されたものです。ラジオ局が制服についてアンケートをとったところ、制服を好意的に受け止める回答者が多かったとのこと。賛成派が79.1パーセント!「朝、何を着ればいいか迷う心配がなくなり、30分よけいに眠れる」という声や、「Wir-Gefühl (直訳すると「私たちという気持ち」ですが、一体感とか連帯感でしょうね)が強まる」とか、「ある特定の学校に通えるんだ、と誇らしく思える(よーするに優越感でしょうね)」といった理由が挙げられていました。反対意見も、私が想像していたような「戦争を思い出す」とか「個性が育たない」とかそういった理由ではなく、「制服を導入したところで、子ども同士の競争意識は減らない。ケータイなど他のもので競い合うだけだ」「自由がない」というものでした。

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 ドイツ人と学校制服、ドイツ人とブランド物がどうしても結びつかない私は、何とも不思議な気分でこの記事を読みました。

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2007年6月15日 (金)

Uボート艦長さんの思い出

 ブログに個人的な思い出話を書くのも何かな~申し訳ないかな~と、一瞬躊躇したのですが(時々書いていますが)たまにはいいかな。某所でも書いたことなので、既に読んでくださった方には申し訳ないです。

 大昔(ホントに大昔になってしまった・・・)、日系金融機関のドイツ支店に勤めておりました。そこにドイツ人支店長さんがいたのです。金髪碧眼、背が高くてハンサムなインテリ老紳士でした。ある日、支店の方が教えてくださったのです。「あのドイツ人支店長さん、Uボートの艦長さんだったんだよ」 ところがUボートにほとんど興味のなかった私は「ふ~ん。じゃ、WW2ではお船に乗っていたのね」くらいにしか思わなかったのです。キッチンでよく誰かの差し入れのお菓子やケーキをつまんでいる甘いもの好きの一面とか、ちょい短気でカッカしやすい一面しか知らなかったものですから。あ、そうそう。女性の手の甲によくキスしていました。映画みたいに。

 いろいろよくしていただき、私が帰国する際は次の職場の世話までしていただいちゃいました。一筆書いてくださり、「ここに電話してごらん。話はつけておいたから」と。あっという間に次の職場も決まってしまいました。こんなに簡単に決めていいのかな~ま、あのおじいちゃんが言うんだからいい職場でしょ。くらいの軽い気持ちでした。実際、とてもいい職場でしたが。

 あれから十ン年。今回、「U・ボート」でU99さんにお世話になった際、このおじいさんのことを調べていただいたら、ホントに艦長さんだったのでビックリしました。あの話、本当だったんだ・・・!と。U・ボートに乗る前は駆逐艦にも乗っていらしたとか。Uボートの乗組員は4万人のうち3万人が帰らぬ人になったといいます。あのおじいさんも映画と同じノコギリエイの紋章をつけた潜水艦の中で Alaaaaaaaaaaam(警報)! とか、Fluuuuuuuuuteeeeeeen(潜航)!とか、Warschaaaaaaaaaaaau(警戒)!とか号令を出しつつ、修羅場をくぐり抜けてきたんだろうなぁと思うと胸が熱くなったのでありました。

 東京での職を世話していただいたこともあり、その後何回かお手紙をお送りしていたのですが、いつの間にか音信不通となってしまいました。元艦長さんはクリスマスになると、職場の女性にオードトワレをプレゼントなさっていました。決まってニナリッチ。私もいただき、まだ実家にとってあります。さすがに香りは飛んでしまったでしょうが、艦長さんの香水ということで、家宝として末永く大事にしまっておこっと。U99さんにお聞きしたのですが、潜水艦内の環境は劣悪だったとのこと。元艦長さんが香水好きだったのは、そういった環境にずっといらしたからかしら・・・

  

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2007年5月27日 (日)

Pfingsten (ペンテコステ/聖霊降臨祭)

 今日は Pfingsten、聖霊降臨祭です。ペンテコステとも呼ばれるみたいですね。復活祭から50日目のことで、翌日の月曜日は Pfingstmontag (聖霊降臨祭の月曜日)と呼ばれ、ドイツやオーストリア、スイスでは休日となっています。der Geburtstag der Kirche (教会の誕生日)とも言われますよね。本当はもっと詳しく調べたいところなのですが、時間がないので横着しちゃいます。例によってウィキペディアから引用させていただきますと・・・

『ペンテコステ(Pentecoste)は、聖霊降臨(せいれいこうりん)または聖神降臨(せいしんこうりん)とも呼ばれる新約聖書にあるエピソードの1つ。イエスの復活・昇天後、祈っていた使徒たちの上に神からの聖霊が降ったという出来事のこと、およびその出来事を記念するキリスト教の祝祭日。教派により訳語は異なり、聖霊降臨祭聖神降臨祭五旬節(ごじゅんせつ)、五旬祭(ごじゅんさい)ともいう。』(引用終わり)

・・・これだけで、申し訳ないです。また改めて調べてみますね。牛に花輪をのっけるとか、イロイロあるらしいのですが・・・。

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2007年5月12日 (土)

Muttertag (母の日)

 明日5月13日はドイツでも日本でも「母の日」です。そもそも「母の日」の起源ってナンジャラホイ?ご存じの方も多いと思いますが、ウィキペディアから引用させていただきました:

母の日は20世紀初頭にアメリカで始められた。1907年、ウェストバージニア州で教師をしていたアンナ・ジャービスが、自分の教会学校の教師であった亡き母親を覚えて、教会で記念会をもち白いカーネーションを贈ったのが始まりといわれている。』(引用終わり)

 Muttertag については、ドイツ語の Wikipedia にも詳しく載っています。アンナ・ジャービスの行為に感銘を受けた人たちがこの運動を広めた結果、「母の日」が制定されるようになったとのこと。その後、この動きはアメリカからヨーロッパにも伝わりました。ドイツでは花屋さん協会が1922年に「母の日をドイツでも!」というキャンペーンを始めたとか。ショーウィンドーに「Ehret die Mutter! (お母さんを敬いましょう!)」というプラカードを掲げて宣伝に努めたんだそうです。その翌年、すなわち1923年5月13日がドイツで初めての母の日となったとのこと。花屋さんの団体が始めた、と聞くと日本のバレンタインデー商戦を連想してしまいます(チョコレート屋さんが広めたんですよね、確か)。ま、いっか。素敵な習慣だもんね。

 Wiki によりますとナチスの時代、「母の日」は積極的にお祝いされたとのこと。1938年には Mutterkreuz (ムッタークロイツ)なる勲章も導入され、翌年から母の日に授与されるようになったみたいです。反対に、旧東ドイツでは母の日を祝うことはせず、5月8日の国際女性デー(internationaler Frauentag) を盛り上げていたんだそうです。ちょっと検索しただけでも「Muttertag はナチスを思い出させるから祝うべきではない」とか、「保守的な母親像を押し付けるものであり、けしからん!」といった記事が、いくつか出てきました。ドイツらしいと言えばドイツらしいですね。

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114160yos ところで。日本ではカーネーションが定番ですが、ドイツでは何を贈るんでしょ? 花屋さんのHPを覗いてみたところ、バラの花束が多いような気がしました。気持ちがこもっていれば、何でもいいんですよね、きっと。(写真は、知り合いに贈った花束。以前も一度ご紹介しましたが、ネットで花束を注文すると、ここのお店は発送前に撮った写真を依頼主にメール送信してくれます。希望すれば同じ写真がこの花束にも添付されます。看板に偽りなし、という証明のようですね。配送状況はネットで確認。ドイツでもこういった細やかなサービスを提供するお店が出てきたんですね。)

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2007年5月 8日 (火)

懐かしのベルリン

 この連休はずっと家にいたのですが、最終日は所用で実家へ行ってきました。昨年、何冊かアルバムを持ち帰って古い写真をブログに載せちゃいましたが、まだあったんですね。私もすっかり忘れておりました。「開かずの間(どこのお宅にもあるでしょ、開けると物がどどどーーーっとなだれ落ちてくるようなお部屋が。)」にまだアルバムが何冊か・・・。

 ベルリンを訪れた人なら誰もが行く場所なので、私と同世代の方々は同じような写真をお持ちだと思ったのですが、懐かしいのでついつい載せちゃいました。冷戦時代のものです。

Brandenburger_tor_1

壁崩壊前のブランデンブルク門。ACHTUNG!Sie verlassen jetzt West-Berlin (注意!西ベルリンはここまで)という有名な立て看板。「ご注意!ここであなたは西ベルリンを出ることになりますよ!何があっても知りませんからね!」といった含みのある表現です。学生時代に初めてここを訪れたときは驚きました。そういえばここはいつも人だかりができていましたよね。

Photo_24

国境付近の検問所、チェックポイントチャーリー。アメリカ、フランス、イギリスの管轄化にありましたよね。この写真からは物々しさは伝わってこないのですが、とにかく小心者の私はビクビクしていました。(アルバムには、どの検問所か書いていなかったのですが、別のアングルで撮った写真を日記に載せていらっしゃる方に教えていただきました。同じ建物ですね。焼きそうせいじ様、教えてくださり、ありがとうございました。)

Photo_25

同じくチェックポイントチャーリー。目をこらして見てみると、向こうのほうにペプシコーラの看板が。アメリカっぽい。最近の写真を見ますと、一部だけ残されているみたいですね。

P5060027_1チェックポイントチャーリーにあった博物館の入場券。アルバムにべったりくっついて(涙)剥がれなくなってしまいました。裏面にはRivarol という人の言葉が:
Die Politik gleicht der Sphinx der Fabel.  Sie verschlingt alle, die ihre Raetzel nicht loesen.  Rivarol. (政治はスフィンクスに似ている。謎が解けなかった者をすべて飲み込んでしまうのだ。)

Musium

博物館の中の展示物。有名な写真です。 焦土と化したベルリン。このあともベルリンの苦難の道は続きましたね。

Photo_26

西ベルリン内にあったソ連戦勝記念碑。ここはソ連の管轄下でした。ネットで最近の様子を見ましたが、もう鉄条網なんてないんですね。当たり前といえば当たり前だけど・・・。当時は一種異様な雰囲気がただよっていたような記憶があります。近寄りがたかった・・・。

Photo_28

こういった十字架に胸が痛んだものです。「DDRに7年間拘束されたのち、逃亡中に東ベルリンで射殺」

 初めてベルリンを訪れたのはこれより前でしたが、それまで書物を読んだり、話を聞いたりして想像していたものより実際の雰囲気ははるかに物々しく、強い衝撃を受けました。同じ思いをされた方も多いと思います。かつて1つの都市だったところに2つの体制が存在し、しかもその間は非情な壁で仕切られているという不自然な状態。そんな現実をまざまざと見せつけられたように感じました。西ベルリンでも東ベルリンでも友人宅にお世話になったのですが、どちらもその状態に不思議と慣れてしまっているような印象も受けました。20年前の話。大昔とも言えますし、つい最近とも言えますし。

 ちょうどこの時期、東ベルリンで歌が流行っていたのを今思い出しました。全部は覚えていないのですが、サビの部分で「Berlin, Berlin.  Die Mauer muss weg!」という歌詞が入るのです。どなたか覚えていらっしゃいませんか?もとは西側の歌だったんでしょうか・・・?東ベルリンの友人がこの歌を聴かせてくれて、「Das stimmt! Sie haben recht! (そのとおり!彼ら(=歌手たち)の言うとおりよっっ!」と。こんな歌を聴いてていいんだろうか、密告されてたらどうしよう・・・と真剣に心配しました。

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2007年5月 1日 (火)

Maibaum (五月柱)

 今日は5月1日、メ~デ~です。5月と聞くと、私は五月柱 (Maibaum)を思い出しちゃう。きれいに飾った木を立てるお祭りです。
Wikipedia の Maibaum (様々なMaibaum の写真が載っていますので、よろしければクリックしてくださいね♪)

 本当はいろいろ詳しく調べたいところなのですが、時間がないので横着しちゃいます。「ドイツ民族学小辞典」から引用させていただきますと:

『Maibaum:「五月柱」。病気や悪霊から家や家畜を守るため緑の枝や木をおく風習は全ヨーロッパに見られる。とくに5月1日には白樺または樅の五月柱に飾り付けをして、その周りを踊りまわる。村をあげての楽しい行事がある。』

 上でご紹介した Wikipedia によりますと、地方によってそれぞれ独自の風習があるとか。村の中心となる場所にこの柱を立てるのですが、立てるまでが楽しいみたい。ビールや焼きソーセージを食べながらブラスバンドの音楽に耳を傾け、柱を立てる様子を眺めるそうです。楽しそ~~。

 ライン地方には、若い男性が女性の家にミニ五月柱を「好意の印」として立てる風習があるそうです(現物を見たことあります!)。白樺に色とりどりのリボンのような飾りをつけたもの。お目当ての女性の名前を書いたハートのプレートもいっしょに結びつけたりするそうですよ。しかも、ライバルがその柱を抜いたりしないよう、しばらくは気が抜けないんだとか。だけどうまくいけば、お目当ての女性のハ~トをわしづかみ! でもね、これってちょっと残酷かも。モテる女性はいいけど、誰からも柱を贈ってもらえない女性はどうすればいいんだ?寂しげな玄関が世間のさらしものに?!?つ、辛すぎっっ。

五月柱を注文するサイトみたいですよ ← こういったサイトで彼女に贈る五月柱を注文することも可能。「Last-Minute-Bestellung (ラスト・ミニッツ・オーダー)」とかで、4月30日まで注文を受け付けてくれ、夜中に配達してくれるみたい・・・。恋人をゲットするには涙ぐましい努力が必要なのはどの国も同じ。もっとも、本当に射止めたいのなら手作りのほうが効果があるんじゃないかしら。

ちなみにこの柱を立てる日Maitag も同書から引用させていただきました:

『Maitag:5月1日、五月祭。家畜の最初の追い出しの日。五月柱を立て、害虫や病気封じ、生命の若枝や水かけによる豊饒儀礼が各地で行われる。』

家畜の追い出しって何だ?すみません、今は時間がないので、またあらためて調べてみます・・。

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2007年4月28日 (土)

Schnick, Schnack, Schnuck (ジャンケンポン)

 連休が始まりましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。東京地方は夕立です。あ~~すごい雨。仕事で「シュニック・シュナック・シュヌック」が出てきました。いわゆるジャンケンポン。基本形は日本と同様、グー・チョキ・パーの3つ。でもドイツでは Schere (はさみ)、Stein (石)、Papier (紙)の順で呼ばれるようです。パーも指を開くのではなく、指は閉じたままみたいですね。この基本形に加え、しばしば Brunnen (泉)、Feuer (火)が登場しちゃうこともあるんだそうです。ややこしい・・・泉は手を軽く握って「ずいずいずっころばし」のようにするようです。火は、手のひらを上に向け、指を曲げて動かし、メラメラ~っとやるみたい。

Wikipedia(こちらに説明が・・・。ドイツ語ですが)

基本形の3つだけなら、グー・チョキ・パーの勝率は同じなのですが、泉と火が入るとバランスが悪くなってしまいます。

泉・・・石とはさみと火には勝ち(ぽちゃんと落としてしまう。火は消してしまう。)、紙には負け(蓋されちゃうから)

火・・・はさみと紙には勝ち(火は紙を焼き、熱ではさみも曲げてしまう)、石と泉には負け(消火されちゃう)

勝つ確率で見てみると・・・

はさみ → 5分の1(相手が紙を出したとき)
石    → 5分の2(相手がはさみか火を出したとき)
紙    → 5分の2(相手が井戸か石を出したとき)
井戸  → 5分の3(相手が石かはさみか火を出したとき)
火    → 5分の2(相手が紙かはさみを出したとき)

 こりゃ不平等。確率からすると、井戸を出すのが一番勝てるということになりますもんね。やっぱり基本形のグー・チョキ・パーがいいような気がします。ちなみに映画ではさらに「水」とかいうのが加わっていました・・・どーすんだ?6つも手があったら、かえって混乱しそう・・・。

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今頃になって気づいたのですが、Wikipedia ってドイツ語では「ィキペディア」って発音するんでしょか?

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2007年4月14日 (土)

Knut (クヌート)フィーバーその後

ドイツではその後もクヌートフィーバーが続いているようです。だけどこうした連日の熱狂ぶりに「も~その話題は勘弁して」と思っている人も出てきている模様。うーん、それも分かるような気がします。クヌート君本人(本クマ?)のためにも、騒ぎが沈静化するといいな~などと思ったりしてしまいます。

中には飽きてきた人も・・・・? (Stern 誌の記事です)

↑とある機関の世論調査によると、クヌート君に興味があると答えたのは1000人中29%まで下がってしまったとのこと。30%の人は、報道が神経に障るとまで答えているとか。クヌート君本人に罪があるのではなく、マスコミが騒ぎすぎるからなんでしょうね。そっとしてあげてほしいな~。静かな環境で育ててあげてほしいです。それにしてもこの騒ぎ、ランラン・カンカンフィーバーを思い出すワ♪(古っ)比較的新しいところでは多摩川のタマちゃんとかレッサーパンダのふうた君(漢字を失念)とか。偉そうなことは言えない日本人なのでありました。

便乗商品 (もちろんジョークです)(写真を順番に見てみてね♪)

↑こんな写真まで・・・(唖然)。Gucci (グッチ)ならぬ Knucci (クヌッチ)ブランドのバッグとか、Nutella (ヌテラ)じゃなくて Knutella (クヌーテラ)のチョコスプレッドとか、Blutwurst (ブルートヴルスト)じゃなくてKnutwurst (クヌートヴルスト)とか。ドイツ人らしいかも。

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2007年4月 8日 (日)

Frohe Ostern ! (ハッピー・イースター!)

