カテゴリー「ドイツのこと」の記事

2007年12月24日 (月)

Frohe Weihnachten! (メリ~クリスマス!)

 クリスマスイブですね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。ワタシはと言えば、古いほうのパソコンの修理を頼みにヨドバ●カメラへ行き、ついでにプリンターのインクカートリッジやCD-Rなどを買いだめし、換気扇のフィルターを買い・・・ ちっともクリスマスしていないのでありました。お立ち寄りいただきましたのに、ショボい内容ですみません。

Pc240041
ちょっと見にくくてすみません。この柄、覚えがある方もいらっしゃるのでは・・・? シュヴィップボーゲンの記事でご紹介したデザインです。18世紀の半ば、エルツ山地で炭坑用のSchwbg_2 道具を作る鍛冶屋さんがクリスマスを祝うために作ったと言われる金属製燭台(→)をかたどったもの。シュヴィップボーゲンの原形と言われているものです。写真のものは錫細工でして、大きさも手のひらサイズなのですが、デザインが気に入ってしまいました。ぐふふ♪

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Pc240034 本当は、話題のパティシェによる大人向けケーキが食べたかったのですが、諸事情によりスヌーピーとウッドストックがのったお子ちゃま用クリスマスケーキになりました(涙)。それがですねー 切り分けるときにウッドストックを少しずらそうとしたら、首チョンパに・・・。首がぽろっと落ちた瞬間、周囲の空気が凍りつきました・・・。

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2007年12月 4日 (火)

Ich bin ein Musikante (山の音楽家)

 いつも当ブログにお越しいただき、本当にありがとうございます。1ヵ月以上前に、「ちょうちょう」の話題になった際に「山の音楽家」の記事も書きました。が、ど~も冴えない内容だったので、そのまま塩漬けにしておりました・・・。昨日、「ちょうちょう」を再び引っ張り出してきましたので、やっぱり山の音楽家にもご登場いただこうかと。前に書いたものですんません。

 なお、諸事情によりまたしばらく更新をお休みいたします。いつもコメントやメールをいただき、皆様には心より御礼申し上げます m(_ _)m

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 先日、「ちょうちょう」のモト歌が面白かったことに味をしめ、またまたドイツ民謡を検索してしまいました。「山の音楽家」。これがドイツ民謡だということは聞いていたのですが(小学校の頃に使っていた合唱の本に載ってた)モト歌は聴いたことがなかった・・・。

「山の音楽家」の原曲について
↑このサイトによると、1964年にN●K「みんなのうた」で有名になったんだそうですね。その際、ドイツのモト歌を作曲家の服部克久さんが編曲、水田詩仙さんが作詞、とここに書いてあります。そのモト歌ってどんなんじゃ?

   

Ich bin ein Musikante (曲も聴けます)
え・・・?これ、本当にモト歌?メロディも内容も全然違う。シュレジエン地方に伝わるわらべ歌だそうです。動物も出てこない…。歌詞です↓

Ich bin ein Musikante
Und komm' aus Schwabenland;
Wir sind auch Musikanten
Und komm'n aus Schwabenland.

Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Trompete. Die Trompete.
|: Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, teng tentereng,
Teng tentereng, ten teng. :|

2. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Violine. Die Violine.
Sim simlerlim, . . . .

3. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Auf die Pauke. Auf die Pauke.
Herum bum bum . . . .

4. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Die Klarinette. Die Klarinette.
Die A-Klapp' auf, die B-Klapp' auf, . . .

5. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Die Flöte. Die Flöte.
Tü, tü, tü, tü, . . . .

6. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch spielen,
Wir könn'n auch spielen.
Das Klavier. Das Klavier.
Grabbl hier mal hin, grabbl da mal hin . .

7. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meinen Triangle. Unser'n Triangle.
Ting tingeling . . . .

8. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch blasen,
Wir könn'n auch blasen.
Auf mei'm Fagott. Unser Fagott.
(Mit Lippen geschnurrt) . . . .

