カテゴリー「俘虜収容所」の記事

2007年5月21日 (月)

またまたソーセージ番組のご案内

 先週の土曜日に続き、ソーセージ番組のご案内です。おそるべきアマチュア様に教えていただきました。今度は全国で放映されるのだそうです。

5月22日(火)16:00~ 「レディス4」(テレビ東京系)
番組 HP より引用:

『身近な食品ソーセージの知られざる姿に迫る : 身近な食品ソーセージ。日本で最初に作られたのはいつ?魚肉ソーセージ誕生のきっかけは?スタジオではソーセージを手軽に華やかに変身させる飾り切り職人の技を披露いたします』

この番組案内を読む限り、ソーセージの伝来についてどこまで詳しく迫ってくれるのか分からないのですが(もしかしたら、ほんのちょびっとだけかもしれない・・・)ご興味がありましたら、ご覧になってみてくださいね。

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P5210037_1 土曜日の「食彩の王国」、とても面白かったです。関東のみのOAだったとのことで、関東以外にお住まいの方には申し訳なかったです。第一次大戦で捕虜となったドイツ人が各地の収容所でソーセージを作っていたこと、習志野俘虜収容所にいたカール・ヤーンら5名が日本の農商務省の技師にソーセージ作りを伝えたこと、終戦後も日本の地にとどまったドイツ人がいて、日本人の口に合うソーセージを苦労の末に作り出したことなどが当時の写真とともに紹介されておりました。広島の似島俘虜収容所にいたヘルマン・ヴォルシュケさんもその一人。食品会社に勤めてソーセージ作りを軌道に乗せたのち、独立したとのこと。跡を継いだ息子さんがインタビューに答え、お父様の苦労を語っていました。

P5210038 番組では、この息子さんがソーセージ作りも披露していました。挽いた肉にスパイスを加え、機械で練っていくのですが、「常に肉の状態を手で感じなさい」が父の教えとのこと。教えどおり、息子さんは手で感触を確かめ、練り上がりを判断していました。「感触」というのは機械では判断できないところですよね。こういったところに彼らの職人気質とソーセージ作りへの愛を感じました。あ~~~美味しいソーセージが食べたくなってきた・・・。

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2007年5月17日 (木)

ODE AN DIE FREUDE (バルトの楽園) その2 訳を追加♪

 またまた「バルトの楽園」の話題で失礼いたします。昨日、ハンブルクの日本映画祭で上映されたはずですが反応はどうだったのかしら。検索したところ、このあと7月12日から一般公開されるようですね。どのくらいの規模で公開されるのかは不明なのですが、多くの方が観てくださるといいな、と期待しています。ところで日本語のセリフは吹き替えかしら?それとも字幕?ドイツの方々は吹き替えを好みますよね。そのあたり、どうなっているのかしら・・・

映画 Info (ドイツ語ですが)

上映 Info

同サイトの内容紹介より引用 『1914, inmitten des Ersten Weltkrieges. Rund 4.700 Deutsche werden von den japanischen Heertruppen im chinesisches Qingdao gefangen genommen und als Kriegsgefangene ins japanische Bando Camp nahe Naruto City gebracht. Lagerführer Toyohisa Matsue (Ken Matsudaira), ein Gerechtigkeit liebender Militär, will für Ruhe und Frieden zwischen den Einheimischen und den fremden Europäern sorgen und gewährt den Kriegsgefangenen deshalb viele Freiheiten wie die Herstellung einer eigenen Zeitung oder das Musizieren auf Instrumenten. Das Camp galt daher als das „Paradies für Kriegsgefangene“. Als im Jahre 1918 der erste Weltkrieg für die Deutschen verloren und ihr Heimatland zerstört war, verlieren die deutschen Kriegsgefangenen fernab in Japan jede Hoffnung auf eine Rückkehr. Generalmajor Kurt Heinrich (Bruno Ganz) kennt nur einen Ausweg: Selbstmord. Doch Lagerführer Toyohisa Matsue gelingt es, den gebrochenen Mann davon zu überzeugen, dass nur er seine Leute sicher in ihr Heimatland zurückbringen kann... Basierend auf wahren Begebenheiten erzählt der japanische Meisterregisseur Masanobu Deme in "Ode an die Freude" eine aufwühlende Geschichte, die beweist, dass Menschlichkeit, Respekt und Hilfsbereitschaft unter Kriegsgegnern auch in Zeiten höchster Anspannung möglich sind - mit dem Bando Camp als Symbol dafür. Höhepunkt war der Gesang der deutschen Gefangenen beim Abschied von Lagerleiter Toyohisa Matsue, zu dessen Ehren erstmals "Freude schöner Götterfunken" aus Beethovens Neunter Symphonie auf japanischem Boden zu hören war. Neben Japans Superstar Ken Matsudaira als Lagerführer Toyohisa Matsue und Actrice Reiko Takashima als Utako sind der schweizer Schauspieler Bruno Ganz als Generalmajor Kurt Heinrich und seine deutschen Kollegen Oliver Bootz als Soldat Carl Baum und Kostja Ullmann als Soldat Hermann Lake zu sehen. 』(引用終わり/出典:Buena Vista)

ざざっと訳したいところですが、時間がなくて引用だけですみません・・・。そのうち映画評なども出てくると思います。見つけましたらご紹介いたしますね。

…と書きましたら、おそるべきアマチュア様がお忙しい中、上の解説文を訳してくださいました。僭越ながら私も加筆させていただき、下に貼り付けました。おそるべきアマチュア様、いつもご親切にありがとうございます。

『第一次世界大戦真っ只中の1914 年。およそ4,700 人のドイツ人が中国・青島の日本軍によって囚われ、捕虜として鳴門市近郊の板東収容所に連行される。収容所長松江豊寿 (松平健) は、正義感の強い軍人であり、土地の日本人とよそ者のヨーロッパ人の間に安寧と平和を取り計ろうとする。そのため、捕虜に多くの自由、例えば彼ら自身の新聞の発行や器楽の演奏といったことを許したのである。こうして同収容所は"捕虜の天国" と見られるようになった。

1918年、第一次大戦はドイツの敗北に終わり、彼らの故国は崩壊した。はるか日本で囚われの身となっていたドイツ人たちにとって、帰国は絶望的なものとなる。クルト・ハインリッヒ少将 (ブルーノ・ガンツ)に残された道はただ一つ。それは自殺であった。しかし松江豊寿所長の説得が功を奏し、失意にあったこの少将も、部下を確実に彼らの故郷に帰還させることが出来るのは自分だけだと確信する。

この”Ode an die Freude (バルトの楽園)の中で、日本の名監督出目昌伸が伝えているのは史実である。掘り起こされた歴史、それは敵対する者同士が人間性、尊敬、そして扶助を持つことが、もっとも緊張の高い時であっても可能であることを証明している。板東収容所は、その象徴なのだ。

クライマックスは、収容所長松江豊寿との別れに際し、その栄誉を称えて歌われるドイツ捕虜の合唱だった。ベートーヴェンの第九交響曲から「うるわしき神々の火花よ」が初めて日本の地で響いたのである。

松江豊寿所長に扮する日本のスーパースター松平健、妻うた子の女優高島礼子と並んで、スイスの俳優ブルーノ・ガンツがクルト・ハインリッヒ少将、ドイツ人俳優オリヴァー・ブーツが兵士カルル・バウム、それにコスティア・ウルマンが兵士ヘルマン・ラーケ役で登場する。』

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2007年5月15日 (火)

ODE AN DIE FREUDE (バルトの楽園)

 いつも大変お世話になっている「おそるべきアマチュア」様から教えていただきました。映画「バルトの楽園」がドイツで上映されることになったそうです。いつもいろいろ教えてくださり、ありがとうございます。

ODE AN DIE FREUDE (結局、ドイツ語のタイトルはそのまま「歓喜の歌」になったんですね・・・)

Ⅷ. Japanisches Filmfestival Hamburg (第8回ハンブルク日本映画祭)

同 HP より引用:『Zur Eröffnung des 8. japanischen Filmfestes am 16. Mai 2007 im Streits Kino wird nicht nur Bruno Ganz (u.a. bekannt aus „Der Untergang“) persönlich erscheinen, sondern auch eine hochrangige Delegation der Produktionsfirma Toei bestehend aus dem Präsidenten Herrn Okada, dem Regiesseur Masanobu Deme, der Produzentin Riuko Tominaga sowie der sehr berühmten Schauspielerin Reiko Takashima.』(引用終わり)