今日はイースターですね。毎年日にちが変わるので、私たち日本人にはいまひとつピンと来ないのですが、『春分後の最初の満月に続く第一日曜日』なんだそうです。ドイツ民俗学小事典の一部を引用させていただきますと、次のような風習があるんだそうです:

『恋人や友人と泉を訪れる復活祭の散歩は昔からの風習。復活祭は清めと祝福をもたらす日。生命の若枝で人や家畜を叩くと健康が保てる。この日、草に下りた露で体を濡らすと美しくなり、また健康になる。日の出前に小川で汲んだ水はすべての病に効き、また腐らない。復活祭に清めてもらった卵や食物を食べると無病息災。』

泉を訪れる風習というのは友人から聞いたことがあります。昔は家族で欠かさずやっていたとか。最近はどうなんでしょうか。

復活祭の3日前の木曜日が Gründonnerstag (洗足木曜日または聖木曜日)。最後の晩餐 (das letzte Abendmahl) でイエスが弟子たちの足を洗った日だそうです。このGrün の由来には諸説あるそうです。色の「緑」ではなく、古いドイツ語で「泣く」を意味する greinen から来た、とする説と、色の「緑」と関係し、この日に緑の野菜を食べると健康になって春を迎えられる、という昔からの風習に結びついているとする説などなど。

2日前の金曜日が Karfreitag (受難日または聖金曜日)。イエスが十字架にかけられた日。Kar というのは古い高地ドイツ語で Klage(嘆き) や Kummer(苦悩)、Trauer(悲嘆) を意味するんだそうです。

1日前の土曜日が Karsamstag (聖土曜日)。

P4070060

私ったら昨夜、先日ご紹介したキットを試してしまいました。染料を水に溶かし、ゆでた卵をポチャンとつけます。引き上げて布で水分をふき取り、顔やら耳やらを糊で貼り付けました。大玉の卵だったので、ずいぶん顔のデカいウサギになってしまいました(汗) 卵の花にとまっているのは蝶々?それとも蛾?胴体が太いし、触角も蛾眉っぽいから、ひょっとしてこれは蛾・・・?

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2007年4月 5日 (木)

Sorben (ソルブ人)

先日、イースターエッグ(Osterei)を検索しましたら、ドイツ国内に住む少数民族「ソルブ人」のイースターエッグマーケットに関するサイトを見つけました。華やかなイースターエッグは各国で見かけますが、ソルブ人たちの卵は一段と美しいんだそうです。

ソルブ人についてはご存じの方も多いと思います。ドイツ東部のラウズィッツ (Lausitz) 地方に住んでいるスラブ系民族で、独自の言語と文化を持っています。チェコやポーランドにも近い地域で、ソルブ語では「ウジツァ」地方。大昔、大学の講義でこの民族のことを初めて知り、へぇ~と思ったのを記憶しています。その後、この地方に伝わる伝説「クラバート」に出会いました。チェコが生んだアニメ作家 カレル・ゼマンが、この伝説をアニメ化したものです。いいんだな~これが。

余談です:ソルブ人とは直接関係ないかもしれないのですが、この地方に伝わる「ブンツラウアー陶器( Bunzlauer Keramik )」 にも惹かれ、お取り寄せして頼んでしまいました~。典型的なドイツのものとはまた違った、素朴な味わいのある陶器です。もともとはシュレジエン地方にあるブンツラウ(ポーランド語名ボレスワヴィェツ、現在はポーランドの都市)が発祥の地のようですが・・・。こちらも後日あらためて。

ソルブ人についてはコチラを 

華やかなイースターエッグ市場の画像 (ソルブ人のイースターエッグです。下のほうの写真に、ブンツラウアー陶器が写っています♪)

ブンツラウアー陶器の典型的な柄 (焼きが硬くて丈夫。一つ一つが手描きなのです)

Photo_23カレル・ゼマンの「クラバート」についても後日ご紹介させてくださいね。もともと東欧の絵本が好きで、「東欧の絵本展」といった催しがあるとよく見に行っていたのですが、この「クラバート」でも独特の世界が繰り広げられています。CGを使わない素朴な画風、幻想的な色使い、不思議なストーリーがなんともいえず魅力的。宮崎駿監督がこれに影響を受けて、「千と千尋の神隠し」を作ったとも言われています。ナレーションはドイツ語です。

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2007年4月 3日 (火)

Ostereier (イースターの卵)

今朝、起きたら喉がヒリヒリガラガラ。トホホ。風邪をひいた模様です。皆様、お気をつけくださいませ。イースターが近いので(今年は今週の日曜日がイースターサンデーです)ちょこちょこ調べて書きたいのですが、今日はちょこっとだけ。

(上)写りが悪くて申し訳ないのですが↓大昔いただいた、卵をデコレーションするセット。まだドイツマルクだった時代ですね。値札が懐かしの DM になっているのです。ウサギのお顔にご注目。ドイツお得意の「かわいくなくてカワイイ」。週末が近くなりましたら、この染料で卵を染めて、ウサギを作ってみま~す。

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(下)輸入食材屋さんで見つけたイースターのウサギチョコ。今頃ドイツでは、こんなイースター関係のお菓子がたくさん店頭に並んでいるのでしょうね。こちらも「かわいくなくてカワイイ」。

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なぜイースターというと卵なんでしょ?

ドイツ民俗学小辞典から引用いたしますと:
『復活祭の卵の風習は、聖金曜日の朝、教会で行われる卵と食物の清めが、9、10世紀にローマ定式書に取り入れられたことから由来する。卵は生命の甦りの象徴なので、畑に埋めたり、最後の麦束に入れる。復活祭の卵は使用人や恋人への贈り物になる。子供らは庭の中で兎が生んだとされる卵を探す。』

ドイツ語のWiki では:

・キリスト教以前から、赤い卵は多産の象徴として贈る風習があった
・復活祭前の四旬節では肉類が禁止されていた。卵は「液体の肉」とみなされていたため、余った卵は日持ちさせるために固くゆで、新鮮な卵と区別するために殻に色を塗った
・中世の頃、農民が復活祭前の木曜日(Gründonnerstag) 、卵を税として領主に納める風習があった。物納しなくなってからも、卵を贈る習慣は残った
・ユダヤ教のペサハ(過越(すぎこし)の祭り)の影響

…などなど。引用しておいてケチつけるのもナンですが、マユツバっぽい説もあるような気がしますな。結局のところはよー分からん、ということなんでしょか。なお、卵を庭に隠す風習は17世紀ごろからあるそうですよ。ウサギがなぜ関係してくるのか、これにも諸説あるとのこと。ウサギは多産・豊穣のシンボルだとする説が一般的のようですね。なんだかまとまりのない内容になってしまってすみません。あーダメだ、頭がいつもに増して働かないわ~

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2007年4月 1日 (日)

Palmsonntag の Palm は「しゅろ」?「なつめやし」?

今日はPalmsonntag (枝の主日/しゅろの主日)なのですが、当ブログに遊びに来てくださった方が、「どうして棕櫚なんでしょう?」と書いてくださいました。うーーーーん、私にも分からない・・・。コマッタ。実は私、ミッションスクール出身者なんですが。

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日本語のウィキで「しゅろの主日」を検索しました。引用させていただきますと:
最後の晩餐とそれに続く受難の前にイエス・キリストエルサレムに入城した時に群衆が棕櫚(ナツメヤシとする訳もある)の枝を路に敷き、また手にとって迎えた(ヨハネによる福音書12:12〜15)ことを記念する日。ちなみに主日とは主の復活した日の事で日曜日を指す。』

・・・とありました。おぉ~~!ヒントはヨハネによる福音書にあるのね。ドイツ語の聖書から該当箇所を引用させていただきます。

Johannes Kapitel 12,12 『Als am nächsten Tag die große Menge, die aufs Fest gekommen war, hörte, daß Jesus nach Jerusalem käme, nahmen sie Palmzweige und gingen hinaus ihm entgegen und riefen...』

日本語訳ではどうなっているんでしょ?手元にある古~い文語体聖書では:
ヨハネ傳12章12節~『あくる日、祭に来たりし多くの民ども、イエスのエルサレムに来たりたもうをきき、
棕櫚(しゅろ)の枝をとりて出で迎え…』

新共同訳(新しい版です)の聖書では:
ヨハネによる福音書12章12節~『その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、
なつめやしの枝を持って迎えに出た。』

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な~るほど。昔はこの部分を「棕櫚」と訳しており、最近の訳では「なつめやし」となったみたいですね。日本語のウィキで「しゅろ」を検索してみましたら・・・あった、あった。引用させていただきます(20時追記):

ウィキペディア 『シュロは日本の温帯地域で古来より親しまれた唯一のヤシ科植物であったため、明治以降、海外の著作に見られる本来はシュロとは異なるヤシ科植物を、「シュロ」と翻訳していることが、しばしば認められる。特にキリスト教圏で聖書に多く記述されるナツメヤシがシュロと翻訳されることが多かった。今日でも聖書などのキリスト教文献で、ナツメヤシがシュロと翻訳されていることが普通である。』

な~るほど。だから昔は「棕櫚」だったんですね。最近では正確に「なつめやし」とする傾向にあるのかしら。知らなかったのは私だけ・・・?

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2007年3月31日 (土)

Palmsonntag (しゅろの主日/枝の主日)

イースター直前の日曜日を Palmsonntag と呼ぶそうです。今年は明日がその日に当たります。日本語では、カトリックの場合は「枝の主日」、プロテスタントの場合は「棕櫚(しゅろ)の主日」と呼ぶのがどうも一般的のようですね。この日から復活祭までの1週間が聖週間(Heilige Woche) または受難週 (Karwoche) なんだそうです。(4月1日追記:「棕櫚」の訳については4月1日の記事をご参照くださいね。)

先日ご紹介した同学社「図説 ドイツ民俗学小辞典」の説明では:

『Palmsonntag :「枝の主日」復活祭直前の日曜日、棕櫚(しゅろ)を道にまいてキリストをイェルサレムに迎えたのを記念して、教会で棕櫚が清められる。ドイツでは棕櫚の代わりにヒイラギ、トショウ、ヤナギ、モミ、ハシバミなどの常緑の木を使う。清めを受けた緑の枝は魔物を防ぎ、雷雨の時にはかまどで燃やされる。新築の家の四隅にも置かれ、5月1日の家畜の追い出しにはこの小枝を用いる。家に持ち帰ったヤナギの穂花を食べると一年中無病息災となる』

ドイツ語のウィキによりますと、棕櫚の代わりに使う木として7種類の植物が挙げられていました:ネコヤナギ(Weidenkätzchen)、ツゲ(Buchsbaum)、トショウ(Wacholder)、セイヨウヒイラギ (Stechpalme)、イチイ (Eibe)、ヒマラヤスギ (Zeder)、サビナ(Sadebaum)。これらを束にしたものを Palmbusch または Palmstock と呼ぶんだそうです。
Baden 地方の Palmstockの写真  Oberschwaben 地方の Palmbusch

ネコヤナギ… 先日、ネコヤナギを買ってきてイースターの飾りをぶら下げましたが、あながち的外れなことでもなかったんですね。

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2007年3月30日 (金)

Eisbär Knut (白クマのクヌ~ト)

Zooberlin_knut_1024x768先週末のZDFでも報道しておりました。ベルリンの動物園で初めて公の場にデビュ~したクヌート君。mau さんやmako さんもブログで書いていらっしゃいましたが、私もこの映像に「ひゃ~~~カワイイーーーー!」と興奮。もともとクマ好きな土地柄。クヌート君はたちまち人気者になった模様です。mau さんのブログはコチラ (←クヌート君の続報)

Knut の壁紙がダウンロードできます(動物園のHP)

あちこちで報道されていますので、ご存じの方も多いと思います。昨年12月5日に元サーカスの白クマ(Zirkus-Bärin と、女性形で書かれているのが面白い)が双子の子グマを出産。ところが育児放棄をしてしまいます。母グマも自然界で教わったわけではないので、どうすればいいのか分からなかったんでしょうね。このままでは母グマに踏み潰されてしまうと心配した動物園側は、2頭の赤ん坊を人間の手で育てることを決めます。780グラムと810グラムだったそうです。幸い、この日のベルリンの気温は約10度。寒さで弱ることもなく、元気な赤ん坊だったそうな。ところが残念なことに、片方の子グマは4日後に感染症で死んでしまったそうです。残った1頭は Knut (クヌート)と名づけられました。

日本の報道では、「動物愛護団体が人工保育では自然に戻れないため、安楽死を求めた」となっていましたが、騒ぎになった頃の Focus Online の報道によると、ごくごく一部からの意見だったみたいですね。「こういう飼育はこの種には合わないから(nicht artgerechte Handlung)、安楽死 (einschläfern) が望ましい」という主張のようです。いずれにしても、飼育係や獣医さんたちは「安楽死なんてありえない!」とキッパリ。

ドイツの報道をざざ~っと見てみましたが、「こんなにコーフンしたのは、ベイ・シティ・ローラーズで盛り上がって以来、30年ぶりだわ!」という読者の投書などもあって(笑)思わず笑ってしまいました。とべ動物園のピースちゃんのドキュメンタリー番組に萌えた私は、しばらくKnutちゃんの話題でまたまた楽しめそう。

写真です めちゃくちゃカワイイ♪

ただし、ただ無責任に「かわいいーーー!」と盛り上がるだけでなく、少しでも自然界に近い状態で飼育できる方法を模索することが必要なんでしょうね。

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2007年3月28日 (水)

昔の農家の昼食と夕食

昨日の午後から先ほどまでブログシステムのメンテナンスだったようで、更新などができませんでした。ココログは最近トラブルが多いので、データが消滅するんじゃないか、と少し心配。
 
ブログを読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。うすうすお気づきとは思いますが(いや、バレバレかも)私ったらドイツの食文化に興味がありまして・・・。「食文化」と言うと聞こえがいいのですが、よーするに「食いモン」です、ハイ。宮廷で出されたようなご馳走ももちろん好きなのですが、庶民が日常的に食べていた(る)ものにヒジョ~に惹かれます。グミなどの駄菓子に惹かれるのも、ドイツ人なら誰もが知っている味、誰もが懐かしいと思うものだからなのでした。また、そういった「食べ物」の由来などを調べると、ドイツ人気質が見えてくるような気がいたしまして・・・
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<昔の農家の昼食>
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で、私の個人的趣味で1930年代のバイエルン北部で一般的だったという農家の食事について書かせていただきました。朝食と同様、質素であるのは昼食も同じだったそうです。スープにジャガイモ、ザウアークラウトに野菜、そしてお団子 (Knödel)。燻製肉(ベーコンでしょうね)は細か~く刻まれていたため、料理に入っていてもほとんどその姿を拝むことはできなかったとか。祝祭日になりますと、もう少し大きめのお肉が食べられたそうです。たらふくお肉やソーセージを食べられるのは、家畜を解体した時。以前、ブログでSchlachtplatte (畜殺の皿)をご紹介したことがありますが、こういった機会が楽しみだったみたいですね。あとはKirchweih (10月か11月に行われる教会のお祭り。屋台や見世物小屋が立つんだそうです)とクリスマス、そしてカーニバルなどのお祝いの時のみだったそうです。
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メニューは単調で、同じような食事の繰り返しだった、とあります。毎週金曜日は肉類を口にしない日で、粉料理が多かったとのこと。ライ麦粉とイーストでこねた生地を丸めてオーブンで焼いたロアヌーデルン (Rohrnudeln) や、同様の生地を蒸し焼きにした ダンプヌーデルン (Dampfnudeln)。小麦粉はぜいたく品だったため、食事に使うのは特別な日のみ。当時よく言われた言葉が Ein Vielfrass wird nicht geboren, sondern erzogen. (大食いは生まれつきではなく、教育によるもの)。しつけ次第で幾らでも小食になる、と信じられていたのでしょうか・・・。とくにドイツの大柄な男性ってものすごーく食欲旺盛ですよね。それを考えると気の毒な気がします。ロアヌーデルンやダンプヌーデルンは後日、レシピをご紹介しちゃいます。
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<午後のBrotzeit>
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農作業は過酷な肉体労働。午後にも間食 (Brotzeit) の時間があったそうです。でも、乾いたパン一切れとジャガイモ、それに水か牛乳が一般的だったとのこと。何かお腹に入れないともたなかったのでしょうが、質素だったんですね。
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<昔の農家の夕食>
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Nicht weniger anspruchslos war auch das Abendessen. (質素という点では夕食も負けていない)といった文章でこの説明が始まっています。この本で随所に見られる、質素を意味する anspruchslos という言葉。食卓の中央に置かれたのは粉料理かジャガイモ料理。それに牛乳とパン。ドライフルーツから作ったコンポートが出ることもあったそうな。あれ?Kalt (冷たい夕食)じゃなかったのかしら。ドライフルーツは、パンを焼いたあとの余熱を利用して作っていたんだそうです。なお、ヨーグルトとフレッシュチーズの中間みたいなトップフェン(Topfen =クヴァルク、凝乳)も好まれたそうです。
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この本では黒パンについても詳しく書かれていました。数週間に1度、家の外にあったパン焼き釜でまとめて焼いていたんだそうです。明日にも黒パンについて書かせてくださいね。
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あーーー これを書いているうちに、「Heimatbilder」の本のページがバラバラに・・・。古い(といっても20年なのに)本のせいか、糊がバリバリになっているのです。読んでいたページが本から外れてしまいました。ガッカリ

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2007年3月27日 (火)

Gabelfrühstück (2回目の朝食)

この下の記事で出てきた「Brotzeit (バイエルン地方の言葉で「間食」)」を調べているうちに、Gabelfrühstück という言葉に出くわしました。直訳しますと「フォークの朝食」。フランス語から来ているそうです。そういえばドイツの友人が、「同僚に誕生日を祝ってもらったお返しに、この Gabelfrühstück をオフィスのキッチンに用意したの~」と言ってたっけ。

小学館の独和ですと:(祝祭日などの正午前後にとる)朝餐(ちょうさん)

ドイツ語Wiki ですと:Das Gabelfrühstück ist ein zweites Frühstück in der Art eines kalten Büfetts, besonders bei festlichen Anlässen. (特にお祝いなどの機会に2回目の朝食として出される冷たい食事)

その友人いわく、オフィス近くの Metzger (精肉店)に頼み、作っておいてもらうんだとか。パンにハムやチーズ、タルタルなどをのっけた、いわゆる belegte Brötchen やオードブルっぽいお料理みたいですよ。

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昔の農家の朝食

先日、自宅で本を探しておりましたら、本棚の奥で眠っていたドイツの本を偶然発掘。20年ほど前に買ったものです。探し物そっちのけで、思わず読むふけってしまいました(ってこと、ありませんか?立ち読みってどうしてはかどるんでしょ?)