9. Ich bin ein . . . .
Ich kann auch schlagen,
Wir könn'n auch schlagen.
Meine Trommel. Uns're Trommel.
Pum pumperum . . . .

(以下、直訳です。メロディに合わせてないので、この日本語訳では歌えないのですが、せめて歌詞の雰囲気だけでもと思って。)

わたしゃ音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた
わたしたちも音楽家
シュヴァーベンラントからやってきた

吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
トランペット トランペット
擬音 (日本語でいうと「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ♪」って感じでしょか)

2番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
バイオリン バイオリン
擬音 (日本語だと「きゅきゅきゅっきゅきゅきゅ♪」かいな)

3番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
たいこ たいこ
擬音 (日本語だと「ぽこぽんぽんぽん ぽこぽんぽんぽん♪」

4番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
クラリネット クラリネット
擬音 (うーん、難しい。日本語だと 「ぷぷぷっぷっぷ ぷぷぷっぷっぷ」って感じですよね。あ、でもこれだとトランペットとおんなじ・・・)

5番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
フルート フルート
擬音 (「ぴぴぴっぴっぴ ぴぴぴっぴっぴ」かな?これだと、どっちかというとピッコロっぽい音ですね)

6番:
弾くことだってできるんだ
わたしたちだって弾けるんだ
ピアノ ピアノ
擬音 (「ぽろぽろんぽろん」かいな?)

7番:
鳴らすことだってできるんだ
わたしたちだって鳴らせるんだ
トライアングル トライアングル
擬音 (トライアングルの擬音って何?「キンキンキンコンカン」?ちょっと違うか)

8番:
吹くことだってできるんだ
わたしたちだって吹けるんだ
ファゴット ファゴット
擬音 (ファゴットの擬音・・・これまた難しい。「ボボボーーボーボー」ちょっと違うな、これも。)

9番:
叩くことだってできるんだ
わたしたちだって叩けるんだ
大だいこ 大だいこ
擬音 「どどどんどんどん どどどんどんどん」って感じ?)

 あらやだ、私に詩的センスがないのがバレバレですな。直訳ということで許してくだしゃい。モト歌のドイツ語歌詞、これはこれでかわいらしくて素敵ですが、日本の「山の音楽家」の歌詞が素晴らしいということを再確認してしまいました・・・。夢があっていい歌詞ですよね。長く愛されているゆえんでしょう。改めて感心してしまいました~。

 

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2007年11月30日 (金)

Hänschen Klein ~ Steiner - Das Eiserne Kreuz (蝶々 ~ 戦争のはらわた)

 もう1カ月以上前になりますが、「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ~♪)」の元歌がドイツの Hänschen klein (←過去の記事です)だった、という記事を書きました。そうしましたら、いつも遊びに来てくださる方がコメント欄で教えてくださいました。映画「Cross of Iron (邦題「戦争のはらわた」、ドイツ語吹き替え版タイトル「Steiner - Das Eiserne Kreuz」)」にこの歌が使われているんだそうです。その後、spatz さんがその部分の映像が載っているサイトを見つけて教えてくださったのですが、今探しても URLが見つからない・・・ spatzさん、せっかく教えてくださったのにごめんね。しょ~がないので、YouTube で探してきました。

YouTube  ← クリックしてみてくださいね。冒頭の部分です。

「戦争のはらわた」をご覧になったことがある方はよくご存じだと思うのですが、私は初めて見たので「おぉ~」と思ってしまいました。 悲惨な映像をバックに無邪気な子供の歌声が流れると、確かに戦争のむなしさが伝わってまいります・・・。トモコさん、教えてくださいましてありがとうございました。

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 しかしこの邦題・・・もうこれで定着しちゃっているから今さら変えられないんでしょうが、何とかならなかったんでしょか~。当時はオカルトが流行ったから、こういう邦題になったと聞いたことがありましたが・・・。ウィキに詳しいことが載っています → 「戦争のはらわた」(ウィキペディア)

 12月1日追記:今、ドイツ語タイトルで検索したところ、FSK ab 16(FSK:ドイツの映倫。レイティング組織です)、つまりR-16 指定になっていました・・・。もしかして、かなりリアルなシーンもあるのでしょうか?