この作品が映画祭のオープニングを飾るみたいですね。上映日は5月16日。ブルーノ・ガンツさんがいらっしゃるみたいですよ。さらに監督や東映の社長さん、プロデューサーさん、それに高島礼子さんも。豪華な顔ぶれだな~

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2007年5月14日 (月)

Wurst (ソーセージ) の番組のご案内

P5060003  ソーセージに関する番組のご案内です。残念なことに、放映は関東のみだそうです。関東にお住まいで、Wurst がお好きな方はご覧になってみてくださいね。「ちゃん・りん・しゃん」のお姉さん(古っ トシがばれる・・・お分かりになる方は、バブル時代の経験者ですね)のナレーションみたいです。急いで書いたので、記事に誤字脱字がありましたら、すみません。

番組HPより引用:『外はパリッと中はジューシー!今回の主役はソーセージです。ホットドッグに、夕食に、食卓の人気者のソーセージ。ソーセージの歴史には、ある秘話がありました。時代に翻弄されながらソーセージを日本に伝えたドイツ人の物語です。』

テレビ朝日 「食彩の王国」 
2007年5月19日(土曜日) 午前10時55分~

ソーセージに関する備忘 こちらもご覧くださいね。ご本人のご了承を得てリンクさせていただきました。ソーセージ伝来の経緯などがまとめてあります。学術的でとっても詳しいです。

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おまけ:Wurst で検索しましたら、かの有名な鉄血宰相ビスマルクの言葉にヒットしました。

Je weniger die Leute davon wissen, wie Würste und Gesetze gemacht werden, desto besser schlafen sie!

直訳:「ソーセージと法律が作られる工程を知らなければ、それだけよく眠れる」 これってどういう意味でしょう?「あまりにドロドロしていてグロテスクなので、見ると興ざめしてしまう。見なければありがたく思えるのに」ってことかしら?要するに、ソーセージも法律も、作られる工程は見ないに越したことはない!ってことかいな。

 ソーセージの話題からそれてしまうので、また後日改めて書きたいと思うのですが、ビスマルク語録って名言の宝庫ですね。彼の言葉を集めたサイトを複数見つけてしまいました。有名なものもありますが、知られていない言葉の中にも「うまいっ!」と言いたくなっちゃう名言が。

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2007年3月20日 (火)

香川県立文書館企画展示「写真に見るロシア・ドイツ兵俘虜」

いつも大変お世話になっている おそるべきアマチュア様からコメントをいただきました。目立つよう、記事にしますね。香川県・・・行ってみたいなぁ。修学旅行で九州や中国地方へは行きましたが、まだ四国には行ったことがないのです。

「写真に見るロシア・ドイツ兵俘虜」

以下、HP より引用

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香川県立文書館企画展示
  「写真に見るロシア・ドイツ兵俘虜(ふりょ)」の開催について                           

1.趣旨      

今年が、香川県内に、日露戦争におけるロシア兵俘虜が収容されていた時から100年が経過し、また、第一次世界大戦におけるドイツ兵俘虜が収容されていた時から90年目にあたります。そこで、俘虜(=捕虜)の生活の様子を中心に、国際法による人道的処遇や地域住民との友好的な接触・交流について、写真などから紹介します。

2.期間     平成19年3月20日(火)~5月27日(日)
           休館日:月曜日、祝日

3.開館時間  9:00~17:00


4.場所     香川県立文書館展示室(香川インテリジェントパーク内)

5.入館料    無料

6.主催     香川県立文書館     

7.展示資料点数 写真パネルを中心に約100点

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2007年3月12日 (月)

NHKアーカイブ「俘虜たちのシンフォニ~」を観ました

昨夜、NHKの再放送「俘虜たちのシンフォニー」を観ました。夜遅かったので、最初は録画するつもりでした。でも番組が始まりましたら、ついつい夢中に。それからお風呂に入ったり、翌日の準備をしたりで結局寝たのはまた1時。眠い・・・

とてもいい番組でした。ゆっくり感想を書きたいところなのですが、これから所用で出なくてはなりません。簡単ですみません。

P3120034様々なエピソードが紹介されていたのですが、中でもクルト・マイスナー氏が収容所内で開いていたという日本語教室が感動的でした。手作りの教科書に達筆で日本語が記入されています。言葉はコミュニケーションの基本ですもんね。心と心ですべて分かり合える、というのはやはり理想論。クルト・マイスナー氏は日本語が流暢だったとのこと。こうして手作りの教科書でほかの俘虜たちに日本語を教えていたんですね。外国語が好きな私はこのエピソードを聞き、素直に感動いたしました。

鳴門の土地柄にも触れられていて、あらためて感心して観ました。見たこともない異国の俘虜たちを温かく迎え入れる懐の深さ。できそうでできないことですよね。ろこちゃんさん、素敵なところにお住まいで羨ましいです~~~

では、これから顔を作って(すっぴんじゃ出られない~!)着替えて行ってきま~す。げげっ 愛犬ありちゅんが雰囲気を察して隠れてしまった・・・。こうなると捕まえるのが大変。ケージに入れなきゃいけないんだけど。あたふた・・・

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2007年3月 8日 (木)

NHK 「俘虜たちのシンフォニ~ 鳴門市・板東俘虜収容所」

いつも大変お世話になっている なすびさん が教えてくださいました。今週の日曜の夜、表題の番組が放映されると。

NHK ETV特集 「俘虜たちのシンフォニ~ 鳴門市・板東俘虜収容所」
(1994年に放送したものだそうです。45分。)

放映日:2007年3月11日(日) 23:10~

NHK HP 番組紹介より引用
『第一次世界大戦中、日本は当時ドイツ領だった中国・青島を攻め落とし多数のドイツ兵が捕虜として日本各地に送られてきました。当時徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所には約1000人が送られてきました。この収容所が他と大きく違うところは、捕虜たちへの人道的配慮により、2年10ヶ月にわたり収容所内はもちろん塀の外でも地元民との温かい交流を続けていたことです。
特に音楽活動は盛んで、1918年6月1日に日本で初めてベートーベンの「第九交響曲」の全楽章が収容所内の捕虜たちによって演奏されました。番組では収容所とドイツ兵との交流、そして戦後、ドイツ兵たちが残していった様々な技術や文化が地元の人たちに根付き、今も交流を深めている様子を紹介します。』

なすびさん、いつもご親切にありがとうございます。お礼と言ってはナンですが、ソ~セ~ジをどうぞ♪ビールと合いまっせ。
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2007年2月 6日 (火)

Berliner (ベルリーナ) その2

カーニバルが近いということで、またまたベルリーナ(←過去ログです)についてちらっと書かせてください。カーニバルの頃、ベルリーナを食べることが多いそうです。そういえばこの時期、チョコレートや砂糖でお化粧した(落書きした)ベルリーナを見かけた記憶があります。

カーニバルが盛んな地域では、カーニバルの土曜日をSchmalzsamstag (あえて直訳しますと「脂の土曜日」Schmalz はラードやヘットなどの脂です)と呼び、この日にFasnachtkrapfen(=ベルリーナ。カーニバルが盛んな南部では、ベルリーナとは呼ばないそうです。詳しくは上の過去ログをご覧くださいませ。地域によって名前が異なります。)を揚げる習慣があるのだとか。でもって翌日の日曜日に食べるのだそうです。

急いで書いたので、支離滅裂ですみません。カーニバルのことは、後でもう少しきちんと調べてUPしようと思います・・・。

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ところでベルリーナ in Narashino。下の記事を「おそるべきアマチュア様」にご紹介いただきました↓ 「捕虜収容所直伝スイーツ」という名前がgut。広まるといいですね♪

捕虜収容所直伝スイーツ「習志野ベルリーナー」

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2007年1月20日 (土)

「Die Baracke」ドイツ語版CD-ROM

いつもお世話になっている方に教えていただきました。第一次大戦当時、板東俘虜収容所内でドイツ人の捕虜たちによって発行されていた新聞 「Die Baracke」のCD-ROM(ドイツ語版)が鳴門市ドイツ館で発売されると。「わ~い♪ 欲しいな~」と思い、さっそく注文いたしました。そうしましたら今日、ポストに・・・

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わ~い♪ もう着いた~ 郵便小為替3000円分と、送料として切手180円分を送ると購入できますが、ご興味のある方は事前に鳴門市ドイツ館にメールかお電話でお問い合わせなさったほうが確実だと思います。上にリンクした「鳴門ドイツ館」を部分をクリックしていただくと、ドイツ館のHPに飛びます。下のほうにメアドが書かれております。