Albert Bichler, Heimatbilder W. Ludwig Buchverlag
(アルベルト・ビヒラー著『ふるさとの情景』 W.ルートヴィヒ出版

と言いまして、バイエルン北部の農家の日常が数多くの写真とともに綴られた本でした。時代は1930年代~だと思われます。うっすらとアンダーラインが引いてあり、読んだ形跡はあるのですが、ほとんど覚えてなかった・・・。私ったら頭ワル。

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本当は写真もご紹介したいところですが、著作権を侵害してしまいそうなので、文章でのご紹介だけですみません。昔の農家の暮らしは牧歌的ではあるのですが、非常に質素。朝から晩まで家族総出で農作業に追われる毎日。冬の寒さは厳しく、お母さんは防寒着の繕い物に精を出す・・・かつての日本もそうだったのでしょうが、やはり昔の方々は働き者ですね。

<当時の農家の朝食>

この本によりますと、当時の農家では、大きな鉢に入れた Morgensuppe (朝のスープ)を食卓の中央に置き、そこからみんながスプーンですくって直接食べたんだそうです。引用させていただきますと:
『Die Morgensuppe wurde, wie auch das Essen bei den übrigen Mahlzeiten, aus einer grossen Schüssel gegessen, die die Bäuerin mitten auf den Tisch stellte.   Ein Teller für jeden in der Familie wäre zu aufwendig gewesen - eine Ausnahme bildeten nur die großen Feiertage des Jahres.』
一人一人のお皿を用意するのは特別な日(クリスマスやイースターなど)だけで、普段はその手間を省いたんでしょうね。「朝のスープ」とは Kartoffel- oder Brotsuppe (ジャガイモスープ やパン粥のようなスープ)あるいは Buttermilchsuppe (バターを作ったあとの脱脂乳のスープ)など。たま~に Malzkaffee(麦芽コーヒー)が出たんだそうです。この本には、大きな鉢を囲んで家族がすわり、スプーンですくっている写真が掲載されています。手にパンを握っている人もいますので、スープのほかパンも食べていたみたいです。

食卓ではマナーについて厳しくしつけられた、とあります。一家の主がまず最初に手をつけるんだそうです。スープをすくって口に持ってくる際、絶対にこぼしてはいけないんだとか。ズルズルすすらないこと。スープの実も、自分ばかり食べてはいけない、家族の分を考えること、などなど。

<Brotzeit(間食)>

この本では Brotzeit というバイエルン特有の言葉を使っていますが、ドイツの方々って伝統的に zweites Frühstück (2回目の朝食)などのZwischenmahlzeit (間食)をとりますよね。オフィスでも午前中に15分の休憩を認めているところが多かったように記憶していますが、今ではどうなんでしょ?厳しい農作業の合間に当時も間食をとったそうです。内容を引用させていただきますと:
『Zur Brotzeit begnügt man sich mit trockenem Brot, und dazu gab es Wasser oder Milch oder Most.  Ein Dünnbier, den "Scheps", bekamen im Sommer nur die Männer zur schweren Erntearbeit.』
(間食は乾いたパンに水か牛乳、あるいはモスト(まだ発酵しきっていないブドウ、梨、リンゴなどの果汁)。「シェップス」と呼ばれる薄いビールは、夏の収穫期、重労働にあたる男性だけに出された)

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ざざっと簡単にご紹介しただけなのですが、当時の農家の食生活が伝わってくるようです。これはバイエルン北部の一例ですので、他の地方の食生活はまた違ったのかもしれません。ご参考までに・・・

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2007年3月26日 (月)

農村のキッチン

少し前に原稿を納品しました。げーーー疲れた。朝、ロールパンを1個食べただけで何も飲まず食わず・・・あーひもじかった。今回はドタバタコメディだったので、何とか笑いを取りたいのですが、非常に難しかった・・・。翻訳自体は昨日のうちに出来ていたのですが、とにかく笑いを取るために昨夜からさっきまでウンウン唸りました。でもイマイチかも。ドイツ人の笑いのツボって、我々のそれとは少し違うような気がします。ドイツのコメディを見ていますと、「あ、ここが笑いを取るところだな」というのは分かるのですが、日本人にとってはイマイチ・・・。字幕翻訳である以上、大幅に内容を変えるわけにはいかないのです。かといって、このままじゃウケないようなぁ・・・とジレンマに陥ります。

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P3260014すみません、愚痴めいたことをこぼしてしまいました。ところで今のドイツ家庭のキッチンの原形のような写真を発見。おそらく20世紀初頭の農家のキッチンです。質素ではありますが、今と変わらない風習も見られ、気に入ってしまいました。

左の棚にSpeck (ベーコン)らしきものがぶら下がっております。その下にはカゴに入ったZwiebeln (タマネギ)。

右の段の一番上に瓶詰め関係。季節の果物を砂糖で煮たジャム、野菜の水煮、Salzgurken (塩漬けして発酵させた酸っぱいキュウリ)、Sauerkraut (同じく、塩漬けして発酵させたキャベツ。ザウアークラウト♪)などでしょうね。私の勝手な想像ですが。

2段目の中央はバターかしら。冷蔵庫に入れると固くなる、という理由で、バターを常温保存している家庭を何軒か見たことが。驚きました。生ものなのにね。

右のピッチャーみたいなツボは、夕食で Saft (ジュース)やKräutertee(ハーブティー)でも入れるのでしょうか。ご存じのように、ドイツ人の夕食はkalt (冷たい夕食)が伝統ですので、黒パン+バターやハムを食べる際にリンゴジュースやビールが欠かせないのでありました。(もっとも、お勤めの人が多くなった今では夜も温かいものを食べる家庭が増えているそうですが)

3段目が黒パンと玉子。無造作にゴロンと置いてあるのがドイツですな~。

そして一番下にクグロフ型が。右の取っ手がついた器具は何でしょう?気になるなぁ。ご存じの方がいらっしゃいましたら、教えてくださいね。

P3250011
ドイツとはまったく関係ないのですが驚いたのでご紹介しちゃいます。昨日グレープフルーツを切ったところ、あらビックリ。一つのグレープフルーツの中に、ホワイトとルビーが・・・。こういうのってよくあるのでしょうか?

では、これからお昼ご飯に致します・・・

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2007年2月28日 (水)

Sütterlinschrift その2

昨日の記事の訂正と追記です。どうでもいいようなことなので、あまり面白くないと思います。もしご興味がありましたらお付き合いくださいませm(_ _)m

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Sütterlin の表記を私は「ズュッターリン」が原語に近いかも、と書いたのですが、あれから発音辞典などを調べましたら、「ズュッターリーン」のほうが近いかも、という気がしてきました。でも、アクセントは「ズュ」に来ます。人名や地名の表記は結構クセモノで、毎回悩まされます。ドイツ語の発音と日本語の発音が全く異なるため、カタカナ表記にも限界がありますよね。完璧な表記なんて存在しないとは思うのですが、できるだけ近づけたいな~と。一方で、「目で見て違和感がないか」ということも大切なポイントなのかな、と思うことも多いです。字幕や小説の場合、やたら「-」が多いと読みづらく、目で追うだけで疲れてしまいますし。Sü も、厳密には「ズュ」なのですが、本来日本語にはない表記。「ジュ」のほうが一般的ですよね。それを考えると「ジュ」のほうがすんなりいくかも。原語に近い表記を取るべきか、字面に違和感のない表記を取るべきか。好みの部分も多いのですが、悩みどころであります。

ところで Sütterlin さんの肩書きは「Graphiker」となっていました。昨日、ざざっと訳すのに、このGraphiker をどうしよう?と思ったのですが、あやふやだったので訳出しませんでした。昨日引いた小学館の独和大辞典ですと:
Graphiker=版画家、エッチング画家、複製印刷技術者
・・とありました。ちょっと違いそう。
Duden のUniversalwörterbuchですと:
Künstler、Zeichner、Techniker auf dem Gebiet der Graphik
・・とあります。これは小学館の独和大辞典と同じですよね。

今朝、普段はあまり使っていない郁文堂の辞書でSütterlin を引いたところ、「ドイツの文字図案家」という肩書きになっていました。おぉ、これだ!Graphiker そのものの訳ではないにしろ、何をしていた人なのか分かりやすいですもんね。Sütterlin さんはポスターなども手がけていたそうです。版画や印刷の技術を駆使しつつ、おしゃれな文字や図案を考えていたみたい。彼が手がけたポスターが1枚だけネットに載っていました。やっぱり複数の辞書を引かないとダメなのね。私ったら横着者。ついつい面倒くさくなっちゃいまして。失礼いたしました。

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2007年2月27日 (火)

Sütterlinschrift (戦前に使用されたドイツの筆記体)

先日、いつも大変お世話になっている方のご好意で、ドイツ人が書いた古~~い文字のコピーを見せていただきました。ウワサのSütterlinschrift(表記が難しいです。ズュッターリン・シュリフトが近いかな。)をぜひ拝見したいと思って、わくわくしながら封を開けました。ところが!

・・・・読めない。

大きさもそろっていて達筆なんです。

・・・・だけど読めない。ウッキ~~~~!(ヒステリーです)

読めないと思うとますます読みたくなるのが人情。しばらくワンコを脚に挟みながら(失礼。すごいお行儀。)コピーを手に、文字と格闘しましたが、ほとんど読めませんでした(涙)この文字と何年も格闘していらっしゃる方がいますのに、私なんかがちょこっと検索しただけで記事にするのは申し訳ない気がするのですが、でもせっかくなので書かせていただきました。

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Sütterlinschrift → こんな感じです
古い筆記体イロイロ → こんな感じです(1941年の「子供の手紙」がカワイイ。)

今の若いドイツ人はみんなブロック体で書いていますけど、年配の方の筆記体はこれの影響が残っているように思います。やたらカクカクギザギザしているんだな、これが。

Sütterlinschrift はWikipedia によると、1911年にプロイセンの文部省の委託を受けたLudwig Sütterlin (ルートヴィヒ・ズュッターリン)によって開発された筆記体だとか。この人が開発した筆記体があまりにも有名になったため、それ以前から存在していたドイツ固有の筆記体まで「Sütterlinschrift」と呼ばれることもあるとか。でも誤りだそうです。また、あまり知られていないのですが、Sütterlinschrift にはラテン文字バージョンも存在するそうです。

Suetterlin
(1935年版のBrockhaus 辞書の1ページ。上がドイツ文字版、下がラテン文字版だそうです)

それまで使用されてきたドイツ古来の筆記体が子供にとっては非常に難解であったため、Sütterlin さんが工夫して書きやすい文字に改良したとのこと。え?これでも簡単になったの?古いドイツ映画に、母親が家で子供に字の練習を繰り返しさせているシーンが出てきました。日本でもそうですが、ドイツでも「ペンを正しく持つ」「字を正しく書く」ということが大切にされてきたんでしょうか。

このSütterlinschrift は、1915年にまずプロイセンで導入され、順次拡大。1920年代にはそれまでの筆記体に取って代わるほど普及したとか。しかし1941年には、ヒゲ文字(Fraktur)使用禁止に続いてこの筆記体も使用禁止に。なんでかなぁ。ヒゲ文字と同様、占領地域では通用しないからかしら。理由をご存じの方、教えてくださいね。(下に貼り付けたサイトによりますと、ナチスドイツはヨーロッパ全域支配を視野に入れ、近代的なイメージを前面に出したかったのでは、という推測が載っています。このあたり、私にはよく分からないのです。)そしてその代わり、Sütterlinschrift のラテン文字バージョンを発展させた筆記体が用いられるようになったそうです。

Fraktur および Suetterlinschrift の使用禁止について(ドイツ語です)

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Sütterlin とは関係ないのですが、ドイツの文字の変遷が出ています↓ 面白い!左の列が書籍に用いられた文字、真ん中の列が文書に使用された文字、右が手紙の文字だそうです。美しいですよね、装飾が施されているものもあって。

ドイツの字体イロイロ

恐るべきアマチュア様、すみません、私ったら何も知らないくせに便乗して記事にしてしまいました。いつもありがとうございます。

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2007年2月21日 (水)

ショーゲキのヒトラー人形

昨日、デュッセルドルフのカーニバルでお目見えしたというヒトラー人形の記事をご紹介いたしました。画像を見たいな~と思っておりましたら、ブログに遊びに来てくださった方が教えてくださいました。ありがとうございます。

おーまいんごっと

記事の内容から私が想像していたモノより、すごかった・・・。ハリボテのヒトラーのお尻から NPD が…。モロ、しゃいせ(失礼)じゃないですかぁ~。 普段真面目で勤勉なドイツ人。カーニバルでの弾けっぷり、とどまるところを知らないようです。ところでキッパリ断言しておきますが、私は決して下ネタ好きではありません。そこんとこヨロシク。モーツァルトのネタで盛り上がったことなんて、ただの一度も・・・。岩波新書「翻訳家の仕事」を電車の中で読んでて、下ネタの翻訳話につい「ぷぷっ」と笑ってしまったことなんて、ただの一度も・・・。

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教えてくださいました方、ご親切にありがとうございました。また遊びにいらしてくださいね。

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2007年2月20日 (火)

Düsseldorf のカーニバルでヒトラーの人形が・・・

ラインラントにあるデュッセルドルフもカーニバルが盛んなことで有名です。でもって、あそこの行列は過激な山車が出ることでも有名なんだそうです。今年は「タブーを破ってヒトラーの人形が登場した」んだそうです・・・

残念ながら画像が見つけられなかったのですが、ニュースによりますと:

ヒトラーの人形

パンツを下げて前かがみになったヒトラーが、「NPD(ネオナチ政党です)を排出(もしかして排泄?)」している人形なんだそうです・・・確かに過激ですね。そのうち画像が見られるといいのですが。この山車を引いていた人は、ネオナチの襲撃を恐れ、20分前までずっと人形を隠していたそうです。

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話はそれるのですが、たまたまブログに遊びに来てくださったドイツ人の方が、次のサイトを教えてくださいました。ヒトラーのバロディなら珍しくないよ、いくらでもあるよ、と。

Der Bonker

Bonker は、ヒトラーが最後にこもった地下壕 Führerbunker のBunker をもじったみたいですね。すべてドイツ語ですが、アニメなので見ていても雰囲気は伝わります。1945年4月30日、ドイツの都市は焦土と化した中、一人の男が地下壕に引きこもっていた、といったナレーションが入ります。「降伏?へ?そんなの知らん!」みたいなセリフも。Milanさん、ご紹介ありがとう。Vielen Dank!