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2007年11月11日 (日)

Martinstag (聖マルティンの日) と Weckmann (ヴェックマン)

 11月11日は、Martinstag (聖マルティンの日)です。何コレ?私もよく知らないのです。この日、子供たちはLaterne (提燈)を持って歩くのですが、いわれはよく知りませんでした・・・。慌てて調べてみましたら:

『マルティン:祝日は11月11日。貧者に自分のマントを切って与えたことで有名なトゥールの司祭。家畜と羊飼いの守護聖者。冬の始まりの日。子供たちが堤燈を持ち、歌をうたっておねだり行列をする祝日でもある。この日がちょうを食べる』(「ドイツ民俗学」より引用)

マルティン(マルティヌスとも)については、ウィキに詳しく載っています:
『伝承によれば、アミアンで、市門の番をしているとき、偶然に見かけた貧者に自分の軍衣を半分に切って分け与えた。その夜、マルティヌスが与えた衣をまとってイエス・キリストが夢に現われた。そして天使に「ここにマルティヌスがいる。彼は洗礼を受けていない。しかし私に着るものを与えた」。マルティヌスが目覚めると、切ったはずの衣は元通りになっていた。これはマルティヌスに関するもっとも有名な逸話である。フランク王国メロヴィング朝はこのときの衣であるという聖遺物を宝物にしていた。』(ウィキペディアより引用)

 聖マルティンの日と聞くと思いだすのが Weckmann (ヴェックマン)。人の形をしたパンで、司教をかたどった物なんだとか。主にカトリック圏で広まったそうですよ。Wecken (小麦でできたパン)+Mann (人)で Weckmann。Buckmann、Buggemann、Stutenkerl など、地方によって呼称も姿も少しずつ違うみたいですが、私がよく見たのは白い Tonpfeife (陶器製のパイプ)を持ったヴェックマン。このパイプ、今でも実はとってあります。もともとはパイプではなく、Bischofsstab (司教杖)だったのだとか。一説によると、陶器製のパイプを作る職人たちの結婚式で出されたバージョンが、杖ではなくパイプだったことが起源とか。昔は聖マルティンの日~聖ニコラスの日(12月6日)の間に贈られることが多かったそうですが、最近ではクリスマスの期間までこのパンが販売されている、と Wikipedia に載っていました。

詳しくは、この新聞記事にも書いてあります → Westdeutsche Zeitung
パイプのないWeckmannですが、画像は → コチラ

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2007年10月15日 (月)

Daniel Barenboim (ダニエル・バレンボイム)

 現在、ピアノ奏者・指揮者のダニエル・バレンボイム氏が来日中ですね。いつもROM させていただいている方のブログで、感動的なコンサートだったということを知り、またなすびさんが記事を紹介してくださったこともあり(なすびさん、いつもありがとう♪)以前に某所で書いた日記を思い出しました。ちょっと古い(年初に書いたものです)のですが、転載させていただきますね。
 
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 先日、ダニエル・バレンボイムという指揮者のドキュメンタリーの仕事をいたしました。余計なナレーションなどは一切入らず、本人の独白と関係者のインタビューだけでまとめられた、「秀逸なドキュメンタリー」といった感じで好感が持てました。 なぜバレンボイムさん?と思ったら、今年ベルリン国立歌劇場の公演で来日するんですね。だからそれに合わせて注目度も高くなっているのだと。

Daniel_barenboim 恥ずかしい話、私はバレンボイムさんのことはあまり詳しくなく(というか、ほとんど知らなかった・・)慌てて色々調べました。自伝「音楽に生きる~ダニエル・バレンボイム自伝」も急いで読みました。音楽にお詳しい方は、「そんなの常識だよ~」と思われるかもしれませんが、恥を承知で書いちゃいます。ご存じの方はスル~してね♪アルゼンチン生まれのユダヤ人、両親ともにピアニストで小さい頃から両親に手ほどきを受け、めきめき頭角を現したとのこと。小さい頃から「この子は将来、指揮者になるだろう」と言われていたそうです。彼のピアノ演奏を聴くとオーケストラが聴こえてきたそうです・・・。それくらい「オーケストラ的なピアノ演奏」だったんですって。早くからそれを見抜いたご両親もすごい。
 