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さてさて気になる中身ですが、すべてドイツ語で、PDFファイルに収められております。BandⅠ(1917年10月~)からBandⅣ(~1919年9月)が1枚のCD-ROMに。冒頭部分しか実はまだ拝見していないのですが、挿絵などがそのまま載っていてカワイイ。捕虜の手によるセンスあるイラストで、どことなく大正ロマン。なお、本文は活字体に直してありますので、読むのも楽チンです。

これだけ膨大なデータを整理して活字に直すだけでも大変な作業だったと思います。さらに関係者の方々はこれを翻訳し、分析し、調査・研究なさっているわけですよね。相当な時間と労力を要する作業だったとお察しいたします。そういった方々のご努力や、故郷から遠く離れた極東で慣れない生活を送りながらも好奇心を失うことなく貴重な資料を残してくれた捕虜の方々に感謝しつつ読ませていただこうと思います。

ろこちゃんさん、いつも貴重な情報を寄せてくださり、ありがとうございます。

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2007年1月11日 (木)

板東の収容所で作られたというウワサの Thüringer Kartoffelklöße (テュ~リンゲン地方のジャガイモ団子)

先日、習志野俘虜収容所のお献立を久しぶりにUPさせていただきましたら、ろこちゃんさんから大変面白~いコメントをいただきました。詳しくはコチラをご覧ください。

で、捕虜の人たちは収穫したジャガイモで「チューリンゲン地方の団子」を食べたという記録が残っているそうなんです。

Thüringer Kartoffelklöße「テューリンゲン地方のジャガイモ団子」。

ご存じの方も多いと思いますが、ドイツ人はジャガイモが好きです。でもって、付け合せのジャガイモ料理もたくさん種類があります。知り合いのお父様はテューリンゲン地方出身でして、イースターにお邪魔した際、お父様手作りのお団子を出していただきました。それがもー デカいのなんの。作るのが大変なんだそうで(手間がかかる)、「そうしょっちゅうは作れないんだよー特別だからね~」と、かなりもったいぶって出していただきました。そのお父さんの団子はとにかくデカかった・・・

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中にバターで焼いたパン(クルトン)が入ってます♪

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ソースと一緒にいただきます。もちもちしていた記憶が・・・(美味でございますぅ~と言うほどではないような。)

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ご参考までに作り方を紹介させてくださいね。ドイツ郷土料理の本に載っていたレシピです。

<テューリンゲン地方のジャガイモ団子>

●材料

ジャガイモ(生)1.5キロ
前日に茹でておいたジャガイモ 500グラム
牛乳 250cc
塩 大さじ1
前日のゼンメル(=ブレートヒェン、丸いパンのことです)
バター 大さじ1

●作り方

1 生のジャガイモの皮をむき、下ろし金ですりおろす。下ろしたジャガイモは水にさらす。

2 1のジャガイモを麻布で包み、よく絞る。絞った汁も捨てずにしばらく置き、デンプンが沈殿したら上ずみを捨てる。

3 前日に茹でておいたジャガイモをすりつぶし、加熱した牛乳を注いでよく混ぜる。

4 2の水分を絞ったジャガイモ、上澄みを捨てたデンプン、3のジャガイモを合わせて塩を加え、よく練る。

5 ゼンメル(パン)をさいの目に切り、バターでこんがり焼く。

6 4の種を丸め、途中で中に5のパンを数個入れ、成形する。

7 大きな鍋に水を入れて沸騰させ、6の種を静かに入れて とろ火で静かに茹でる。加熱時間は15~20分。

8 茹で上がったら水分を切り、出来上がり♪ Guten Appetit!

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2007年1月10日 (水)

習志野俘虜収容所 ある日のお献立 (その5)

この記事は昨年9月に書いていたのですが、もう少し調べよ~と思っているうちに、ついつい塩漬けにしてしまいました。以前UPしたお献立の記事の「ケーニヒスベルガー・クロプセ」を作ってくださった方がコメントしてくださいました。それについつい気をよくした私。「おお、そうだ、書きかけの記事があった!」と思い出し、UPさせていただきました。長く本場のドイツ料理を食べていない私がエラそうに書くのもおこがましいのですが。

<初めてoder 最近このブログに来てくださいました方へ>
昨年、ドイツ兵の捕虜収容所を舞台にした映画にかかわる機会がありました。このブログでそれについて触れましたところ、この分野に大変お詳しい方が、当時 千葉県の習志野にあった習志野俘虜収容所のメニューをご好意で送ってくださいました。私は全くの素人なのですが、食いしん坊というだけで、記事を書かせていただきました。詳しくはコチラを。下のほう(古い記事)にいろいろと書かせていただいております。

1月9日(水曜日)
Tomatensuppe
Leberknödel mit Bayrisch Kraut
Pellkartoffeln

<Tomatensuppe (トマトスープ)>
トマトの水煮か何かを使ったスープでしょうか。何となく想像つきますよね。でも第一次大戦当時、トマトって日本で一般的だったのかしら・・・

・・・そう思い、ケチャップで有名なカ●メのHPを覗いたら、ありました。
トマトの歴史
明治時代には栽培が始まったものの、当時はイマイチ評判がよくなかったみたいですね。あの青臭い臭いがダメだというのはよく聞きました。このサイトによりますと、1903年にはトマトソース(今のトマトピューレ)が、1905年にはトマトケチャップとウスターソースが製造開始された、とありますから第一次大戦当時は入手可能だったでしょうね。もしかしてカ●メのトマトピューレを使ったのかしら・・・(すみません、私の勝手な想像です。根拠はありません)

P1090033<Leberknödel mit Bayrisch Kraut(レーバークネーデル、バイリッシュ・クラウト添え>
レーバークネーデルは、レバーの入ったお団子。バイエルンやプファルツ、チロル地方で有名だそうです。ドイツ料理屋さんの定番メニューですよね。右の写真は一例です。レシピを幾つか見てみたのですが、これが一番シンプルでした。主な材料は牛のレバー。これを牛乳に浸したパン、タマネギ、塩コショウと一緒に肉挽き器などで挽き、つなぎに玉子を入れて丸めます。この団子を煮立てたコンソメに落とし、火を通して出来上がり。後日、くわしいレシピをUPさせていただきますね。収容所で出されていたクネーデルがこれと似ていたかどうか私には分からないのですが(トマトスープのあとに再び汁物が出るはずないですよね)、イメージということでご了承くださいませ。添え物もあったし、油で揚げるタイプだったのかも。

バイリッシュ・クラウトは前にも書かせていただきました。極細の千切りにしたWeisskohl(キャベツ。向こうのWeisskohl は日本のキャベツより肉厚だと思います)をベーコンやタマネギと共にラードでいため、砂糖・酢・塩を加えてブイヨンで蒸し煮にしたもの。Sauerkraut(ザウアークラウト)にも似ていますね。でも、塩漬けされていないキャベツを使うようです。

<Pellkartoffeln(皮付き塩茹でジャガイモ)>
Wikipedia (写真です) によると、小ぶり~中くらいの大きさのジャガイモを皮付きのまま茹でたものを指すようです。皮をむかずに茹でることから、栄養分や味が損なわれないんだそうです。にゃるほど。その際、煮崩れしにくい、固めの品種(日本でいうとメークイーンかしら)を使うのがポイントとか。ちなみに、普通の Salzkartoffeln (塩茹でジャガイモ)はコチラ

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2006年11月13日 (月)

習志野ベルリーナ (権兵衛さま撮影♪)

いつも当ブログにお越しいただき、味わい深いコメントをお寄せくださる権兵衛さまが、習志野ベルリーナーをお店で撮影してきてくださいました。

じゃじゃーん!これが写真です。

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とっても美味しそう・・・一番上が、ラズベリージャム入り、二番目がつぶつぶピーナツクリーム入り(+シナモンシュガー)、三番目がチョリソー入り(生地にフライドオニオン入り)だそうです。もしかして、本家のお味より日本人の口に合うかも・・・ 広まって名物になるといいですね♪

権兵衛さま、ご親切にありがとうございました。バッチリ届いておりました^^

★今日、初めて当ブログに遊びに来てくださいました方

ご来訪ありがとうございます。「習志野ベルリーナー」、語り始めると長くなってしまうのですが(笑)、千葉県の習志野にかつてあった独軍俘虜収容所で、ドイツ軍俘虜(捕虜)たちが作って食べていたという、ドイツの揚げパンです。ドイツにいらした方はお詳しいと思いますが、Berliner Pfannkuchen のことです。詳しくは、カテゴリーの「俘虜収容所」をご覧いただければと思います^^ ありがとうございます。

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2006年10月10日 (火)

習志野ベルリーナー

Berliner_1 先日、「おそるべきアマチュア」様から情報をいただき、早速ニュースを見ました。昨夜のNHK首都圏ニュースです。

今日、初めてこのブログに来てくださった方・・・ご来訪ありがとうございます。よろしければ、コチラとかこちら♪とかコチラ(これはカテゴリー全体ですので、下から見てくださったほうが分かりやすいです)を見てくださいますと、これまでの流れが分かりやすくなります・・・

ベルリーナについては、こちらを・・・。

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当時の習志野俘虜収容所。こんなのどかな環境にあったんですね。

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俘虜の方々。

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ぐびぐびいってます。収容所内で醸造されたのかしら・・・?