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Rosenmontag (ばらの月曜日)

昨日は「Rosenmontag(ばらの月曜日)」でした。カーニバルを盛大に祝う都市ではカーニバルの行列が出る日です。ケルンのカーニバル実行委員会のHP を見つけてしまいました。そこの行列の内容が出ていましたのでざっとご紹介。

見物客:100万人
行列の長さ:7km
行列が通過し終わるまでにかかる時間:4時間以上
馬車や山車:99台
トラクター(って何の?ごめんなさい、よく分かりましぇん):87台
参加者:10,200人
馬:440頭
音楽隊:124(単位不明。人数?団体数?すみません。)

<行列から見物客にばらまかれるもの>
お菓子:150トン
板チョコ:70万枚
プラリネ:22万箱
花束(Strüßjer と呼ぶそうです。Sträußchen のことですって。):30万束
ぬいぐるみなどのプレゼント:数千

いいな~ 私も板チョコやぬいぐるみ、プラリネが欲しいよ~~~

カーニバル実行委員会のHP

http://www.koeln.de/artikel/karneval/Eine-Million-Jecke-feierten-in-Koeln-33736-18.html

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2007年2月17日 (土)

Schmalzsamstag ~ 揚げパンを揚げる土曜日

昔は聖灰の水曜日の前の土曜日(今年は今日がその日に当たります)に、揚げパンを作る風習があったとか。聖灰の水曜日から断食の期間に入り、バターや卵、生クリームなどは控えることになります。その期間に入る前に、家にある材料を使ってしまわないと!ということで、普段の朝食でも揚げパンが出されたんだとか。

前にも書かせていただきましたように、この揚げパンは地方によって呼び名が変わります。Berliner Pfannkuchen、Krapfen、Kreppel などなど。

Berliner_4で、揚げパンを作る日をSchmalzsamstag (脂の土曜日)と呼んだんだそうです。もっとも、今では年がら年中揚げパンが売られていますので、カーニバルの土曜日はFaschingssamstag と呼ぶほうが一般的だということですが。

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<おまけ>
Schmalz は、ラードやヘットといった、動物性油脂を指します。クリスマスに Gans (ガチョウ)をオーブンで丸焼きにしますが、その際 天板にたっぷり脂がたまりますよね。日本人なら、「余分な脂」とうことで、当然捨てちゃいます。でも、香辛料などが混じった脂なので香りがいいんだとか。お世話になったドイツ人老夫婦はその Gänseschmalz (鵞脂)を壺に入れ、冷やして固まったら黒パンに塗り、Schmalzbrot (脂を塗ったパン)にして食べていました。げげっ コレステロールが高くなりそう・・・でも、物がなかった時代は、こうした脂も貴重品だったのかもしれませんね。よく考えてみると、当たり前のようにたっぷり塗り塗りしているバターだって動物性油脂だし。第二次大戦前後の混乱した時代を生き抜いてきた方々ですから、物を大切に使ったんでしょうね。

でもね、困ってしまったのがオヤジギャグ。そのSchmalz 入りの壺を指差し、「ほらほら、Ohrenschmalz (耳の脂=耳垢。汚い話題ですみません)だよ~」と毎回のように言っては喜んでいました・・・。耳垢を壺にためてどうする!もちろん周囲は「しーーーーん」と静まり返っていましたが。

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2007年2月15日 (木)

Weiberfastnacht (女たちのカ~ニバル)

ラインラント地方では、Aschermittwoch (聖灰の水曜日)の前の木曜日、つまり6日前、女性を中心に盛り上がる風習があります。

Weiberfastnacht (女たちのカ~ニバル)

ケルンのカーニバルのサイトを見ますと、この風習が始まったのは1945年ということですので、比較的新しいものなんですね。でもその前身(?)となった風習は既に18世紀からあったそうです。1729年の記述によると、女子修道院ではこの日にカーニバル用の帽子をかぶり、Äbtissin (女子修道院長)が寝たあとに飛んだり跳ねたり踊ったり、と大騒ぎする風習があったんだとか。楽しそうですよね。19世紀には、さらに女性同士で帽子を取り合って大騒ぎする風習も生まれたそうです。あー楽しそう。

話を現代のWeiberfastnacht に戻します。11時11分になるとお祭開始。職場では女性が男性のネクタイをちょん切っちゃう。ネクタイは男性の権力の象徴なんだそうな。古い話で恐縮ですが、私もお勤めしていた頃、切らせていただきました。人気のある男性はあっという間に切られてしまうのですが、そうでもない方(汗)はいつまでもネクタイが切られないまま・・・ それもなんだかなー。peinlich な光景でございました。以前、コメント欄でも書かせていただいたのですが、とある上司が私に「ありちゅんさん、▲▲さんのネクタイ切ってあげて」と耳打ち。以来、「義理チョキ」という言葉が私の周りで定着しました。

このケルンのサイトによりますと、この日にはネクタイを締めない男性が増えたため、この風習はそれほど盛んではなくなってきた、とあります。ホントかな?せっかく楽しい風習なのにモッタイナイ・・・。最近の傾向を知らないので、ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてくださいね。

ケルンのカ~ニバル

ケルンに限ったことではないのですが、カーニバルではよく「11」という数字が出てきます。カーニバルの準備が始まるのはその前の年の11月11日11時11分。このWeiberfastnacht でもお祭り騒ぎが始まるのが11時11分。上でご紹介したサイトによりますと、「11(=elf )」とは、Egalite, Liberte, Fraternite (団結、自由、友愛) というラテン語の頭文字から来ているとか。このほかにもいろいろ説はあるそうですが。

Alaaf!(アラーフ!):でもって、ケルンのカーニバルでよく耳にするこの掛け声。上述のサイトによりますと、16世紀にメッテルニヒという領主が「Coellen al aaf (Köln über alles すべてに勝るケルン、ケルン万歳)」という言葉を使ったんだとか。それ以来、Kölle Alaaf!はケルンを賛美したり、お酒を飲んだりするときの掛け声になったとのこと。

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2007年2月14日 (水)

Kochwäsche (煮洗いする洗濯物)

昨日、「Gulaschkanone」で「シャツを煮沸する」というのが出てきました。いかにもドイツ!という気がして懐かしかったです。ボッシュなどの洗濯機には、95度くらいに設定できる機能がついていますよね。食べこぼしがついたテーブルクロス、おねしょで汚れちゃったシーツ類などは熱湯で洗うとアラ不思議。真っ白に戻るのでありました。Kochwäsche (=熱湯による洗濯、熱湯で洗える繊維)という言葉を思い出しまして、検索してみました。

Kochwäsche (ドイツ語の定義です):綿、麻、ビスコースでできた白い布。95度で洗濯できる。シーツ類、下着、キッチンで使うクロスなど。昔は煮洗いした。などなど。

できるだけ温度を低めに、という記事:『普通の汚れなら30~40度で十分きれいになります。頑固汚れも60度で十分。下洗いや熱湯による洗濯はエネルギー節約のために極力避けましょう』という呼びかけです。これもドイツっぽいですよね。ただ、温度が高ければ水も洗剤も少量ですみますよね。ということは、河川にとって必ずしもマイナスではないのかも・・・などと思ってしまいました。どうなんでしょう?

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2007年2月10日 (土)

カ~ニバル (その2)

「カーニバル」は、ドイツ語で Fastnacht とか、Karneval とか、Fasching などと言いますよね。風習も地方色豊か。私はケルンとデュッセルドルフのカーニバルしか実は知らないのですが、他の地方ではどう呼ばれているんでしょ・・・ ドイツ語のWikipedia を参照させていただきました。

Fastnacht (ファストナハト) (Fastenzeit 断食の季節+Nacht 前夜):ヘッセン、ラインヘッセン、フランケン、プファルツ、ライン川中流地域、バーデン、シュヴァーベン、ザールラント、ルクセンブルク、スイス、オーストリア西部 (って、旧西独のほとんどの地方ですね、こりゃ。)

ただし、地方によってバリエーションが。マインツは Fassenacht、スイスは Fasnacht、バーデンやシュヴァーベンでは Fasnet、ハンブルク南部は Faslam だそうです。

Fasching (ファッシング) (断食期間の飲み物 vaschanc や、断食の季節の始まりを示す vastgang 、fostugangr などの古い言葉が語源、という説があるみたいです):バイエルン、オーストリア、フランケン、ザクセン、ブランデンブルク、ハンブルク。さらに一部だそうですがヘッセンやシュヴァーベン、ニーダーザクセン。

Karneval (カルネヴァル) (ラテン語のcarne vale (肉よさらば)が語源とする説が有名ですが、諸説あるとのこと。):ライン地方(特にケルン、デュッセルドルフ、コブレンツ、アーヘンが有名。)

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今ドイツにお住まいの方や、長くいらした方のほうが、私よりず~っとお詳しいと思うのですが、カーニバルって結構わくわく♪してしまうので、書いちゃいました。ケルン近郊に住む友人が、1月に「何に仮装するか決めなきゃ」とメールに書いていた、という話は書かせていただきましたが、その後日談。結局今年は、夫がSträfling (囚人)、妻がKrankenschwester (看護師)、息子が FBI Agent (FBI の秘密情報部員)に扮するのだそうです。あれ?今年はテーマがバラバラ。カーニバルって、実はコスプレの祭典だったのね。ケルンのカーニバルはやっぱりスゴイ。

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2007年2月 7日 (水)

カ~ニバル (その1)

カーニバルと聞くとわくわく♪するのですが、私ったら実は詳しくは知らないのです。きちんと調べようとず~っと思っているのですが、これがまた複雑で・・・。地方によって呼び名も風習も違いますし。どの地方もカーニバルに関する独自の公式サイトを作っているようです。それが一番正確だとは思うのですが、とにかく多岐にわたっていて。とりあえず、少しずつチビチビと書かせてくださいまし。あ、そうだ。明日からベルリン映画祭も始まるんだっけ。行きたいなぁ・・・でもあさって締め切りだしなぁ・・・締め切りなくてもベルリンまで行くのは無理だよなぁ・・・ブツブツ

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↓古い本で恐縮ですが、実は調べ物に重宝しております。もしかしたら既に絶版かもしれません。古いとはいっても1984年の版のはずなのですが、文体が昔っぽい・・・。

同学社 「図説 ドイツ民俗学小辞典」 谷口幸男、福嶋正純、福居和彦 著より引用

Fastenzeit

「『四旬節』。聖灰水曜日から復活祭までの40日間。精進の期間で、中世の終わりに緩和されたが、それ以前には肉のほかバター、ミルク、玉子も食べるのを控え、結婚式やダンスも禁止された。」(補足:40日間というのは日曜を除いた40日間ということで、実際には46日あるそうです。Fastenzeitのことを日本のプロテスタントでは「レント」(英語のLent)あるいは「受難節」と呼ぶそうです。)

Fastnacht(Karneval, Fasching など)

「『懺悔(ざんげ)の火曜日』、『謝肉祭』。元来は四旬節(Fastenzeit)の始まる聖灰水曜日(Aschermittwoch) の前夜の懺悔火曜日をさすが、後にはその前の3日間または1週間を指すようになった。19世紀からはたいていご公現の祝日(Dreikönnig、1月6日)に始まり、聖灰水曜日の前の1週間で頂点に達する。冬の魔を追い払うキリスト教改宗以前からの風習ないし地中海文化圏から伝わる春迎えの風習の影響が強い。仮装または仮面行列が中心であるが、仮面の名前や形に統一はない。」

Aschermittwoch

「『聖灰の水曜日』。四旬節の第一日目。昔、教会の悔い改めとして懺悔者の頭に灰をまいたことからこの名がある。この日、清めや祝福や豊穣の行事があり、家畜の売買や糸紡ぎや森へ行くことは禁じられた。」

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Fastnacht は地方によってKarneval と呼ばれたり、Fasching と呼ばれたり。そのあたり、また明日にもUPさせてくださいませ。

「謝肉祭」(ウィキペディア)

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2007年1月17日 (水)

ドイツのサッカー選手の別の顔・・・

昨日、サッカーマガジンで見つけてしまいました。ドイツのサッカー選手の『別の顔』について触れた記事(我が家に熱狂的なサッカーファンが複数いまして・・・)。サッカーにお詳しい方にとっては常識かもしれないのですが、私は知らなかったものですから、「へ~」と思ってしまいました。ご存じの方、今更すみません。

たとえば:

昨年のワールドカップで監督を務めたユルゲン・クリンスマンの実家がパン屋さんで、彼もパンを焼く修行を行った。

ミヒャエル・バラックは、Abitur (アビトゥア=大学入学資格)を取得しているエリート(彼の公式HPで確かめたら、ケムニッツのシュポルトギムナジウムで取得したと書いてありました。エライ!)

ミロスラフ・クローゼは大工さん(公式HPをチェックしましたところ、Zimmermann (大工さん)の職業訓練を受けたと書いてありました。知らなかったのは私だけかなぁ。彼の言葉が面白い。Zimmermann bin ich geworden, weil ich keine Höhenangst habe und sichere Beine habe.(ボクは高所恐怖症でもないし、脚が強いから大工さんになったんだ)。ちなみに彼は最近、Sushi の大ファンになったそうですよ~)

・・・などなど。この記事によると、最近はサッカー一筋の選手も増えてきたとのことですが、やはりマイスター制度のお国柄。皆さん、何かしら資格を持っている、と書いてありました。

ちなみに、Abitur (アビトゥア)は、青春ドラマなどでよ~く出てきます。「アビトゥアを取らないとパパとママに叱られる」とか「やったー!!アビ(略語)取れたわ~」とか。

おまけ:Azubi(アツビ=Auszubildender)もよく耳にしますよね。職業訓練生、見習いのことです。丁稚(でっち)とも言う・・・。手工業だけでなく、事務系の職業でもアツビがいますよね。さすがドイツ。

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2007年1月 5日 (金)

Karneval 2007 (今年のカ~ニバルは?)

先日、ケルン近郊に住む友人からメールが来ました。

「そろそろ今年のカーニバルの衣装を考えなきゃ」

えっ? クリスマスが終わったばかりなのに・・・。確かにケルンのカーニバルは有名なのですが(とにかく盛大。)もう衣装の心配とは・・・。友人夫婦には12歳の一人息子がいるのですが、毎年親子3人でテーマを決め、仮装するのが「結婚の際の取り決め」なんだそーです。去年は確か「海賊」。おととしは「ニンヤ(=忍者)」。正しいニンヤの格好が知りたいと言われ、伊賀の忍者のサイトを教えてあげたっけ(英語でも読めるサイトがあるんです)。今年は何になるんでしょ・・・?

で、今年のカーニバルっていつだっけ?と思い、検索した次第です。

カーニバルの日程

Weiberfastnacht (ヴァイバーファストナハト=女たちのカーニバル)2月15日
Rosenmontag (バラの月曜日)2月19日
Karnevalsdienstag (カーニバルの火曜日)2月20日
Aschermittwoch (灰の水曜日)2月21日

カーニバルが近づくと、また検索しがいがありそうです。近くなったら信頼できそうなサイトを探して調べてみますね。また調査結果(?)をUPさせてください。わくわく。

・・・ところで私はデュッセルドルフやケルンのカーニバルしか見たことがないのです。南ドイツのFasching については、常々大変お世話になっている樅の木さん や あむさん がお詳しいはず。樅の木さん、あむさん、2月になったらビッテ(=ぷり~ず)。

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2006年12月31日 (日)

Marienkäfer (テントウムシ)

師走の慌しい中、ブログに遊びに来てくださり、ありがとうございます。福を呼ぶ「縁起物」第3弾を載せさせてください。

・・・Marienkäfer (テントウムシ)。

大晦日(Silvester)のせいか、検索するとたくさんヒットします。「マリア様の使いと言われ(だからドイツ語の名前も「マリアの甲虫」)、しかも背中の星が七つ(=ラッキーセブン)だから」幸運をもたらすものとして大切にされてきたとか。テントウムシをいじめたり、殺したりすると罰が当たるとも言われているそうです。

Pc310030
お守りというわけではないですが、テントウムシ柄の陶器製スプーンです。日本人の感覚からすると、口に入れるとことに昆虫がついているのは、ちょっと・・・

*******************

年末になると、テントウムシや四葉のクローバー、煙突掃除人、蹄鉄、ブタなどをモチーフにした Glücksbringer(お守り)がよく売れるんだそうです。うちもあやかろうと思って、これらを飾っております・・・いいことあるといいな♪

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2006年12月30日 (土)

Glücksschwein (幸福を呼ぶブタ)

Pc300026先日、ちらっと触れさせていただいたのですが、年末になるとドイツのあちこちで「縁起物」が売られておりました。年末に限ったことではないのですが、ブタは「幸福のシンボル」として有名ですよね。背中に1ペニヒ(最近では1セント)をしょったものや、横っ腹に四葉のクローバーやテントウムシが描かれたものも。 ↑アタシ、全長3センチ。
ドイツ人にとっては七福神みたいなものかな。なわけないか。

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Pc300024前置きが長くなってしまったのですが、Schwein にはいろいろな意味があるようです。

1.(雌雄の区別なく)ブタ。(文化を反映してか、家畜はさまざまな名前で区別されますよね。ブタの場合、♂はEber、♀はSau、子豚はFerkel。)

2.下劣な人、卑劣な人、行儀の悪いヤツ(映画ですご~く出てきます。戦争映画ですと、敵を指して「Schweine!」と言ったり。)

3.(タナボタ的)幸運。Schwein gehabt で「運がよかった」。他人に対して使うと、「ラクしていい思いしやがって・・・」みたいな、すこし妬む気持ちが混ざるそうです。自分で言う場合は、「こりゃ、タナボタだ~運がよかった~」みたいな意味になるんだそう。)」

なぜブタが幸福のシンボルなのか、検索してみるとたくさんヒット。だいたい同じ内容が書かれていました。「大昔、ブタは貴重な食料であり、またお金儲けの手段でもあった。だからブタを持っているということは、富と幸運を意味した」といった内容。そのほかに「野生の雄ブタはゲルマンの神々にとっては神聖なる動物だった」という説ですとか、「年末から新年にかけて豚を食べると、その幸運にあやかれると信じられていた」という説明なども見かけました。

コチラとか・・・

コチラとか・・・ (どこまで正しいのかわからないのですが・・・すみません)

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わ、わたし、決してヒマなわけでは・・・。これからお仕事です。お掃除はまだです。料理?ちょこっとしかしません。空(から)の重箱を持って実家に行き、詰めてもらいます・・・(恥)  おっと、姪っ子や甥っ子に渡すポチ袋を用意しないと・・・(ポチ袋だけを渡すわけではないです、念のため(^^;

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2006年12月24日 (日)

Heiligabend und Bescherung (クリスマスイブとプレゼント交換)