 感動したのは、彼がゲーテの西東詩集の題名から取った「Weat-Eastern-Divan Orchestra」というオーケストラを結成し、1999年に公演を行ったこと。主にイスラエルとイスラム圏の才能ある若い音楽家で構成されていたそうです。彼らの目的は「音楽を奏でること」であって、国籍だの宗教だのは一切関係ない。「イスラエル人とアラブ人が並んで同じ楽器で同じパート、同じメロディを奏でることのなんとすばらしいことか」と彼は語っています。また、その趣旨に賛同したヨーヨー・マもこのワークショップに参加。華やかな演奏会になったようですね。

 2001年、バレンボイム氏はイスラエルでワーグナーを演奏しました。ご存じのように、ヒトラーはワーグナー礼賛者でした。イスラエルの人たちにとっては、ワーグナーはホロコーストの悪夢を思い出させる忌まわしい音楽家。でも、バレンボイム氏は「ワーグナーの音楽のすばらしさ」を知ってもらうため、真摯な態度で聴衆を説得し、「トリスタンとイゾルデ」
の一部を演奏したのです。一部の客は演奏前に会場から出て行きましたが、ほとんどが残り、ワーグナーの調べに耳を傾け、そして感動したとのこと。小さい頃からシナゴーグに通い、イスラエルに帰化し、ドイツの楽団で指揮をしてきたバレンボイム氏にしかできなかったことだと思いました。
 
 驚いたのは、彼がスペイン語、ヘブライ語、英語、ドイツ語がぺらぺ~らなこと。ドイツ語を聞くかぎり、ほぼ完ぺき。英語も流暢でした。外国語に悪戦苦闘している私ってナンなの?と恥ずかしくなるくらい。
  
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 おまけ:お顔が何となくビリー・ジョエルに似ているな~と思っておりました。もしかしてビリーもユダヤ系?と思い、検索してみたら、ピンポーンでした。知らなかった・・・サイモン&ガーファンクルがユダヤ系だということを最近知って驚いたのですが、ビリー・ジョエルもそうだったんですね。ユダヤ人の方々の音楽的な感性ってすばらしい・・・

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2007年10月11日 (木)

Hänschen klein - 蝶々(その1)

 「Westerwaldlied (ヴェスターヴァルトの歌)」で U99さんがコメントを寄せてくださいました。「蝶々(ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ~♪)」の歌が、モトはドイツの歌だったということ。さすがU99さん、こういったテーマが私のツボにぴったりハマってしまうことをよくご存じで・・・。かすかな記憶を頼りに検索してみましたら・・・

  

・・・あった、あった。「Hänschen klein」。「ヘンスヒェン」は「ハンスちゃん」ですね。メロディは古くから存在したそうですが、この歌詞をつけたのはドレスデンの教師、Franz Wiedemann (1821-1882)だそうです。訳は後日、またあらためて。小さなハンスちゃんが旅に出、7年も放浪した末にたくましくなって母の元へ帰ってくるストーリー。ハンスちゃんったら、すごすぎ。男のロマンですな。メロディは18世紀初頭からあるらしい、とWiki には出ていました。

1. Hänschen klein  (ソミミ♪)
Geht allein (ファレレ♪)
In die weite Welt hinein. (ドレミファソソソ♪)
Stock und Hut (ソミミ♪)
Steht im gut, (ファレレ♪)
Ist gar wohlgemut. (ドミソソド 最後がちょい違うみたい)
Aber Mutter weinet sehr, (レレレレレミファ♪)
Hat ja nun kein Hänschen mehr! (ミミミミミファソ♪)
"Wünsch dir Glück!" (ソミミ♪)
Sagt ihr Blick, (ファレレ♪)
"Kehr' nur bald zurück!" (ドミソソド 同じく最後がちょい違う)

2. Sieben Jahr
Trüb und klar
Hänschen in der Fremde war.
Da besinnt
Sich das Kind,
Eilt nach Haus geschwind.
Doch nun ist's kein Hänschen mehr.
Nein, ein großer Hans ist er.
Braun gebrannt
Stirn und Hand.
Wird er wohl erkannt?