ニュースでは、習志野のパン屋さんが苦労して「習志野らしいベルリーナー」を開発し、町おこしに役立てようと、皆さんで力を合わせて努力なさっている様子が報道されていました。この「習志野ベルリーナー」、広まるといいですね!

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おまけ:古い写真で恐縮です。フランクフルトのパン屋さんのショーウィンドーを写した写真です。中央にベルリーナが見えますね。クリックして拡大していただくと、商品名が何とか読めます。フランクフルトでは、「Berliner Pfannkuchen」とは呼ばず、Kreppel として売られているのを確認!(詳しくは、上にリンクさせていただいたベルリ~ナの記事をご覧くださいまし。地方によって呼び名が変わるのです。)

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2006年10月 7日 (土)

習志野収容所とベルリーナ

いつもお世話になっている おそるべきアマチュア様 から教えていただきました。第一次大戦中、中国の青島から連れてこられ、習志野俘虜収容所に収容されたドイツ兵たちが食べていたベルリ~ナに関するニュースが放映されるそうです。
10月10日(火)18時10分~ NHK「首都圏ネットワーク」

コチラ (番組案内)

首都圏にお住まいの方、ご覧になってみてくださいね♪ 首都圏以外の地域にお住まいの方には、地方限定のお話ですみません・・・

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2006年9月18日 (月)

習志野俘虜収容所 ある日のお献立(その4)

久しぶりに習志野収容所の当時の献立表を眺めておりました。そしたら「げげっ」と驚くことが。先日、ザリガニっぽいエビという記事でご紹介いたしました、Leipziger Allerlei という料理が献立表に載っているじゃないですか!これ、メジャ~なお料理だったんですね。ビックリです。このザリガニの代わりに何を入れたんでしょう?車エビかな?ボタンエビかな?甘エビかな?おっと、おすし屋さんと間違えた。今日、初めて当ブログに来てくださいました方、よろしければこちら♪の下のほうをご覧くださいまし。

私ったら新しく「俘虜収容所」というカテゴリーを作っちゃったりなんかして・・・

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Sonntag 8.12.

Suppe
Roastbeef
Leipziger Allerlei
Kuchen
Kartoffeln
Aufschnitt

12月8日 日曜日:

スープ(これだけでは、何のスープか分かりませんね。残念!私が好きだったLinsensuppe(レンズ豆のスープ)だったりして・・・。

ローストビーフ(すごいっ!豪勢です。)

ライプツィガー・アラーライ:Allerlei は辞書では「混合物」「ごたごた」という訳が載っていました。Leipziger Allerlei も小学館の独和に載っています。「エンドウ、アスパラガス、ニンジンなどの入ったライプツィヒ風の野菜煮込み料理」。
キッチン辞典ですと:Mischgemüse aus Spargel, jungen Erbsen, Karotten und Lorcheln.  Statt Spargel wird heute oft auch Blumenkohl beigefügt. (アスパラ、グリンピース、ニンジン、Lorchel(キノコの一種)で作られた野菜料理。今日ではアスパラガスの代わりに しばしばカリフラワーを使う。)レシピを見ますと、塩茹でしてエビの香りを移したバターであえただけみたいなんですが・・・。美味かどうかは不明です。12月のメニューですから、新鮮なグリンピースは手に入らないはず。瓶詰めを使ったんでしょう。案外、瓶詰めも収容所内で作られたものだったりして・・・。

ケーキ(これだけでは、何のケーキか分からず残念。私の好きなSachertorte(ザッハートルテ)だったりして・・・。もちろん、mit Sahne (ミット・ザーネ:生クリームつき)でね! Schwarzwälder Kirschtorte(シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ)でもオッケ~よ♪・・・って、ありえないか。Torte と書いてあるわけじゃないので、どちらかというと Apfelkuchen (アプフェルクーヘン)みたいな焼き菓子かしらん。)

ジャガイモ(調理方法は不明です。できればバターとミルクたっぷりのマッシュポテトがいいなぁ・・・。だけどケーキの後にジャガイモ?きっと順不同なんですね(汗))

アウフシュニット(薄切りのハムやソーセージの盛り合わせのことです。豪勢ですね。日曜日だからかな?)

Leipziger_allerlei_3
先日のとは別の料理本にも載っていました。これは庶民的な郷土料理の本なので、先日載せた写真の料理よりシンプル。オリジナルのレシピにはFlusskrebs(ザリガニ)ちゃんが入っているのですが、検索してみると、入っていないバージョンも見かけました。なお、このお皿は中華皿にも見えますが、たぶん Meißen でしょう。茶色いシワシワのキノコ、毒キノコみたい。

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2006年9月11日 (月)

「青島から来た兵士たち」

9月11日 追加です:
先ほど、この本を執筆なさった高知大学教授の瀬戸先生からメールをいただきました。ブログに来られる皆様によろしくお伝えください、とのことです。丁寧なメッセージをいただき、恐縮してしまいました。

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前から読もう、読もうと思いながらなかなか時間がなかったのですが、予定がぽっかり空いてくれたお陰で読むことができました♪ 

「青島(チンタオ)から来た兵士たち」 高知大学人文学部教授 瀬戸武彦氏 著、同学社

ドイツによる青島占領の経緯(1898年 独清条約締結により、青島および膠州湾一帯を99ヵ年租借することに。)、当時2000名ほどの住民が細々と暮らす小さな村だった青島にドイツが総督府を設立し、鉄道、病院、兵営、港湾、教会、ホテルなどを建設して「要塞都市」にまで拡大した経緯(青島麦酒会社や屠畜場もあったそうな。)、日独戦争の詳細、日本の俘虜収容所へ俘虜が連れてこられた経緯などが分かりやすく解説されています。軍事関係に疎い私でも無理なく理解することができました。

後半の「俘虜群像」の章では、日本に影響を与えた俘虜たち47名が載っています。「へぇ~ この人もそうだったんだー」と思う人も多く、目からウロコが落ちました。

「二つのサッカー国際試合」という箇所はとても興味深いものでした。俘虜チーム対地元の生徒たちのチームで1919年に広島と名古屋で行われた日本初の「サッカー国際親善試合」。当時の新聞記事や写真と共に、ほほえましいエピソードが紹介されています。私が一番感動したのは、クライバーという俘虜が帰国して作ったサッカークラブが現在も存続しており、浦和レッズのブーフヴァルト監督もそのチーム出身だということ。ね、感動するでしょ。

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慣れない異国の地で囚われの身となった俘虜たちの心労たるや、相当なものだったと思います。だけど彼らはそんな状況下でも腐ることなく、前向きに頑張っていたんだなぁ~と改めて思った次第です。日独交流の原点が、こういったところにもあったんですね。

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2006年8月28日 (月)

習志野収容所にカレーが・・・

「ドイツ兵士の見たニッポン」に、当時のお食事のメニュ~が載っておりました。その中身についてブログ上で書くことを著者のおそるべきアマチュア様が快く承諾してくださいまして、これまで幾つか載せさせていただきました・・・

・・・で、「ん?」と思ってしまったメニューがあります。ほとんどの献立が伝統的なドイツ料理なのに、Curry mit Reis の日があるのです~。これって「カレーライス」???