クリスマスイブですのに、私のブログに遊びに来てくださり、ありがとうございます。我が家はどうしているかというと・・・・ノロだかロタだかが再び襲来。家人が昨夜からトイレとベッドを何往復もしております(食事中の方、すみません)。2週間ほど前に第一波に襲われたのですが、第二波が来るなんて・・・今年のロタだかノロだかって、ホントやーね。ブツブツブツ・・・

ご存じの方も多いと思いますが、ドイツのHeiligabend (クリスマスイブ)といえばクリスマス礼拝とプレゼント交換。最近は礼拝へ行く人も減っていると聞きましたがどうなんでしょう。昔は夜中に礼拝が行われたそうですが、小さな子供は起きていられない、というので時間が前倒しされているそうです。でもって、その後は楽しい Bescherung (プレゼント交換)。日本ですとアメリカやイギリスの影響か、枕元にプレゼントを置いたりしますが(子供の頃、それはドキドキしました)ドイツではクリスマスツリーの根本に置くのがポピュラーだそう。

Pc240017
個人的な話ですみません。私の「ドイツの母」が私のために作ってくれたWeihnachtskrippe (クリスマスのクリッペ)の人形たち。毎年2体ずつ届きました。このお母さんは今、アルツハイマーと闘っております・・・いつまで私のことを覚えていてくれるかしら、と思うととっても悲しい。そのうち、これに合う「馬小屋」を自分で作りたいと思っているのですが、なかなか。

聖歌「われらはきたりぬ」(「東方の学者」たちが贈り物を手に、星をたよりに訪ねてくる聖歌です。Krippenspiel (降誕劇)で歌われることの多い歌。もしよろしければお聴きになってみてくださいね。歌詞をブログ上に書きたいところですが、著作権の問題もありますので、難しいですよね・・・もう著作権が切れているのかもしれませんが。

「3kings.mid」をダウンロード  歌詞はコチラ(音楽も聴けますが、ちょっとテンポ速すぎ)

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2006年12月22日 (金)

Blutgruppen (血液型)

クリスマスの話題ではないのですが、調べ物をしていて「あれ?」と思いましたので、書かせてくださいね。とあるシーンで「輸血の準備を! Null-Negativ(O型Rhマイナス)だ!」というセリフが出てきました。「え?Rhマイナスって少ないんじゃないの?その割にはドクターは平然と言っているけど・・・。準備が大変なんじゃないかしら?」と思い、検索してみると・・・Deutsches Rotes Kreuz(ドイツ赤十字)のサイトに行き着きました。

血液型について(ドイツ語です)

Rhマイナスの割合が多くてビックリ。内訳は:
     AのRh+ :37%
     OのRh+ :35%
     BのRh+ :9%
    AのRh- :6%
     OのRh- :6%
    ABのRh+:4%
    BのRh- :2%
     ABのRh-:1%
Rhマイナスが4種類合計で全体の15%を占めるんですね。日本人のそれは0.5%という話ですから、かなり違います。
★ちなみに日本のRhマイナスの全体に対する割合は:
     AのRh- :0.2%
     OのRh- :0.15% 
     BのRh- :0.1%  
     ABのRh-:0.05%
(東京都福祉保険局のサイトの数値から私が勝手に%を割り出したものです。計算ミスしていたらごめんなさい。)
たかが血液型、されど血液型。知らなくて驚いたのは私だけでしょうか・・・

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2006年12月17日 (日)

Wichtelmänner (グリム童話にも出てくるこびと) こびとの話 その1

Pb210031_1今日、エルツ山地について検索しておりましたら、Wichtelman (ヴィヒテルマン)という言葉に行き当たりました。煙出し人形や、そのお香でよく出てくる緑色の仙人がそれなんだそうです。Wichtelmann  といえば、グリム童話に出てくるこびと。靴屋さんが眠っている間に靴を作ってくれる、あのこびとたちです。お話のタイトルは複数で「Wichtelmänner」。邦題を検索してみましたら、「魔法を使うこびと」と出てきました。ひげを生やした仙人と靴屋のこびと、何だかイメージ違うなぁ・・・同一人物とは思えない。

Pb290005_1

辞書で引いてみましたところ:

Wichtelmännchen:人家に出没し、家事の手伝いなどもするいたずら好きの小鬼、小妖精、家の精(小学館 独和大辞典より)

Wichtelmännchen: das: Zwerg, Kobold; Heinzelmännchen: Wichtelmännchen gibt es in einer gutmütigen, Glück bringenden Version und in einer bösartigen, schadenfreudigen mit geradezu teuflischen Extras(DUDEN Das grosse Wörterbuch der deutschen Sprache より)人に幸せをもたらしよいこびとのバージョンと、いたずらをする悪いこびとのバージョンがあるそうです。

Wichtelmännchen は、Wichtelmann をかわいくした言い方です。それにしても、寝ている間にお仕事してくれるこびと。うちにも来てくれないかなぁ・・・できれば、換気扇の掃除と窓ふきをお願いしたいのですが・・・ダメ?

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Heinzelmännchen (ケルンに伝わるこびとのお話) こびとの話 その2

こびとで連想するのが、Heinzelmännchen(ハインツェルメンヒェン)。この本、大好きなんです。グリムの童話と同様、人間が眠っている間にお仕事してくれるこびとたちのお話です。もともとはケルンに古くからある(と言われる)伝説だったそうなのですが、August Kopisch(アウグスト・コーピッシュ)という詩人が出版した本がもとで、とても有名になったとのこと。

このコーピッシュのハインツェルメンヒェン、ドイツ語が韻を踏んでいてとても軽快。この味わいをそのまま日本語で伝えるのは至難の業だと思います。私にはとても訳せない・・・訳を載せたいところですが、私の貧しい日本語力が露呈してしまうので、やめました(汗)

Heinzelmännchen (ふしぎなよるのこびとたち)

ドイツ語の動詞の原形は en で終わるのですが、これが韻として効果的に使われると、こんなにも軽快で心地よいのか・・・と思ってしまいます。

Und schnitten und rückten
Und nähten und stickten
Und fassten
Und passten
Und strichen und guckten
Und zupften und ruckten...

こびとが一生懸命働く姿が目に浮かぶよう。こういうのを読むと、あぁドイツ語って美しい・・・と思ってしまいます。

名前は違えど、ドイツ各地にこういった「働き者のこびと伝説」が残っているとのこと。働き者のドイツ人も、「寝ている間に仕事をやってほしい・・・」という願望があったのかしら。

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2006年12月 4日 (月)

2. Wahl (ワケあり品)

日本でも、おせんべい屋さんに行くと「割れ煎お徳用パック」ってありますよね。とある温泉に行きましたとき、お土産屋さんで「傷まんじゅうご家庭用」というのが半額以下で売られていました。捨てるなんてもったいないし、家庭でいただくなら十分ですもんね。

堅実なドイツ人がそういった「2.Wahl(ワケあり品)」を捨てるはずがなく、やっぱり「家庭用」として売っているのでありました。

Pb290003

写真がうまく撮れなくてすみません。Lindt のアーヘン工場の近くにお住まいの方から毎年いただくお品です。中にLindt のチョコレートがギッシリ。よく見ると割れていたり、2個つながっていたり、包装のビニールが破けていたり。袋のラベルには「絶対に転売しないこと」みたいな記載が。これが商品として出回ると、企業イメージを傷つけるからよくないんでしょうね。あくまでも「ご家庭用」なんだと思います。だけどね、つぶれていても、隣とくっついてしまっていても、お味はLindt です(^^)(ちなみに、某温泉地の傷まんじゅう売り場で「これ、箱に入れて包装してちょうだいよっっ」と売り場のお姉さんに詰め寄ってるおばちゃんがいました。断られてましたが・・・。セコイ。ああはなりたくないものだと思いました。)

**********************************

話は少しそれるのですが、学生の頃このLindtの工場見学に行ったことがあります。も~最高!出来立てのプラリネや板チョコがベルトコンベアの上を流れていくのですが、作業中の人たちがそれをがさっと取っては見学者に渡してくれるのです。一度ベルトコンベアから取り出したものは衛生上の理由で元に戻せないので、「ほら、全部持ってって!」とばかりにたんまりと。小学校の頃、自動車工場だとか、マヨネーズ工場だとかいろいろ見学する行事がありましたが、Lindt の工場見学の思い出はその中でもピカイチ。 興奮して帰ってきて、その様子を熱く語る私を見て、「よっぽど嬉しかったんだんだろう、日本人はチョコを知らないのね」とホストファミリーは思ったようです。それ以来、毎年クリスマスになるとLindt のチョコレート詰め合わせが数袋・・・。あぁ、私ったら昔から食い意地が張っていたのね。

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2006年11月24日 (金)

Haselnuss (ヘーゼルナッツ)が出てくる歌

Nussknacker の記事で、「はたしてこれはくるみ用?それともヘーゼルナッツ用なのかしら」みたいなことを書きましたら、「おそるべきアマチュア」様が、下の歌をご紹介くださいました。かわいらしいのでご紹介。メロディも聴けます。

Schwarzbraun ist die Haselnuss

Busserle って何?と思って辞書を調べましたら、「Küsschen」のことでした。「チュっ♪」くらいでしょうね。Maderl は高地ドイツ語のMädchen でしょう。『焦げ茶色は はしばみの実。ボクの髪も同じ色。ボクの嫁さんも同じ色の人がいいな♪』みたいな歌でしょうか。Lederhose (皮の半ズボン)姿の純朴な青年を私は想像しましたが、いかがでしょう・・?

ヘーゼルナッツは日本語で「セイヨウハシバミ」、カバノキ科の落葉低木なんだそうです。トルコやイタリアのものが有名だそうですよ。私はお菓子の中でしかお目にかかったことがないのですが、日本でも自生しているのかしら?ヨーロッパの方々はヘーゼルナッツがお好きですよね。ペースト状にしてチョコに練りこんだり、フィリングにしたり、丸ごとゴロゴロ入っていたり。

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2006年11月20日 (月)

写真展「ドイツと千葉県」

「おそるべきアマチュア」様から、写真展が催されるお話を伺いました。ドイツ大使館で開かれるみたいですよ。ご興味のある方、もしよろしければ。

写真展「ドイツと千葉県」
於 ドイツ連邦共和国大使館
2006年11月24日(金)~12月15日(金)
出展者・出展写真
 千葉県:デュッデルドルフ市との交流
 佐倉順天堂(佐倉市):ベルリン大学に学び日本医学近代化に貢献した佐藤進
 川村記念美術館(佐倉市):ドイツ年協賛行事とDICドイツ拠点
 御宿五倫文庫(御宿町):フランクフルト童話博物館との交流
 市川市:ローゼンハイム市との姉妹都市交流
 習志野第九合唱団(習志野市):エルスハイム合唱団との交流
 千葉大学:ライプツィッヒ大学、ゲッティンゲン大学との交流
 麗澤大学(柏市):ロストック、イェーナ、ハレ、トリーア各大学との交流
 東京ドイツ村(袖ヶ浦市):自然を楽しむ理念と施設
 あしたの国とシュタイナー学園(長南町):あしたの国の建設計画とシュタイナー学園風景
 習志野市:習志野俘虜収容所 第一次世界大戦ドイツ軍捕虜の生活と市民交流
 千葉県日独協会:協会とその活動

見学期間・時間:2006年11月24日(金)~12月15日(金) 午前9時~午後5時。
但し、金曜日は午後2時30分まで。土曜日・日曜日は休館。
見学申し込み方法:①見学者氏名(フリガナ)、②団体の場合は団体名、③住所、④電話番号、⑤見学日 を記して下記の「千葉県日独協会事務局」宛に、見学日の2開館日前までにFAXでお申し込み下さい。見学当日は、運転免許証、パスポート等写真のある身分証明書をご持参下さい。

共催
 ドイツ連邦共和国大使館: 東京都港区南麻布4-5-10
 (地下鉄日比谷線 広尾駅下車 有栖川公園脇坂道100m上がり右側 徒歩5分)
 千葉県日独協会: 千葉県船橋市飯山満町2-681 ワールドナーシングホーム内  FAX番号 047-467-6123
 出展協力:千葉県庁・市川市・習志野市・千葉大学・麗澤大学・
       
佐倉順天堂川村記念美術館・御宿町五倫文庫・
       
NPO明日の国まちづくりの会・
       
東京ドイツ村・習志野第九合唱団

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2006年11月11日 (土)

Ich bin ein Berliner (私はベルリーナ♪)

今朝、ぼーっとZDFの放送を聴いておりましたら・・・(半分寝てました)

Ich bin ein Berliner.

・・・という、聞き覚えのある言葉が。そーです、故ケネディ大統領の有名な演説でした。時は1963年6月26日。冷戦のさなか、壁に囲まれたベルリンを訪れたケネディ大統領は、この演説で多くのベルリン市民を勇気づけたのでした。ナマのお声を久しぶりに聞きましたが、結構ドイツ語っぽい発音になっているのでビックリ。Berlin は英語で「バーリン」と発音されるため、Berliner も「バーリーナ」となりそうですが、ケネディさんはちゃんと「ベアリーナ」と発音していました。

Berliner_2でもね、どうしても私には「私は一個の揚げパン(ベルリーナ)です」と聞こえちゃう。ケネディさんが言わんとしていた「私はベルリンっ子です」なら、Ich bin Berliner. という風に不定冠詞 「ein」を取りますので。でも、ベルリンの方々は誰もそんなことを揶揄することもなく(いや、してるかな)、J.F.ケネディさんを今でも愛しているんだな~と感じました。

22時追記:
す、す、すみません・・・自分でリンクしておきながら、よく読んでいなかったのですが、Wikiの記事に Ich bin ein Berliner と聞いても、ベルリンっ子は誰も「私は揚げパンだ」とは思わない、と書いてありました。これはアメリカで広まった話だそうで・・・一つに、ベルリンではベルリーナを Pfannkuchen と呼ぶため、「Berliner」と聞いても誰もピンと来ない、という理由が挙げられていました。あと、文法上の解説も。ところがこの解説、情けないことに一度読んだだけじゃピンと来なくて・・・あとでゆっくり読んで、補足いたします。ケネディさん、ごめんなさいm(_ _)m

半分寝ていたので、よく聞いていなかったのですが、この展示会の報道だったみたいです↓

The Kennedys

11月11日(本日)オープンみたいですよ。

習志野ベルリーナも有名になるといいですね♪ Ich bin ein Narashino-Berliner.というTシャツなどを作っちゃったりして・・・

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2006年11月 3日 (金)

なぜ「00(Null Null)?

お食事中の方、トイレの話ですみません。(って、ブログを読みながら食事をなさる方は少ないと思いますが・・・)

さきほど、コメントを書いていて思いだしました。そういえばドイツのトイレって「00」って書くこともあるよな~と。新しいトイレはそうでもないのかもしれませんが、古い酒場とか古いホテルだと「00」と書いてありました。「トイレは右」と示す場合は、「00」が「→」で串刺しになってました。大昔の話なのですが、今でもそうなのかなぁ?