3. Eins, zwei, drei
Geh'n vorbei,
Wissen nicht, wer das wohl sei.
Schwester spricht:
"Welch Gesicht?"
Kennt den Bruder nicht.
Kommt daher die Mutter sein,
Schaut ihm kaum ins Aug hinein,
Ruft sie schon:
"Hans, mein Sohn!
Grüß dich Gott, mein Sohn!"

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 じゃ、「蝶々」は誰が作詞したんでしょ?検索してみると、この歌はもともとスペイン民謡だった、という説と、ドイツ民謡だったという説が出てきました・・・どっちなんだ?また、私はてっきりドイツ直輸入かと思っていたのですが、そうでもないようです。

 アメリカに「Lightly Row (軽やかに漕ごう)」という歌があるんだそうです。このモト歌は、上述の Hänschen Klein。井沢修二という教育者が留学先のアメリカからこの歌を持ち帰り、野村秋足に歌詞をつけさせたのが「ちょうちょう」ではないかとする説を発見。その後の明治14年、「小学唱歌 初編」に載ります。
Lightly Row から ちょうちょう へ Lightly Row の歌 (いきなり音楽が鳴ります ご注意!)
アメリカ経由で日本に入ってきた?

  

<別の説>
「ちょうちょう」について(←クリックしたとたんに音楽が鳴りますのでご注意!)

「ちょうちょう」(野村秋足作詞/スペイン民謡)の謎

 上述の伊沢修二の命令により、野村秋足が尾張地方周辺の民謡を収集したんだそうです。その中にあったのが地元に伝わるわらべ歌「蝶々」。野村秋足がこの歌詞を現在の歌詞に近いものに改作したとのこと。そして明治14年、この歌が「小学唱歌 初編」の3番目に掲載されたんだそうです。その後、昭和22年に文部省が「いちねんせいのおんがく」を発行するにあたり、現在の歌詞になったとのこと。尾張に伝わっていたわらべ歌が、たまたま似ていたのかしら。それで、外国の曲に当てはめたんでしょうか・・・。そのあたりの経緯がよー分からんのです。

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  余談ですが、「蝶々」で検索したら「ミヤコ蝶々」もヒットして一人でウケてしまいました。ぐふふ♪ 急いで検索し、急いで書いたので支離滅裂かも。ごちゃごちゃと書き連ねてしまいました。読みにくいかもしれませんね。すみません。

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2007年10月 3日 (水)

der Tag der Deutschen Einheit (ドイツ統一の日)

 今年も10月3日のドイツ統一の日がやってきましたね。早いな~。1990年に定められてから、もう17年。統一後に生まれた子供も、大きい子は17歳になるということですよね。壁が存在した時代を知らない世代が少しずつ増えていき、やがて分断されていたことも歴史になっていってしまうのでしょうか。

 ドイツ内務省のHP(コチラ)を見ましたら、国の記念日として4つほど挙げられていました。アウシュヴィッツ強制収容所が解放された1945年1月27日、ノルマ引き上げに反発した労働者たちのストに端を発した市民蜂起がソ連軍によって制圧された1963年6月17日(統一前の西ドイツでは、この日がドイツ統一の日でしたよね)、シュタウフェンベルク大佐たちがヒトラー暗殺を試みた1944年7月20日、そして今日のドイツ統一の日。

↓昨年と同じ写真を載せちゃってすみません。1990年10月3日の新聞です。どこの新聞か失念・・・たぶん、FAZか Handelsblatt だったと思います。当時、会社にあった古新聞の山から掘り出してきたのだ~。
P9070018_1_2