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今でこそドイツ人は本場のインド料理も食べますが、20世紀初頭にカレーライスを食べていたのかなぁ? ドイツにいた頃、わざわざ「ハ●スのバーモントカレー」を送ってもらい、日本風のカレーライスを大鍋に作ってドイツの方々にご馳走したことがありました。「ドイツ人カンゲキ!(古っ)」って反応が返ってくるかなーと期待していたら、「なんでライスとジャガイモが一緒になるの?(主食が重なるのはヘンだ、という発想みたいです)」「ありえなーい、これ辛すぎー」「・・・・・(だんまり)」と、反応はイマイチでした。ホームステイした田舎のお宅だったからかもしれません。各国の料理に慣れた都会のドイツ人だったらカンゲキしてもらえたかも。

もちろん、Currywurst(カリーヴルスト)とか、カレー味のスープなど、ドイツでもカレー味は人気があるのですが、私たちが食べるような「カレーライス」は、ドイツでは見なかったような気がします。インド料理屋さんに行けば、インド風カレーに Langkornreis(インディカ米)を添えた料理は食べられますが・・・

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前置きが長くなってしまったのですが、習志野収容所の俘虜の方々が食べたカレーってどんなだったのでしょ?そもそも、第一次大戦の頃の日本にカレーライスが存在したのでしょうか?素朴な疑問と好奇心がムクムク・・・

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ウィキペディア「海軍カレー」の項目より:

日露戦争当時、主に農家出身の兵士たちに白米を食べさせることとなった帝国海軍・横須賀鎮守府が、調理が手軽で肉と野菜の両方がとれるバランスのよい食事としてカレーライスを採用、海軍当局は1908年発行の海軍割烹術参考書に掲載し、その普及につとめた。肉は主に牛肉、太平洋戦争時には食糧事情の変化で豚肉も使われた。その後、復員した兵士がこれを広めたため、カレーライスは全国に広がった。

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げげっ! カレーライスの普及に軍隊が貢献していたとは・・・。知りませんでした。日露戦争当時、とありますから 当然第一次大戦の頃にはカレーライスが存在していたことになりますよね。ってことは、ドイツ軍の俘虜たちもカレーライスを食べて、カンゲキ!していたのでしょうか・・・ お詳しい方がいらっしゃいましたら、お教えくださいまし。 

そうだ、今夜はカレ~にしよう!

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2006年8月18日 (金)

習志野俘虜収容所 ある日のお献立 (その3)

拙宅へ遊びに来てくださった方々へ

いつも来てくださる方々、初めて来てくださった方々、ありがとうございます。貴重なお時間を割いて読んでくださり、感謝いたします。

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習志野俘虜収容所のお献立 その3でございま~す。今日、始めて当ブログにいらしてくださいました方、もしよろしければをコチラこっち♪、そしてこちら♪♪をご覧になってみてくださいね。

Freitag (金曜日):

Goulasch mit Nudeln
Gefüllter Kohl   Kartoffeln

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Gulasch Goulasch mit Nudeln :グーラッシュ、パスタ添え

Goulasch(グーラッシュ)は Gulasch とも書き、もともとはハンガリーの料理だそうです。ドイツでは有名ですよね。ドイツに行かれた方なら、一度は口にされたのでは。Mensa(大学食堂)や、町のレストランの定番メニューかも。ウィキペディアで調べたところ、一口にグーラッシュと言っても、バリエーションは実に様々とか。でも、必ず入っているのが、パプリカ(ピーマンでなく、いわゆる香辛料のパプリカ)。パプリカをはじめ、様々な香辛料を利かせたビーフシチューに近い味だと思います。鍋に材料ぶちこんで、ひたすら煮ればできあがり。簡単なので、軍隊でも遠征地でよく作られたとのこと。

パスタ:これだけでは、どんな種類のパスタか分からないのが残念。スパゲッティかなぁ?案外、うどんだったりして・・・。それともシュヴァーベン名物シュペッツレ? 収容所ではパンを作っていたくらいですから、麺を打つのはKinderspiel(朝飯前)だったでしょうね。彼ら、力もありそうだし。

(15時:訂正 シュペッツレはバイエルンじゃなくて、シュヴァーベン名物でした~ すみません。樅の木さんのコメントを拝読して、「げっ しまった!」と思い出しました。バイエルンやチロル地方などでも食べるそうですが、おおもとはシュヴァーベンでした。)

Gefüllter Kohl (詰め物をしたキャベツ):Gefuellter_weisskohl

これだけじゃ、どんな物が中に入っていたのか、どういう風に詰めたのか分からないのが残念。いわゆる「ロールキャベツ」はKohlrouladen と言うはずですので、たぶん違いそう。検索したところ、ゆでたキャベツで挽き肉を包んだものが出てきました(ロールキャベツとちょっとだけ見た目が違う)。このことかな?

Kartoffeln (ジャガイモ):

これも調理法は分からず、残念。ゆでジャガイモかな?

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すごい・・・金曜日もご馳走でした。私が知っているドイツ人の老夫婦は、敬虔なクリスチャンであるため、「金曜日は魚」と決めていました。実際、魚屋さんは金曜は大忙し、ということも聞いたことがあります。収容所では、特に金曜に魚を出すことはしなかったのかしら? あれ? この日はデザートなし。俘虜たち、ちょっとガッカリしたかも。

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2006年8月14日 (月)

N響アワー「鳴門市・ベートーベン“第9”日本初演の地をたずねて

P8130034 昨夜、NHK3チャンネルで、午後9時から表題の番組が放映されました。と、と、ところが!!!まぬけな私はお盆気分でぼーーーーっとして気づかなかったのです。「テレビでもつけてみちゃおうかなぁ~」と、のんきにスイッチを入れたとたん、ろこちゃん様が勤めていらした鳴門市のドイツ館の写真が・・・・! あーしまった!もっと早くに気づいていれば・・・・!!!

P8130036 あわててカメラを取り出し、撮影してしまいました。家族には「なんでテレビの写真なんか?」とバカにされつつ。慌てて撮ったため、斜めになってしまいました。カメラに気を取られ、録画も失敗。私ったらバカ丸出し。

P8130037 再放送されることを期待しつつ・・・。NHKさん、お願いです。再放送してください。

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2006年8月 4日 (金)

Königsberger Klopse (ケーニヒスベルガー・クロプセ)

先日、習志野俘虜収容所のお献立 その2でご紹介しました、ケーニヒスベルガー・クロプセのレシピを載せさせていただきました。もしよろしければ、作ってみてくださいね。私も大昔、一度試してみたことがあります。Klopse(クロプセ)は肉団子のことだそうです。写真は別のレシピを写したものなので、ディルか何かが入ってます・・・応用編でしょうね。

P8040027

材料:
仔牛のひき肉 500グラム
もしくは:赤身の牛・豚 合い挽き
ブレートヒェン 1個(食パンで代用可だと思います)
牛乳 1カップ
アンチョビ 6枚
小さなタマネギ 1個
パン粉 大さじ 1/2
玉子 1個
塩、コショウ、溶かしバター 適量
おろしたレモンの皮
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ブイヨン 750cc
ローリエ(月桂樹) 1/2枚
コショウ 2粒(!)
パン粉 大さじ3
玉子の黄身 2個分
生クリーム、レモン汁、ケイパー 好みの量
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<作り方>
ブレートヒェン(パン)を牛乳にひたし、細かくほぐし、軽くしぼる。
パンと挽き肉、みじん切りにしたタマネギ、同じくみじん切りにしたアンチョビ、パン粉、玉子、バター、レモンの皮をよく混ぜ合わせ、塩コショウする。

ブイヨンにローリエとコショウ2粒を加え、煮立てる。丸めた肉の種を静かに落とし、8~10分ほど煮る。火が通ったら、お玉で取り出し、さめないよう保温しておく。

肉団子を取り出したスープを一度 漉し、パン粉と玉子の黄身を加えて濃度をつけ、レモン汁、ケイパー、生クリームで味を調える。

P7250006_1 (→郷土料理の本によりますと、古いレシピには、ケイパーも生クリームも加えていなかったそうです。)

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2006年7月31日 (月)

習志野俘虜収容所 ある日のお献立 (その2)

ある日のお献立 第2弾でございます~(^^)(初めてこのブログを見てくださった方・・・ありがとうございます。コチラ♪とかコチラ♪♪を見ていただくと、分かりやすいかもしれません。もしご興味がありましたら・・・・)

Dienstag :
Tomatensuppe
Königsberger Klopse mit Capernsauce
Salzkartoffeln
  Pfannkuchen mit Kopfsalat

<火曜日>
トマトスープ
ケーニヒスベルガー・クロプセ ケイパーソース
こふき芋

  プファンクーヘンとサラダ菜

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レシピは後日ご紹介させてくださいね。どんな感じだったか、ちょろっと書かせてください。

トマトスープ:これは想像しやすいですよね。たぶん、トマトジュースか生のトマトで作ったスープだと思います。

ケーニヒスベルガー・クロプセ ケイパーソース
P7310020_1 すっげーーー! これは私もドイツ人のお宅でご馳走になり、「んまーい!」と思い、家で再現してみたことがあります。元は東プロイセンの郷土料理だったとか。牛と豚の合い挽き肉にパン粉・タマネギのみじん切り・塩漬けしたニシンかアンチョビを加えてミートボールをつくり、ハーブと共にスープで煮ます。漉した煮汁に生クリームと玉子、ケイパーを加え、レモン汁で味を調えて出来上がり。酢漬けのケイパーが入っているので、独特の酸っぱい香りがします。Capernsauce は Kapernsoße とも書きます。肉の臭みを消す働きもしたんでしょうね。