なぜ「00」なんでしょう・・・? ちょっと検索したところ、「ホテルの部屋(1号室からありますよね)と間違われないよう、トイレの扉には「00」と書いた」と出てきました。そのなごりで、トイレは「00」と書き、「Null Null」と読むようになったとか。ホントかな? どなたかお詳しい方、お教えくださいまし。

Pa090010  

(写真は本文とは関係ありません)← Nachttopf と間違えられるとヤバいので、念のため。間違える人もいないとは思いますが(笑)

先月、アルザス食器のお店の店じまいセールで買ったキャセロールです。おまるじゃないからねっ。1000円ポッキリ、持ってけドロボー状態でした。が、使い道がイマイチわからない・・・本来は、テリーヌなどの種をこれに詰めて、容器ごとオーブンに入れて焼くのに使うそうです。が、テリーヌみたいな洒落た物は作れない・・・。今はとりあえず、お菓子入れになっています^^ 開けるとチョコが入っているのよん♪

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2006年10月14日 (土)

ドレスデン逍遥

Photo_17お仕事でドレスデン空爆について調べることがあり、とりあえずこの本を注文して読みました。

「ドレスデン逍遥」 
川口マーン恵美 著
草思社

1945年2月のドレスデン爆撃を経験した人々の貴重な証言、空爆を行った英空軍の交信記録(ごくごく一部ですが)、荒れ果てた空襲直後のドレスデン市内の写真など、貴重な資料が盛り込まれ、一晩で読んでしまいました。

さらにアウグスト強王の話や聖母教会建設~崩壊~再建にまつわるエピソード、栄華を極めた絶頂期から共産圏時代の過酷な日々など、ドレスデンの歴史に触れることができます。とにかく写真が豊富です。美しいかつての姿も、変わり果てた痛々しい姿も、そして再建されてよみがえった今の姿も。

*************************************

で、この本を読んで私が反省したこと・・・「DDR 時代のドレスデンは真っ黒だった」なんて悪口書いてごめんなさい!!! 東西ドイツに分断され、SED (ドイツ社会主義統一党)一党独裁になってから、ドレスデンは本当にいばらの道を歩まされたようです。市民は何とかかつての姿を取り戻したいと努力したようですが、政府は「再建」する気など さらさらなかったようです。

『そもそも、戦後のドイツ民主共和国(東ドイツ)政府は、バロック建築の復元などにはまったく乗り気ではなかった。東ドイツは最初から最後までSED (ドイツ社会主義統一党)の一党独裁の国であったが、常に彼らが理想としていたのは、町の中心にはスターリン好みの巨大な多目的ホールやスタジアムがそびえ、郊外には巨大構想住宅の立ち並ぶといった風景であった。実際にその頃、そんな殺風景なアパート群は、国の復興とともに、東ドイツの大都市のあらゆるところで建設され始めていた。インテリも労働者も、みなが一様にその狭くて安っぽいアパートに住むことが、共産主義精神の実現であったのだ。それに比してバロック建築などは何の役にも立たないばかりか、王政という過去の遺物、つまり、悪しき階級社会の象徴であり、高邁な共産主義の思想を汚染するものとして位置づけられていた。』(「ドレスデン逍遥」より引用)

市民は何とか過去の建築物の再建に取り組もうとしたそうですが、ことごとく政府から嫌がらせを受けたとのこと。一歩間違えれば、わずかに残った残骸も爆破され、跡形もなく片付けられ、そこにチャチい建物が建設されていたのかもしれません・・・よかった、それだけは避けられて。

そんな大変な中、一つずつ建造物が再建されていったわけでして、クリーニングやメンテナンスまで手が回らなくて当然。真っ黒け、だなんて悪口を書いてしまってごめんなさい。後で書き直しておきます・・・。

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2006年10月 3日 (火)

Tag der Deutschen Einheit (ドイツ統一の日)

1990年10月3日はドイツ統一の日でした。個人的な思い出で恐縮ですが、その頃はドイツ系の金融機関に勤めておりました。ドイツの旗をデザインした大きなケーキ(Sahnetorte)を注文して、同僚たちとお祝いしました。懐かしい思い出です。

P9070018_1 
何新聞か忘れてしまいましたが、当時会社で取っていた新聞に載った広告。たぶんHandelsblatt か、FAZ 。

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2006年9月28日 (木)

Blumenstrauß (花束)

ドイツの方々ってお花が好きですよね。窓辺にも花を欠かさない人が多いし、お呼ばれしたときも花束をもっていきますし。最近ではドイツも便利になり、ネットで花束を注文すると、指定した日時に花束を配達してくれます。代金はカード決済。ネットでカードを使うのには抵抗があるのですが、ついついお花とアマゾンではカード決済にしてしまいます。

先日、20年前にお世話になったホストファミリーのお母さんが入院したので、花を送りました。そのお花やさんは便利でして、「今から送りますよ~」という連絡のメールに、その花束の写真を添付してくれます。

106500yos

で、同じ写真がプリントされ、先方にもカードと一緒に添えられているそうです。だから、「看板に偽りなし」。既に7~8回 いろいろな方に贈りましたが、トラブルは今のところなし。もし「私もドイツに花を贈ろうかな~」と思っている方がいらっしゃいましたら、お知らせくださいね。お店のURL ご紹介しちゃいます。(決して、このお店の回し者ではないのですが)

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・・・と褒めながら言うのもナンですが、ドイツの花束って日本の花束と雰囲気が違いますよね。日本の花束の作り方って生け花の影響があるのかな~と思うことがあります。グリーンの使い方とか、枝の長さとか。ドイツの花束って真ん丸(半球状と言うべきか・・・)です。昔、クリスマスのためにアレンジメントを作ってもらいましたら、金色の天使の頭部がどーーんと中央に飾ってあり、ちょっとヒキました。(クリスマスが終わってだいぶ経ってからそのお宅に遊びに行ったら、その頭部だけお皿に載せて飾られていました・・・。捨てるに捨てられず、困ったんでしょうね(汗))

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2006年9月19日 (火)

Leipziger Allerlei の伝説

Leipziger_allerlei_4 Leipziger Allerlei という料理を私は存じませんでした。写真を見ても、地味。野菜が苦手なうちの子供が見たら「おえっ」としそう。うちのワンコが見たら「肉はないんかー肉は~!ケチケチせんと肉入れんか~」と怒りそう。なぜ野菜だけ??? 湖水地方ってわけでもないのに、なぜザリガニ?

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ドイツの Wikipedia を調べたら、面白い伝説が載っていました。ホントかどうかは別として、人間の心理を表していて、すご~く笑えます。

ナポレオン戦争の後、豊かだったライプチヒの市内には物乞いをする人と税金取立人で溢れたそうな。豊かなほうに流れますもんね、人は。そういった人々から市を守るため、Stadtschreiber (都市文書官 何だ、コレ?たぶん役人さん。)が議員や有力者たちに提案したそうです:

„Verstecken wir den Speck und bringen nur noch Gemüse auf den Tisch, sonntags vielleicht ein Stückchen Mettwurst oder ein Krebslein aus der Pleiße dazu. Und wer kommt und etwas will, der bekommt statt Fleisch ein Schälchen Gemüsebrühe und all die Bettler und Steuereintreiber werden sich nach Halle oder Dresden orientieren.“

「ベーコンは隠してください。食卓には野菜だけ載せましょう。ま、日曜日くらいはソーセージ一切れとプライセ川にいるザリガニを添えてもいいかもしれませんがね。誰かが物乞いに来ても、肉を与えてはなりません。コンソメで煮た野菜を一皿 出すのです。でもって、物乞いする人や税の取立人は さっさとハレやドレスデンに追いやっちゃいましょう!」

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Pleiße (プライセ)川は、ザクセン地方を流れる支流だそうです。ザリガニがよく釣れたんでしょうね。何をエサにして釣ったか個人的に興味ありますが・・・腐ったスルメ?(謎爆)

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2006年9月 3日 (日)

Klosterruine Eldena (エルデナ修道院跡)

今回、DDR の写真を十数年ぶりに眺めていましたら、修道院跡を訪れたときのことを思い出しました。「あら上手に撮れてるじゃない?」と自己満足に陥りそうな写真があったので、ちょっとご紹介。樅の木さんもおっしゃっていましたが、当時のDDR には 結構ガレキが点在しておりました。修復には莫大な費用がかかるため、放置されていたのかもしれません・・・。でも、残骸を見るだけでも、当時の素晴らしい姿が目に浮かぶようです。ちょっと検索しただけで、いろいろ出てきました。

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<エルデナ修道院>

バルト海に面したハンザ都市 Greifswald (グライフスヴァルト)の近郊にあります。1199年、シトー会修道士たちにより「ヒルダ修道院」が建てられたそうです。その後「エルデナ修道院」に名前を変えたとのこと。ところが1633年に悲劇が。ドイツ各地が壊滅的な打撃を受けたといわれる30年戦争の最中、名将ヴァレンシュタインが率いる軍により破壊されてしまったそうです。スウェーデンによる統治を受けていた時代は採石場がわりにされ(レンガを持ってかれたんでしょうね)見るも無残な姿に。1827年になって、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が遺跡の保存に乗り出したとか。

Photo_12

Photo_13

Klosterruine Eldena(ドイツ語です)

このサイトによりますと、建立800周年を記念して、きれいに手入れされたとのこと。私が訪れたときは、今にも崩れそうで近くに寄るのも恐ろしかったのですが、そのあたりも補強されているんでしょうね。

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2006年8月29日 (火)

Fischformen, Krebsformen und Ananasformen (魚の型、ザリガニ型、パイナップル型)

さきほど「ドイツのキッチン」について載せさせていただいたところ、壁にかかっている型はなぁ~に?とコメントをいただきました。私も実は気になっていたので、さっそく同じ本をめくってみたところ、すぐそばに載っていました~(自慢げ)。急いで撮ったので暗いです。すみません。

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P8290016 左上がFischformen (魚の型)、右上がKrebsformen (ザリガニ(海老?)型)。右側が Ananasformen (パイナップル型)。どれも18~19世紀のものだそうです。古い!こんな精巧な型があったとはビックリ。説明によると、これらは魚やザリガニを入れたSülze(ゼリー寄せ)の型に使うそうです。パイナップル型は、当時極めて貴重だったパイナップルを入れたゼリーや、パイナップルのエッセンスを入れたゼリーを作るのに使ったとか。特にこういったゼリー寄せはバイエルン地方で好まれるそうです。カーニバルの頃によく出されるとのこと。ザリガニはちなみにバイエルン地方の川でよく獲れるそうです。そういえば「モレク神」という映画の中で、ヒトラーが「ザリガニを獲るには、老婆の死体を川に投げ込むといい。ザリガニが食いつくから楽に獲れる」といった笑えない冗談を言うシーンがありました。

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Stets blank und rein der Topf soll sein (鍋は常にピカピカ&きれいにしておくこと)

本を眺めていたら、こんなのを見つけてしまいました。写真がちょっと暗くなってしまい、すみません。クリックしていただくと、大きくなります。

P8280033 

Die städtische Küche (1890) Bilder zum ersten Anschauungsunterricht für die Jugend.

>Stets blank und rein der Topf soll sein< Nicht der Topf allein ist hier blank, nein, hier blitzt alles - von den Geräten am Küchenbrette und im Schranke bis zur weißen Schürze der Köchin.  Alles ist an seinem Platzes; alles ist praktisch eingerichtet.

1890年に描かれた絵で、どうも授業用の教材に使われたようなんです。題名が「都会のキッチン」。さらに「常に鍋はピカピカ&きれいにしておくこと」などと書かれております。うーん 聞くと耳が痛くなる言葉・・・。 説明書きによりますと、「この絵では鍋だけでなく、すべてが磨かれている。調理台や棚の中の器具から調理人の白いエプロンにいたるまで、すべてピカピカ衛生的。すべて整頓され、使いやすいよう配置されている」んだそーです。はいはい、ごめんなさい。私はだらしない女です、こんなに整頓されたキッチン、私には無縁でございます・・・

・・・と卑屈になっても仕方ないのですが、19世紀のキッチンの絵を見ると、すでに現代のドイツのキッチンの原形が見られて面白い!

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ケーキ型を壁にかけるのは今でも見られますよね。実用的だし見た目も素敵。(私も真似しようと思って銅製や陶製の型を幾つか買ったけど、日本のキッチンにはそんな場所ナシ。今じゃベルマーク入れと化しています。)焼け焦げ1つない、磨きぬかれた鍋類が、いつでも使えるように壁にかけてある。オーブンはあくまでも大きく、アヒルでもガチョウでも丸焼きOK、直径28センチのケーキ型もほらスッポリ。しかも上の面では煮炊きまでできちゃう。作業台やかまどは「コ」の字型。機能的な動線を考えた、女性に優しい作り。床はタイル製。汚してもサッとふき取れば あらきれい。チリトリとホウキもあるから、たとえ何かをぶちまけてしまっても、ササッと掃けちゃう。排気はもちろん屋外へ。間違っても一酸化炭素中毒にはならないから安心して調理してね♪ しかもお手伝いさん付き。ジャガイモの皮むきは他人任せ。 あぁ、憧れのドイツ式キッチン・・・

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2006年8月15日 (火)

BS世界のドキュメンタリー『ヒトラーの山荘』 闇の作戦はここで練られた

先日は鳴門ドイツ館の番組を見逃してしまったのですが、今日こそ見逃すまい!と思っている番組がありますので急いでご紹介を。私が翻訳にかかわったわけではないのですが、興味深い内容なので、是非録画しようと思っております。

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BS 世界のドキュメンタリー
『ヒトラーの山荘』 闇の作戦はここで練られた

BS1チャンネル、本日8月15日、22時15分~23時00分

<NHKホームページ 番組紹介より引用>

ドイツ南部、オーストリア国境近くのアルプスにベルクホーフと呼ばれるヒトラーの山荘があった。ヒトラーは、風光明美なこの山荘でナチ政権時代の千日以上を過ごし、ユダヤ人絶滅計画を含む様々な戦略を構想した。山荘の周囲一帯を強制的に住人たちから買い上げ、広大な立ち入り制限区域を設定、親衛隊の部隊を収容する兵舎もでき、ナチスの要人たちも別荘を所有した。
戦後、山荘ベルクホーフは米軍の管理下に置かれ、1996年にバイエルン州に返還された。昨年、シュピーゲルテレビはバイエルン州の許可を得て戦後初めて山荘内部を撮影。番組では、当時の貴重な未公開映像も交え、ヒトラーの私生活をしのばせる部屋や迷路のような地下壕の全貌を伝える。
山荘は2005年7月に取り壊され、当番組がヒトラーの山荘内部を撮影した戦後唯一の記録映像となった。制作者は数々のヒトラー番組で知られるマイケル・クロフト氏。

原題:Exploring Hitler’s Mountain
制作:Spiegel TV(ドイツ 2005)

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2006年8月14日 (月)

N響アワー「鳴門市・ベートーベン“第9”日本初演の地をたずねて

P8130034 昨夜、NHK3チャンネルで、午後9時から表題の番組が放映されました。と、と、ところが!!!まぬけな私はお盆気分でぼーーーーっとして気づかなかったのです。「テレビでもつけてみちゃおうかなぁ~」と、のんきにスイッチを入れたとたん、ろこちゃん様が勤めていらした鳴門市のドイツ館の写真が・・・・! あーしまった!もっと早くに気づいていれば・・・・!!!

P8130036 あわててカメラを取り出し、撮影してしまいました。家族には「なんでテレビの写真なんか?」とバカにされつつ。慌てて撮ったため、斜めになってしまいました。カメラに気を取られ、録画も失敗。私ったらバカ丸出し。

P8130037 再放送されることを期待しつつ・・・。NHKさん、お願いです。再放送してください。

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2006年7月28日 (金)

Arbeit + Hitze = Scheiße 2

ドイツは本当に暑いみたいですね。友人が写真を送ってくれました。

仕事 + 猛暑 = ちっくしょ~ x 2

・・・ってことでしょうか・・・

Arbeit_hitze

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2006年7月20日 (木)

ドイツ兵士の見たニッポン

先日ご紹介した習志野市教育委員会編「ドイツ兵士の見たニッポン」を一気に読みました。

Photo

とても感心しましたのは、

・情報(データ、人名など)の豊富さ、正確さ
・写真の豊富さ(←見ているだけで面白いもの多数)
ほほえましいエピソードなども織り交ぜた、分かりやすい文章
・当時の時代背景の正確な説明
・ドイツ語表記や その翻訳の正確さ
・・・などです。

私は軍事関連のことに疎く、Uボートや戦艦もすべて同じに見えてしまうのですが(すみません・・)、この本には当時のメニューですとか、彼らがどんな生活をしていたかなどが詳しく書かれており、女性も面白く読めます。後半に2名の兵士の日記が載っています。当時の生活が手に取るように分かり、頬がゆるんだり、じーんときてしまったり。「ユーバーシャール博士が、日本人の目立った特徴、中でも脚が曲がっていて内股であることについて(収容所内で)講演を行った」という日記には思わず苦笑。X-Beine ってやつでしょうか。内股についての講演?大きなお世話じゃ!と つい思ってしまいました。

こうした俘虜たちの生活についてご興味のある方は、是非このご本をお読みになってみてくださいね。 著者でいらっしゃる「おそるべきアマチュア様」は、執筆にあたり、相当な調べ物&検証をされたはずです。当時のことを話してくださった方々もご高齢のはず。貴重な証言を丹念に検証されたご努力に敬意を表したいと思います。

なお、「おそるべきアマチュア」様が快く「いいですよ~^^」と言ってくださいましたので、別の記事で当時のメニューとおやつについて書かせていただこうと思います。「おそるべきアマチュア」様、ありがとうございます。

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2006年7月17日 (月)

習志野俘虜収容所

この記事を書いたのは先週なのですが、多くの方々が関連する書籍や資料をご紹介くださいました。過去ログに埋もれてしまうのは あまりにももったいないため、日付けを変更して前に持ってきました。皆様、ありがとうございます。

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いつも遊びに来てくださるU99さんが以前、銀座の老舗ドイツレストラン「ケテル」のオーナーもかつて習志野俘虜収容所に収容されていたドイツ人俘虜だと教えてくださいました。で、それについて詳しく知りたいな~と思っておりましたら、この本を発見。

ドイツ兵士の見たニッポン

面白そうですよね。今度ア●ゾンで注文して読んでみよっと。感想はブログで書かせていただきますね。U99さん、いつも色々教えてくださり、ありがとうございます。

こちらも・・・

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2006年7月16日 (日)

鳴門市ドイツ館

板東俘虜収容所に収容されていた方々が地元の方々と様々な形で交流していたということは、映画「バルトの楽園」でも描かれていました。そんな元俘虜の方々が残した資料を収蔵した施設があります。鳴門市ドイツ館。ご紹介いたしますのは、ろこちゃん様からご紹介いただいたサイトです。

鳴門市ドイツ館

1972年に建造され、元俘虜の方々から寄贈された資料などを展示しているそうです。建物の老朽化および資料の増加で手狭になっため、1993年に新築・移転されたとのこと。私もまだ全部は読ませていただいていないのですが、館報「ルーエ」は読みごたえがありそうです。ご興味のある方は、是非。ろこちゃん様、貴重な情報をお寄せくださり、ありがとうございました。もっと早く記事として載せたかったのですが、なんだかバタバタしておりまして、遅くなりました。申し訳ありませんm(_ _)m

山を背景にしたドイツ館の写真、本当にのんびりとしたいい土地柄なんだな~ということが伝わってきます。地元の皆さん、おおらかなんでしょうね。

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2006年7月13日 (木)

Auf eigene Gefahr と言われても・・・

Es war einmal...(むかし、むかぁ~し)私がドイツにいた頃、まだこんなエレベーターが残っていました↓

P7130039

写真がヘタクソですみません。向こうにいらした方や、今住んでいらっしゃる方はご存じと思いますが、エレベーターのハコが、ずっと回転し続ける仕組みです。自分が乗ったハコが、ちょうどいい位置に来たところで「えいやっ」と降ります。逆に乗りたいときは、ハコがちょうどいい位置に来たときに「ほらよっ」と乗り込む。大縄跳びと同じで、タイミングを外すと、なかなか乗り込めなさそう・・・向かって左のハコは下に向かって移動しています。右のハコは上に移動しています。