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2007年10月 1日 (月)

Buchbinder(製本工)

Photo  昨日の朝、ぼーっとテレビを見ていましたら、「ルリユールおじさん」という絵本が紹介されていました。ルリユール(relieure)とはフランス語で、「製本技術」だそうです。ある女の子が大切にしていた植物図鑑がバラバラになってしまい、何とか直してもらおうとルリユールおじさんのところに持って行くお話です。まだ読んでいないので詳しい内容のご紹介はできないのですが、ヨーロッパに古くから伝わる製本業がそこで語られるとのこと。そこで思い出しました。ルリユールおじさんってドイツの Buchbinder?

 私事で恐縮ですが、私のホストファミリーだったおじいさんは製本業のマイスターでした(先日の日記でご紹介した「なぞなぞ」好きでお茶目なおじいさん)。上等な紙や皮を使って手作業で丁寧に本の装丁を行う職業です。家には文字通りの Meisterstück (マイスター試験のために制作する作品のことです。転じて「傑作」という意味でも使われますよね)が飾ってありました。実際の作業は自宅からかなり離れた作業所で行うため、作業風景を見せてもらえなかったのは残念。マイスターというと、昔ながらの「工房」で弟子と数人で手作業する頑固な「匠」を連想するのですが、需要が減った今では働き口も少なく、おじいさんも比較的大きな会社で働いていたようです。

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 フランスのルリユールと、ドイツのBuchbinderei がどう違うかまでは分からないのですが、Wikipedia に die Geschichte des Buchbinders im deutschsprachigen Raum (ドイツ語圏の製本工の歴史)が載っていました。長~いので、少しだけご紹介。

 製本業の歴史は古く、本の登場とともに綴じる技術は存在したそうです。しかし作られる本の部数自体が少ないため専門の職人はまだ存在せず、製本作業は教会や修道院で聖職者によって行われることが多かったとのこと。

中世に修道院などで制作された、非常に美しく豪華な彩色写本については、あむ さんのサイトに詳し~く写真入りで説明されています。ぜひご覧になってみてくださいね → 中世の彩色写本へGO! 

 修道院や教会以外では、本に対する需要がある大学都市や商業都市でも製本を行う人々が存在したようです。ただし、職業としてはまだ確立していなかった模様です。

Buchbinder_wappen_2  印刷技術が発明され、本の部数が増えるに従い、製本を専門とする職人が登場するようになりました。彼らが手がける量は、修道院や教会で製本される量を上回るようになったそうです。やがて Zunft (ツンフト、同業者組合)も組織されるようになりました。Lehrling (弟子)たちは Meister(親方)の家に寝泊まりしながら修行を行い、一人前となっていくシステムですな。Wiki によると、17世紀末には、すべての製本工がツンフトに属さなくてはならなくなったそうです。(Gegen Ende des 17. Jahrhunderts war jeder Buchbinder zünftig. 「zünftig」 って形容詞、初めて知りました~)  ツンフトには独自の決まりごとや習慣がありました。それに属すことで手に職がつき、様々な権利が保証される一方で、厳しい制約が課せられ、不自由な面もあったそうです。確か高校の世界史で出てきましたよね。

 ツンフトのワッペンです↑ ナルホド、こうやって装丁を仕上げたんですね。私のドイツ父が手がけた革張りの本も、ところどころに金の飾りが施してあり、それはそれは美しく高そ~な本でした。

 フランス革命後に自由競争という考えが広まるにつれて、ツンフトに属さない製本工が登場。この世界も競争の波にさらされることになるようです。さらには機械化により安いコストで製本できるようになり、手作りの豪華な本は需要が減るばかり・・・。中世から伝わる技術ですから、長く残していただきたいな~と思います。

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2007年9月30日 (日)

Verein gegen betrügerisches Einschenken (ビールがジョッキに正しく注がれているか監視する団体)