こふき芋は簡単。

プファンクーヘンとサラダ菜:これはベルリーナのことなのか、それとも先日UPしたライベクーヘン(ジャガイモのお焼き)なのか、これだけでは分かりません。サラダ菜が添えられているから、おそらく後者でしょうね。これだけ行を空け、1段下げて記載されていたので、別メニューだったのかも。

あれ?この日はNachtisch(デザート)はナシ?兵士たち、ちょっとガッカリしたかも。

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ケイパー:フウチョウボク(風鳥木)とかいう植物のつぼみを酢漬けにしたものだそうです。瓶詰めで売ってますよね。酸っぱいやつ。これを入れると独特の香りがします。当時も瓶詰めで輸入したものを使ったんでしょうか。日本製があるとは思えないし・・・。

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では、これからストップウォッチでハコを一つ一つ計ります・・・。涼しいので助かるにゃ~

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2006年7月26日 (水)

Zwieback (ツヴィーバック、ラスク)

ろこちゃん様からいただいたコメントで、また「おおっ」ということを発見いたしました。板東俘虜収容所で発行されていた新聞「Die Baracke」に出ていたそうですが、スペイン風邪が猛威を振るった際、菓子職人が病人のためにラスクを焼いていたとのこと。

ラスク? もしかして、ツヴィーバック???な、な、懐かしい・・・Zwieback

そこで思い出しました。ドイツの方々は風邪や熱で食欲がなくなると、ツヴィーバックを食べる習慣があると聞いたことを。以前、私が「お腹の調子が悪くて何も食べられない~」と言ったところ、「じゃ、私のロッカーにツヴィーバックがあるから、それを食べたら?」と、ドイツ人の同僚が勧めてくれたんです。具合が悪いときに パサパサのラスクはちょっと・・・と思ったのですが、申し訳ないのでいただきました。それは おやつ用のゴージャス版で、ココナッツとチョコが入っていました。元気だったら美味しくいただいたと思うのですが、調子が悪いときは・・・うぷっ。

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このツヴィーバックのことは20年くらい忘れておりました。早速 検索してみたところ・・・やっぱりウィキペディアにありました。

Zwieback というのは、2回(zwei)焼く(backen)ことから、そう呼ばれるようになったとか。本来は保存性をよくするという目的で、パンを二度焼きしてカリカリにしていたそうです。消化がいいということで、子供のおやつや病人食としても利用されるようになったとか。

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祖国を遠く離れ、囚われの身となった俘虜たち。異国の地で病気になるほど心細いことはないですよね。ツヴィーバックを食べては母親を思い出し、祖国に思いを馳せていたのでしょうか。ろこちゃん様、ありがとうございます。

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2006年7月25日 (火)

Berliner (ベルリ~ナ)

「ドイツ兵士の見たニッポン」によりますと、収容所の俘虜たちはベルリーナを食べていたようです。ゴージャス!揚げパンにジャムを絞り入れたベルリーナを実際に召し上がった方も多いと思います。軽いので、何個でもいけちゃう。ミス●ードーナツでもソックリなのが売っていますよね。あれです、あれ。

で、ウィキペディアでベルリーナを検索したところ、く、く、詳しい・・・

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Berliner 基本形:丸めたイースト生地を油で揚げ、中にイチゴジャムを絞りいれたもの。最後に粉砂糖をふるか、もしくは砂糖衣をかける。

変化形:プラムのジャム、チョコレート、モカクリームなど。

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起源:Wiki によると、ベルリーナは1756年ごろ、ベルリンの菓子職人が考案したという伝説があるそうです。砲手としてフリードリヒ大王に仕えるつもりが、兵士としては てんで役に立たなかったとか。それでも菓子職人の腕を買われてか、戦地でパンを焼く係として部隊に残ることを許されたそうです。彼はイースト生地を大砲の弾の形に丸めました。ところが戦地でオーブンがなかったため、普通のパンのようには焼けません。苦肉の策として、フライパンに油を入れ、揚げて作ったとか。

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このベルリーナは、大晦日やカーニバルで食べることが多く、地方によって呼び名が違うとのこと。

●ベルリン、ドイツ東部(フォアポンメルン~テューリンゲンまで):Pfannkuchen (プファンクーヘン)
●ドイツ北部(メクレンブルク~シュレスヴィヒ・ホルシュタイン、ニーダーザクセン、ヴェストファーレン、ラインラント)、プファルツ地方、バーデン・ヴュルテンベルク、スイスのドイツ語圏:Berliner (ベルリーナ)
●ドイツ南部(バイエルン、ヘッセン、バーデン・ヴュルテンベルク、テューリンゲン、オーストリア):
Krapfen もしくは Kreppel (クラップフェン もしくは クレッペル)
●ルール地方:
Berliner Ballen(ベルリーナ・バレン)

面白いことに、ベルリンでは Berliner と言わないんですね。これって樅の木さんがブログで書いていらっしゃる「ウィーンでは、ヴィーナーシュニッツェルって言わんのとちゃうか~」のお話と同じですよね。

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余談ですが、ケネディの有名な演説「Ich bin ein Berliner」(彼は、「私はベルリンっ子だ」と言いたかった)が、実は「私は1コのベルリーナだ」を意味するっていうのは有名ですよね。人の場合、ein は使わないので・・・。

さらに余談です。日本人が多く住むデュッセルドルフには、アンパンを売っているお店がありました。好評だったため、そのお店はアンドーナツも売り始めたのですが、それを私たちは「アン入りベルリーナ」と呼んでいました。似てるでしょ。

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Schweinebraten (シュヴァイネ・ブラ~テン)西独版

P7250006 先日、ある日の収容所でのお献立をご紹介しました。そのときは時間がなかったので、レシピは後回しにしてしまいました。ご参考までに今日、載せさせていただきますね。参考にした本はドイツの郷土料理を地方別に説明した旧西独のレシピ本 So kocht Deutschland。西独の本とはいえ、シュレジエンや東プロイセンなど、旧ドイツ帝国時代の領地の料理まで載っています。

<Schweinebraten(シュヴァイネ・ブラーテン)>(「ローストポーク、バイエルン風」←私の勝手な訳です)

材料:
豚の肩肉もしくはモモ肉、皮付き 1~1.5キロ
塩、コショウ
バターもしくはラード 大さじ1
ブーケガルニ(パセリ、セロリ、タマネギなどの香味野菜を束にしたもの) 1束
キャラウェーシード 小さじ1
マジョラム少々
黒ビール
(好みで)ニンニク

作り方:
豚肉は皮に格子状の切れ目を入れ、塩コショウする。好みによって、ニンニクをこすりつけ、香りをつける。

バターもしくはラードを鍋に溶かし、豚肉を入れて全面に焼き目をつける。

ブーケガルニ、キャラウェーシード、マジョラムを加え、水カップ1杯を注ぎ、200度に熱したオーブンに鍋ごと入れる。焼く時間は1時間半~2時間(!)

後半の30分は、繰り返し刷毛でビールを表面に塗り、カリっとさせる。

焼けたら肉を取り出し、そのまま10分。荒熱が取れたところでスライスする。

鍋にたまった肉汁は状態に応じて水で伸ばし(ドロドロだったら薄めるんでしょうね^^)漉してから余分な脂を取り除き、塩で味付けする。スライスした肉に添える。

Schweinebraten_3 (このレシピでは、『ソースにとろみはつけない』とありますが、別のレシピではSoßenbinder(早い話が、とろみをつけるデンプン)で濃度をつける、とありました。また、ビールを塗り塗りするだけでなく、焼き汁も回しかけながら焼く、と書いてあるレシピもありました。)

P7250008

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なーんだ、書き出してみると、以外と簡単なお料理。現代風にアレンジし、色々な香辛料やハーブを加えるレシピもあったのですが、当時のことを考えると上のレシピが近いんじゃないでしょか。ただし、1.5キロものお肉を鍋ごと突っ込めるオーブンなんて、日本の普通の家庭では なかなか置いていないですよね。私も10年くらい前、この半分くらいの量で作ったことがあります。でもね、小さかったので肉の中までパサパサになっちゃって、ただの焼き豚と化してしまいました・・・とほほ。ラーメンに入れたら よかったのかも。

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Schweinebraten(シュヴァイネ・ブラーテン) 東独版