初めてこのエレベーターを見たとき、「ぎょっ」と思いました。さらに、そこには有名な「Auf eigene Gefahr (自分の責任で乗ること)」の文字が。いくらなんでも、危ないんじゃないかしら・・・と思っていたのですが、最近 仕事で見たドイツのTV番組のバックにこのエレベーターが・・・。まだあったんですね、この手のエレベーターが。

つい最近、エレベーターに挟まれて命を落とすという、とても痛ましい事故が起きましたよね。やはり「自分の責任で」じゃなくて、安全には万全を期してほしいな~と思ってしまうのは、私が日本人だからでしょうか。

7月14日 追加:

ベルリン在住の kio さんが教えてくださいました。こういった形状のエレベーターは「パタノスター(Paternoster)」というんだそうです。kio さん、いつもありがとうございますm(_ _)m 深々~

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2006年7月12日 (水)

独軍俘虜収容所

先日、ドイツ兵士の見たニッポン(習志野俘虜収容所の本)をご紹介しましたら、執筆なさった習志野市教育委員会社会教育科の関係者の方やU99さん、お義父様が似ノ島の収容所に収容されていたという方からコメントを頂戴し、サイトや書籍をご紹介いただきました。あまりにもすばらしい内容なので、あらためてここでご紹介したいと思います。無断でリンクしてしまって申し訳ないのですが・・・。

習志野俘虜収容所
写真が満載です。映画「バルトの楽園」の世界が、習志野にもあったのだと感激しました。と同時に、スペイン風邪で命を落とされた西郷所長さんの話を読み、じーんときてしまいました。

おすすめの本
昨日ご紹介いただいたばかりで まだ読んでいないのですが、早速注文して読んでみたいと思っています。

ドイツ軍俘虜の収容所について
こちらも大変興味深い内容になっています。日本各地に収容所があったんですね。

これらHP作成に当たった方々のご苦労がしのばれます。写真や貴重な情報が多く盛り込まれていて圧巻です。戦争を知らない世代も、こうした過去の事実を知る必要があると改めて思いました。また、写真を拝見して「百聞は一見にしかず」と思った次第です。

なお、勝手にリンクしてしまいました。もし、ご覧になって不快に思われる方がいらっしゃいましたら、お手数ですがご連絡いただけますでしょうか。個人のブログに勝手にリンクしてよいものかどうか、迷ったのですが・・・

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2006年7月11日 (火)

Stadtstaat 特別州 (その1)

水道の民営化に関する番組の監修をしていて、ふと疑問に思ってしまいました。

ベルリン ハンブルク ブレーメン

ご存じの方も多いと思いますが、この3つの都市は、都市であって特別州でもあります。州扱いなのです。Stadtstaat (都市州)とも呼ぶそうです。そして番組の中でたびたび出てきたのが、Senat とか Senator という言葉。聞いたことはあるけど、正しい訳はよく分からない・・・

・・・そこで、「独・日・英 ビジネス経済法制辞典」で調べたわけでごじざいます。
一般的な州(Land)では、州政府は Landesregierung、州の大臣は Landesminister となります。じゃ、Stadtstaat の場合は・・・?

以下、ちょっと堅くなりますが、辞典から抜粋いたしました。ご興味のある方は、お読みになってくださいね。

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Senat:(ドイツの都市州で、政府としての)市参事会、市州政府
現代ドイツの国家=行政法では、ベルリン、ブレーメン、およびハンブルクの3都市州における最高統治機関の呼称として用いられている

Ferner im gegenwaertigen deutschen Staats- und Verwaltungsrecht ist der Ausdruck "Senat" als Bezeichnung fuer das hoechste Regierungsorgan in den drei Stadtstaaten, Berlin, Bremen und Hamburg, verwendet.)

都市州におけるSenatは市政府であると同時に州政府でもあるので、「市参事会」または「市州政府」と訳される。
Da der "Senat" des Stadtstaats die Stadtregierung und zugleich die landesregierung ist, wird er mit "shisanjikai" oder "shishuseifu" ins japanische uebersetzt.

Senator : 市参事、(意訳で)市州政府閣僚、市州大臣
ベルリン、ブレーメンおよびハンブルクの3都市州では、市参事会(市州政府)の構成員は「市参事」(市州政府閣僚/市州大臣)と呼ばれる。
In den drei Stadtstaaten, Berlin, Bremen und Hamburg, werden die Mitglieder des Senats als "Senatoren" bezeichnet.

市参事は他の諸州の「州政府閣僚」(州大臣)に相当する
Der Senator entspricht dem "Mitglied der Landesregierung / Landesminister" der anderen Länder”

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2006年7月 8日 (土)

Fahrkartenkontrolle, Ihre Fahrausweise bitte! (切符を拝見!!)

朝から蒸し暑いですね。皆様、よい週末をお過ごしでしょうか。

昨日、「黒」について書きましたら、Schwarzfahrt を忘れていたことに気づきました。教えてくださったAutyさん、ありがとうございます。無賃乗車。

コメント欄にも書かせていただきましたが、ドイツの交通機関では改札がないですよね。あらかじめ切符を買っておいて、車内や駅の「ガッチャン」という機械にはさんで日時を刻印してもらいます。今でもたぶん、同じシステムでは・・・?(ドイツ在住の方、教えてください♪)

私は通勤用に定期券を買っていたので肝を冷やすことはあまりなかったのですが、それでも時々定期を家に忘れて焦ることはありました。

で、突然やってくる切符の検査。

Fahrkartenkontrolle! 
Ihre Fahrausweise bitte!!

私の記憶では、なぜか強面(こわもて)のおばちゃんが多かったような気がします。ミョ~に髪をきれいにセットした人とか、乗り込むのも大変そうなボリュ~ムの人とか。で、なぜか自分の身分証明書を掲げながら乗り込んでくるんですよね。「あたしゃ、本物の検査官だからねっっ。絶対に逃がさないわよっっ!」という決意表明でしょうか。

余談ですが、ドイツで時折見かけるホームレスの方々、なぜか身分証明書を掲げている人が多かったような。それで皆さんがお金を入れてあげていましたよね。あれは何の意味があったんでしょう・・・?

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2006年7月 7日 (金)

Das blaue Gold (青い金) ~ 水道の民営化をめぐって

どうも秋色っぽいテンプレートが気に入らず、薄緑色に変えてみました。夏らしく、涼しく。

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今朝から、ドイツのテレビ番組の監修を始めました。英語の翻訳者さんが英訳から作ってくださった台本を、本来のドイツ語台本を見ながら訂正していき、日本語版を作る作業です。英語とドイツ語は似ているので、「おいおい、全く違うゾ~!!」ということはあまりないのですが、細かいニュアンスが原語のドイツ語とは違ってきてしまいます。そこで監修作業が必要となるわけです。

テーマは「水道事業の民営化」。最近のドイツの公共事業がどうなっているか、実はよく知らないのですが、昔は水道やガス、電気は地方自治体が一手に引き受けていました。EU統合によって民営化の波が押し寄せているようですね。

現在、民営化している事業体と、部分的に民営化している事業体、そして民営化をかたくなに拒んでいる事業体があるようです。民営化の是非は、日本でもよく議論されるテーマですよね。水道に関しては、この番組を見るかぎり一長一短かな~。 「安全な水」を保証するためには、採算を度外視してでも導入しなきゃいけないものもありますし・・・。でも、民間主導で効率化を図らないと赤字は膨らむし・・・。

で、出てきた言葉が「das blaue Gold」。水のことを指しているようです。水道事業の民営化をにらみ、様々な企業がオイシイ分け前を狙ってる、という意味で使われていました。先日、schwarzes Gold とか、weisses Gold (UPしませんでしたが、象牙や大理石だそーです)とかが出てきましたが、こういう風にいくらでも膨らませて使える言葉なんですね。

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2006年7月 2日 (日)

Gouvernante (家庭教師)

数日前、ルビッチのサイレント「男だったら」の翻訳を終えました。その中に、Gouvernante という言葉が出てきました。Hauslehrerin (家庭教師)のことみたいですね。

日本では、「家庭教師」というと、大学生のアルバイトってイメージがありますが、ドイツの「家庭教師」は少し違うみたいですね。お金持ちの家に住み込み、その家の子弟の教育やしつけを担当していた「家庭教師」が、第二次大戦前までは結構いたとのこと。数少ない女性の「知的な職業」だったそうです。ただし口うるさく、子供たちから煙たがられる存在だったことから、この「Gouvernante」という言葉にはネガティブなイメージもあったとか。

そこで思い出したのが、「アルプスの少女ハイジ」に出てくるロッテンマイヤーさん。彼女の肩書きは「女執事」だと聞いていましたが、クララやハイジを厳しくしつけていたところからすると、実は彼女はGouvernante だったんじゃないかしら。

さらに思い出したのが、国は違いますが ヘレン・ケラーの恩師、サリバン先生。無知をさらけ出すようで恥ずかしいのですが、昔のヨーロッパやアメリカでは、こうした「家庭教師」が一般的だったんでしょうか?

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2006年7月 1日 (土)

面白い広告

ドイツの試合を再放送で見ました。すごかったですね。このままいっちゃいそうな予感がします。無邪気に喜ぶクリンスマン、ほほえましいですね。

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先日ご紹介した歴史の本♪に出ていました。こういうのって勝手にブログに載せていいのかなぁ・・・と心配になるのですが、でも古いものだから大丈夫かな?

P7010028

いつの時代か、はっきりは書かれていないのですが、第一次大戦前の時代のページに掲載されていますので、おそらく1910年代のものかと。

左は、ハムのかたまりに有名人の写真をプリントしてくれるお肉屋さんみたいです。皇帝の写真とかビスマルクの写真とか。この絵は、皇帝ヴィルヘルム2世のようです。「バルト」が立派。お値段はハムの重さによって違うみたいですが、ひとかたまりで12~15マルクだそうです。ちなみに着払いで送ってくれるそうです。進んでますね。それにしても写真のインキ、万が一 口に入っても大丈夫なのかしら?

右はちょっと笑える広告。Pilules Orientales という薬(?)で、2ヵ月後には「ホーマンな胸」になれるそうです。なんでも、この薬は健康を害することなくバストを「発達させ、固め、再生(!)し、すばらしく豊かにする」のだそーです。Arsenik(三酸化砒素)は含みません!秘密厳守!! この薬の名前で検索をかけたら、けっこうヒットしました。外国語も多かったです。各国で売られていたんでしょうか。まさか今でも売っているわけではないと思うのですが・・・

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2006年6月29日 (木)

OTAKU in Deutschland (ドイツのオタク事情)

ひゃ~ 今日は全国的に暑かったですね。東京は間違いなく Heißer Tag (真夏日)でございました。久しぶりに渋谷へ行ったところ、若者の熱気に倒れそうになりました・・・

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本屋さんを経営しているドイツ人の知人がいます。彼は常々、「うちの売り上げのかなりの部分をManga や Anime 関連が占めている」と言っています。本がなかなか売れないのは日本もドイツも同じだそうですが、このジャンルだけはスゴイらしいのです。

アメリカなどで「オタク」が流行ってる、というのはよく聞くのですが、ドイツはどうなのかな~と軽い気持ちで彼に聞いたところ、なんと彼の本屋さんの「Manga/Anime 担当者」さんがメールをくれました。

オタクは、ドイツでもそのままOtaku だそうで、複数はOtakus。日本の漫画も、ほとんどがそのままアルファベット表記のタイトルで売られているんだとか。コスプレも人気で、自分で作るだけでは満足できず、こうしたサイトで買っているそうです↓

http://no-boutique.com/shop/product_info.php?products_id=250&language=de&XTCsid=11492ca5db3c876eda9e1c404c948d17

アニメのキャラクターの服装だけでなく、なんとセーラー服などの制服もあるからビックリ!ちなみに「萌え」は「MOE」だそうです。

なお、OTAKU の 定義がドイツのウィキに載っていました。ドイツ語で申し訳ありませんが、ご興味がありましたら(?)クリックしてみてくださいね。ざっと読む限り、正確に説明されています↓

OTAKU

ちなみに、このメールをくれたManga/Anime担当の女性は、「私はオタクではなく、Visu だ」と言っていました。なんと麗しい写真つき!Visu の意味がよく分からないのですが(当然ながら、辞書には載ってない・・・!)想像するに、「ビジュアル系」ではないかと。写真では、ビジュアル系のアーティストとかが着ているような格好をしていましたので。

このあたり、現在ドイツにお住まいの方のほうがお詳しいと思いますが、面白いメールをいただいたので、ご紹介まで。おそるべし、オタク文化。

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2006年6月25日 (日)

SUSHI

ドイツの方々もお寿司って好きですよね。今から20年前は、ドイツのお寿司屋さんを訪れるのは、現地にいる日本人と、一部の通のドイツ人でした。それが今では、ごく普通の方々もお寿司を食べるとか。

昨年のクリスマス、偶然ですが2人のドイツ人から別々に、「今年のクリスマスのディナーは、お寿司のデリバリーにした」というメールをもらいました。(二人ともベルリン在住です)写真も添付してあったのですが、「似て非なるもの」ではなく、立派な江戸前の握り寿司でした!

ニューヨークなどでは、お寿司がメジャーになって久しいそうですが(映画にもちょくちょく出てきますよね)、ドイツでもお寿司が一般的になったんだな~と思うと、なんとも感慨深く思えます。20年前は、地方在住のドイツ人に「生の魚を食ってるなんて、日本人のお腹の中は寄生虫だらけに違いない」と言われたりしたんですが・・・。「おいおい、君たちだって生の豚肉を食べるじゃん」と思ったけど言えなかった・・・・。

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話は前後してしまいますが、15~16年前、日本に駐在していたドイツ人の間で「SUSHI-BAR巡り」なるものが流行ったと、同僚の一人から聞きました。「スシ・バー?何だろ、それ?六本木あたりにあるお洒落なお寿司&バーかな?」と思ったのですが、彼らの説明を聞いて納得。「すごいんだぜー 握りたてのスシがTheke(カウンター)を回るんだぜーーーDas muss man gesehen haben!!!」 

回転寿司のことだったんですね。15~16年前は、私にとって「回転寿司」=「男性が行くところ」というイメージがありました。そこへ若いドイツ人が大挙(?)して押し掛けてたって聞き、ちょっと驚いたわけでございます~。今じゃ珍しくないでしょうけどね。

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2006年6月21日 (水)

祝 ドイツ1位で予選リーグを通過♪

おはようございます。ドイツが3戦3勝でしたね。これで予選リーグを1位で通過。何より、安心して試合を見ていられることが羨ましいです。対ポーランド戦は多少はらはらしたでしょうが、それ以外は危なげない戦いぶりでしたもんね。

日本の試合は明後日の早朝とのこと。早く起きてテレビの前で応援する人も多いと思います。頑張ってほしいな~。でも怪我などがないといいですね。実は代表のチームドクターは夫の知り合い。TVに映るたびに、「おおおぉぉぉ~」と盛り上がっています。

先週発売された週刊新潮に、次の本が紹介されていました。ドイツ本国では200万部を超えるベストセラーになったとのこと。パレスチナ報道などで高名なドイツ人ジャーナリスト、ヴィプケ・ブルーンス氏による著作で、「典型的なドイツの富裕な一家の数世代におよぶ足跡をたどる」のだそう。父親は1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件で処刑されています。

「父の国 ドイツ・プロイセン」

時間ができたら、是非読みたいと思いました。(「時間ができたら読みたい」本が、家にはゴロゴロ・・・。)

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Flaggen (しつこいですが、またまた旗のお話)

しつこいですが、またまた旗の話題です。調べれば調べるほど奥が深く、面白い!ウィキもなかなか充実しております。

ドイツの旗坊だじょ~(ウソ)

先日ご紹介した旗のサイトの最後に、補足が付け加えてありました。

*ハーケンクロイツや、ハーケンクロイツに似たマークのついた旗は禁止。(これは有名ですよね)
*「黒-白-赤」の旗や、DDRの旗を掲げるのはOK。
*個人がBundesdienstflagge を掲げるのは禁止。

Bundesdienstflagge_ ここで、ギモンが。「Bundesdienstflagge」って何だろう?辞書で引いても和訳が出てこないのですが、ウィキによりますと「連邦のシンボルであり、州や地方自治体や個人がこれを掲げてはならない」のだそうです。そういえば連邦議会などで見かけるワシのマークと同じものがついていますよね。この和訳をご存じの方がいらっしゃいましたら、お教えくださいまし。

たかが旗、されど旗。この3色の旗には長い歴史があったんだな~と改めて思った次第です。

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余談ですが、DDRの旗のマーク。穂は実りを、コンパスは英知を、ハンマーは労働を意味すると聞いたことがありますが、合ってるかな?