 ちょっと古い話題になってしまいますが、恒例のオクトーバーフェストが現在開催中だとか。ネットで関連記事を読んでいて、Verein gegen betrügerisches Einschenken なる団体が出てきました。何コレ? お詳しい方、いらっしゃいますでしょうか。ミュンヘンへは観光でしか行ったことがないので詳しくなく、この団体は初耳でした・・・。団体名を訳すのは難しいのですが、ジョッキに注がれる量が適切かどうか監視する団体のようです。設立は何と1899年。ナチ時代には禁止されたものの、その後復活。メンバーは現在4000人ほどいるらしく、ビアホールやオクトーバーフェストのような催しで、ジョッキに正しい量(古くから伝わる単位で「マス」と呼ぶそうです。昔は1.069リットルだったそうですが、現在は1リットル。)が注がれているかどうか目を光らせるんだとか。ビールって泡が多いので、どのくらい入ったか分かりにくいですよね。ましてや、Keferloher(陶製のジョッキ)だとさらに分からない。それを悪用して、樽からジョッキに注ぐ際、決められた「マス」に満たない量しか入れない店が多かったとのこと。そういった「詐欺行為」に業を煮やした人々立ちあがってこの団体を結成したらしい…。

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 そういえばリモ(Limonade、清涼飲料水)などを頼んだ場合もそうでしたが、コップに量を示す印が付いていることが多いですよね。それに達していないと Betrug (詐欺)になっちゃうんだろうな~。さすがドイツなのだ。

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2007年6月22日 (金)

Schuluniform (制服)

 日本人って昔から制服になじんでいますよね。制服を見ただけで「あ、●●中の生徒だ」と思ったり、「▲▲高校のセーラー服、カワイイ♪」と思ったり。昔ながらの野暮ったい制服から、おしゃれな制服に替えただけでその学校の「偏差値」が跳ね上がるということを聞いたことがあります。「なんちゃって制服」ってご存じでしょうか?制服を定めていない学校で、特に女子生徒が自主的に着ている制服っぽい服。紺のブレザーにチェックのスカート(超ミニ)、同じ柄のリボン。制服がないにもかかわらず、みんな似たような格好をしている風景はちょっと異様ですらあります。

 私はドイツの学校に通ったことがないのですが(Sommerkurs(サマー・コース) や Volkshochschule(市民講座みたいなもの)ならあるけど・・・陶芸教室でした(^m^))映画でよくギムナジウムの風景を見ます。生徒たちは思い思いの格好をしていて、自由でいいな~と。ところが!子どもをギムナジウムに通わせているドイツ人の友人から聞いたのですが、持ち物の競争が熾烈なんだそうです。特に洋服。最近、女の子が店の前で長蛇の列を作っているため、「?」と思って見てみたら、Shibuya-Girl とかそういったロゴのTシャツを買い求める子たちだったとか。Shibuya って渋谷? cool な服を着ていないとバカにされるんだそうです。ノーブランドの品も笑われるんだとか・・・。私服だと悩みが尽きないのはどこも同じなのね。

制服に関するアンケート

↑ドイツ語なのですが、検索して見つけました。昨年5月に実施されたものです。ラジオ局が制服についてアンケートをとったところ、制服を好意的に受け止める回答者が多かったとのこと。賛成派が79.1パーセント!「朝、何を着ればいいか迷う心配がなくなり、30分よけいに眠れる」という声や、「Wir-Gefühl (直訳すると「私たちという気持ち」ですが、一体感とか連帯感でしょうね)が強まる」とか、「ある特定の学校に通えるんだ、と誇らしく思える(よーするに優越感でしょうね)」といった理由が挙げられていました。反対意見も、私が想像していたような「戦争を思い出す」とか「個性が育たない」とかそういった理由ではなく、「制服を導入したところで、子ども同士の競争意識は減らない。ケータイなど他のもので競い合うだけだ」「自由がない」というものでした。

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 ドイツ人と学校制服、ドイツ人とブランド物がどうしても結びつかない私は、何とも不思議な気分でこの記事を読みました。

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