すみません、ついでにSchweinebraten の東独版をご紹介。DDR時代に友人からいただいたレシピ本のレシピを載せちゃいます。わら半紙の本です。物不足を反映してか、どのレシピも質素・・・。

P7250010_2

P7250005_3 

<Schweinebraten>

材料:
豚肉750グラム
水 500cc

リンゴ 100グラム
タマネギ 1個
デンプン
好みでクローブ(タマネギに刺す)

作り方:
鍋で水125ccを沸かし、沸騰したら肉を入れ、塩を加える。

余分な脂を取り除きながら30分、蒸し煮。

4つに切ったリンゴと薄切りのタマネギを加え、さらに煮る。汁が焦げ付かないよう、少しずつ水を足す。

中まで火が通ったら肉を取り出す。肉汁に水250を加えて煮立て、漉す。再び火にかけ、デンプンで とろみをつける。

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う~ん、ちょっとショボいかも・・・。別にご紹介した西独のレシピも かなりシンプルなものなのですが、こっちはさらにシャビ~・・・

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2006年7月24日 (月)

俘虜収容所での食材

昨日から延々と自分の翻訳チェックでした。納品前に、ビデオを見ながら不自然な箇所はないか、とか 日本語がおかしくないか、とか 漢字の間違いや変換ミスはないか(←お得意のミス)を見るのですが、延々とやっていますと 頭がボーーーーーっとしてきます。昨夜はそれほど夜更かししなかったのですが…今度こそ、あとからミスが発覚!ということがありませんように(←毎回そう思っているのですが)。

先日、習志野俘虜収容所のお献立についての記事で「香辛料って手に入ったのかなぁ~」と書きましたところ、ろこちゃん様がコメント欄でいろいろ教えてくださいました。ありがとうございます。ろこちゃん様が快くOKしてくださいましたので、記事のほうにコピーさせていただきました。面白いです!

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香辛料は手に入っていたようです。「ディ・バラッケ」3巻と「どこにいようとそこがドイツだ」に1918年度の義援金の使途として詳細を載せているものがあります。義援金で香辛料や野菜・肉・ソーセージ・魚・牛乳・飼育用豚・・・など購入している他に「東京救援委員会の仲介による食糧調達」という項があり、

A.燻製品と脂(ベーコン、ハム、ラード、チーズ 
B.乾燥果実(梨、プラム、杏、林檎、桃) 
C.豆(グリンピース、インゲン豆) 
D.魚(サージン、鮭、塩にしん) 
E.香辛料(胡椒、肉桂、ケーパー、カレー、丁子、ローリエ、ナツメグ、ヴァニラ) 
F.その他(魚缶詰、マカロニ、コーヒー、ザウアークラウト)
G.器具(レンジ五徳、料理用手斧)と記載されています。

救援委員会というのは、当時日本に住んでいるドイツ人、オーストリア・ハンガリー人などを中心に、元の仲間を支援するために東京・横浜・神戸で設立されていました。どこの収容所にも義援金と共に俘虜たちに希望を聞いて現物などが送られていました。

ついでに、収容所での料理・・「板東」ではどうだったのかなぁともう一度「ディ・バラッケ」にざっと目を通してみました。新聞の編集者たちは料理に興味がなかったのか献立の記載はほとんどないのですが、ひとつ見つけました!「鶏がらフリカッセスープとでかいポーク・ステーキのザゥアークラウト添え」です。(フリカッセスープってどんなのでしょう?)

夏になると、仲間がアイスクリーム、フルーツアイス、レモネードを作って売っていて繁盛しているという記事もありました。

下士官以下は自分たちで食事当番をしていたので、ジャガイモの皮むき当番について、とても嫌がっています。人数が多いので朝からずっとしなければいけなかったようですし、皮が厚いと仲間の料理の責任者から注意を受けたようです。

将校たちはお金を払って将校用レストランで食べるのが普通だったようなので、きっと食事の内容も良かったと思いますよ。ドイツ人俘虜の経営するレストランの他に日本人の経営するものもありました。
これらは「板東」での話ですが、たぶんこうした待遇の決まりはどこも似たようなのではないのかなぁと思います。

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こうして拝見してみますと、豪華ですよね。香辛料も実に様々。胡椒(Pfeffer)、肉桂(Zimt)、カレー(Curry)、月桂樹(Lorbeer)、丁子(Nelke)などは日本でも問題なく入手できるでしょうが、ケーパー(Kapern)やナツメグ(Muskatnuß)、バニラ(Vanille)などは そう簡単には手に入らなさそう・・・。でも、これらはドイツ料理やお菓子に不可欠のものですよね。義援金が集まったとはいえ、調達するのも大変だったのでは。

「鶏がらフリカッセ・スープ」って何だろう?フリカッセ(Frikassee)は、私もいろいろなところでご馳走になりました。ホワイトソースで白っぽい肉(鶏肉、子羊、子牛など)を煮込んだ料理。語源はフランス語。ドイツ人の友人は、「これは鶏肉の料理だから太らないのよ」と言いつつ、脂肪分40%くらいの生クリームをドボドボ入れていました。牛や豚の料理より太りそう・・・。「フリカッセスープ」は、フリカッセに水を加えて伸ばし、スープにしたものだったりして・・・

・・・ということで ろこちゃん様、ありがとうございました(^^)

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2006年7月21日 (金)

習志野俘虜収容所 ある日のお献立 (その1)

「ドイツ兵士が見たニッポン」の著者「おそるべきアマチュア」様が快く了承してくださいましたので、当時の習志野収容所のメニューの一部を載せさせていただきました。す、す、すごい!ドイツ料理店も真っ青の豪華さ。本当かなぁ・・・?DDRのレストランみたいに、メニューは豪華だけど、いざ実際に頼むと「今日はもうおしまいです」って言われちゃったりして・・・。

詳しいレシピを載せたいのですが、時間の関係で後日。

Sonntag (日曜日):
Einlaufsuppe
Schweinebraten mit Bayrisch Kraut
Kartoffeln
Bananeneis

Hamburger Beefsteak mit Bohnensalat

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<ドイツ料理にお詳しい方は「なーんだ、知ってるよ~」と思われるでしょうが、ご存じない方のために ちょこっと解説の真似事を↓>

Einlaufsuppe(アインラウフ・ズッペ) は、「ドイツ風かき玉汁」とでも訳せばいいのでしょうか。これは、煮立てたブイヨンに、卵と小麦粉を水で溶いたものを落としたスープなので、当時も簡単に作れたでしょうね。

Schweinebraten(シュヴァイネ・ブラーテン) Schweinebraten_2 は、ドイツで最もポピュラーなお料理の一つだと思います。バイエルン料理とも言われるそうですが、全国で食べられているような気がします。南部ではSchweinsbraten(シュヴァインス・ブラーテン)と呼ぶそうです。豚の固まり肉をハーブ、香辛料とともにオーブンで焼いたもの。焼いている間、絶えず肉汁やビールを回しかけるのがコツだそうです。それにより、中はジュ~シ~、外はカリッとなるとか。焼きあがったらスライスします。オーブンのプレートにたまった肉汁はデンプンを加えてとろみをつけてソースに。収容所内でも比較的簡単に作れそうですが、ハーブとか香辛料は手に入ったのかな。Schweinebraten_2_1

つけ合わせのBayrisch Kraut (バイリッシュ・クラウト)は、極細の千切りにしたWeisskohl(キャベツ。日本のキャベツより肉厚だと思います)をベーコンやタマネギと共にラードでいため、砂糖・酢・塩を加えてブイヨンで蒸し煮にしたもの。Sauerkraut(ザウアークラウト)にも似ていますね。でも、塩漬けされていないキャベツを使うようです。

Kartoffeln は、もちろん「ジャガイモ」ですが、これだけでは調理法は不明。ただ茹でただけかなぁ~。こふき芋だったら Salzkartoffeln とか記載されるはずなんだけどなぁ。

Bananeneis(バナナアイス)・・・(@0@)!?「バナナ」は当時、高級品だったハズ。「いろはに金平糖、金平糖は甘い、甘いは砂糖・・・(中略)・・・高いはバナナ」というのがありますよね。昭和一桁生まれの父いわく「昔はバナナは超高級品だった・・・!」第一次大戦当時は相当高かったはず。ましてや冷凍技術なんて一般的じゃなかったですよね。驚きです。(余談ですが、DDRでもバナナは高級品でした。外貨不足でしたもんね。)