さらに余談ですが、「旗を掲げる」って、eine Flagge führen と言うんですね。私ったら知りませんでした。führen って色んな意味がありますよね。

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2006年6月20日 (火)

Deutsche Nationalflaggen (ドイツの国旗) その2)

昨日に続き、旗を調べました。詳しい方は「な~んだ、常識だよ~」と思われると思いますが、家にあった本を開いたところ、なんと一発で旗のページが開いたので(←ホント!)せっかくですから一部抜粋させていただきますね。ちょっと堅苦しい文章ですが。私ったら締め切り前にこんなこと書いちゃって・・・

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Deutschlandfahne_ 「連邦国旗(Bundesflagge)は「黒-赤-金」色である。(基本法(Grundgesetz)第22条)。

ドイツ国民にとってもっとも重要な象徴の一つ「黒-赤-金」の3色が今日的意味を持つようになったのは3月革命前期(1815~1848年)のことである。現状に不満を抱く学生たちが1815年、イェナ大学に新たな全学的学生団体「ブルシェンシャフト(Burschenschaft)」を結成。設立に携わった学生たちがリュッツォー義兵団の一員として従軍していたので、その制服(黒地に赤のモール、金ボタン)の色をブルシェンシャフトのシンボルカラーとし、赤と黒のストライプに金のフリンジがついた旗を団体旗とした。

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その後もこの3色は、「統一と自由のための戦いの象徴」として一般に理解されるようになった。

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Deutsches_reich_fahne__3 一方、1866年の普墺戦争(プロイセンVSオーストリア)では、オーストリアを中心とする敵軍が「黒-赤-金」の旗のもとにプロイセン軍と激突。当然、ビスマルクはこの3色を嫌悪。普墺戦争の終結後、北ドイツ連邦の旗に選んだのは「黒-白-赤」だった。プロイセンの伝統色「黒-白」と、ハンザ都市を始めとする北部ドイツの伝統色「赤-白」を組み合わせたものだった。そしてこの旗がビスマルクによるドイツ統一後も国旗として使用されることになる。

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ワイマール共和国では、当初から国旗の色をめぐって激しく意見が対立した(いわゆる国旗闘争)。左右両派の妥協を図るため(←ワイマール共和国らしい!)、「黒-赤-金」を国旗とする一方、商船旗は第二帝国の色である「黒-白-赤」を採用。

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ナチスの時代には1935年の国旗法により「黒-白-赤」が国家象徴の色とされ、ハーケンクロイツ旗を国旗および商船旗とする旨定められたが、1945年に廃止された。

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Deutschlandfahne__1 第二次大戦後に誕生した二つのドイツ国家が「黒-赤-金」を国家の色にすることについてさしたる抵抗はなかった。西ドイツは再統一を政治の至上目標としていたので、全ドイツを象徴する伝統の色に復帰する道を選択。他方、東ドイツも49年の憲法でこの三色を「ドイツ民主共和国のDdr_fahne_ 色」と定め、その後中央に国章(穂の環に囲まれたハンマーとコンパス)を配した。

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参考文献:大修館書店 事典「現代のドイツ」より一部抜粋
     
 ドイツの国旗のサイト

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Deutsche Nationalflagge (ドイツの国旗)

皆様、こんな私のブログを読んでくださり、ありがとうございます。今日は夕方から試写があって出かけておりました。帰ってきたのは9時過ぎだったのですが、この時間に外出したのは久しぶり。ちょいと疲れました。おかしいな~昔は9時なんて、まだ宵の口だったのに・・・

ところで、いつもコメントを下さる方が、とても面白いことを教えてくださいました。

バルトの楽園で、黒-白-赤の旗が映ったそうです。(私は気づかなかった・・・!)そういえば、ドイツの旗って時代によって違うと聞いたことがありました。そもそも、「ドイツ帝国」として統一されたのもビスマルクの時代になってからですもんね。それまでは各国様々な旗があったことだと思います。

で、調べてみましたら・・・

・・・あった、あった。

ドイツの旗の変遷

ざっと斜め読みですが、黒-白-赤の旗は、1871年のドイツ統一から1919年の第一次大戦敗戦までドイツ帝国の国旗とされていたみたいですね。その後、ワイマール共和国では現在の黒-赤-金の旗が国旗になっています。1933年のナチス政権では、ご存じハーケンクロイツ。そして1949年から現在に至るまで、おなじみの国旗に戻っています。もっとじっくり読んで書かせていただきたいところなのですが、もう遅いので続きは明日。たぶんこのあたりは、戦争にお詳しい方はよくご存知だと思うのですが。

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追記:このサイト、旗以外にも色々載っていて面白いです!ドイツ帝国以外にもプロイセンやバイエルン、ザクセンなども載っています。7月になってヒマになりましたら、じ~っくり読ませていただき、記事を書かせてくださいね↓

こちらもご覧あれ♪

さらに追記:このサイトを見ていて気づいたのですが、1866年の戦争って、私たちは歴史で「普墺戦争」って習いましたよね。でもドイツ語ではDeutscher Krieg って言うんですね・・・詳しいことは読んでみないと分からないのですが。

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2006年6月18日 (日)

Max und Moritz (マックスとモーリッツ)

「マックスとモーリッツ」というタイトルは聞いて知っていたのですが、それがどういう話か、どういう顔かまでは知りませんでした。先日、近所のドイツソーセージ屋さんで見かけたKinderwurst(子供用ソーセージ)に、その絵が載っていたのです。

P5060003_1 P5290017

なんじゃ、この絵は? と最初は思いました。片方は「まことちゃん」か「ワカメちゃん」の髪型だし、もう一人に至っては、ちょんまげが。ベルリン在住のkio さんが以前、コメントしてくださいましたが、このキャラクターは子供用のグッズに結構登場するとか。日本でいえばドラえもんみたいなものかしら?それで興味を持って、調べてみました。

マックスとモーリッツの絵本はコチラ

作者はWilhelm Busch (ヴィルヘルム・ブッシュ)、この絵本が最初に出版されたのは1865年だそうです。文章は韻を踏んでおり、軽快です。マックスとモーリッツの二人が、いろいろイタズラをする、という話なのですが・・・

・・・・こりゃ、“本当は残酷なグリム童話”を生んだ国だけある、と思う結末になっています。こんな結末だったとは、知らなかった・・・!穀物の麻袋を切るイタズラをしていた二人は、水車小屋で挽かれて粉にされ、最後はガチョウに食べられてしまうのです。悲しい・・・。上でご紹介したサイトはドイツ語ですが、絵だけでも分かりますので、ご興味のある方は「7」をクリックしてみてください。イタズラの代償はあまりにも大きかった・・・って、教訓なんでしょか?こんな悲しい話が子供用品のキャラクターによく使われるなんて、あたしゃビックリしましたです、はい。

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2006年6月17日 (土)

GEISHA

ゲイシャやヨシワラが西洋でウケるというのは有名ですが、ドイツの人たちもご他聞にもれず、ゲイシャさんが大好きだったみたいです。(今はどうか分からないのですが)

昨年から今年にかけてドイツ年だったこともあり、多くのサイレント映画が上映されました(あまり知られていませんが・・・もっと宣伝すればよかったのに)。その際、ゲイシャもしばしば登場しました。よく出てきたのは:

ゲイシャ、オイラン、ヨシワラ、ハラキリ

日本人のスパイが登場し、作戦に失敗した責任をとってハラキリしたり(なぜか仏像の前で切腹。)、なぜか長崎にヨシワラがあったり、登場するドイツ人が、ついついヨシワラの歓楽街で遊んでしまったり。花魁と芸者さんがごっちゃになっていたのもあったな~。昨年のサイレントでは見かけませんでしたが、ニンヤ(Ninja)が活躍するドイツ映画も前に見たっけ。

もっとも、昔のハリウッドでもよく芸者さんは出てきましたし、最近公開されて話題になったSAYURI も芸者さんの話でしたよね。芸者さんや吉原が出てくるのは何もドイツに限ったことではないんですが。

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2006年6月15日 (木)

祝 ドイツ2勝目

最後の最後に決めましたね。あのねばり、ドイツらしいです。ポーランドの方々は悔しかったでしょうが、でもあれもサッカーですよね。

あーあ 湿気でだるいです。皆さんはいかがでしょうか?ずっと机に座りっぱなしの日々が続きます。だるさとジンマシンで なかなかやる気が出ないのですが、でも頑張るぞーー 

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デュッセルドルフのヤン・ヴェレム・プラッツ。懐かしいなぁ・・・フラッシュたいて撮ったほうがよかったかな。エッチングです。

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デュッセルドルフのラインのほとり。このあたりはお金持ちが多いと聞きました。でも、Hochwasser(洪水)の際、Keller(地下室)に水が入って大変だったとも。

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デュッセルドルフ郊外のベンラート城(城というよりは宮殿チックです。狩のためのお城でしょうか。詳しいことは忘れてしまいましたが、ピンクできれい。

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2006年6月13日 (火)

Führerhauptquatier(総統司令部)

ここ2、3日、第三帝国について調べ物をしておりました。そこで「総統司令部」が出てきまして、幾つかありましたので、書き出してしまいました。第三帝国についてお詳しい方にとっては常識だと思うのですが、私はあまり詳しくないもので、おぉ・・っこんなにあるのか~と思ってしまいまして。ネーミングが変わっています。こうした名前だけでも、周りの人々は洗脳されてしまいそうです。昨年ヒットした映画「ヒトラー 最期の12日間」では、冒頭にヴォルフスシャンツェが出てきますよね。そしてメインの舞台はフューラーブンカー(総統地下壕)でした。

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総統司令部:
ヒトラーは事故の軍事上のポストに権力を集中させることでリーダーシップを発揮し、また軍事機構の完全なる操作を行った。1939年のポーランド侵攻の際、特別鉄道車両を総統司令部として用いる一方、さらに各地に総統司令部を設置し続けた。それらは、ヒトラーのたくましい想像力により、以下のように命名されていた。

Felsennest (岸壁の巣):1940年、ベルギー国境から約48キロの、ミュンスターライフェル温泉場に設置。

Adlerhorst(鷲の巣):1940年、アルデンヌ近郊ツィーゲンベルクに設置。やがてあまりに贅沢すぎるという理由で、ヒトラーはこの司令部を放棄した。戦争後期にシュペーアによって防弾シェルター付きに改築され、44年のアルデンヌ大反攻の間、ルントシュテット将軍の司令部として使用された。その後ヒトラーは、44年12月から翌年1月中旬までのごく短期間、ここに戻って来ている。

Wolfsschlucht (狼の谷):1940年6月6日から25日の間、フランスのブリュリ・ル・ペーシュに開設。あまりのブヨの大群に我慢ならず、ヒトラーはここを後にしたという。

Tannenberg(タンネンベルク):1914年の対ロシア戦勝利ののちに命名される。シュヴァルツヴァルトのフロイデンシュタット近郊に設置。1940年、対フランス戦末期に使用される。

Wolfsschanze(狼の巣):1941年から44年にかけて、東プロイセンのラステンブルクに開設。44年7月のヒトラー暗殺未遂事件の舞台。

Wehrwolf (狼人間):1942年7月、ウクライナのヴィニッツァに設置。

1945年1月中旬からヒトラーの死ぬ4月まで、総統司令部はベルリンの地下壕に置かれた。

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2006年6月11日 (日)

Ein Wagen mit einem Holzvergaser

先日に続き、ブログでお尋ねしちゃってすみません。あの有名なヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring)が戦時中、木で走る自動車に乗っていたそうなんです。

ein Wagen mit einem Holzvergaser

これって、いわゆる「薪自動車」のことでしょうか?Man hat Holz sozusagen vergast. したそうです。木を「ガス化」する?木を使って可燃性ガスを発生させる、というものでしょうか?木炭自動車とは違いそうですね。やっぱり薪自動車かしら。もしお詳しい方がいらっしゃいましたら、お知恵を拝借できませんでしょうか・・・??

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お誕生日

ドイツの人たちって、誕生日をとても大切に考えていますよね。誕生日にはパーティを開き、みんなでお祝い。ドイツでは誕生日より前に「Herzlichen Glückwunsch! (おめでとう!)」と言うのは不吉だそうです。だけど当日にお祝いを言うのって結構タイヘン。覚えてられないよ~ ということで、知人に勧められて数年前、 Geburtstagskalender (誕生日カレンダー)なるものを購入しました。ここに友人の誕生日を書いては、できるだけ当日にお祝いを言えるよう、もしくは当日にカードが着くようにしています・・・(←ウソ。忘れっぽいので、当日に言えたためしがない・・・)

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Marcus Pfister さんの「にじいろのさかな」のカレンダーです。カワイイでしょ(自慢)。フラッシュをたくと反射しちゃうので、フラッシュなしで撮りました。ちと暗いですね。すみません。

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各月に、Pfisterさんの絵本の絵が入っています。この月は、誰も誕生日の人がいなかった・・・。子育て恐竜マイアサウラの絵本から。絵本の題名は失念。

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大好きな Müde Eure 。眠そう・・・

ドイツの会社では(私が知ってる限りですが)、Geburtstagskind (誕生日の人)がケーキなどを会社のキッチンに置いて、同僚に振舞うことが多いような気がするのですが、いかがでしょうか。ドイツにあった日本の銀行でもそうでしたし、日本に帰ってきて勤めたドイツの会社でもそうでした。で、同僚の誕生日にはあらかじめお金を集め(もちろん有志ですが)プレゼントを買ったりもしました。

一方、日本では、ドイツ人ほど盛大に祝うことはないですよね。そもそも、数十年前までは み~んな1月1日に年を増やしていたわけですし、生まれた日って実はそんなに重要じゃなかったのかも。前もって「来週、お誕生日だね。とりあえずおめでとう~」と言うのもアリですし、「ごめーん!先週お誕生日だったよね。おめでとう~」と言うのも、もちろんアリ。覚えていてくれただけで、ありがたや~ってなもんです。トシとってくると、もう誕生日なんて忘れ去りたいです、はい。

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2006年6月10日 (土)

祝 ドイツ まず1勝♪

皆様 いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。夜中の試合はご覧になりましたか?(私は寝てしまいました・・・) やはりドイツは強いですね。

バイエルン伝統の半ズボン姿のおじさん(おにいさん?)が足を叩いて踊る姿、やっぱりいいな~と思ってしまいました。もっとも、ドイツの北部にいるドイツの方々は、ドイツ人=半ズボンでビール腹、と見られることに抵抗があるようですが。知り合いのおじいちゃんは、Ich trinke NUR Wein. (私はワインしか飲まんのだよ)と言っておりました。いいじゃん、ビールに半ズボン。かわいいのになー と、私は思ったのですが。あのおじいちゃんは生粋のベルリンっ子で、プロイセンびいきだったからかな~。「マイセン陶器ってスゴイ!」と私が言うと、「KPMのほうがもっとスゴイ!」と返ってきました。

ご参考までに KPMとは:Königlicher Porzellan-Manufaktur Berlin (ベルリン王立磁器製陶所)あのフリードリヒ大王が1763年に設立した由緒正しい窯元(って言うのかな?)です。日本ではマイセンほど知られていませんが、同じくらい高価です。

サッカー、日本も頑張ってくれるといいですね(^^)

では、これから「Die Wolke(黒い雲)」のハコ割り作業に入ります。面白そうな映画です。チェルノブイリをヒントにした映画だそうですが、私は事故当時、ちょうどドイツにおりました。雨にも当たりました。水も飲んでしまいました。しかも、よりソ連寄りのマイセンにも滞在しました。当時の騒ぎが思い出されます。

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2006年6月 9日 (金)

Reichssicherheitsdienst って?

突然話がカタくなってすみません。とある映画に、Reichssicherheitsdienst という言葉が出てきます。ヒトラーが晩年、フューラーブンカーという地下壕にこもっていたことは有名ですよね。ここでの最期の12日間を描いた映画が、昨年の大ヒット「ヒトラー 最期の12日間」でした。

で、その際に地下壕の警備に当たった人たちが、Reichssicherheitsdienst だったそうなんです。ところがこの訳が どうも分かりません・・・。この方面にお詳しい方、いらっしゃいませんか?(って、ブログで聞いてしまうのも申し訳ないのですが)

ウィキに出ているとおり、ウィキペディア♪「秘密情報機関」というのは、Sicherheitsdienst(SD)と混同している訳で、警備にあたった組織とは別の機関だと思うのですが・・・

ナチス関係にお詳しい方がいらっしゃいましたら、教えてくださいませ。

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2006年5月31日 (水)

「40 Jahre Bundesliga」 (ブンデスリーガ 40周年)

ちょっと古い本(2002年発行)ですが、ドイツ親睦試合引き分け記念 & サッカーがお好きなHappiness裕之介さんに♪(同じ物を持っていらしたら、すみません)

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↑吠えるオリ・カーンとフランツ・別件バウアー(古いギャグ・・)

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↑目次にもフランツが・・・ポーズ決めてます。

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中身はこんな感じ。1972年のドイツナショナルチームって強かったって話を聞きました。1972年で合ってるかな?サッカー・フリークの我が夫は、「次のドイツ代表監督は、ブッフバルトかな~(ブーフヴァルトと書きたいところですが・・・「ブッフバルト」が一般的ですよね。)」と言っています。なぜなら熱狂的な浦和ファンだからです。

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2006年5月 7日 (日)

「ドイツの秘密情報機関」

シュタージの件で昨日ご紹介した本です。

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噂によると、もう絶版のようですが…。私は偶然、ブック●フで見つけました。もともとは戦争映画を訳すにあたり、第二次世界大戦中のSD(国内保安部)やゲシュタポのことを調べようと思って買った本でした。しかしそれだけでなく、戦後のBND(連邦情報局)や東ドイツのシュタージに関しても詳しい内容が載っています。下手なスパイ小説より面白いかも。もしご興味がありましたら、図書館などでお読みになってくださいね(^^)

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