Hamburger Beefsteak (ハンブルガー・ビーフステーク)。これは別メニューでしょうか。ハンブルク風ビーフステーキは、ひき肉のハンバーグかと思いきや、キッチン辞典や手元にあるドイツ郷土料理の本によると、「茶色に炒めたタマネギの輪切りをのっけた牛肉のステーキ」とあります。味付けは塩コショウ。タマネギがお肉の臭みを消すんでしょうね。

つけ合わせのBohnensalat(ボーネン・ザラート)豆のサラダ。何の豆を使ったのか、これだけでは分かりません。一般的には、Weiße Bohnen(白いんげん豆)を茹でて、マヨネーズやマスタードであえたものだそうです。ちなみに、マヨネーズは収容所内で作られていたようですね。

(参考文献:Das neue Küchenlexikon、"So kocht Deutschland", Dr.Oetker Schulkochbuch)

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2006年7月20日 (木)

ドイツ兵士の見たニッポン

先日ご紹介した習志野市教育委員会編「ドイツ兵士の見たニッポン」を一気に読みました。

Photo

とても感心しましたのは、

・情報(データ、人名など)の豊富さ、正確さ
・写真の豊富さ(←見ているだけで面白いもの多数)
ほほえましいエピソードなども織り交ぜた、分かりやすい文章
・当時の時代背景の正確な説明
・ドイツ語表記や その翻訳の正確さ
・・・などです。

私は軍事関連のことに疎く、Uボートや戦艦もすべて同じに見えてしまうのですが(すみません・・)、この本には当時のメニューですとか、彼らがどんな生活をしていたかなどが詳しく書かれており、女性も面白く読めます。後半に2名の兵士の日記が載っています。当時の生活が手に取るように分かり、頬がゆるんだり、じーんときてしまったり。「ユーバーシャール博士が、日本人の目立った特徴、中でも脚が曲がっていて内股であることについて(収容所内で)講演を行った」という日記には思わず苦笑。X-Beine ってやつでしょうか。内股についての講演?大きなお世話じゃ!と つい思ってしまいました。

こうした俘虜たちの生活についてご興味のある方は、是非このご本をお読みになってみてくださいね。 著者でいらっしゃる「おそるべきアマチュア様」は、執筆にあたり、相当な調べ物&検証をされたはずです。当時のことを話してくださった方々もご高齢のはず。貴重な証言を丹念に検証されたご努力に敬意を表したいと思います。

なお、「おそるべきアマチュア」様が快く「いいですよ~^^」と言ってくださいましたので、別の記事で当時のメニューとおやつについて書かせていただこうと思います。「おそるべきアマチュア」様、ありがとうございます。

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Lohmeyer ~ ローマイヤ

ドイツ兵士の見たニッポンでは、解放後も日本にとどまった俘虜たちについて触れられています。その一人がアウグスト・ローマイヤ。HPを調べてみましたら、載っていました。

ローマイヤの歴史

ユーハイムもそうでしたが、ローマイヤも元は俘虜の方だったなんて、無知な私は初めて聞きました・・・。いやはや、お恥ずかしい。この方は久留米に収容されていたそうです。材料を仕入れるのも一苦労だったでしょうね。日本の木で燻製して本場のような香りは出せたんでしょうか?香辛料なんてどうやって入手したんでしょうね。うちの近所のドイツ・ソーセージ屋さんは、香辛料や塩をドイツから取り寄せているみたいです。(店の奥に、業務用の塩やソーセージ用の香辛料が山積みされているのを発見。ラベルはもちろん、ドイツ語。)じゃないと、あの味は出せないんでしょうね。ローマイヤさんはどうしたんだろう・・・。

余談ですが、神戸のおいしいドイツパン屋さん「フロイントリーブ」も、やはり俘虜として収容された方が始めたお店だそうです。H(ハインリヒ)・Freundliebさん。私的には「~リープ( b じゃなくて p の音)」と表記したいような・・・

こんなサイトも発見。もう終わっちゃったみたいですが・・・残念!美味しそうなのに。

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2006年7月17日 (月)

習志野俘虜収容所

この記事を書いたのは先週なのですが、多くの方々が関連する書籍や資料をご紹介くださいました。過去ログに埋もれてしまうのは あまりにももったいないため、日付けを変更して前に持ってきました。皆様、ありがとうございます。

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いつも遊びに来てくださるU99さんが以前、銀座の老舗ドイツレストラン「ケテル」のオーナーもかつて習志野俘虜収容所に収容されていたドイツ人俘虜だと教えてくださいました。で、それについて詳しく知りたいな~と思っておりましたら、この本を発見。

ドイツ兵士の見たニッポン

面白そうですよね。今度ア●ゾンで注文して読んでみよっと。感想はブログで書かせていただきますね。U99さん、いつも色々教えてくださり、ありがとうございます。

こちらも・・・

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2006年7月16日 (日)

鳴門市ドイツ館

板東俘虜収容所に収容されていた方々が地元の方々と様々な形で交流していたということは、映画「バルトの楽園」でも描かれていました。そんな元俘虜の方々が残した資料を収蔵した施設があります。鳴門市ドイツ館。ご紹介いたしますのは、ろこちゃん様からご紹介いただいたサイトです。

鳴門市ドイツ館

1972年に建造され、元俘虜の方々から寄贈された資料などを展示しているそうです。建物の老朽化および資料の増加で手狭になっため、1993年に新築・移転されたとのこと。私もまだ全部は読ませていただいていないのですが、館報「ルーエ」は読みごたえがありそうです。ご興味のある方は、是非。ろこちゃん様、貴重な情報をお寄せくださり、ありがとうございました。もっと早く記事として載せたかったのですが、なんだかバタバタしておりまして、遅くなりました。申し訳ありませんm(_ _)m

山を背景にしたドイツ館の写真、本当にのんびりとしたいい土地柄なんだな~ということが伝わってきます。地元の皆さん、おおらかなんでしょうね。

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2006年7月12日 (水)

独軍俘虜収容所

先日、ドイツ兵士の見たニッポン(習志野俘虜収容所の本)をご紹介しましたら、執筆なさった習志野市教育委員会社会教育科の関係者の方やU99さん、お義父様が似ノ島の収容所に収容されていたという方からコメントを頂戴し、サイトや書籍をご紹介いただきました。あまりにもすばらしい内容なので、あらためてここでご紹介したいと思います。無断でリンクしてしまって申し訳ないのですが・・・。

習志野俘虜収容所
写真が満載です。映画「バルトの楽園」の世界が、習志野にもあったのだと感激しました。と同時に、スペイン風邪で命を落とされた西郷所長さんの話を読み、じーんときてしまいました。

おすすめの本
昨日ご紹介いただいたばかりで まだ読んでいないのですが、早速注文して読んでみたいと思っています。

ドイツ軍俘虜の収容所について
こちらも大変興味深い内容になっています。日本各地に収容所があったんですね。

これらHP作成に当たった方々のご苦労がしのばれます。写真や貴重な情報が多く盛り込まれていて圧巻です。戦争を知らない世代も、こうした過去の事実を知る必要があると改めて思いました。また、写真を拝見して「百聞は一見にしかず」と思った次第です。

なお、勝手にリンクしてしまいました。もし、ご覧になって不快に思われる方がいらっしゃいましたら、お手数ですがご連絡いただけますでしょうか。個人のブログに勝手にリンクしてよいものかどうか、迷ったのですが・・・

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2006年6月28日 (水)

Juchheim (ユーハイム)

昨日、私が翻訳を始めるきっかけとなった方と久しぶりにお会いしました。そのとき、ユーハイムの話題が出ました。ユーハイムの創始者の苦労話はご存知の方も多いと思います。日本で初めてバウムクーヘンを売り出した、ということは聞いて知っていたのですが、第一次大戦で日本の俘虜収容所に収容され、その後帰国せずに日本でお菓子やさんを始めた、ということを聞いて「バルトの楽園」のカルルを思い出しました。

Juchheim夫妻の物語

Karl Juchheim は映画の舞台の坂東俘虜収容所ではなく、広島の収容所に収容された、ということですから厳密には異なりますが、青島から日本へつれてこられ、その後ケーキ屋さんを開店した、というところはソックリ。カルルはKarl Juchheim をモデルにしたんでしょうね。ちなみに、本当は「ユーハイム」ではなくて「ユッフハイム」のほうが原語に近いのでは、と思います。

このHPの説明を読むと、ホント苦労したんだな~というのが伝わってきますね。厳しい収容所生活、慣れない異国でお店を開店、そして関東大震災。着の身着のまま神戸へ逃げて、そこで再び開店。ところが第二次世界大戦勃発で六甲へ疎開・・・ふぅ。現代に生きる私たちには想像できないほどの苦労だったでしょうね。

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